超妹理論

『後輩の帰還』


「てや」
 と声が聞こえた気がした。
 ブチュッと一発。
 キス。
 そう呼ばれる行為だ。
 そして舌で口内を蹂躙される。
 同時にミントの刺激が炸裂して、
「ゲホッ……ゲホッ……ガハッ!」
 僕は覚醒した。
「か〜ぐ〜ろ〜?」
「目が覚めましたよね?」
 ミントのタブレット片手に華黒はにっこりと笑った。
 小悪魔的微笑は憧憬に値したけど……無理矢理起こされたことには不満を感じずにはいられない。
「もうちょっと穏便に起こしてよ……」
「起こしましたよぅ。起きなかったのは兄さんじゃないですか」
「そなの?」
「そろそろ三学期も始まりますし体内サイクルも調整し始めないといけませんから」
 つくづく有能だなぁ。
 僕の妹さんは。
「朝食出来てますよ」
「あいあい」
 そして僕はダイニングへと向かう。
 どてらを羽織って。
 ダイニングには華黒の他にもう二種類の美少女が居た。
「………………あう……あけまして……おめでとう……ごじゃいましゅ……」
 こんなルシーりってるのはルシールで間違いない。
 金髪碧眼のハーフ美少女。
 常々言っている気もするけど華黒が完成された日本人形のような美貌だとしたら、ルシールはそれに劣らないクオリティの西洋人形のソレだ。
 華黒の美貌を百点とするなら八十点から百二十点の範囲を波のように寄せては返す美少女である。
「うっす。あけましておめでとうございますお姉さん!」
 こっちの快活な声は黛。
 黒髪ショートの美少女。
 面貌は丹念に作られていて美少女ではあるんだけど鼻筋の通ったボーイッシュな雰囲気を併せ持ち、かつ猫のようにしなやかで、かつ犬のように純情で、『美少女(?)』が正確だろう……。
 決してこき下ろしているわけではない。
 十分に美少女の範疇だ。
 ただ比較対象の問題で華黒やルシールに一歩劣るのはしょうがない。
 当人もさばさばした性格なもので事実を事実として認識するに不慮は無かった。
 華黒については割愛。
 三人が三人とも僕に想いを寄せているのだけど、ケンカにならない辺り邪気が無いのは共通するところだ。
 華黒から黛への一方的な敵意さえ目を瞑れば……という仮定が必要だけどね。
「いつこっちに戻ったの」
 くあ。
 と欠伸しながら僕は尋ねる。
「帰ってきたのは昨日っす」
「なんだ。それなら昨日の内に顔を出せばよかったのに」
「ちょいと遅い時間だったもので」
「そうなの?」
 華黒の用意したホットコーヒーを飲みながら僕は視線を金髪碧眼の美少女……ルシールに向けた。
「………………あう……」
 とルシーる。
 その後、
「………………お兄ちゃんと……お姉ちゃんも……疲れてるかなって……」
 そんな気遣いを見せた。
 見当違いではあるけど。
「別にルシールならいつでも大歓迎だよ。華黒のリハビリに最も適した人材だし」
「………………リハビリ……?」
「適したっすか?」
「まぁ色々あるということで」
 四方山話にするには重すぎるテーゼだ。
 僕は華黒の用意したトーストとハムエッグとコンソメスープを嚥下する。
「で、新年早々なんすけど……」
「言ってみんしゃい」
「黛さんとデートしませんか?」
「却下です!」
 当然華黒。
「お姉様には関係ない案件ですよぉ」
「私は兄さんの恋人です! 横からしゃしゃり出てこないでください!」
「とお姉様は言ってますがお姉さんは如何に?」
「別に構いはしないけどチャレンジャー号だね」
 天に至るものは神罰と云う名の試練を課されるのだ。
 華黒を天とするならば、だけど。
「………………あう……」
 ルシールはいつもの通りルシーりっていた。
「お兄ちゃんとデートしたい」
 その一言が言えないのだろう。
「ルシールも一緒にどう?」
「………………あう……」
 ルシ〜る。
 桜色に染まったほっぺが実に良いね。
 心中もやもやしてくる。
 は!
 これが恋!
「兄さん?」
「冗談だよ」
 あっさりと心を見透かされたけどいつもの事なのでサラリとスルー。
「兄さんは私以外とデートするんですか?」
「単なるお出かけ。それに華黒のリハビリにもなるし」
「なりません」
「え? 一緒に行かないの?」
「行きますけど……」
 不満気な口調で華黒。
 唇を尖らせる辺りは愛らしい美少女なんだけどなぁ。
 どうか幸せになっていただきたい。

