超妹理論

『決別の前日』


「むう」
 針のむしろ。
 唸ってしまう。
 衆人環視の視線……ではない。
 と言ったら嘘になるんだけど本質的にそれは重視されない。
 では何かと問われればヒロインたちの視線である。
「むう」
 華黒も僕同様に唸る。
「………………あう」
 悲しげな表情のルシール。
「おね〜さ〜ん〜?」
 ジト目の黛。
「…………」
 纏子は相変わらず喋んないし、
「…………」
 白井さんはニコニコしている。
 ほくほく顔と云う奴だろうか?
 とまれ僕の右腕にはいつも通り華黒が引っ付いている。
 右とは左よりも優先される位置でありキリスト教においては、
「そのものと同じ御座」
 という意味がある。
 もうちょっと平凡な例を出すなら、
「右に出る者なし」
 の右である。
 であるため僕の右側は華黒のポジション。
 そして左側はルシールか黛のポジションだったんだけど……、
「………………あう」
「おね〜さ〜ん〜?」
 ルシールはルシーり黛はジト目。
 それもそのはず。
 今日の僕の左腕には纏子が引っ付いているのだから。
 半ば強制的に。
 事情自体は早々に伝わっていた。
 要するに白坂本家による的夷伝の排除。
 まずは出来ることから。
 もっと云うなら千里の道も一歩から。
 で白坂の圧力で纏子と白井さんは数日中に転校することになった。
 まさかまさかの数日で転入と転校て……。
 いやまぁパワーゲームに逆らえるわけもないんだけど。
 ことこれに関しては白坂と酒奉寺が珍しく結託したとの情報まで入ってきていた。
 主に統夜から。
 統夜が言うには、
「姉貴も的夷伝さんは危険だってよ」
 とのこと。
「否定はしない」
 とは僕のこと。
「姉貴に伝言あるか?」
「愛してるよって伝えて」
 苦笑して僕が言うと、
「かっはっは」
 と統夜は快活に笑った。
 面白く思ってくれるのならば何より。
 閑話休題。
 そんなわけで転校の期日が迫るにつれて纏子は積極的に僕にアピールを開始した。
 そのせいで他のヒロインは暗鬱たる雰囲気をまるで濃霧の様に纏うのだった。
 面白くないのはわかるけどさ……。
 そこまでの価値が僕にあるかなぁ。
 それっぱかりは世にも奇妙な物語だ。
 華黒を除く。
 華黒にとって僕は白馬に乗った王子様だ。
 これはしょうがない。
 本質的に華黒は僕にしか心を開けない。
 それが誤解と曲解に基づくものでも、
「そうしなければ」
 華黒は壊れていただろう。
 精神的には僕より丈夫なんだけど、だからと言ってか弱い一人の女の子であるのもまた事実で……。
 だから僕はそんな華黒が愛おしい。
 そう言ったんだけどね。
「でしたら抱いてください」
 と返すあたりが残念だ。
 エロエロ方面に繋げたがる華黒のソレは焦燥だと頭ではわかっていてもうんざりせざるをえない。
 他にないのかチミは?
 と問うと、
「ありません!」
 と快活な言葉が返ってきた。
 閑話休題。
 そんなわけでそんな華黒がそんな状況を面白く思えるはずもなく、
「むう」
 僕の左腕に抱きついている纏子に熱視線ビームを送るのだった。
 纏子と言えば、
「…………」
 言葉にこそしないものの僕の左腕に抱きついて、僕の左肩に頭部をこすり付けて、至福の一時。
 まぁそれでいいんならいいんだけどさ。
 そんなこんなで昇降口。
 漸く腕への抱き付きから解放される。
 僕が自身の上履きを取り出していると、
「あら」
 と白井さんが言葉を漏らした。
 手には封筒。
 というか便箋。
 らぶれたー。
 ぷれでたー。
「どうしましょう?」
 どうするもこうするも。
「真白様」
「何?」
「付き合ってはもらえませんか?」
 別にいいけどさ。

