超妹理論

『』


「大丈夫でしたか華黒先輩?」
「ええ。助かりました」
「好感度は?」
「特に変わらず」
「あはは。先輩は手厳しいですね」
「助かったよ」
「真白先輩においてはついでです」
「それでもありがとね」
 ニコリと笑って見せると、
「………………う……あ」
 真っ赤になって狼狽える。
 華黒の眉がピクッと少しだけ跳ねたのが見えたけど、まぁツッコむまい。
 水月はくるっと反転して僕らに背中を見せると、
「出てこないで鏡花」
 と意味不明なことを言った後に、また反転。
 顔色は薄紅色を残したが憂慮の残滓は消えていた。
「お見苦しいところを見せました。華黒先輩。ご機嫌如何でしょう?」
「あなたが現れたことで少しダウナーな空気になりました」
「あはは。それは失礼をば」
「ところで君は誰?」
 パーティではスーツ姿で美少年で『水月』と云う名を持つことしか知らない。
「そういえば」
 と水月。
「真白先輩においては改めまして」
 コホンと一息。
「お控えなすって。姓は千夜寺、名は水月。酒奉寺家の分家に当たる千夜寺の者にございます」
「千夜寺……」
 千夜寺水月。
「華黒とはどういう関係?」
「ヴェローナで誓い合った仲です」
「はあ」
 ぼんやりと返事。
 華黒はすまし顔。
 元より僕が本気にとるとは思っていないのだろう。
 正解だけど。
「この辺じゃ千夜寺って聞かないよね。別のところの地主さん?」
「まぁありていに言えば」
「先輩っていうのは?」
「調べたところ学年で言えば俺は華黒先輩と真白先輩の一年後輩にあたりますから」
 56へぇ。
 ということはルシールと黛の同級生か。
「それにしても巡り合わせが奇跡的だね。遠方からわざわざこんなショッピングモールまで何の用?」
「無論、華黒先輩と親しくなりたいと」
「どうやって僕らのスケジュールを知ったの?」
「統夜先輩に聞きました」
 あっけらかんと言ってくれる。
 ……統夜。
 マジで君は何者でしょう?
 今のところ弊害がないので無視してのけているけども。
「というわけで」
「というわけで?」
「華黒先輩」
「何でしょう」
「デートしましょう」
「さっきの軟派男たちと言動が変わらない辺りには那辺の意思が?」
「欲情劣情の類でのお誘いとは思ってほしくないのです。好きではありますがそれは性的ではなく崇拝に近い感情です故」
「そうですか」
 特に感銘を受けた様子もなかった。
 当たり前か。
 華黒にとっては僕以外の人間は移動障害物程度の価値でしかない。
 それをどうにかするのが僕の役目なんだけど……どうしたものかな?
「だいたい兄さんにキスしておいて私が好きだなんて軽薄にもほどがありませんか?」
「あれは……その……鏡花の奴がですね……」
 よくわからないけど事情がありそうなのは透けて見えた。
「とにかく」
 コホンと咳一つ。
「俺が好きなのは華黒先輩だけです」
「天地神明に誓って?」
「五大明王に誓って」
「じゃあ諦めてください」
「何でですか?」
「私は兄さんを愛していますから」
「兄さん……真白先輩のことですね?」
「ええ」
「はろはろ〜」
 僕はヒラヒラと手を振った。
 こちらを厳しく睨みながら、
「では二股デートしましょう」
 さも名案とばかりに水月はそう言った。
「謹んでごめんなさい」
「まぁそう言わず」
「兄さんからも何か言ってやってください」
「良いと思うよ?」
 華黒は口をへの字に歪める。
「本気ですか?」
「リハビリにはいい機会だと思うけどなぁ」
「私は兄さんさえいればいいんです」
「だから華黒が世界と向き合えるように全力で僕が支えるって言ったでしょ?」
「むぅ」
 とにもかくにも華黒の排他感情はどげんかせんといかん。
 そういう意味では水月の提案は渡りに船だろう。
 戦艦か泥船かは知らないけど。
 さて、
「じゃあ決まったことだし」
「納得していませんが?」
「決まったことだし三人で遊びに行こう」

