超妹理論

『鮮血デビュー』


「兄さん」
 何でしょう?
「朝ですよ」
 そうですか。
「私の兄さん」
 誰のだって?
「私の私の私の兄さん」
 そんなに強調してどうなるの?
「早く起きてください」
 眠いんだよぅ。
「学校ですよ」
 がっこ〜……。
「始業式です」
 しぎょう……。
「えい」
 フニュン。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
 いきなり右手に発生した幸せ心地の正体を悟って僕は跳び起きた。
「あんっ。兄さんったらそんな大胆な……」
 その衝撃で妹の胸を揉んでしまった。
 やけに大きく柔らかかったなぁ……。
 そんなことはともあれ!
「朝から発情しないでよ!」
 僕は自身の手を引っ込める。
「起きない兄さんが悪いんです」
 なんと。
 僕が悪いのか?
 そうなのか?
 A:そんなわけありません。
 脳内のミニ真白くん裁判で僕の無罪と華黒の有罪が決定した。
 有罪には罰則が伴う。
「今日の登校では腕を組んであげない」
「ではどうやって学校に行けと!」
「…………」
 普通に歩けばいいんじゃない?
 ポストに、
「赤いですね」
 と言うくらい無駄なことだから黙るけど。
「う〜ん」
 と背伸び。
「私の私の私の兄さん?」
「華黒の華黒の華黒の僕だよ?」
「私だけの兄さん?」
「華黒だけのじゃない僕だよ?」
「何でですかぁ!」
「それが僕の歪みだからなぁ……」
 ほけっと答える。
 感慨は湧きようもない。
「やっぱりもっと兄さんと深い関係にならなければ……!」
 ぶつぶつと物騒な計画が華黒の口から聞こえてきた。
 ちなみに常識コンプレックスの僕としては僕の歪みが許す限りにおいて常識が強固な檻となっている。
 少なくとも華黒を大切にしたいがこそ華黒を抱くわけにはいかないのだ。
 それを言っても、
「フシャーッ!」
 と猫華黒が不満を言うだけだろうから言葉にはしないけどね。
「華黒」
「なんですか私の私の私の兄さん?」
「目覚ましコーヒーをお願い」
「こんなこともあろうかと」
 ……どこかで聞いたセリフだね。
「私だけの兄さん?」
「……なに?」
 ツッコむのにも体力と気力を消費するんだよね……。
「私の乳房の心地はどうでした?」
「びっくりした」
「いつでも好きにしてくださって構わないんですよ?」
「それが出来れば苦労は無いんだけどね……」
 たまにこの子は自分の過去を忘れているんじゃないかという気になる。
 無論そんなことはない。
 むしろ逆だ。
 あの地獄を共有したからこそ、それが強烈な鎖たり得ることを知っているのだろう。
 まして僕とならば垂涎と表現して足りない。
「ではコーヒーと朝食を用意してきますね」
 ルンと華黒は機嫌よくキッチンへと消えていこうとした。
「僕の華黒」
 それを呼び止める。
 反応は苛烈だった。
「なんでしょうか私の兄さん!」
「今日の朝食は?」
「鮭と梅のおにぎりとなめこの味噌汁です」
「あいあい」
 良かれ良かれ。
「ではダイニングテーブルについていてください。すぐにコーヒーをお持ちしますので」
「よろしく〜」
 ひらひらと手を振って消えていく華黒を見送った後、僕はダイニングに顔を出した。
 ダイニングには、
「………………おはようございます……真白お兄ちゃん」
 舌っ足らずなルシールと、
「お姉さん。おはようっす! いや良いご身分で……」
 快活な黛の挨拶が待っていた。
「二人ともおはよう」
 僕は席について二人に挨拶を返す。
「朝食は?」
「いつも通りです」
 既に食べたということだ。
「はい兄さん。コーヒーです」
「ありがと」
 マグカップを受け取る。
 コーヒーの香りとカフェインが僕から眠気を奪い去る。
「ん。良い味」
「光栄です兄さん!」
 ヒマワリでもこうはいかないだろう華やかな笑顔で華黒が喜ぶ。
「………………あう」
 ルシーるルシールと、
「愛されてるっすねぇお姉さん」
 ちゃかしなんだろうけど本質をつく黛。
 僕はいつロマンスの神様に裁かれるんだろうね?