    *

 で、放課後。
「に・い・さ・ん?」
 歌を唄うように華黒は僕を呼んだ。
「なぁに? 可愛い華黒」
「褒めても何も出ませんよ?」
「そうなんだ」
「褒章として私の体を捧げます」
 何も出ないんじゃなかったの?
 まぁこの程度で辟易していては華黒とは付き合えない。
 辟易自体はしているけども。
 とまれ、
「白井さんの面倒事に付き合うのはわかってるよね?」
「別にどうでもいいではありませんか」
 これを本気で言ってるんだからなぁ。
 いいんだけどさ。
 らしいっちゃらしい。
 平常運転と言えば平常運転。
 で、
「おねーさーん。おねーさまー」
 相も変わらず上級生の教室ということに気負いを微塵も感じてはいない……というより面の皮の厚い黛がひょこひょこと廊下側から手を振っていた。
「………………」
 扉の陰から片目を出してこちらを窺うルシールもいる。
 相も変わらず庇護欲を誘う。
 華黒が隣にいるから言わないんだけどさ。
「…………」
「此度は申し訳ありません」
 纏子と白井さんも合流した。
「役者は揃い申した」
 ってところかな?
「手紙は読んだの?」
「はい。やはり懸想文でした」
「まぁ白井さんは綺麗だしね」
 あっさりと言った僕に、
「ふふ」
 と白井さんは笑った。
「なれば好きにしてくださって構わないんですよ?」
「僕には華黒がいるからなぁ」
 こういう時の華黒は便利だ。
「ですか」
 意外とあっさり白井さんは納得した。
「ことほど斯様にお綺麗な妹御がいらっしゃれば他にはいりませんね」
 苦笑が漏らされる。
 無論白井さんの物だ。
 同時に僕の物でもある。
「場所は?」
「屋内プールの裏手です」
「ベタだ」
 他に言い様も無い。
 ところで屋内の温水プールに浸かれるって水泳部は贅沢じゃなかろうか?
 なんとなくそんなことを思った。
 どうでもいいですね。
 はい。
「………………真白お兄ちゃんが……嫌われないか……心配」
 杞憂だ。
 というか今更だ。
 もはや後戻り不可能なところまで僕は来ている。
 それについての負い目は……まぁないけどさ。
「とりあえず行くよ」
 そしてぞろぞろと団体さんご案内。
 僕と華黒、ルシールと黛、纏子と白井さんで屋内プールの裏手へと顔を出す。
 懸想文の主は既に待っていた。
 そして僕を見るなりギョッとしていた。
 失礼な奴め。
 じゃあ他人の恋愛事情に首を突っ込むのは失礼じゃないかと言えば……まぁそれは後世の研究家に任せよう。
 白井さんは何度も言ったけど美少女だ。
 鮮やかな赤。
 ルビーの如き赤。
 それらが一つの、
「白井亨」
 という存在を美少女として構築為さしめている。
 胸も華黒とどっこいだしね。
 プロポーションも整っており、今すぐモデルをやっても通用しそうだ。
 一人の少年が慕情を抱いても不思議ではない。
 さて、
「何の様でしょう?」
 白井さんは残酷な言葉を吐いた。
 こんなところに呼び出して、
「何の様でしょう?」
 も無いものだけど白井さんらしい言葉でもある。
「あ、あの……」
 少年は勇気を振り絞って告白した。
 愛の。
 そして不憫な結果に終わった。
 わかっていたけども。
「では申し訳ありませんがこれで終わりですね」
 そう締めくくって白井さんは僕に視線をやる。
「何?」
「今日の夕食はわたくしに用意させていただけませんか?」
「馳走してくれるってこと?」
「そうとってもらえて構わないかと」
「料理による」
「もつ鍋などどうでしょう?」
「行く」
 冬に温まる鍋は筆舌に尽くし難い。
「無論、華黒様、ルシール様、楓様もご一緒に」
「それなら……」
 妥協案がとられた。

