超妹理論

『お正月カプリッチオ』前編


「なんだかなぁ」
 正月名物の駅伝を見ながらだらだら。
 実家でコタツにぬくぬくしながらうめこぶ茶を飲む。
 隣では華黒がうめこぶ茶を飲みながら僕に寄り添っていた。
 艶やかな濡れ羽色の髪はロングストレート。
 瞳は宝玉さえ霞む美しさ。
 唇は熱を持って色っぽく。
 左右対称の完璧なパーツ配置。
 今は僕とお揃いのどてらを羽織っているけど些かも魅力が衰えた様子もない。
 要するに華黒は美少女だ。
 それも頭に絶世や不世出や空前絶後が付く。
 ちなみに僕の妹です。
 血は繋がっていないけどね。
 ついでに恋人でもある。
 童貞だけどね。
 華黒自身は、
「いつでもウェルカムです!」
 と主張するけど、これっぱかりはどうにもならない。
 というか本音の部分では恐怖の感情も混じっているだろう。
 少なくとも『あの男』を思い出す行為だ。
 僕への恋慕でアレな発言を繰り返すけど、まだ華黒が振り切れているとは思えない。
 それは僕にも言える事だけど。
 だからこそ僕と華黒は壊れた。
 いまだ快癒の見込みは無い。
 というかどこまで行ったら、
「快癒した」
 と云えるのかもわからない。
 精神がまだ数式に置き換えられない以上、これは業の深い問題だ。
 どうしたって不安は付きまとう。
 それを一時的にも忘れることが出来るから華黒と寄り添っている……のかなぁなんて最近とみに思う。
 僕と華黒は兄妹で。
 恋人同士で。
 同じ過去を共有した人間だ。
「だから何だ」
 と言われればそれまでだけど、地獄組みのように僕を縛る鎖になる。
 目に見えないから余計タチが悪い。
 ちなみにこの鎖は華黒にしてみれば、
「運命」
 と呼べるらしく縛られることに苦痛を感じたりはしないらしい。
 発症を会得した僕と違って華黒は『あの男』の扱いに対して抵抗の手段を持ってはいなかった。
 そういう意味では心的外傷は僕以上であるのだが、その傷が僕との繋がりを強固にする鎖とも思えば……なるほど。
「運命」
 と云えるかもしれない。
 言葉にはしないけど。
 閑話休題。
「どうかしましたか?」
 華黒が問うてくる。
 先の僕の、
「なんだかなぁ」
 に呼応した問いだろう。
 それくらいはわかる。
「いやさ。的夷伝さんのこと」
「ああ」
 二文字で納得する華黒だった。
 ちょっと意識を遡って。
 黛の背景を洗い出すのに僕は白坂の興信所の力を借りた。
 結果めでたしめでたし(というと華黒が怒るだろうけど)となったわけだけど、交換条件として僕が正月に白坂の家に顔を出すという約束をしたのだ。
 白坂。
 とある名家だ。
 財閥と云うほど力はないが所有する土地のテリトリーでの発言力は馬鹿にならず政治家の先生方が頭を下げて訪問する程度には格式のある家と云える。
 華黒の天敵である昴先輩の家……酒奉寺家も名家であり、白坂と反目している関係だけど特筆すべきことでもないだろう。
 ところで僕の出自は白坂だ。
 白坂の血筋であり白花ちゃんの従兄にあたるんだけどこれについては割愛。
 話を戻して……白坂の家に僕と華黒は招かれたのだけど、そこで問題が起きた。
 白坂ならびにその分家は、
「白の一族」
 と呼ばれているけど、その分家の一つである的夷伝家に纏子という美少女がいる。
 僕や華黒と同じ年齢。
 その子が僕と華黒に対面した瞬間リスカをしたのだ。
 僕にもリスカの経験はある。
 華黒にとっての『特別なこと』で『愛の証』ではあるのだけど、これも割愛。
 とまれ、いきなり出会い頭でリスカされて茫然とする僕と華黒に白花ちゃんが、
「あはは」
 と冷や汗をかいた。
 どうやら僕か華黒の存在が的夷伝さんの心境を追い詰めたらしい。
「以後隔離するから」
 と白花ちゃんは言った。
 そんなわけで的夷伝さんとはそれっきり。
 何のために出会ったのかな?
 僕がそう言うと、
「兄さんにとっては害的存在なので関係を築かれると困りますけど……」
 悩むように華黒が言う。
「そうかな?」
「そうですとも」
「何を根拠に?」
「兄さんは弱者を救うに全てを投げ出しますから」
「う……」
 自分を評価できない僕には痛い言葉だった。
「私にならそれもいいのですけど」
「まぁ……ね」
 特に人を救うという面において僕は病的……らしい。
 だからこそ華黒は僕を白馬に乗った王子様と見ている側面もある。
「まぁ白坂が適切な対処をしてくれるでしょう」
 そんな華黒の楽観論。
 だから僕たちと的夷伝さんの関係はここで打ち切りだ。

