一月某日。 今日から三学期が始まる。 というわけで僕はのそのそと起きて華黒の淹れてくれたコーヒーで温まるのだった。 「はう」 恋心および愛情増し増しのコーヒーが体内から温めてくれる。 「………………おはよう……お兄ちゃん……」 おずおずとしたルシールに、 「おはようっす。結局サイクル変えられなかったっすね」 ケラケラ笑う黛。 まぁそうなんだけどさ。 「今日の朝ご飯は?」 「………………あう……ホットサンド……」 「うん。楽しみ」 そしてコーヒーを飲む。 ニュースを見ながら四方山話をしていると華黒が僕と自身の分のホットサンドを用意してダイニングに現れた。 「いただきます」 一拍。 そしてもそもそと朝食を開始する。 「美味しいですか」 「愛の味がする」 なーんて思っても口にしないのがお兄ちゃん心。 「美味しいよ」 しっかりと踏みしめて言う。 「あは」 と可憐にほころぶ華黒だった。 もはや僕のために料理を作るのがレゾンデートルと云えるのかもしれない。 「…………」 有難く食べるけどさ。 もむもむ。 「そういえば水月は?」 「そろそろじゃないですか?」 時間的に。 と、 「お出ましか」 ピンポーンとベルが鳴った。 「はいはい」 と黛が接客する。 僕と華黒は食事中。 ルシールは人見知り。 なのでたまにこういうことがある。 いえ。 いつもは華黒が出るんですけどね? 「おやまぁ」 と黛の声が聞こえてきた。 「そんな趣味が?」 「似合ってますか?」 「まぁ似合っちゃいるっすけど……」 何の話だ? そんな疑問はすぐに氷解した。 水月がダイニングに姿を現す。 瀬野第二高等学校の『女子制服』を着て。 「おやまぁ」 僕もまた黛と同じ言葉を繰り返す。 「あうぅ」 スカートの裾を押さえながら恥ずかしがる水月。 ニーソックスとの絶対領域は奇跡とさえ言えた。 「そういう趣味だったの?」 「違います」 違うらしい。 水月はダイニングの五つ目の席に座る。 「おにゃのこだったの?」 「男だと言った覚えはないですけどね」 叙述トリックって奴だね。 「じゃあ百合百合なの?」 「心は男です!」 「性同一性障害っていうアレ?」 「あう……えと……まぁ……」 ふにゃふにゃと肯定する水月だった。 なーんかまだ隠してそうだな。 正直そう思った。 ツッコむほど野暮ではないけど。 しかしそうなると、 「困ったな」 僕はガシガシと後頭部を掻く。 眠気なぞとうに失せていた。 「この美少女カルテットと登下校を共にしなくちゃならんのか……」 刺されても文句言えないなこりゃ。 「兄さんが好きなのは私だけですから問題ないですよ」 「………………あう……」 「もはやカルマですねお姉さん?」 「俺は男です!」 どの口が言う? 「信じてください華黒先輩!」 「別に納得したからって意見が変わるわけでもありませんしね」 そんなトドメを刺さんでも。 「うぅ……」 と水月。 「さて、どうしよう?」 これは僕の心の声。 実際瀬野二の女子制服は水月によく似合っていた。 こうしてみると女の子だったと気づかなかった不明さを恥じ入るほどだ。 まぁ心が男であるなら僕に惚れることは無いだろうけど。 と、そこまで考えて、 「じゃあ何で開幕パンチがマウストゥーマウスだったのだろう?」 そんな疑問が沸き起こる。 「?」 ホットサンドを咀嚼しながら考えたけど答えは出ず。 益体のない思案は馬鹿に似る。 つまり僕も馬鹿だった。 * 「兄さん?」 「が六?」 「手を繋ぎましょう」 スルーですか。 そうですか。 「はい」 ギュッと華黒の手を握る。 華黒の手は冷たかった。 対照的に、 「兄さんの手は温かいから好きです」 華黒は嬉しそうだ。 マフラーも恋人巻き。 イチャイチャ。 ラブラブ。 コメコメ。 多分爆破装置があれば三桁は軽く爆殺されているだろう。 リア充ですよ。 はいはい。 「華黒先輩。俺とも手を……」 「自重してください」 「うぅ」 不憫だとは思うけど僕からは何も言えない。 僕らの後ろではルシールと黛も仲良し同士……手を繋いで歩いている。 こちらもマフラー恋人巻き。 とはいえ二人とも百合ではない。 単なる仲良しさんだ。 必然、一人水月があぶれた。 「うぅ」 と呻く水月を見かねて、 「はい」 と華黒は自身の右手を水月に差し出した。 「手を……繋いで……良いんですか……?」 「単なる同情でよければ」 つっけんどんな物言いの華黒だったけど水月は笑顔ほころんだ。 「ありがとうございます!」 と云って華黒と手を繋ぐ。 「えへへ」 と赤面。 「ああ、乙女なんだなぁ」 と認めてしまう。 「心は男でも感性は女の子が基盤なのだろう」 そんな風に思う。 そう思えば僕にキスをしたのだって説明がつく。 すると華黒に惚れ続けているのには疑念が差し向けられるけどさ。 「…………」 衆人環視の目も痛い。 別に自覚は無いから僕は良いけどカルテットにとってはプレッシャーだろう。 一人として余すことなく美少女。 そこに男一人。 断じて男です。 信じてください。 とまれ、 「また新しいカキタレ?」 とか、 「青少年の純情を踏みにじりやがって」 とか、 「そろそろちゃんとした処理をすべきと思うの」 とか、 「暗殺って別に密かに殺すことじゃないらしいぜ?」 とか物騒な言葉が聞こえてきた。 