超妹理論

『カルネアデスの板の罪』前編


 連れて行かれたのは、
「あっはっは」
 見覚えのある場所だった。
 都会の駅周りにひっそりと建っているお店。
 ぶっちゃけ手芸屋。
 見覚えもあるも何も酒奉寺昴先輩に何度となく連れて行かれて着せ替え人形にされた経験は忘れるには早すぎる。
「ここに来たかったの?」
 確認を取る僕に、
「みゃ〜。だにゃ」
 スマホのラインでそんな返事。
「…………」
「みゃ〜」
 纏子さん……。
 少し興奮してはいませなんだ?
 いいけどさ。
「何でも買っていいにゃよ?」
 纏子さんはブラックカードを提示した。
 まぁ分家とはいえ白坂の血縁だ。
 的夷伝とてそれなりの家なのだろう。
「うーん」
 悩む僕。
「さて、」
 ここは乗るべきか否か。
 悩んでいるところに、
「みゃ〜」
 纏子のラインだ。
「何か着てほしい衣装とかあるにゃ?」
 スマホをカシカシ。
「じゃあとりあえずコレに着替えて」
 そう僕が指差したのはメイド服。
 しかもゴシック調。
「みゃ〜。真白はメイド好き?」
「ロマンがあるよね」
「私と一緒に居れば亨もついてくるにゃ」
「白井さんもメイドさんだったね」
「みゃ〜」
 そしてゴシックメイド服を手にとって纏子は店員さんと共に試着室に消えた。
 その間に他の衣装を見てまわる。
 中には明らかに女性が身に纏う物でありながら寸法が男のソレもある。
「誰が着るんだ」
 と思ったけど、僕が言える立場ではないので黙っておく。
 布も十分余らせてどんな体型の人にも仕立て直しが出来るようにされている点はさすがとしか言いようがない。
 昴先輩が大学で手芸部に入ったのもこんな店に通っているからだろうか?
 そういえば自宅にアトリエがあるとか言っていたね。
 本人は、
「乙女の嗜み」
 とか言っていたけど服飾デザイナーの才能が先輩にはあると思う。
 この場合クラシックではなくモードだろう。
 もっとも統夜がやる気なしだから先輩が酒奉寺の家を維持すべくなのは自然と云うかしがらみと云うか……。
 統夜が昴先輩並みの才能を持っていたら話もまた違ったんだろうけどね。
 お、カソック。
 そう云えば前に買ってもらったっけ?
 まだ先輩は保存してるだろうか?
 捨てるのも忍びないけどね。
「お」
 瀬野二の制服発見。
 いちいち芸が細かい。
 これを着れば瀬野二の生徒だと誰もが錯覚するだろう。
 もっとも瀬野二の生徒である僕はモノホンの制服を持っているから意味はさっぱり無いんだけど。
「おお〜」
 派手なカクテルドレス発見。
 布を重ねて織られており、刺繍がいたるところに施されている。
 全体的には紫色。
 華黒にきっと似合うだろう。
 纏子がブラックカードをちらつかせたのを思い出す。
 華黒にお土産としてもいいかもね。
 金の出所が何処であれ僕が選んだのなら華黒は嬉々として着るだろう。
「ふむ」
 脳内華黒を着せ替えてみる。
「悪くない……ね」
 煩悩煩悩。
 そんなことをつらつらと考えていると纏子の試着が終わった。
 先に試着室を出た店員さんが、
「お待たせしました」
 と一礼する。
 そしてシャッと試着室のカーテンを開ける。
 ゴシックメイドが目に映った。
 茶髪であり白い肌であるためか。
 メイド服は纏子に晴れやかに似合っていた。
 本当にこんなメイドさんがいたらクラッときそうなくらい。
 さすがにそこまでは口にしないけど、
「似合ってるよ」
 と世辞を言うくらいは常識を持ち合わせている。
 纏子がスマホをカシカシ。
「真白にご奉仕してあげよっかにゃ?」
「間に合ってるよ」
「華黒のことにゃ?」
「他にも色々ね」
 苦笑する他ない。
 なんとも業が深いことだ。
 本当に……今の僕は昴先輩を責められない。
 なんだかなぁ。
 いいんだけどさ。
「みゃ〜。似合ってるならこれも買おうかにゃ。それとあっちも」
 纏子の、
「あっち」
 は瀬野二の制服だった。
 何に使うの……そんなの?

