二月某日。 バレンタインから一週間後の日付。 「今度の日曜からおにゃのことデートしようと思います」 場所は僕と華黒の部屋。 夕食を取り終えて食後の茶の時間に僕はそんなことを言った。 場には僕と華黒とルシールと黛。 それから水月。 そんな場でそんなことを言ったものだから、 「……兄さん?」 ニッコリ笑う華黒だった。 怖いよー。 「いやね。ホワイトデーに何渡そうか考えたけど特に思いつかなかったので遊びに付き合う程度でいいんじゃないかと」 「お返しなんて図書券でいいじゃないですか」 「じゃあ華黒には図書券ね」 「何でですかぁ!」 「意地悪言うからだよ」 「うぅぅ……兄さんの馬鹿……」 いまさら何を。 分かりきっていることじゃないか。 「お姉さんは誰からチョコ貰ったんですか?」 「華黒とルシールと黛と白花ちゃんと昴先輩と鏡花からだね」 あと臼井さんもいるんだけど華黒が面倒臭くなるため黙秘。 こちらには図書券を進呈しよう。 さて、 「真白先輩とデートしても……」 不満そうな水月だった。 「鏡花は何て言ってるの?」 「案の定嬉しがってますよ。恥じらいながらね」 「可愛いなぁ」 「兄さん?」 「華黒も可愛いよ」 「むぅ」 まぁとってつけたようには感じざるを得ないよね。 今回に限って言えば知ったこっちゃないけど。 「華黒ともデートすれば鏡花と水月の両方が楽しめるんじゃない?」 「華黒先輩とデート……!」 水月には垂涎ものだろう。 華黒は困った顔をしていた。 それでも美少女特有の華やかさは損なわれていないけど。 「お姉さんお姉さん」 「はい。黛」 「一人一人と毎週日曜にデートしていたらホワイトデー過ぎちゃいますよ?」 「それは二股デートで解決しようと思ってる」 「二股デート……」 カックリと肩を落とす黛だった。 「ていうかそうでもしなきゃ回らないからね」 「たしかにそうっすけれども……」 「プレゼントがいいなら黛にはそっちをあげようか?」 「じゃあ油田の権利書を!」 「微妙に俗物的な冗談ではあるのに俗物感が拭えていないのは何でかな?」 「………………あの……」 「はい。ルシール」 「………………その……組み合わせは……?」 「一応のところ暫定的に黛とルシール、白花ちゃんと昴先輩、華黒と鏡花水月の順で行こうかと」 「………………黛ちゃんと……一緒……」 「そっちの方が気楽でしょ?」 「………………うん……」 はにかむルシール。 ほんのり頬を桜色に染める。 愛いいなぁ。 「兄さん?」 だから怖いって。 「何でしょう華黒さん?」 「私と三週デートするではいけませんか?」 そりゃ自分をほっぽって恋人が他の女子とデートしようと言い出したらたまらんではあろうけど、 「これもリハビリの内」 詭弁を弄する僕に、 「むぅ」 と唸った。 「真白先輩」 「はい。水月」 「鏡花の意を酌んでくれるんですよね?」 「まぁそこそこにね」 「むぅ」 こっちも唸っちゃったよ……。 「ところで」 これは黛。 「白坂と酒奉寺を一緒の檻に入れていいんですか」 「まずいだろうけど他と混ぜちゃったら金の力で強引な手段に出るからね。お金持ち同士牽制させ合えば穏便に済む……といいなぁ」 「今から波乱の予感がするんすけど」 僕も僕も。 「じゃあとりあえず来週の日曜日はルシールと黛……よろしくね」 「………………あう……」 ルシーるルシールに、 「相わかりましたお姉さん」 嬉しそうな黛。 薫子ちゃんの一件からこっち僕への恋慕とルシールとの友誼に挟まっている黛だ。 実を言えば、 「苦労しているのだろう」 と思う。 口にはしないけど。 云えばきっとルシールまで困らせる。 ルシールも黛も優しい子だ。 僕なんかとは大違い。 ただ、趣味が悪いよね。 「? 何か言いましたかお姉さん?」 蓼食う虫も好き好きって言った。 * さて後日。 日曜日がやってきた。 待ち合わせは駅前。 