    *

 そんなわけで二股デート。
 パックで昼食を終えた後、アミューズメントエリアでゲームしたりカラオケしたりボーリングしたりダーツしたりビリヤードしたり。
 全部払いは水月だった。
 そして全てにおいて水月は突出した能力を披露した。
 器用な奴だった。
 なんかデジャビュを感じるような立ち位置な気がするけど忘却の鉱山からは何も発掘されなかった。
 金銭の都合に関しては、
「さすがに後輩に金を出させるのも……」
 とは思ったけど、
「何か借りだと思うことはありません。この程度の出費で華黒先輩と真白先輩に求めるものはありませんから安心して奢られてください」
 と丁重に却下された。
 むぅ。
 ブルジョアG。
 そんなわけで散々遊び倒した後、
「そろそろスーパーのコーナーに行きませんと」
 ちゃっかり嫁さん百墨華黒がそう言った。
「何しにでしょう?」
 水月がクネリと首を傾げる。
「今日の夕食の材料を買わないといけませんから」
 既に日が暮れている。
 冬だから日暮れがちょうど腹二分ってところだろう。
「ああ、その心配はいりません」
 水月は至極あっさりと言った。
「こちらで夕食を準備していますので」
「?」
 意味が分からないと華黒。
 僕もです。
「言っておきますけどステーキとか回らない寿司とかそういう高級なものは受け取れませんよ?」
 釘を刺す華黒に、
「そんな大層なものではござんせん」
 水月はケラケラ笑った。
「単なる手打ち蕎麦ですよ。うちの使用人が用意した」
「蕎麦……ですか。どうします兄さん?」
「無駄にするのも忍びないし今日は馳走になろう。レジの列に並ぶのもこうなったら面倒くさいし」
「兄さんがそうおっしゃるなら……」
「話が早くて助かります真白先輩」
「恐縮だよ」
 まぁ華黒のリハビリにちょうど良いってだけなんだけどね。
 で水月がスマホで連絡を取って数分待ったら車上の人と相成った。
 着いた先は、
「なんと」
 僕と華黒の住むアパートだった。
 オチが見えちゃったな。
 なんとなく。
 実際その通りになった。
 僕と華黒の部屋を中心点にして、ルシールと黛の部屋と対称的な位置取り。
 そのお隣さんに招かれた。
「こっちに越してきたの?」
「はい」
「どうやって知ったの?」
「統夜先輩から色々と」
 あの野郎。
「三学期から瀬野二の生徒と相成ります。よろしくお願いしますね華黒先輩と真白先輩」
 パチッとウィンク。
 それがサマになるほどの美少年っぷりだった。
 元から美少年ではあるんだけど。
「で、引っ越し蕎麦とか用意させてもらったんですよ」
 打ったのは使用人ですけどね。
 そう嘯く水月。
「2DKに一人で住むの?」
 僕の質問に、
「専属の使用人が一人待機することになっていますよ。機会があれば紹介します」
 今この瞬間は紅茶をふるまってくれたメイドさんと、蕎麦を湯がいているメイドさんと、水月の斜め後ろに待機しているメイドさんの、かしましメイド隊がいる。
 誰がそれにあたるのか。
 あるいは日替わり制か。
 それとも見知らぬ第三者か。
 それは僕になんかわかるはずもないのだけど。
「華黒を追って転校までしてくるとはね」
「ストーカーの気質がありますね」
 華黒。
 君に言えた義理じゃないと思ふよ?
「というわけでお隣さん同士よろしくお願いします」
 いけしゃあしゃあと……。
 ここまで清々しいと文句を言う方が馬鹿を見るだけだろう。
「なんでそこまで華黒が好きなの?」
「一目惚れです!」
 やっぱり清々しかった。
「だってさ華黒?」
「到底信じられませんね」
「一点の曇りもありません。俺と付き合ってください!」
「だったら何で兄さんにキスしたんです?」
「あれは……そのぅ……俺であって俺じゃないというか……」
「唇が勝手に動いたとでも?」
 スリの常習犯の言い訳に似てるなぁ。
 この手が勝手にやったんです……なぁんて。
「と、とにかく! 俺が惚れたのは華黒先輩で断じて真白先輩ではありません! というわけで華黒先輩?」
「何でしょう?」
「真白先輩と別れてください。俺が幸せにしてみせます」
「兄さんをですか?」
「華黒先輩をです!」
 僕?
 聞くに堪えずに蕎麦をすすって現実逃避ですよ。

