超妹理論

『風紀委員とかあったね』


 一月某日。
 曜日は平日。
 北風に凍えながら華黒を連れて僕は登校の途についていた。
 その華黒に水月が引っ付き、後ろではルシールと黛がレズレズしてた。
 寒い気温だけど心は暖まる。
「むむ。ルシールまた胸が大きくなりましたか?」
「………………昨日の……お風呂でも……黛ちゃん……それ言った……」
 何やってんの黛さん。
 まぁルシールとの友情のために拷問かますクレイジーさんであるのは必然なのでルシールスキーなのは間違いないだろうけど。
「えへへぇ。兄さん?」
「ふははぁ、なぁに?」
「今日は夕飯を外でとりましょう?」
「別にいいけどデートのお誘い?」
「ダメですか……?」
 僕からの拒絶を何より恐れる華黒だ。
 だから僕はポンポンと華黒の頭を軽く叩いた。
「嬉しいよ」
 それだけで、
「……っ!」
 パァッと華のような笑顔を見せる華黒だった。
 さっきまでは僕のコートの袖を握っていたのだけど、今度は腕に抱き着いてきた。
「大好きです兄さん」
「ん。ありがと」
 ほどほどに答える。
 調子に乗せると面倒だから愛を紡ぐのは別の時で良い。
「先輩。俺にも愛をください」
「謹んでごめんなさい」
 けんもほろろ。
「兄さん以外は皆々敵だ」
 が華黒のスタンスで、
「ていうか何で兄さん以外の人間って生きているのでしょう?」
 という過激な真白ニズム原理主義者でもある。
 例外は自身とルシールくらいか。
 それを足掛かりに黛とも仲良くなって、溌剌な黛に引っ張られる形で心を許せる友人関係を構築してもらいたいのだけど今は言うまい。
 華黒にしてみれば、
「兄さんの病気を治す方が先決です」
 とのことだから。
 実際正月に白坂さん家でリスカした的夷伝さんとかと仲良くしたら同情してリスカにはまる可能性もある。
 そういうのから遠ざけるために華黒は常に僕に寄り添う。
 人と云う字はよくできている。
 金○先生よきことゆった。
 無論真白スキーであるため、
「兄さんのそばにいたい」
 も嘘や建前ではないのだけども。
 あれこれ考えていると、校門の前に人の壁が出来ていた。
 男子から女子まで色とりどり。
 が、圧倒的に男子が多い。
 制服を見るに瀬野二の生徒だろうけど……。
 一人がメガホンを片手に声を張り上げた。
「百墨真白ー!」
 僕?
「我々は! 乙女救済交渉団の同志たちである! 俺は皆を代表して! 百墨真白を弾劾する!」
 ああ。
 オチが見えちゃったな。
 ていうか校門ギリギリ校内側で結成しているため警察も出張るわけにはいかないのだろう。
 南無。
「華黒さんを篭絡せしめ! ルシールちゃんを独占せしめ! 黛ちゃんをほだしせしめ! 新たなに瀬野二の栄えある生徒となった千夜寺水月ちゃんに手を出す蛮行! 天下国家が許そうと! 我々乙女救済交渉団が許しはしない! 天下万民の今後千年における栄光と安寧のために我々は決起した! せざるをえなかった! 心せよ! 我々の政治的主張は誰にも止められない!」
 学生運動みたいなものだろうか?
「ていうか」
 どないせーっちゅうの?
 校門では僕に敵意をぶつけてくる生徒多数。
 何が恐ろしいって華黒と黛の暴走が一番恐ろしい。
 こと心に魔を飼っている二人だ。
「真白の敵は自分の敵」
 と短絡的な思考に容易く陥るだろう。
 だから僕は、
「待った」
 とマフラーを引っ張った。
 華黒のマフラーは僕のと繋がっている。
 黛のマフラーはルシールのと繋がっている。
 それを引っ張ったのである。
「「ぐえ」」
 と冬眠から叩き起こされたヒキガエルのような声を上げる二人。
「暴走しない」
「でも兄さん……」
「お姉さん……?」
「僕は何も感じていないから」
「兄さんは痛みに鈍感すぎます!」
 だってそうじゃなきゃあの時は華黒を守れなかったし……。
「華黒は僕の痛みに敏感すぎだよ」
「兄さんの鈍感!」
「そのセリフ……スマホの着メロにしていい?」
「私は真面目に……!」
 とさらに糾弾しようと本末転倒なことになりそうな時に、
「……っ!」
 千夜寺さんが顔を真っ青にして倒れた。
 僕が優しく受け止める。
 それが水月ファンには面白くないらしく、乙女救済交渉団の怒りの声が激しくなるが、ウェストミンスターチャイムには逆らえなかった。
 が、こちらはそれどころじゃない。
 僕は水月を担いで保健室に急いだ。