くわばらくわばら。 ジーザスクライスト。 「ま、悪者の役割は慣れてるけどね」 そんな風に完結する。 元より、 「ジゴロ」 と噂されている人間だ。 偽悪くらいどうってこともない。 「ちなみに水月はクラス決まってるっすか?」 「えーと」 ほにゃらら、とクラス名を云う。 「では黛さんとルシールのクラスメイトですね」 「そうなんですか?」 「はい。黛さん感激です。ルシールともどもよろしくお願いするっす」 「はぁ俺の方こそ……」 きゃっきゃとはしゃぐ黛にぼんやりとしている水月だった。 クラスに入れば華黒は猫かぶりモードだ。 「あけおめ〜」 「あけましておめでとう〜ってラインでも言ったじゃん」 なんて会話を交わしながらクラス女子の中心に事もなげに居座ってしまう。 猫さえ被れば優秀な人間なのだ。 華黒は。 そして僕はと云うと、 「おい」 「なぁに?」 「またお前か」 「何の話?」 十分にわかってるんだけど。 「まさかあそこまでやるとは」 「その様子じゃ知ってるみたいだね統夜も」 「まぁな」 統夜の嘆息。 「まさか真白に惚れるとは」 「華黒に、だよ?」 「お隣にまで引っ越して」 「だから華黒に」 「それだけじゃないから何だかな」 「何か知ってるの?」 「下世話な話でいいなら知ってるぞ」 「ならそれを……」 と言ったところでウェストミンスターチャイムが鳴った。 「始業式始めるぞ」 そう言って担任の教師が教室に入ってきたので会話を断念せざるを得なかった。 * 始業式終了後。 「華黒先輩〜。帰りましょう〜」 女子制服を着てシュシュで纏めた尻尾をヒョコヒョコ揺らしながら水月が手を振っていた。 先輩の教室の通路側のドアから。 「どうします兄さん」 「華黒の問題でしょ」 「つまり巡り巡って兄さんの問題でしょう?」 「別に華黒の愛を疑うことも出来ないしなぁ」 「あう……」 純情に赤面する華黒だった。 「ともあれそんなわけで帰りましょうお姉さん」 黛も気後れしないタチだ。 ルシールは、 「………………あう……」 相も変わらず平常運転だったけど。 そんなわけで始業式は昼で終わったし昼食をとってから夕餉の食材を買って帰ることに相成る。 嫉妬の視線がグッサグッサ。 元より華黒とルシールを手籠めにした(という風説の流布の)事が広まっている。 そこに事情があって黛まで参戦し二学期を以てかしまし娘となったところに四人目が来れば誰だって常識を疑う。 何でかって? 僕もそうだから。 とりあえず適当にイタリアンレストランに入る。 追記するならファミレスです。 本物のレストランに入れるほどの勇気はありません故。 全員でパスタを頼み、マルゲリータを一丁。 「瀬野二はどうでした?」 華黒が水月に話を振る。 僕は黙ってお冷を飲んでいた。 「良い人たちばかりです。一応ルシールと黛のグループに入れてもらったんで孤立することは無いかと」 「趣味悪いって言われたでしょ?」 「ええ、まぁ」 水月の苦笑。 「よほど不埒なんですね真白先輩は」 「否定の余地がござんせん」 ムスッとそっぽを向く。 視線を重ねたら負けな気がして。 「まぁ、実際鏡花は一目惚れしちゃったらしいですし」 「鏡花?」 稀に聞くね。 その名前。 「一応のところ『俺』は華黒先輩一筋ですけどね」 俺以外がありそうな水月の言だった。 別にいいけどさ。 「もう勝手に兄さんにキスをしてはいけませんよ?」 「あー……」 ガシガシと水月は後頭部を掻く。 「多分またあることだと思うんで、その時はヨロシク……です」 「あるんですか!?」 「落ち着いて華黒」 コツンとチョップ。 「キス魔?」 「違います」 「僕に惚れてるわけでもないようだけど」 「華黒先輩が俺の全てです」 「ふむ……」 ピースが足りない。 機会があれば統夜に教えてもらおう。 こう云ったことには目聡いだろうし。 そういう意味では統夜は僕の天敵ではなかろうか? プライバシー一切なし。 味方とまでは言えないけど友情は構築しているため瓦礫とならない限りは安全だろうけど。 それでも憎しみを買ったら僕の赤裸々事情を鯨幕にされかねない。 怖い。 統夜怖い。 とまぁ冗談は置いといて、 「何で一目惚れでそこまで入れ込めるの?」 ボンゴレを食べながら僕は問う。 「一目惚れだからこそ、でしょう」 「そんなものかなぁ?」 少なくとも僕と華黒は両者ともに積み重ねてきた共有経験値がケタ違いだ。 だから僕は華黒を愛することが出来る。 だから華黒は僕を慕うことが出来る。 華黒が僕を見てくれるから僕は一般人でいられて、僕が華黒に執心しているから華黒は幸せでいられる。 一目惚れはそういった経験に対するアンチテーゼのような概念だ。 悪いわけじゃないんだけど。 「ま、なんだかなぁ」 クルクルとフォークでパスタを巻き取る。 アグリ。 「華黒先輩。この後デートしませんか?」 「兄さんが行くなら構いませんけど……」 「真白先輩?」 「まぁ時間はあるけどさ……」 気疲ればかりはしょうがない。 なんでこんなことになったんだろう? 考えて答えが出る話でもないけど。 「じゃあ近場のアミューズメント施設に行く?」 「いいですね」 「ルシールと黛は?」 「………………あう……」 「黛さんも行くっす! ルシールと共に」 ですよね〜。 |