    *

 正月。
 三箇日。
 その最終日。
 ピンポーンと玄関ベルが鳴った。
 僕がうめこぶ茶を飲みながら昆布をガジガジ噛んでいる最中だ。
「華黒〜」
「はいな」
 玄関対応は華黒に任せる。
 僕は昆布を齧りながら正月特番を見る。
「はいはーい」
 と玄関対応した華黒が、
「きゃー!」
 と悲鳴を上げた。
「……ああ」
 嘆息。
 それだけで把握する僕。
 ほぼ完璧超人の華黒が苦手とする客。
 その心当りは一人しかいない。
「や、真白くん」
 ツンツンはねた茶髪の癖っ毛。
 切れ目には自信と自負が満ち溢れている。
 なお華黒にも見劣りしない美女。
 酒奉寺昴がそこにいた。
 酒奉寺家の長女。
 暫定的後継者。
 でありながら、
「美少女が好き!」
 と公言して憚らない偉大な人物。
 そんな昴先輩は頬に紅葉をつけていた。
 どうせ華黒に出会い頭にセクハラしたのだろう。
 この辺りは平常運転。
「真白くん」
「何でがしょ?」
「君を我が家に招待したい」
 また意味不明なことを言い出したね。
 昆布をガジガジ。
「意味の分からないことを言わないでください!」
 華黒が激昂する。
 さもあろう。
 先輩の誘いで危うくなかったことの方が少ない。
 華黒が警戒するのも自明の理だろう。
「で?」
「とは?」
「何ゆえ?」
「私がそうしたいからだ」
 でっか。
 まぁ今更先輩の動機を問うのは徒労にすぎないとわかってはいるんだけど。
「真白くん」
「何でしょ?」
「華黒くん」
「……何ですか?」
「君たちをパーティに招待したい」
「断ります」
 いっそさっぱりと華黒は突っぱねた。
「では真白くんだけでも」
「余計却下です!」
 うがー!
 華黒が吠える。
 ま、致し方なし。
「何かあるんですか?」
 僕が問うと、
「酒奉寺および分家の家系で新年パーティを開くのだ。どうせだから真白くんと華黒くんを招こうかと」
 にゃるほどね。
「まぁ別にいいかなぁ」
「絶対ダメです!」
 僕と華黒で意見が分かれた。
 まぁそれも今更なんだけど。
 華黒が僕を視線で射貫く。
「本気ですか?」
「そうなるよね」
 分かりきった問答だ。
「どうせ実家にいても昆布齧るか古本屋回るか……そんなことをするしかないからイベントは大歓迎」
「むぅ……」
 何かやることがあるか?
 と問われれば否だろう。
 華黒にとっても。
「で?」
「とは?」
「新年パーティって何するんですか?」
「立食パーティだよ」
 にゃるほど。
「パーティ会場を借りきって寺の一族で交流を深める新年のイベントだ」
 あれ?
「それだと僕や華黒は邪魔じゃないですか?」
「何を言う。二人とも私と結婚する仲だろう?」
 それこそ、
「何を言う」
 なのだけど。
「兄さん!」
「何でしょう?」
「断ってください!」
「僕も危惧はしてるけどさ」
「では……!」
「でもまぁちょっと立食パーティは興味あるかな? 華黒にも参加してもらえると心強いんだけどなぁ」
「であれば私もご一緒します!」
 チョロいなぁ。
 華黒においては別に問題視することでもないんだけどさ。