    *

 昼休み。
「………………う……あ……」
 水月が起きた。
「大丈夫?」
 サンドイッチを食べながら僕が聞いた。
 僕たちは購買でパンやおにぎりを買って昼休み中は水月につきっきりだった。
「真白先輩……」
 保健室のベッドに寝ていた水月が覚醒して、それから状況を察したのか、
「すみません。先輩方にはご迷惑を……」
「と云うと思ったけど杞憂だよ。恋慕か友誼かはこの際置いといて、僕らにとっては水月も鏡花も大切な人だからね」
 ちょっと気障ったらしいかもしれないけど紛れもなく本音だ。
「ですです」
 華黒も追従する。
「………………大丈夫……? ……えと……」
「今は水月ですよ」
「………………あう……」
 ルシーる。
「やはは。本当に心配したんですから。おかげで授業に集中できなくて寝ちゃいましたよ」
 もう一回「やはは」と笑って黛。
「でも本当に大丈夫?」
「はい。今はもう……っ!」
 とそこでめまいが襲ったのか少し水月の体が揺らいだ。
「無理しない方がいいですよ」
 華黒が優しく頭を撫でる。
「寝ていてください。一応使用人には連絡をつけましたから落ち着いたらロールスロイスで帰りなさい。いいですね?」
「はい。先輩……」
 ペンネーム華黒大好きっ子さんはほんわか頷いた。
「それで?」
 これは僕。
「どこか悪いの?」
「先日言ったように病が原因です」
「DID?」
「いえ。伏せている方です」
「ああ」
 そんなこと言ってたね。
 統夜にもはぐらかされちゃったし。
「一種のストレス障害でして、ああいう悪意に耐性が無いんです」
「ふむ……」
「俺は大丈夫なんですけど鏡花の方が……」
 そういえば鏡花の方が基本人格で水月は交代人格なんだっけ。
 何時でも交代可能で人格同士も会話できる当たりまだ他にもありそうだけど、そうすると鏡花自身も水月の背中に隠れている程度で悪意に間接的にさらされてしまうのだろう。
 で、この結果……と。
「許せませんね」
 黛が不機嫌に言った。
「まぁそれについては仲裁も入ったし」
「そうなんですか?」
「うん。まぁ」
 淡々と僕は言う。
「お前らのせいで水月が倒れる羽目になったんだぞって言ったら風紀委員が動いて朝の乙女救済交渉団は反省文書かされる処置に落ち着いた」
「そうですか……」
 ズーンと沈む水月。
「別に水月のせいじゃないし鏡花のせいでもないでしょ?」
「鏡花」
 と僕は水月の中の鏡花に呼びかける。
「……っ!」
 すくみ上る水月。
「大丈夫だよ」
 クシャッと千夜寺姉弟の頭を撫でる。
 それから、
「僕たちがついてるから」
 ニコリと笑ってあげる。
「………………あ……う……」
 赤面した後、言葉を失い、水月は大粒の涙を流した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「大丈夫。少なくとも僕たちは味方だ。泣くのは恥ずかしいことじゃないし、辛いことがあれば失神していいんだよ? 後のフォローは任せて、ね?」
「………………う……あ……ましろ……さん……」
 ボロボロと涙を流す水月改め鏡花。
 ああ、おにゃのこだなぁ。
 そう思う。
 多分だけど……もろいガラス細工なんだろう。
 千夜寺の心は。
 血潮を鉄に変えるために水月と云う交代人格を作って強がっているだけの……どこにでもいるか弱い乙女。
「ま、こんなことは金輪際ないためソレについては安心して」
「………………う……あ……でも……ましろ……さん……が……」
「大丈夫。気にしない。それで鏡花を嫌いになったりするもんか」
「………………そう……なの……?」
「うん」
「………………う……あ……」
「いい子いい子」
 僕は鏡花の頭を撫で続ける。
「………………真白……さん……」
「真白お兄ちゃん」
「………………う?」
「僕の事は真白お兄ちゃんって呼んで。でなきゃ返事してあげない」
「………………あう」
 ルシールがルシーりったけどそれはこの際無視。
「………………真白……お兄ちゃん……」
「うん。いい子いい子」
 僕が優しく頭を撫でると鏡花はトロンと双眸を歪めた。
 お兄ちゃん冥利に尽きるね。
「鏡花は可愛いなぁ」
「………………う……あ……」
 背中に突き刺さる計六本の嫉妬の視線については故意的に無視することにした。

