超妹理論

『白花の憂い』


 しかし何だね。
「兄さん」
「………………真白お兄ちゃん」
「お姉さん」
「…………」
「真白様」
 呼ばれて応えてジャジャジャジャーン。
 美少女クインテットを連れての登校も気が重い。
 誰も彼も諦める気がなさそうだし。
 華黒も焦っているのだろう。
 いつもより腕への抱きつきが強くなっている様に感じる。
 ムニュウ。
 心地よくはあるんだけど僕の理性は崩壊寸前。
 さらに言えば衆人環視の目も痛い。
 後者はまぁ……今更なんだけど。
 元より華黒を独占し続けたシスコン兄として名を馳せていたのだ。
 この際一人や二人や三人や四人くらい増えようと………………増えすぎですね。
 瀬野二には美少女が多い。
 その内のトップレベルと云うか……美少女の中でも上澄みの部分を僕と昴先輩とで独占しているのだ。
 昴先輩はまぁアレだからいいんだけど僕はいつか刺されるかもね。
 それならそれで構いはしないのだけど。
 元より憎まれたからどうだと云うものでもない。
 そういうことに関しての認識はひどく鈍い。
 正しく認識できているかも怪しいところだ。
 僕は自己を顧みられないから証明のしようがないんだけど。
 とまれかくまれ、
「はぁ」
 溜息一つ。
「兄さんは溜め息が好きですね」
 クスリと華黒が笑う。
 誰のせいだと思ってるのかな?
「………………お兄ちゃん……大丈夫?」
「大丈夫だよ」
 僕の左腕に抱きついているルシールが悲しそうな表情をしたので僕はなるたけ意気軒昂……とまではいかないまでもフォローのつもりでそう言った。
「………………本当に?」
「ルシールは可愛いなぁ」
「………………あう」
 ルシ〜る。
「お姉さん。ルシールをからかわないでやってください」
「つい、ね」
「なんなら黛さんをからかってください」
「マユズミハカワイイナァ」
「暗い意図が見え隠れしてるのですがー?」
「君の後ろ暗さがそうさせるのさ」
「むぅ」
 わはは。
「…………」
 纏子は抗議の視線。
 僕の右腕に抱きついている華黒と左腕に抱きついているルシールが面白くないのだろう。
 ある意味で追い詰めているけど僕にどうしろと?
 今の状態じゃリスカされても止める手立てがない。
 されないに越したことはないんだけど。
 ちなみに白井さんは飄々としていた。
 この前の日曜日のことは二人だけの秘密だ。
 でなければまた血が流れる。
 それは双方ともに望むべきことではない。
 しかし守護天使……ね。
 もはや毎度毎度、
「おや、奇遇ですね。一緒に登校しませんか?」
 などと云われたら名前の通り白々しい。
 僕と華黒とルシールと黛が玄関から外に出ると同時に纏子と白井さんがタイミングを合わせて出てくるのだから悪い方へ勘ぐろうと云うものだ。
 僕はいいんだけど華黒がね……。
「こんな奇遇がありますか!」
 そう言ったのも一回や二回じゃない。
 ともあれ拒否したらしたで面倒なことになるのはわかりきっているから僕たちは一緒に登校する。
 で、生徒に嫌われる。
 ひょっとしたら教師にも嫌われているかもしれない。
 いいんだけどさ。
 そんなわけで瀬野第二高等学校である。
 昇降口でルシールと黛と別れる。
 教室で華黒と纏子と白井さんと別れる。
 華黒は猫を被って女子の輪の中に。
 あっという間に中心に躍り出る。
 対して孤立するのが纏子。
 正確には白井さんがいるから孤立はしていないんだけど……クラス中の誰もが纏子にドン引きしているのは事実だ。
 どうしたものかな。
 逡巡創持ち同士仲良くすべきだろうか?
 そんなことを考えながら席に着く。
「統夜。おはよ」
「おう」
 隣に座っている統夜は苦笑していた。
「何がおかしいのさ?」
「華黒ちゃんがいながら不誠実な奴だな……ってな」
「そりゃわかってはいるけどさ……」
 痛い所を……。
「そう思うなら女の子の一人や二人くらい請け負ってくれない?」
「既に手一杯だ」
「そなの?」
「そなの」
「ふーん……。統夜の相手……ね」
「よく白井なんかと付き合ってられるな」
「良い人だよ?」
「まぁお前にとってはそうだろうよ」
「統夜は違うの?」
「天敵だ」
 どこかで聞いた言葉だね。