名曲『日曜日よりの使者』を口ずさみながら僕は待ち合わせ場所に向かった。 華黒が最後までいい顔をしなかったのは心痛めてるけど、こういうところも妥協してもらわねば、 「兄さんを好きでいるだけでいい」 では人として生きていけない。 だからといって浮気デートをしていい理由にはならないんだけど、どうしても鏡花に言いたいことがあるため自然な形でデートの約束を取り付ける必要があった。 諦めましたよ。 どう諦めた? 諦めきれぬと諦めた。 僕を好きでいてくれる懐深い人たちの総意だ。 ちなみにガチでやばいのは白花ちゃんと昴先輩。 二人ともマジで僕と結婚する気でいるからね。 華黒の怖さは十分知っている筈だろうに。 さらに昴先輩は華黒の事も狙っているからなお始末が悪い。 というと悪口かな? まぁ、 「人それぞれ」 で片付く事象ではあるんだけど。 まだ二月。 日差しは暖かいけど気温はまだまだ。 僕はコートを纏って寒さをしのいでいた。 「あ、お姉さーん」 と黛が僕に気づいてヒョコヒョコ手を振ってくる。 もこもこジャケットにジャージの上下。 スポーティな格好だ。 対して、 「………………あう……」 とルシーりってるのはルシール。 こちらは重い色のジャケットにタータンチェックのスカート。 ニーソと合わせて絶対領域を作っている。 「おはよ」 ルシールたちに合流すると、 「おはようございますお姉さん」 「………………おはようごじゃいましゅ……」 溌剌とかみかみの挨拶をする二人。 それから金髪を震わせ碧眼を濁らせて恥ずかしがるルシール。 「かっわいいですルシールは!」 飛びついて抱き着いた。 僕じゃなくて黛が。 「やっぱりいいなぁ。可愛いなぁ。黛さんもそのあどけなさが欲しいっす!」 「………………私は……黛ちゃんみたいな……社交性が……欲しかった……」 「隣の薔薇は赤いものですよ」 「さいですさいです」 僕も頷く。 僕もたまに人として壊れていない自分と云う者を空想してしまうときがある。 毎度毎度失敗に終わるんだけど。 ともあれ、 「ん」 ポンポンとルシールの頭を叩いて、 「可愛いよ?」 挑発なんてしてみたり。 「………………あうぅ……」 ますます委縮してしまうルシールだった。 「黛さんは?」 「わざとやってるでしょ」 ジャージの上下にもこもこジャケット。 スポーティでボーイッシュな黛によく似合っていた。 「可愛いというより格好いいね」 「お姉さんも格好いいですよ?」 「そうかなぁ……」 安易にコートを着てるだけなんだけど。 「そのコートはお姉様が?」 「うん。お揃いで買ったの」 「ハードボイルドって感じです」 黒いコートだから色々と僕自身が浮く気がするんだけど、黛は心底本音を言っているようだったから、 「ありがとね」 僕もはにかむ。 ポンポンと黛の頭を叩く。 「あは」 と笑う黛。 「………………お兄ちゃん……?」 「あいあい」 「………………今日は……電車に……乗るの……?」 「ん」 コックリ。 「都会の方にちょっと気になるケーキ屋を見つけてね」 「ケーキですか」 黛の目が爛と光る。 「………………あう……ケーキ……」 「ダメだった?」 乙女心には届かなかっただろうか? 「………………ダメじゃ……ないよ……?」 あわあわと慌てるルシール。 どうやら僕を困らせたと思ってしまったらしい。 「………………嬉しい……から……」 「本当に?」 「………………本当に……」 「黛は? 何か異論があるなら今の内に」 「特に無いですね。ケーキ楽しみです」 「もちろん今日は奢らせてもらうから」 「やた。ますます楽しみです」 ほがらかに黛は嬉しがった。 「………………あう……」 ルシールも少しだけはにかんだようだった。 * 電車で二駅。 都会につく。 活気に満ち溢れた街模様だ。 駅には人が吸い込まれ吐き出される。 僕たちもそんな中の三人だった。 スマホのナビを参照にケーキ屋にたどり着く。 とりあえず今日のおススメ……苺のタルトと紅茶のセットを頼む僕。 