    *

 スーパーに寄って食材を買うと、一旦僕たちは別れた。
 僕と華黒はその部屋に。
 ルシールと黛は自身の城に。
 纏子と白井さんは自身の居場所に。
 鍋にも色々と準備がある。
 その間、僕は僕の部屋でまったりすることに決めた。
「か〜ぐ〜ろ〜」
 ダイニングでテーブルに突っ伏して華黒を呼ぶ。
「何でしょう兄さん?」
「コーヒー」
「はいな」
 花綻んで華黒は笑う。
 可愛いなぁ。
 本人には言ってあげないんだけど。
 華黒は、
「これある」
 を察していたのだろう。
 既に湯は沸いている。
 ガリガリと豆を挽いてフィルターにお湯を通す。
 出来上がった世界に唯一無二のコーヒーが差し出された。
 ズズズと飲む。
「美味しいよ華黒」
 ニッコリ笑ってあげると、
「光栄です兄さん!」
 向日葵の様に華黒は笑うのだった。
 苦笑してしまう。
 短絡思考もここまでくれば勲章モノだ。
 と、
「ん?」
 僕のスマホが鳴った。
 ラインだ。
「みゃ〜。夕餉の準備できたにゃ」
 相も変わらず……。
 良いんだけどさ。
 見れば華黒もスマホを弄っていた。
 おそらく纏子からの呼び出しだろう。
 ピンポーンとインターフォンが鳴る。
 華黒が応対する。
「はいはいはーい」
 ガチャリと扉が開けられる。
「お姉様。呼びに来たっす」
 そんな黛の声。
 僕はズズズとコーヒーを飲む。
「………………駄目……かな?」
 これはルシールだろう。
「いいえちっとも」
 おそらく華黒は首を横に振ってるはずだ。
 ルシールにはなんだかんだで責めきれない華黒である。
 良か事良か事。
 そして僕がコーヒーを飲み干すと、僕らは纏子と白井さんの部屋に御呼ばれした。
 既に鍋の準備は済んでいる。
 ダイニングの席も六人分。
「拙いかもしれませんが楽しんでもらえれば幸い」
 そう言って白井さんは慇懃に一礼した。
 では、
「いただきます」
 六人が食事の前に一拍した。
 儒教の影響を受けている日本であるからしょうがなくはあるんだけど。
 ニラとモツをすくって皿に移す。
 クシャリとニラを噛む。
 香り高い味が口内を凌辱する。
「美味しいですか?」
 白井さんが聞いてくる。
「ん。出汁も食材もいい味出してるよ。これはちょっと真似できないね」
 絶賛してみる。
 華やかに白井さんは笑った。
「光栄です」
 そんな感謝の言葉を無視して僕はモツを噛み潰す。
 ジュワッと旨みが噛むほどに引き出される。
 そんなこんなで六人で(内五人は美少女)もつ鍋を楽しんでいると、
「あの……」
 と白井さんが僕に声をかけてきた。
「何?」
 答える僕。
「わたくしたちはもうすぐ白坂の圧力で転校します」
「知ってる」
 それは僕だけじゃなくかしまし娘にも言えることだ。
「ですから最後に思い出作りとしてデートをしてほしいのです」
「白井さんと?」
「いえ」
 否定する白井さん。
「お嬢様と」
 そして間接的な肯定。
「僕と纏子でデート?」
「はい。わたくしたちにとっての真白様はもうすぐ居なくなりますから」
「纏子はそれでいいの?」
 問うと僕のスマホが鳴った。
 ラインだ。
「みゃ〜。お願い」
「最後の思い出作りに……デートしたいの? 僕と?」
「だにゃ」
「ふーん」
「兄さん?」
 華黒が声と表情で激怒していた。
 が、斟酌には値しない。
「じゃあ今度の日曜日でいい?」
「みゃ〜。じゃあそれで」
 そういうことになった。

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