三学期早々の授業と授業の間の休み時間。 「統夜様。あなたは悪魔に取りつかれていますよ」 その言葉に俺……酒奉寺統夜はギクリとした。 言葉を発したのは白井さん。 本名、白井亨と云う酒奉寺とはあまり仲の良くない『白の一族』の使用人だ。 鮮血を想起させる朱い髪の美少女。 (……っ!) 六連が表情を強張らせる。 (認識阻害の結界だよ統夜!) テレパシーでそんな六連。 元より六連からは忠告があった。 (天使の契約者が転校してくるよ) と。 そして悪魔であれ天使であれ契約者は異能を行使する。 俺には無いがな。 とまれ、 「悪魔に取りつかれている」 と真顔で言い切る白井さんに誰も注意を払わないしツッコまない。 それは白井さんの主であり隣の席である纏子ちゃんも含まれる。 それが認識阻害の結界の効果なのだろう。 《そこ》に俺と白井さんがいることはわかっても意識をはらうことが出来ない。 つまり今の状況において隠し立てすることは何も無いということになる。 確認のために聞いてみる。 「白井さんには六連が見えてるのか?」 「むつら……?」 「こいつの……」 くしゃくしゃと六連の頭を撫でる。 (あう) 赤面する六連だったが無視。 「姿が見えてるのか?」 「ええ」 いっそ爽やかに言われた。 だろうがな。 俺は嘆息する。 どうやら悪魔の契約者と天使の契約者は相反する関係らしい。 これも六連の言。 で、実際白井さんの纏っている雰囲気はちょっと形容しがたい。 優しさがある。 悲しみがある。 憎しみがある。 愛しさがある。 清濁含めた感情図は……先にも言ったが形容しがたい。 「わたくしが祓ってあげましょうか?」 「必要ない」 拒絶する。 「あなたは悪魔に魂を握られているんですよ?」 「契約は等価交換であるべきだ。こちらの願いを叶えてもらったんだから対価を差し出すのは当然だろう?」 「サタニストですか?」 それとは少し違うが……。 「あなたは魂と云うものがどう云うものかご存じで?」 「さぁて」 肩をすくめる。 「通り一辺倒にしか」 「生命の根源だと思ってらっしゃるならば誤解ですよ」 「そうなのか?」 これは白井さんではなく俺の肩に座っている(重さは感じないが)六連への質問だ。 (うん) こっくりと頷かれる。 視線を六連から白井さんに戻す。 「じゃあ魂って何だ?」 「生殺与奪権です」 「…………」 沈黙するのもしょうがあるまい。 願いの成就と同時に魂を差し出す。 それが俺と六連の契約だ。 そして白井さん曰く魂とは生殺与奪権とのこと。 「つまり統夜様がいつ死ぬかの権利が統夜様自身から悪魔に譲渡されたというわけです」 「そ」 簡潔に頷く。 「そこで話を戻しましょうか。その悪魔を祓ってあげましょうか?」 「可能か?」 「ええ」 コクリと白井さんは頷く。 同時に白井さんの体内から幽体離脱するように三対六枚の純白の翼を背負った天使が現れる。 (熾天使……っ!) 六連が絶句する。 どうやら天使の契約者であることは知っていても、それがどんな天使かまでは認識外だったらしい。 ちなみに熾天使って天使の序列の最高位じゃないか? 「紹介しましょう。契約の天使。天の書記。神の代理人。三十六万五千の眼を持つ熾天使……メタトロンです」 契約者にしか見えない純白の天使を白井さんはそう紹介した。 「目は二つしか無いようだが?」 人型であるためしょうがないっちゃないんだが。 「残る三十六万四千九百九十八の眼は宙に漂う埃や霧やイオンのように極小サイズで展開されており、ありとあらゆる視覚情報を収集しています」 「管理社会もビックリだな」 「説明したとおりメタトロンは契約の天使。悪魔との契約を破却することもできます。魂を取り返すことも可能でしょう」 「その場合俺が望んだ現象はどうなる?」 「無論契約を破却するのですから無かったことに」 「じゃあ無理」 今更姉貴の万能性を返されても……本当に今更だ。 元より俺は自身の万能性が鬱陶しく、それ故に六連と契約して自身の才能を姉貴に譲渡したのである。 「たかだか生殺与奪権が六連に移ろうと問題じゃねーよ」 「悪魔との契約者を野放しに出来ないのが天使との契約者の業なのですが……」 いわゆるエクソシストという奴だ。 「間に合ってる」 俺は一刀両断。 「悪魔がその気になれば一秒後にも統夜様は死ぬんですよ?」 「別に未練もないし」 心底本音だった。 「では実力行使と云うことで」 勝手に納得する白井さんの背後にてふよふよ浮いていた天使……メタトロンが六連に襲い掛かる。 力技だぁな。 「メタトロンつったら最上級天使だった気がするが大丈夫か六連?」 (大丈V) 余裕綽々だった。 (私は夜にて総べる星。おうし座……プレアデスの恩恵を受ける天体悪魔だよ? 地球平面説……アポテオーシスリミッターのかかった旧弊な天使じゃ相手にもならないよ) さいでっか。 警戒や緊張をしていたが無用のものだったらしい。 |