    *

「さて……」
 僕は食後のコーヒーを飲みながら、
「どこに行く?」
 と聞いた。
 華黒は食器を洗っているため会話には参加しない。
「神社が妥当ではあるんですけどどうでしょう?」
「初参りは華黒と済ませちゃったしなぁ」
 除夜の鐘を聞いて新年を迎えた僕と華黒だった。
「じゃあ普通にデートですね」
「僕と華黒とルシールと黛の四人で、か」
 指折り確認していると、ピンポーンと玄関ベルが鳴った。
 華黒がエプロンで手を拭きながら、
「はいはいはーい」
 と応対する。
 そして、
「ふにゃっ!」
 と奇声を発した。
 何事?
 天敵である昴先輩を相手にしては奇声が可愛すぎる。
「話は聞きました! 是非とも俺もデートに参加させてください!」
 明朗快活ニコニコ一括現金払いに満ち溢れた声が聞こえてきた。
 言うまでもない。
 水月だ。
 今日も黒髪セミロングの後ろのソレをシュシュで纏めている。
 服装は皮のジャケットにジーパン。
 顔が中性的であるため宝塚でも通る出で立ちだった。
 少しだけ話がこじれて、それから落ち着きを取り戻すと、ダイニングに五つ目の椅子が設置されて三人目の客を席に座らせた。
「誰です? この美少年……」
 まぁそう言いたくもあるよね。
「千夜寺水月。三学期からルシールと黛の同級生」
「うっす。水月って呼んでほしいです。ええとルシールと黛……?」
「………………お友達に……なってくれるの……?」
 ルシールはちょっぴり嬉しそうだった。
 水月には邪気が無い。
 清々しいというか何というか。
 であるためルシールの熱心な精神的ファイヤーウォールを突破できたのだろう。
 対して、
「……本気ですか?」
 口をへの字にしたのは黛。
「またお姉さんは……」
「いや、此度は僕じゃない」
 というか男に迫られるとか割腹ものだ。
「水月は華黒を気に入ってるらしくてね」
「お姉様を、ですか。それはまたハードな人生設計をなさいましたね」
 まったくまったく。
 まぁ一応お金持ちのお坊ちゃんだから人生をなめてかかるのはしょうがないのかもしれないけど。
「ていうか何でデートの話が水月に通じてるのさ?」
「壁に細工をしまして」
「細工?」
「壁を削って厚さを薄くした後、マイクを張り付けてスピーカーに繋げました。リビングでの会話はこっちに筒抜けです」
「訴えられたいの?」
「勝てます?」
 不遜だが一理ある。
 相手は仮にも酒奉寺の分家。
 千夜寺水月。
 この手の手段で一高校生に後れを取ったりはしないだろう。
 ていうか面倒だから訴訟したりしないんだけど。
「とりあえず水月の部屋の盗聴機器を外すところから話を進めようか」
「え?」
 ポカンとする水月。
「ダメですか?」
 …………。
「……何を以て良いと思ったの?」
「華黒先輩の状況を把握するにこれ以上は無いですよね?」
「例えば?」
「登校するのに玄関を開けるタイミングを合わせられたり……」
「そんなことしなくても朝の準備を終えた後にノックすればいいでしょ。水月なら抵抗なく迎えられるよ」
「そうなんですか?」
 これは食器を洗い終わった後の華黒に。
「まぁ特に警戒に値しないのは事実ですね。というか盗聴されるくらいなら素直に顔を出してくれる方が何倍も有難いと云うものなんですけど……」
「ではそうします!」
「はいはい」
「で、デートの件なんですけど」
「別についてくるのはいいけど……」
「ですか」
 水月は破顔した。
 機嫌の良い子猫みたいだ。
「にゃははぁ」
 と笑う。
「どちらにせよ食材を買いに行かねばなりませんから百貨繚乱でどうでしょう?」
「今日の夕食決まってるの?」
 問うたのは僕。
「海鮮キムチ鍋でいいでしょうか?」
「ドストライクです」
 グッとサムズアップ。
「ではそういうことで」
 一応予定は決定。
「………………あう……」
 ルシーるルシール。
「ま、鍋なら」
 と陰謀めぐらす黛。
「俺も席を同じくして良いでしょうか?」
 欲望に忠実な水月。
 なんだか僕らのアパートが魔窟と化しているような気がするけど……ま、気のせいだろう。
 多分。

