超妹理論

『纏子とのデート』


「兄さん」
「むに」
「兄さん」
「あふ」
「兄さん」
「くし」
「兄さん? キスしますよ?」
「駄目」
 一瞬で起きる僕だった。
「何でですかぁ!」
 不満爆発強力華黒。
 僕は、
「くあ……」
 と欠伸をした。
「ん〜」
 目は覚めたけど覚醒とまではいかない。
「くぅ」
 眠気に負けて再度布団に潜り込む。
「えい」
 華黒の掛け声。
 何をされたのか。
 一瞬わからなかった。
 だが一瞬だ。
 次の瞬間、
「っ!」
 強烈なミント臭に僕のカルテジアン劇場のホムンクルスが腹踊りにタコ踊りを狂ったように踊った。
「……げほ! ぐは……っ!」
 ミントの錠剤。
 それを口に放り込まれたわけだ。
 華黒の手元を見ると、
「トラック運ちゃん必須のミント覚醒錠剤スーパーエックス」
 と銘打たれた錠剤のパックがあった。
「趣味が悪いよ」
 ゲホッと咳をしながら僕。
「今日は纏子とデートでしょう?」
「そうだけどさ……」
 今日は日曜日。
 明日の月曜に纏子と白井さんは転校する。
 そんな感じ。
「それでよく華黒が起こしたね」
 大反対の立場かと思ってたんだけど。
「上杉謙信の気分です」
「敵に塩を送るってこと?」
「対等の立場ではありませんですけど」
「僕は華黒一筋だしね」
「大好きですよ兄さん」
「僕も華黒が大好き」
 チュッと軽くキスをした。
 唇と唇を触れるか触れないか程度のものだ。
「私以外とキスは駄目ですよ?」
「そんなつもりはないなぁ」
「なら良いですけど」
 それで納得してもらった。
 実際その通りなのだから嘘をついているわけでも誤解を誘発させているわけでもないのだけど。
「はい」
 華黒がほほ笑む。
「起きてくださいな。兄さん」
「ん」
 布団からもぞもぞと起き出す。
 ダイニングに行くとルシールと黛がいた。
「………………おはよう……お兄ちゃん」
 ルシールは悲しそうだ。
「おはようっすお姉さん」
 黛も少し表情が固い。
 別にデートするだけなんだけどな。
「華黒」
「はいな」
「コーヒー」
「はいな」
 そしてコーヒーを飲んで僕はミントに混乱している脳内を落ち着かせる。
 それから華黒が朝食を用意してくれた。
 トーストとサラダとオレンジジュース。
 胃に優しいメニューだ。
 シャクッとトーストを齧る。
 サクリとサラダを咀嚼する。
 ズズーッとジュースを飲む。
「ごち」
 パンと一拍。
「………………真白お兄ちゃん」
「何?」
「………………本当に……的夷伝先輩と……デートするの?」
「思い出作りにはいいんじゃない?」
「………………あう」
 るし〜る。
「遊ぶだけっすよね?」
 念を押すように黛。
「うん。まぁ」
 華黒に用意してもらったホットミルクを飲みながら僕はぼんやり肯定する。
「待ち合わせは駅前でしたっけ?」
「まぁね」
 ふぅ。
 とホットミルクで温まった息を吐く。
 ダイニングを出ると僕はデート用に着替える。
 とは言ってもセーターにジーンズにフード付きコートを纏うだけなんだけど。
「じゃ、行ってくる」
「お帰りをお待ちしております兄さん」
「………………気を付けてね……お兄ちゃん」
「取り込まれないようにね〜」
 はいはい。

    *

 デートは三十分前につくのが礼儀らしい。
「さすがにそこまでやる気の出るイベントでもないし……」
 僕は十分前に纏子との待ち合わせの駅前についた。
 纏子は既に居た。
「ふう」
 と白い息を吐く。
 まだ一月。
 寒い季節だ。
 纏子の服装はキャッチーだった。
 上着は白のフード付きレザーコート。
 下はチェックのスカートとニーソックスの絶対領域。
 靴は革のブーツ。
 そしてブランドのバッグを肩からかけていた。
 駅前でボーっとしていて、
「…………」
 僕を見つけるとパッと花咲いた。
 うん。
 可愛い可愛い。
「…………」
 てけてけとこちらに歩み寄ると纏子は僕の両手を自身の両手で握りしめた。
 ニッコリ笑う。
 元より美少女だ。
 その破壊力はスターウォーズ計画にも勝る。
 いわゆる一つのSDI。
「防衛戦なら任せろ」
 と言いたいが纏子の可愛さの前には無力でもある。
 なんと攻撃的な防衛戦略か。
 多分白井さんの謀略なのだろうけど。
「…………」
 相も変わらず纏子は喋らない。
 しょうがないから僕から提案する。
「百貨繚乱で時間つぶすのと都会まで足を延ばすのはどっちがいい」
「…………」
 ギュッと僕の両手を両手で握って離すと、
「…………」
 カシカシとスマホを弄る纏子さん。
「みゃ〜。都会まで足延ばそうにゃ」
 ラインにそんな文章。
 僕もカシカシ。
「じゃ、行こっか」
「みゃ〜」
 そして纏子は僕の右腕に抱き付いた。
「…………」
 この沈黙は僕の物。
 まぁいいんだけどさ。
 華黒がいれば致命的だけど、
「今はいないしね」
 苦笑してしまう。
「ふ」
 息を一つ。
 白く輝いて撹拌する。
 片手でスマホをカシカシ。
「とりあえずお茶にしよう」
 そんな僕の提案に、
「…………」
 纏子はスマホをカシカシ。
「みゃ〜。温まるにゃ」
 異論はないようだった。
 僕は二人分の切符を買って電車に乗る。
 纏子も乗る。
 ガタンゴトン。
 電車が走る。
「…………」
 纏子は懐からイヤホンを取り出した。
 MP3プレイヤーらしい。
 片方を自身の耳に当て、
「…………」
 もう片方を渡してくる。
 ガタンゴトン。
 僕は渡されるままイヤホンを耳にあてる。
 そして纏子がMP3プレイヤーの再生ボタンを押す。
 流れてきた曲はスピッツの「ロビンソン」だった。