    *

 四限目が終わり昼休み。
「さて」
 昼食だ。
 僕が立ち上がるより先に、
「に・い・さ・ん?」
 軽やかかつ歌うように華黒が僕を呼んだ。
「おーい。お姉さーん。お姉様ー」
 教室に隣接している廊下から黛が僕たちを呼ぶ。
 ルシールは扉の陰に隠れているのだろう。
 上級生の教室と云うだけでプレッシャーだ。
 気持ちはわかるけどね。
「…………」
「真白様、参りましょう」
 纏子と白井さんも合流する。
 華黒の瞳に剣呑な光が宿ったけど今更だ。
 が、僕が答えるより先に校内放送が鳴った。
 ピンポンパンポーン。
「百墨真白くん、百墨真白くん、至急校長室まで来てください」
「あら?」
 名指しで呼ばれてポカン。
「兄さん……何かしたんですか?」
「心当たりはないなぁ」
 本心だ。
 だいたい悪い事をしたら校長室じゃなくて生徒指導室だろう。
 かといって校長室に呼ばれるほどの功績を残したつもりもないのだけど。
「また面倒事かな?」
 他に考えられない。
「…………」
 纏子がスマホをカシカシ。
「みゃ〜。なんなのにゃ?」
 ラインの文章だ。
「それは僕こそ聞きたいよ」
 肩をすくめる。
 ともあれ、
「呼び出されたなら行かないとね」
 嫌な予感しかしないけど。
「黛さんたちはどうすれば?」
 クネリと可愛らしく首を傾げる黛。
「あ、その仕草八十五点」
「そうですか。えへへ……」
 黛は照れ照れと笑った。
「お姉さんに褒められると黛さんとしても悪い気はしませんね」
「悪い気がしない程度?」
「お姉さんは意地悪です」
「知ってる」
 飄々と僕。
「………………校長室……行くの?」
 おずおずとルシールが問うた。
「まぁ呼び出された以上……ね」
「………………怒られるの?」
「多分違うと思う」
「………………そうなの?」
「怒られるなら生徒指導室でしょ?」
 クシャクシャとルシールの金色の髪を撫ぜる。
「………………あう」
 照れるルシール。
 可愛い可愛い。
「それで?」
 とこれは華黒。
「私たちもついていった方が良いですか?」
「多分門前払いだと思うなぁ」
「では兄さんが戻ってくるまで待っています」
 …………。
「別にいいよ」
 他に言い様がなかった。
「先に昼食をとっていて」
「無理です」
 断じる華黒。
「兄さんと一緒に食事をするから御飯も美味しくなるんですよ?」
 どういう理屈……。
 華黒の気持ちはわからないでもないけど……、
「遅くなるかもしれないから別に待っていなくていいや」
「兄さん?」
「華黒?」
 視線が交錯する。
 牽制する僕と華黒。
「兄さんを差し置いて私が食事を出来るわけもないでしょう?」
「か・ぐ・ろ?」
「優しさには屈しませんよ?」
「…………」
 僕は右手の人差し指をピンと伸ばすと華黒の鼻先に突きつける。
「いい子だから従って?」
「あう……」
 ルシーる華黒。
 こっちが押し切った形だ。
 華黒は生娘の様に狼狽えた。
「でも兄さんは如何するのです?」
「話が終わった後に購買で買うよ」
「虚しくないですか?」
「その時に華黒が相手をしてくれればいいさ」
「絶対ですよ?」
「同じクラスなんだから簡単でしょ?」
「そうですけど……」
 納得は難しいらしい。
 知ったこっちゃござんせんが。
「じゃあ適当に食べててね」
 そう言い残して僕は校長室に向かうのだった。
 さて……鬼が出るか蛇が出るか。