    *

 で、放課後。
 鏡花水月は途中下校。
 僕と華黒は風紀委員に呼ばれた。
 ちなみにそのフォローためにルシールと黛が事前に店を予約してくれるとのこと。
 持つべきモノはルシールと黛だね。
 とりあえず生徒指導室にて風紀委員と対面する。
 コーヒーが差し出された。
 ありがたく受け取る。
「それで今朝の件なのですが……」
 やっぱり?
「何か問題が?」
「無いと本気で思ってるんですか?」
「別に校則違反をしているつもりもないけど」
 この程度の腹芸は僕でもできる。
「今朝の集団行為のそもそもの原因はあなたでしょう?」
「……っ」
「待った」
 激昂しようとした華黒の口を(隣に座っていたため案外簡単に)塞いだ。
「――! ――!」
「別に風紀委員さんは僕を否定してるわけじゃないから」
「じゃあどういう意味だっていうんですか……」
「単なる確認事項」
 コーヒーを一口。
「そうでしょう?」
「しかして目に余るのも事実でして」
「何か問題が?」
「美少女連れてイチャイチャイチャイチャしていたら風紀委員としても困惑するというかなんというか……」
「ま、気持ちはわかるけどね」
 大嘘つき。
「兄さんのせいではありません」
「承知しています。その上で目に余るのです」
「乙女の恋心まで否定するというのですか?」
「何事にも限度があります」
 コーヒーを一口。
「ハーレム作ったような学校生活を行えば反発を買うのは必然です。なお百墨隠密親衛隊まで組織されているんですから」
「前後の節が繋がってないよ?」
「僕がハーレムに甘んじていること」
 と、
「百墨隠密親衛隊の結成」
 に本来因果関係は無い。
「それはそうですけど……」
「もう卒業しちゃったけど酒奉寺昴って先輩の悪例もあるからこれくらい許容範囲じゃないの?」
「お姉様は特別ですから」

 …………………………………………。

「もしかしてハーレムの一員?」
「はい」
 そーですかー。
「昴先輩はアウトじゃないの?」
「アウトですけど訴える人がいませんでしたし」
 にゃるほど。
「特に清い男女交際を推進する側としては百墨さんたちには清く正しい交際をお願いしたいのです」
「僕、童貞なんだけどな」
「…………」
 あ。
 引かれたな。
 コホン、と吐息をついて、
「そんなわけで他の生徒を刺激しないためにイチャイチャするのを控えてほしい……と」
 無茶を言う。
「僕じゃなくてヒロインたちに言ってよ。何で僕が怒られなきゃならないのさ」
「そうです。私だって処女です。なんなら病院で証明しましょうか?」
「そういう話ではないのですが……」
「好きな人と仲良くしたいという感情まで押し殺せというのですか? 清く正しい男女交際さえ禁止すると?」
「そうは言っていません」
「言ったも同然だよ。発言には責任を持とうね」
「う……」
 風紀委員が怯んだ。
 まぁ理はこっちにあるし別段特別な話術も必要ないんだけど。
「勝手に憧れておいてその娘の純情が兄さんに向けられた瞬間に兄さんに敵愾心を覚えているんですから不条理なのはそっちの方でしょう? 私たちはアイドルではないのですから一人の男性を好きになって悪い道理がありません」
「そーだそーだ」
 やるき無げに追撃。
「取り締まるべきは親衛隊の方だと?」
「たまに隠し撮り写真を売り買いしたりも行なっているらしいですよ? 肖像権の侵害ではないでしょうか」
「そちらについては憂慮しています」
「で、ここでの言葉をすべて並べて僕たちと乙女救済交渉団のどちらに非があると思います?」
「わかりました。親衛隊への取り締まりをきつくします」
「私たちへの干渉は?」
「最大限譲歩します」
「譲歩する? 何の権限があって? なんでそんなに上から目線なんですか? 私たちは好きな人と仲良くしてるだけの清く正しい生徒の鏡ですよ? 風紀委員が何を譲歩するというのです?」
 上から目線は華黒も同じなんだけどな。
 言わないけどさ。
「わかりました。不干渉を貫きます。問題が起きたら親衛隊の方を牽制しましょう」
「それでいいんです」
 不遜に華黒。
 ツッコんでも話題がやわくちゃになるだけなので、
「…………」
 僕はコーヒーを飲むことに終始した。
 今日のルシールと黛の予約した店は何処だろな?

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