「誰も触れない二人だけの国」

 叶わぬ夢だ。
 少なくとも僕と纏子においては。
 僕には華黒がいるから華黒となら可能かもしれないけど……そんなことを僕は華黒に望んではいない。
 エゴかも……しれないけどさ。
 ガタンゴトン。
 電車が走る。
 乱雑な纏子メドレーがイヤホンから聞こえてくる。
 それを心地よく感じながら僕は電車に揺られる。
 ガタンゴトン。
「みゃ〜」
 そんな文章。
 ラインだ。
「何?」
「イヤホンを共有して一緒の曲を好きな人と聞くのが夢だったにゃ」
「良かったね」
 僕は苦笑してしまう。
「みゃ〜」
 照れ照れ。
 趣があるなぁ。
 照れる纏子はさ。
 ガタンゴトン。
 電車が走る。

    *

 それから都会に着くと僕らは喫茶店に入った。
 皮肉にも、
「あー……」
 前に白井さんと入った喫茶店だったけど、
「狙ったわけじゃあるまいな?」
 それは言わぬが花だろう。
 ウェイターに案内されて狭い店内の一つの席に着く。
 纏子がスマホをカシカシ。
 ラインだ。
「カプチーノ」
 そう綴られていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 タキシードのウェイターに尋ねられて、
「アメリカンとカプチーノを」
 僕は意を汲んで二人分注文する。
 しばらくするとコーヒーが手元に置かれた。
 僕の前にはアメリカン。
 纏子の前にはカプチーノ。
 しばし嗜む。
 僕は帝国軍か同盟軍かなら同盟軍なんだけどブランデーは飲めないし紅茶もそれほど詳しくはない。
 ミラクルヤンは僕の偉大な師匠なんだけどこれっぱかしはなんともかんとも。
 忸怩たる思い、
「というほどでもないけど……なんだかなぁ」
 なんて心境。
 それをそのまま纏子に話す。
 纏子は息を漏らした。
 クスクスと笑っているのだ。
 カプチーノのマグカップをカチンと受け皿に打ち鳴らすとスマホをカシカシ。
「プロージット」
 ライン。
 そんな一文。
「帝国派?」
 問う僕に、
「かっこいい将校が多いにゃ」
 なぁる。
 たしかに女の子には帝国軍の方が受けがいいかもね。
「ラインハルト? ロイエンタール? 疾風ウォルフ?」
「ミュラーだにゃ」
「鉄壁か……」
 まぁ僕も好きなんだけど。
 師匠をして、
「代わりを任せて昼寝できる」
 と言わしめた将校だ。
 そんなこんなで銀英伝の話を咲かせる僕らだった。
 コーヒーをお代わりしながらラインで会話する僕と纏子。
「みゃ〜。真白は何で華黒に惚れてるにゃ?」
「知ってるでしょ?」
「みゃ〜?」
「一目惚れじゃないって聞いたよ?」
「誰から?」
「白井さんから」
「みゃ〜」
 諦めたらしい。
「でもそれは状況に流されてるだけにゃ」
 否定はしない。
 その上で、
「だから何?」
 と僕は問うた。
「みゃ〜」
 困ったような纏子のライン。
「要するに視界を確保できればいいにゃ?」
「まぁね」
「華黒に相応の人物が見つかれば万々歳にゃ?」
「いればね」
「なら探すにゃ」
「多分世界に一人しかいないんじゃないかな?」
「かにゃ?」
「かにゃ」
 スマホをカシカシ。
 コーヒーを一口。
「じゃあ」
 と纏子。
「私の付け入る余地は無いかにゃ?」
「無いにゃ」
 それは決定的な言葉。
 少なくともこのデートは、
「恋人仲睦まじく」
 のソレではない。
「報われぬ女の子の思い出作り」
 に相違ない。
 そんなことは纏子とて理解できないはずもないだろうけど……。
「…………」
 どうかな?
「纏子は真白が好きにゃ」
「僕の過去と歪みを知って尚そう言えるの?」
「同情はするにゃ」
 そりゃどうも。
「でも……」
「でも?」
「だからこそ……」
「だからこそ?」
 疑問質疑の光を瞳に宿すと、
「にゃはは」
 とラインの文章で纏子は笑った。
 僕は苦笑してコーヒーを飲む。
「ちなみにこの後の予定とか考えてる?」
「まぁ一応は……だにゃ」
「じゃ、とりあえずそれを消化しよっか」
 そう言って僕は伝票を握りしめた。

ボタン
inserted by FC2 system