    *

 そんなわけで百貨繚乱。
 クインテットが足を踏み入れた。
 辺りがザワリとどよめいた。
 まぁ美少年と美少女が揃いぶみではそうなるだろう。
 僕がどっちにカテゴライズされてるかって?
 泣いていいですか?
 とまぁ冗談は置いといて、
「華黒先輩。アクセ買いませんか? ペアリング!」
 水月は元気溌剌だった。
「兄さんとなら良いんですけど」
 水月とじゃダメ、と。
「むぅ」
 水月はこちらを睨む。
「兄さんを憎むことは許しませんよ?」
 そんな華黒の牽制。
「むぅ」
 今度は天井を睨む。
「………………あう……」
 ルシーるルシール。
「にゃはは。水月は一本気ですなぁ。黛さんとしては憧れます」
「真白先輩!」
「何でがしょ?」
「先輩にはルシールと黛がいるんですから華黒先輩を俺にください」
「無茶言うね君も」
 殺されたいのかな?
 言っておくけど華黒のヤンデレぶりはフィクションに勝るとも劣らないぞ。
「失礼です」
「だから勝手に心を読まないで」
 以心伝心なのは良いことだけどさ。
「それより服見て回りましょう? 兄さん好みの服を着たい……ですよねルシール?」
「………………あう……」
 ルシ〜る。
「そんなわけで今日は仮ファッションショーといきましょう」
 そんな華黒にルシールと黛と水月は異を唱えなかった。
 僕には服のセンスなんてないんだけどな。
 結論から言えば、試着室のカーテンを閉じたり開いたりしてファッションショーを開催したけど、主に口を出したのは水月だった。
 センスもよく流行を意識もしている。
 ちょっと値段のはる服もブラックカードで精算する。
 結果、
「ふむ」
「………………あう……」
「やはは」
 相応のコーディネイトに落ち着くかしまし娘だった。
 それから昼食を食べ、生鮮コーナーに落ち着く。
 エビ、タコ、イカにキムチと豚肉。
 それから出汁のもとを買い物籠に放り込む。
「ところで水月は料理できるの?」
「無理ですね」
 爽やかに言い切る。
 こういうところはちょっと尊敬してみたり。
「手が必要なら使用人を送り込みますが?」
「そこまでしてもらう料理ではありませんので」
 華黒が遠慮した。
「黛さんは手伝いますよ。ね? お姉様」
「ええ……まぁ……黛なら……まぁ……大丈夫でしょう」
 口元を引くつかせながら華黒。
 一応のところ葛藤と妥協の三文劇がカルテジアン劇場で展開されたのだろうけど、
「無理矢理悪心をねじ伏せた」
 と云ったところだろう。
 一応のところまだ黛は華黒にとって、
「怖い他人」
 の範疇だ。
 茶を出すあたりは改善しては来ているものの、面と向かうとカルマにぶち当たるらしい。
 因果な子。
 それから夕食の買い物を済ますと荷物を千夜寺の使用人に持たせていち早くアパートへ。
 手ぶらになった僕らはモールの本屋に来ていた。
 そこでちょっと解散。
 華黒とルシールはファッション雑誌に、黛は趣味雑誌に、そして僕はライトノベルのコーナーに向かった。
「真白先輩はラノベを読むんですか?」
 これは何を考えているのか僕の後についてきた水月の言。
「まぁ読むにあたって頭を使わなくていいっていうのは大きいよね」
 僕はしばらく物色する。
「意外です。サブカルチャーに傾倒なされているとは」
「アニメも漫画もラノベも好きだよ。恥じ入る何物もないね」
「なら同士ですね」
「水月も?」
「ええ」
 コックリ。
「ちなみに先輩の一番好きなラノベのヒロインは?」
「里村典子」
「うわぁ……」
 通じる君も凄いけどね。
「水月は?」
「いっぱい居すぎて選べません」
「まぁそうなるよね」
 サブカルチャーに浸る者の業のようなものだ。
 僕とて本心ではいっぱいいる。
 特に華黒が華黒であるから健全な妹キャラは魅力的に映ったりもする。
 別に華黒に不満があるわけではないんだけど、こればっかりはお兄ちゃんの習性だ。
 二次元と三次元は別物です。
 当たり前だけど。
 ところがこれを当たり前と思わない人もいるわけで、
「兄さんはそんなにそのキャラが好きなんですか……?」
 と奈落の底から呼びかけるように声を出す妹がいるため、中々に二次元と三次元のはざまを彷徨っていると言えよう。
 嬉しくないけど……さ。

ボタン
inserted by FC2 system