    *

「さて、では参りましょう兄さん」
「腕組み禁止ね」
「何でですかぁ!」
「信賞必罰を明確にしないと華黒は何処までもつけあがるから」
「私は兄さんの手を添えただけですよ? 揉んだのは兄さん自身じゃないですか」
「ほ〜、へ〜、そんなこと言うんだ?」
「……ごめんなさい」
 よろしい。
「ま、そんなわけだからルシールも今日は勘弁してね。たまには一人で歩きたい」
「………………あう」
 るし〜る。
「お姉さんお姉さん、たまには黛さんと腕を組んでは如何?」
「嬉しい申し出だけど何だかなぁ……」
 そんなことを言いながら華黒とお揃いのマフラーを首に巻いて二年生三学期初日の登校にして年初めの登校をすることになる。
 ガチャリ。
 これは僕が部屋のカギを施錠した音であると共に隣の部屋の扉が開いた音でもある。
「…………」
「おやまぁ奇遇でございます」
 隣人の登場だ。
 ちなみにルシールと黛のことではない。
 茶髪をおさげにして瀬野二の制服を着た美少女。
 血濡れのように赤い髪に同じ制服の美少女。
 纏子と白井さんだ。
「おはようございます真白様」
「どうも白井さん」
「…………」
 失語症の纏子はペコリと一礼するだけだった。
「どうせですから一緒に登校しませんか?」
「構いはしませんけど……」
 困っちゃって頬を掻く僕。
 また敵が増えそうだ。
「光栄にございます真白様」
 様付けは止めてほしいなぁ。
 立場上しょうがなくはあろうけど今の僕は白坂ではなく百墨だ。
 言っても聞きゃしないから言わないけどさ。
 さて、
「お姉さんお姉さん」
「うん」
 わかってる。
「ルシールと黛、こっちは的夷伝纏子さんと白井亨さん」
「………………的夷伝先輩と……白井先輩」
「っすね」
 気後れするルシールと気後れしない黛。
「で纏子と白井さん、こっちは百墨ルシールと黛楓」
「…………」
「存じております」
 さすが。
 既にこっちの情報は筒抜けらしい。
「ちなみに纏子は失語症だからその辺りは対応してもらえると嬉しい」
「それは構いませんが……」
 黛はジト目になった。
「何で美少女二人が隣人で同校の制服を着てるんですか?」
 それは答えを言ったも同然じゃない?
「まぁ色々ありまして」
「お姉さんの色々は総じて厄介事ですよね」
「否定はしないよ」
 耳が痛い。
「ちなみに華黒?」
 さっきから一言も発していない華黒に視線をやる。
「……何ですか?」
 オーラが華黒から溢れていた。
「華黒に黙っていられるととても不安なんだけど」
「信賞必罰です」
 そう来たか。
「華黒様のお気持ちもわかりますがこちらの心情も斟酌していただければ幸いです。これからクラスメイトになるわけですし」
「………………ふえ」
 るし〜る。
「クラスメイト……っすか……」
 警戒する黛。
 ちなみに僕と華黒は既にその情報を持っている。
 今更驚くには値しない。
 だからといって納得できるかはまた別問題なんだけどね。
「お姉さんと同級生……と」
「わたくしにとっては今更ですが」
 苦笑する白井さん。
「?」
 首を傾げる僕。
「…………」
 纏子がスマホを操作した。
 ラインだ。
 僕の持つスマホが振動する。
「みゃ〜。白井はアメリカの大学院を出てるんだにゃ」
 そんな文面。
 当然纏子だ。
「ほほう」
 興味深げに黛。
「………………すごい……ね」
 感心するルシール。
「フシャー!」
 どうしったって相容れない華黒。
 華黒の頭をよしよしと撫でて機嫌を取り、
「じゃあクラスメイト同士仲良く登校しましょうか」
 そんな提案。
 かしまし娘にしてみれば有り得ない選択肢だろうけど、
「纏子がいるしね」
 というのが僕の結論。
 そんなわけで僕こと真白、華黒、ルシール、黛、纏子、白井さんの六人で瀬野二に登校するのだった。
 衆人環視の、
「何事か」
 という視線も慣れたモノだ。
 またよからぬ噂が立つのは……しょうがないか。