    *

 で、瀬野二の制服(のコスプレ)を纏って僕と纏子は電車に乗ってとんぼ返り。
「これでデートは終わり?」
 そう聞くと、
「みゃ〜。これからが本番だにゃ」
 ちなみに冬であるため早々に日は沈んだ。
 地元の駅で降りるということは帰る他ないと思うんだけど……。
 クネリと首を傾げる僕……のスマホ……のラインに纏子のメッセージが送られてくる。
「夕食をとって、それから付き合ってもらいたいところがあるにゃ」
「…………」
 別にいいけどさ。
 そして纏子は駅からタクシーを捕まえて僕と一緒に乗り込む。
 そこで行先を知らない僕と失語症の纏子のせいで一悶着あったけどそれは割愛。
 タクシーの着いた先は寿司屋だった。
 名を、
「大和心」
 という。
「…………」
 寿司屋……。
 それも回っていない。
「ええと……」
 僕は眉間をつまんだ。
「大丈夫なの?」
「これくらいは許容範囲にゃ」
 金持ちうぜぇ。
 それが僕の率直な感想だった。
 さすがに言葉にはしないけど。
「ここで夕食をとって……それからもう一つ付き合ってほしい場所があるにゃ」
「何処?」
「今は秘密にゃ」
 でっか。
 カウンター席に座る。
「好きに食べてほしいにゃ」
「まぁ他人の金なら遠慮は無用だしね」
 気後れすることとソレとは別問題だ。
「らっしゃい。おや、お若い方の登場だ」
 カウンター席に付くと同時に店員さんに絡まれた。
「…………」
 纏子は何も言わない。
 というか言えない。
「とりあえずカンパチとヒラメとウニ」
「へい!」
「それからこっちに同じものを」
 僕は纏子を指差して言う。
「へい!」
 寿司が握られて差し出される。
 もきゅもきゅとそれを咀嚼嚥下。
「どうでっしゃろ?」
「美味しいですよ。グルメリポーターみたいな反応は出来ませんけどね」
 寿司屋の店員の質問に肩をすくめて僕。
「みゃ〜。下調べした甲斐があったにゃ。美味しいにゃ」
「日頃から纏子はこんな店に来るの?」
「まぁ別に行かなくてもいいけど行って損傷も無いにゃ」
 ……ブルジョアジー。
 多少気分がささくれだちガリを噛んで緑茶を飲む。
 それからしばし僕と纏子は寿司を楽しむ。
「…………」
 どんな話題を振ろうか考えていると、
「みゃ〜」
 纏子の方から振ってきた。
「真白は何でそんなに強いのにゃ?」
「強い? 僕が?」
「みゃ〜」
 肯定の意思表示。
「強くなんかないよ」
「そこで強がる必要は無いにゃ」
「そんなつもりもないけどなぁ」
「確かに私は真白に一目惚れしたわけじゃなくて真白の背景を知って好きになったにゃ」
「僕の過去に惚れられる要素なんかある?」
「正直反吐が出る内容だったにゃ」
「まぁ目障りや耳障りな内容なのは否定しないけど」
 少なくとも聞いて胸がすくような話でもない。
「なんでそれだけの仕打ちを受けて尚も人に接することが出来るにゃ?」
「自分が見えないから」
 そして寿司をもむもむ。
「結局のところ憎しみとは自分を勘定に入れて損した場合にのみ発生する感情だよ。僕は自分をソロバン出来ないから人を憎むことが出来ない。無論例外はあるけどね」
 例えば華黒に関することとか。
「みゃ〜。やっぱり真白は強いにゃ」
「だから違うって……」
 茶を飲む。
「私にその強さがあったらにゃ〜……」
「止めた方が良いよ」
「そうにゃの?」
「常識に遊離するのは決して良い事じゃない」
「それについては今更だにゃ」
「だろうね」
 リスカをして瀬野二の生徒をドン引きさせた纏子が言えば説得力がある。
「真白もリスカしたにゃ」
「まぁね」
「でもそれは他者のためにゃ」
「自分のためだよ」
「うん。そんな真白だから……」
 そこまで文章を打って、
「…………」
 纏子は沈黙した。
 寿司をもむもむ。
 勘定はブラックカードだった。

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