    *

 鬼で蛇だった。
 ボブカットの美少女……というには若すぎる。
 あえて言うなら美幼女だろう。
 ボブカットの美幼女が校長室の客用ソファに座っていた。
「田子の浦にうち出でて見れば白妙の」
「富士の高嶺に雪は降りつつ」
 こんな返しが出来るのは白花ちゃんに相違ない。
 白坂の御曹司。
 校長室には僕を除いて二人の人物がいた。
 一人が白花ちゃんで一人が校長。
 先述したとおり白花ちゃんは客用ソファに座ったまま僕を出迎えた。
「やっほ、です。お兄様」
「やっほ」
 僕も簡潔に返す。
 それから校長を見る。
 ひたすら恐縮しきっていた。
 さもあろう。
 ここは酒奉寺の土地とはいえ白坂のネームバリューが効かないわけじゃない。
 たかだか一介の高等学校の長でしかない身としては酒奉寺も白坂も、
「鵺の鳴く夜は恐ろしい」
 という感情の種であることは必然だ。
「校長先生? 少し白坂真白お兄様とお話があります。退室してはもらえませんか? それほど時間はとらせません。食事をするくらい良いでしょう?」
 何気に百墨をディスられた。
「それはもう。はい。つづらざかましろ……ですか? まさか生徒真白が白坂様のご本家とは……。ええ、それはもう。では白坂様におかれてはごゆるりと」
 額の汗をハンカチでぬぐいながら校長はそそくさと校長室を出ていった。
「可哀想な事するね」
「向こうが勝手に怯えているだけです。別に気にすることでもないと思いますが?」
「大物だね」
 苦笑して僕は白花ちゃんのソファの対面に座った。
 テーブルを挟んで反対側のソファだ。
「で? 何の用? 学校は?」
「学校は昼休みと五時限目を潰しました。何の用かはお兄様にお会いしたい……では理由になりませんか?」
「権力をちらつかせてまで押し通すこと?」
「とりあえず昼食にしませんか? 松坂牛のステーキ弁当を用意させてもらいました」
「そういうところは好きよ」
「えへへ」
 朗らかに白花ちゃんは笑う。
 元より小学生という概念とはアイデンティティの遊離した白花ちゃんだ。
 帝王学の一端なのだろう。
 堂々としていて悪ぶることもせず、かつ気負いもしない。
 こうだけ言うと、
「どこが小学生だ」
 って思いたいけど慣れていると言えば慣れてはいる。
「いただきます」
 パンと一拍。
 そしてペロリとステーキ弁当を食べる僕と白花ちゃんだった。
 美味しゅうございました。
 校舎の自販機で買ったのだろう温かい缶コーヒーを食後に飲みながら僕は目で問うた。
 対して白花ちゃんは、
「ごめんなさい」
 と頭を下げた。缶コーヒーをカツンと机に置いて慇懃に一礼。
「何に対して謝ってるのかがわかんないんだけど……」
「分家の者が無礼を働いた件に関して……です」
 分家?
「ああ、纏子と白井さんの事? 別に無礼なんて働いてないよ?」
「報告が上がりました。お兄様。的夷伝纏子のリスカを止めるために剃刀を握りつぶして止めたそうですね?」
 纏子ちゃんではなく的夷伝纏子ときたか。
「白坂も案外暇なんだね。いちいちそんな些事を気にするの?」
「気にしてないのはお兄様だけです」
「…………」
「クロちゃんから抗議がありましたよ。あの疾患者をどうにかしろと」
「華黒の奴……」
 僕は頭を抱えた。
「耳障りなことを聞かせたね。気にしないでもらえると幸い」
「そういうわけにも参りません」
「………………なして?」
「お兄様は白坂の直系です。そこにリスカで迫るという的夷伝纏子の攻撃は実に的確で狡猾です。事実お兄様は的夷伝纏子のために心を痛め身を痛めています」
「それが僕の病気なんでね」
「治せと言って治るモノではありませんからそれについては置いておきましょう。しかして不始末にはケリをつけなばなりません。少なくとも白坂の嫡男である真白お兄様を精神的に追い詰めている的夷伝纏子のそれは許されざるものです。早々に排除せなばなりません」
「ふーん」
 缶コーヒーを一口。
「僕にはよくわかんないけど纏子が僕にとって有害だから引き離そうってこと?」
「然りです」
「別に大層な実害は受けてないんだけどなぁ……」
「そう思っているのはお兄様だけです」
 断定されてしまった。
 ふむ……。
 華黒の暴走や黛の拷問に比べれば可愛いものなんだけど、それは言わぬが花だ。
 なんと云うべきか……。
 ぶっ壊れた女の子に好かれる性質でも持っているんだろうか?
「的夷伝纏子はリスカによってお兄様に同情を求めています。私は可哀想でしょって。私を守ってって。そしてその通りにお兄様は的夷伝纏子に意識の一部を割いている」
「否定はしないよ」
 でも傷つく人が視界に入れば放っておけないのも事実で……。
「お兄様が今何を考えていらっしゃるか当ててみせましょうか?」
「別にいい。ところでそれは決定事項?」
「はい。的夷伝纏子は明らかにやりすぎています。白坂本家の血統である真白様を分家筋である的夷伝纏子が追い詰める。これは明らかに分不相応な行為です」
 そんなに肩肘張って疲れない?
「数日中に処置を施します。それでお兄様と的夷伝纏子の関係はチャラです」
「僕は別に構わないんだけどなぁ」
 缶コーヒーを一口。
「弱い女の子に頼られるのは悪い気がしないし」
「だからといってお兄様が傷ついていい理由にはなりませんよ?」
「どうでもいいでしょ?」
「重症ですね」
「まぁね〜」
 そもそうでもなければ花岡先生を困らせることもないだろう。
「お兄様は可哀想な人間がいれば誰彼助けるのですか?」
「どうだろうね?」
 不明が僕の回答だ。
「そもそもそんなに可哀想な人に歩いてぶつかりはしないしね」
「でもぶつかれば助けるのでしょう?」
「その辺は……まぁそうだけど……」
「いいですか? お兄様はお兄様を一番になさるべきです。仮に大切なモノがあるとしてもそれにばかり囚われていては二番三番を守って一番を失う可能性があるんですよ?」
「僕にとっての一番……って何?」
「お兄様の命です」
「じゃあ華黒が二番目かな?」
「悔しいですけれどそういうことになるのでしょうね」
 悔しいんだ……。
「クロちゃん込みで白坂に帰順する気持ちはつきましたか?」
「そういうことに僕も華黒も無頓着だしなぁ……。百墨の両親に問うたが早いと思うよ?」
「ではそうしましょう」
 あっさりと白花ちゃんは頷いた。
 これで小学生なのだから畏れ入る。
 缶コーヒーを一口。
 会話は閉めに入った。
「言いたかったことはそれだけです。的夷伝纏子の排除を数日の内に行ないますのでそれだけを理解してくだされば幸いです」
「うん。それはまぁ」
 あんまり発症するのもどうかと思うしね。
「任せるよ」
「承りました」

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