    *

 そんなわけで始業式。
 中略。
 今年最初のロングホームルーム。
 あけましておめでとう。
 今年もよろしく。
 担任の教師はそう口火を切った後、諸々の伝達事項を言い、最後に、
「転校生を紹介する」
 と言った。
 どよめくクラスメイト。
 僕と華黒にしてみれば憂鬱の種だ。
 隣の統夜に目をやると、
「…………」
 難しい顔をしていた。
 何かしら緊張しているらしい。
 統夜にしては珍しいね。
 なにせ問題児である僕と気楽に付き合えるほど懐が深い。
 転校生が来たからと言って重く捉えるわけもないはずなんだけど……。
「…………」
「失礼します」
 茶髪おさげの美少女と赤髪赤眼の美少女とがクラスに入ってきた。
 纏子と白井さんだ。
 既に聞いているとはいえ、こうして目の前に見せつけられたらアタマのズツウがイタくなるのはしょうがない。
「的夷伝纏子」
「白井亨」
 そう黒板に白いチョークで書かれた。
「というわけでだ。これからお前らと勉学を共にする的夷伝纏子さんと白井亨さんだ。仲良くするように」
 それから担任は、
「自己紹介をするように」
 と白井さんに促した。
 どうやら纏子の事情は知っているらしい。
「わたくしは白井亨と申します。こちらにおります的夷伝纏子お嬢様の専属使用人でございます。趣味は家事全般。特技は自慢できるほどの物を持ち合わせておりません。お嬢様は理由有って言葉を綴れませんのでわたくしはその窓口……と思ってくだされば幸いです。お嬢様の趣味はツイッター。特技はSEO。よろしくお願いします」
 練習したのだろうか?
 すらすらと言い切って白井さんは優雅に一礼。
 続いて纏子も一礼した。
 ざわめくクラスメイト。
 気持ちはわかる。
 華黒には及ばないものの纏子も白井さんも十分美少女の範疇だ。
 特に白井さん。
 鮮やかな赤の髪は鮮烈ささえ覚える。
「そういうわけだ。的夷伝は話すことが出来ない。その辺はクラスメイトのよしみでフォローしてやってほしい。的夷伝。白井。とりあえず席替えまでは後ろの追加した席についてくれ」
「了解しました。ではお嬢様、参りましょう」
 気負いない白井さんに、
「…………」
 纏子はおどおどしながら手を引かれて着席する。
「じゃ伝達事項は終えたし今日はお開きだな。後は好きにしろ」
 そう言って担任の教師は教室を出ていった。
 次の瞬間、
「的夷伝さん!」
「白井さん!」
 クラスの女子たちがわっと転校生に食いついた。
 それを羨ましげに男子が遠巻きに見ている状況だ。
 シャイボーイ……というかいきなり会ってその日に女子に馴れ馴れしく出来る男子の方が少ないのだろうけど。
 それも時間の問題だろう。
 統夜を見る。
「…………」
 珍しく不機嫌らしい。
 遠巻きに白井さんを睨み付けていた。
 その白井さんはと云うと、
「友達になって」
 という建前の女子グループの勧誘をするすると後腐れなく辞退している有様だ。
「的夷伝さんも白井さんも可愛いね」
「…………」
 纏子は狼狽え、
「いえいえ。そんなお褒め頂くことでもありません」
 白井さんは社交的に謙遜。
「うちらのグループ入らない? 楽しいよ?」
「的夷伝さんツイッターやってるんでしょ? フォローしてあげるよ。代わりにフォロワーにならない?」
「的夷伝さんの使用人ってことは白井さんはメイドさん?」
「お嬢様って言ってたよね?」
「もしかしてお金持ち?」
 やはり話はそこに行きつくか。
 やれやれ。
 女子のマシンガントークに纏子は狼狽することしきり。
「…………」
 ネットならともあれ現実世界ではシャイガールだ。
 纏子と白井さんは女子に囲まれて解放されることなかった。
 心配というにはハラハラ成分過多でそれを眺めていると、
「に・い・さ・ん?」
 華黒が機嫌よく僕に声をかけてきた。
「帰る?」
「帰りましょう」
 そうしましょう。
 ふいと纏子と白井さんから意識を離した瞬間、悲鳴が聞こえた。
 女子複数の悲鳴だ。
 意識をそっちへやる。
 纏子が剃刀で手首を切っていた。
 悲鳴が悲鳴を呼びクラス中大わらわ。
 白井さんが効率よく手際よく纏子の手首に消毒してガーゼと包帯を巻いていた。
「というわけで」
 白井さんは言う。
「わたくしたちのことは放っておいてください。お嬢様がプレッシャーを感じてしまいますので」
 そんなわけで鮮烈デビューならぬ鮮血デビューを果たす纏子と白井さんだった。
 クラスの男子女子関係なく纏子と白井さんにドン引きしたのは当然の帰結と言えるだろう。

ボタン
inserted by FC2 system