    *

「…………」
 チーンとりんの音が脳内にこだました。
「まぁこうなるよね」
 どうかって?
 着物を着せられています。
 女性用の。
 場所は高級ホテルの会場を借りきってのスペース。
 僕と華黒は女性用の華やかな着物を纏って酒奉寺主催の新年パーティに顔を出した。
 僕と華黒はスタッフによって着物を着せられメイクまでさせられ、華黒に至っては黒髪を簪で纏めあげられている。
 いつもと違うあの子にドキドキ。
「何で僕まで?」
 という疑念はつきないけども。
 当然華黒が黙っている筈もないので口を塞いだ。
 唇で。
「あ……う……」
 と真っ赤になって押し黙る。
 良かれ良かれ。
 良くないのはこっちである。
 いい加減慣れてきたとはいえ女装は僕のトラウマだ。
 四つに組めば蓋に閉ざした記憶が解放される。
 あっはっは。
 先述したように慣れてきてはいるんだけどね。
 付き合い方と云うよりどう諦めるべきかの問題ではあるんだけど。
「うん。愛らしいね真白くん。朝日に輝く露の煌きさえ君の前では色褪せる」
「平常運転ですね先輩」
「うむ」
 しっかと首肯する昴先輩に、
「…………」
 ジト目を向ける華黒だった。
 そんなことで痛痒を覚える繊細さを先輩が備えている筈もなかろうけども。
 実際メイクした際、僕も僕を見たけどまぁ美少女だったね。
 元より性別を間違えて生まれてきたのかと思いもする。
 実母である白坂撫子の遺伝子を存分に受け継いでいるらしい。
 白坂百合さんの話によればね。
「さて……では行こうか真白くん」
「どこへ」
「良いところ」
 パチッとウィンク。
「嫌な予感しかしないんですが」
 既に煮え湯を飲まされているのにこれ以上があってたまるか。
 そう言っても、
「まぁまぁ」
 と押し切られた。
「華黒くんは適当にパーティを楽しんでくれたまえ」
「私がついて行っては不都合が?」
「ああ」
 いっそさっぱりと昴先輩は言った。
「それを私が許すとでも?」
 殺気が放たれる。
 が、昴先輩はどこ吹く風。
「別に取って食おうなんて思ってないよ。少しは信用してくれないかな?」
「兄さんはそれでいいんですか?」
「良かないけど一応パーティに参加してるんだから付き合うのも義理かなって」
「むぅ」
「大丈夫」
 僕は自分の人差し指に舌を絡ませて唾液を塗り付けると、華黒の唇に押し付けた。
 間接ディープキス。
「僕が一番好きな女の子は華黒だから」
「……っ」
 それだけでしおらしくなる華黒だった。
 可愛い可愛い。
「さて」
 昴先輩は自然に僕の手を取った。
「それでは行こうか」
 そう言って広い会場の主賓席方向へと歩き出す。
 僕は、
「…………」
 無言でパチッと華黒にウィンク。
「我慢して」
 の合図だ。
 伝わったらしい。
 ジュース片手に壁の花となる華黒だった。
 僕は(見た目)美少女だ。
 そして昴先輩も美少女だ。
 で、あるためパーティ会場の参加者の人目を引いた。
「…………」
 多分百合百合に思われていることだろう。
 心底不本意だけど仕方ない。
 と、
「お前もよくやるなぁ」
 一人の男子が声をかけてきた。
「どうせ姉貴の強制だろうが付き合う必要もあるまいよ」
 酒奉寺統夜。
 僕と華黒のクラスメイトで、僕の唯一の男友達だ。
 着ている服はスーツ。
 それがまた昴先輩と同じ設計図で生まれた統夜によく似合っていて格好良かった。
「ある種、可憐だな」
「皮肉にしても辛みが強すぎないかい?」
「純粋に褒めただけだ」
 喜ぶべきなのかどうなのか。
 わからないので沈黙を選んだ。
「姉貴は何をするおつもりで?」
「挨拶」
「ああ」
 それだけで統夜には納得できたらしかった。
 できれば僕にもわかるように言ってほしかったのだけど。

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