    *

 そんなわけでお隣さん(ちょっと皮肉成分入り)の引っ越し蕎麦を堪能した後、僕と華黒は水月の部屋を出た。
 とは言ってもお隣であるため、帰るも何もと云う話ではあるのだけど。
 華黒の淹れてくれた紅茶を飲みながら成功哲学の本を読んでいると、
「兄さん、お風呂が沸きましたよ?」
 そんな華黒の進言。
「それから……そのぅ……」
 あうあう。
 そう恥じらう華黒は愛らしかったけどガッツポーズはやめておいた。
 調子に乗らせたら事が事だ。
 愛い奴ではあるんだけど。
 何も恋慕を示すピンクの矢印は一方通行ではない。
 僕だって華黒が好きだし、調子に乗らせない程度に愛情表現もしている。
 が、それはそれとして、今日は色々あった。
 相互理解も必要だろう。
「いいよ。一緒に入ろう」
「っ! はい! えへへぇ」
 可愛いなぁ。
 自慢の妹です。
 えへん。
 ところで水着着用は必須です。
 サービスシーンはこの際カット。
 互いに体を重ね合ってアパートの狭い浴槽に二人で入る。
「兄さんは私のことを好きですよね?」
「そりゃまぁ」
 今更だ。
「嫉妬……とかしましたか?」
「はぁ? 何時?」
「私と水月が……その……デートしているときとか……愛を紡いでいるときとか……」
「ん〜。いまいち」
「そうですか」
 ズーン。
 なんて擬音が何処から聞こえてきた。
「嫉妬してほしかったの?」
「はい。まぁ。人並みに……」
「とは言っても華黒が僕以外に靡く姿なんて想像も出来ないからなぁ……」
 ある種の天地真理だ。
 絶対的不等価交換。
 反対に僕が誰かに言い寄られれば華黒は全力で嫉妬する。
 ただしそれは敵意として現れるため、嫉妬のとばっちりがこっちまで届くことは無い。
 基本的にアダム(僕)とエヴァ(華黒)と実のなる樹があればそれで十分だという感覚の持ち主だ。
 蛇なぞ見たら容赦なく矢を射るだろう。
 だから好きにはさせているんだけど、今回は逆の立場だ。
 レアケースと云えるだろう。
「華黒が言い寄られて、真白が嫉妬する」
 口に出して言ってはみるものの、どうにも前節と後節がイコールで結べない。
 どうしたものでしょう?
 ……本当に。
「まぁ華黒の事は好きだよ」
「なんか言葉が安っぽいです」
 不便なツールだよね。
 言葉ってさ。
「まぁ嫉妬してはいいんだけどさ。それだけ華黒は水月に入れ込められるの?」
「………………あう……」
 ルシールみたいに狼狽する華黒だった。
 ルシ〜る。
「兄さんは淡泊すぎます!」
「ま、都合上ね」
 もともと自分に対して壊れた身の上だ。
 目の付け所が眉の下にもなる。
 ハーレクインの真似事は僕の十八番だ。
 とはいえ華黒を異性として好きなのも事実で、
「ん」
「ん……っ!」
 華黒に甘いキスをした。
 エア砂糖とエアミルクありありの濃厚なソレ。
「大丈夫」
 華黒の丁寧な黒髪を撫ぜる。
「僕が華黒を手放すなんてありえないから」
 これくらいは言ってもいいだろう。
「兄さん……」
 華黒は瞳をトロンと溶かすと、
「……っ!」
 ギュッと僕に抱き着いてきた。
 ムニュウと華黒の乳房が僕の胸板に押し付けられる。
「兄さん。好きです。愛しています」
「僕も僕も」
「だから……!」
「だから?」
「えっちぃことしましょう!」
「えい」
 コキリ。
 と華黒の首を百八十度回転させた。
 まぁギャグ表現なので支障はないんだけどね。
「大学卒業したら幾らでも相手してあげるから」
「生殺しですよぅ」
「そんなこといわれたってそれくらいの状況が整わないと妊娠されたら不利益が生じるし」
「そーですけどー」
 華黒は不満そうだ。
 僕の言葉に一定の理があるのを認めても花も恥じらう乙女の純情が暴走するのも止められないと……そういうことなのだろう。
 それについては僕も人のことは言えない。
 僕だって少なくとも肉体面は健全な青少年だ。
 体を持て余すこともある。
 が、そんなことはおくびにも見せず、
「まぁその内……ね」
 ぼんやりと結論付ける僕だった。
「うう……兄さんの意地悪……」
 誠心誠意ですが何か?

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