ルシールはモンブランと紅茶。 黛はショートケーキと紅茶。 「………………でも……よかった……の……?」 と紅茶を飲みながらルシール。 「何が?」 「………………華黒お姉ちゃん……」 「まぁ人として最低ですわな」 自覚はある。 自認は出来ないけど。 「理解しているあたりがタチ悪いですね」 字面だけ見れば痛烈な皮肉だけど、黛の顔に張り付いているのは悪戯好きな小悪魔のソレだ。 「まぁどうにかご機嫌は取るからルシールは気にしなくていいよ……と云ってルシールが気に病むのを止められないとは思うけど」 「さっすがお姉さん。ルシールの事わかってますね!」 「黛もね」 ハイタッチ。 「………………あう……」 とルシーる。 「………………私も……そういう快活さが……欲しかったな……」 「何言ってんすか。唯一お姉様に認められている美少女が」 「………………華黒お姉ちゃんに……認められてる……?」 まぁルシールにはわからない事情だろう。 黛に僕らの過去は話してないけど、華黒のルシールを見る目に優しさが込められていることくらいは察せるらしい。 こういうことには聡い女の子だ。 ショートケーキをアグリ。 僕もタルトをパクリ。 「だいたいルシールはズルいですよ。あんなに嫉妬深いお姉様の警戒網をヒョイと抜けてしまうんすから」 「………………そう……なの……?」 ルシールはこっちに視線をやった。 「まぁね」 僕も頷く。 「華黒はルシールにだけ友愛の感情を持っている。これは特筆すべきことだよ」 「ですよね?」 「ですです」 僕と黛が意気投合。 紅茶を飲む。 「………………むぅ……」 説明してほしいのだろう。 「ええっと……ねぇ……」 言葉は慎重に選ばねばならない。 「ルシールは他人が怖いでしょ?」 「………………うん……」 「実は華黒もそうなんだ」 「………………お姉ちゃんが……?」 信じられないらしい。 まぁ普段猫被って良い人を気取ってるから他人には分かり辛いだろうけど。 「ま、色々あってね」 ふにゃふにゃとした言葉でそこは流す。 こんなケーキ屋で話すには重すぎる。 「華黒は本気で自身と僕以外の人間が死ぬことを願っている。これ、誇張でもなんでもないから」 「マジっすか?」 さすがに黛も瞳孔を開いた。 まぁ幼稚ではあるよね。 「信じられないのも無理はないけど事実だよ」 世界には僕と云う光があって……それ以外は光源が眩しすぎて見ること叶わないってのが華黒の根幹だ。 「少ない例外がルシール」 「………………ふえ……私……?」 「うん。華黒はルシールのことをよく知っている。よく認識している。だからルシールには優しいんだよ」 「………………そう……なんだ……」 「黛さんも時折お姉様が怖いですからね」 「………………そうなの……?」 「底冷えする瞳で睨みつけてくるんすよ」 あー……わかる。 「それなのにルシールには可愛い妹を見る目で眺めるからどっちがお姉様の本質なのかわからなくって」 「どっちも華黒だよ」 それだけは事実だ。 「少なくともルシール以外の恋敵は拒絶の対象だからね」 「もう一人いるでしょう?」 やっぱり? 「黛は聡いね」 「そうじゃなきゃ今頃野犬のエサにされていますので」 大げさに肩をすくめてみせる。 「………………誰……?」 「千夜寺鏡花」 「っすね」 「鏡花の場合はもうちょっと事情が複雑なんだけどね。それでも確かに華黒やルシールに通ずるモノがある」 「………………鏡花ちゃん……」 生きていることが辛い。 それは華黒も……そして僕も同じだ。 心的外傷として刻み付けられたスティグマは夜毎に悪夢を再生する。 その度に僕と華黒は跳ね起きて薬を飲んで落ち着かなければならないのだ。 華黒にとって人間とは真白か他人かの二極化でしかない。 僕や華黒も鏡花水月のようにトラウマを分離できればよかったんだけどねぇ。 ぼんやりそう思いながらタルトを一口。 |