超妹理論

『後輩の帰還』


「兄さん」
 何でっしゃろ?
「起きてください」
 まだ寝る。
「昼ですよ」
 知らないよ。
「正月ボケも大概にしてください」
 これが僕の業だ。
「ではしょうがありません」
 ん。
 しょうがない。
 次の瞬間、
「……っん」
 キスされた。
 しかもフレンチな奴。
 思考はぼやけているけどそれくらいはわかった。
 かーぐーろー。
 鈍い意識でそんなことを思っていると、
「……っ!」
 強烈なミントの芳香が僕を完全覚醒へと導く。
「……っ! がは……っ! げほ……っ!」
「やっと起きましたね兄さん」
 ルンと華黒は嬉しそうだ。
 ディープキスして口移しにミントの錠剤を送り込んだことに対して何も思ってはいないようだった。
 まぁ起きない僕が悪いんだけどさ。
「そろそろ学校も始まりますからタイムサイクルも正常に戻す訓練をしますよ」
「……はぁい」
 言ってることはわかる。
 正当性もある。
 何で学校って昼から始まらないんだろね?
 そんな無益なことを考えてしまう。
 目をくしくし。
「くあ」
 と欠伸。
 同時にミントの刺激を口外に発散させる。
「昼食出来てますから着替えてダイニングに顔を出してください」
 あいあい。
 パジャマを脱いで普段着に着替える。
 とは言っても普通に寒くない程度の部屋着なんだけど。
 そしてダイニングに顔を出すと、
「おや、おはようございます。そしてあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますお姉さん」
 快活に年始の挨拶をする黛と、
「………………あけまして……おめでとう……ごじゃいます……真白お兄ちゃん」
 相変わらずルシーるルシールがダイニングテーブルの席についていた。
「……はふ」
 と吐息をついた後、
「ルシール、黛、あけましておめでとう。今年もよろしくね?」
 一応格好つけてみたり。
「色々とヨロシクお願いしますお姉さん」
 血を見たいのかな?
 黛は……。
「………………よろしく……お兄ちゃん」
 ルシールは相変わらず平常運転。
 頬を染める辺り僕を誘ってるのかな?
 ルシーるルシールはやっぱり趣がある。
 金色の髪はゴールドシルクの様で、碧眼には淡い慕情が透けて見える。
 華黒と対を為す美貌の持ち主だ。
 押しが弱く、同時に押しに弱いのが欠点と言えば欠点。
 多分(僕限定だろうけど)土下座して頼んだら一発やらせてくれるだろう。
 しないけどね。
 主に華黒的な意味で。
 そして僕はダイニングテーブルの定位置についた。
 席にはホットコーヒーの注がれたカップが置いてあった。
 さすが華黒。
 僕の本妻。
 僕に対してのみ気が利くのは何だかな。
 ありがたいことには違いないんだけど。
 そんなわけで僕はコーヒーをズズズとすすった。
 華黒がキッチンから顔を出す。
「兄さん、ちゃんと起きましたね。偉いです」
 起きただけで偉いのか僕は。
「で、昼食は?」
「鯛茶漬けです」
「ん」
 よかれよかれ。
 なんにしろ日本食と云う奴は胃に優しい。
 寝起きでも食べられるモノとしては上等の部類だろう。
 僕と華黒はテーブルに隣り合って座り、
「いただきます」
 と一拍。
 食事を開始した。
 対面に座るルシールと黛は(さも当然の如く)僕と華黒の部屋に自身専用の湯飲みを置いており、その湯飲みに茶を注いで飲んでいた。
「お姉さん?」
「何?」
「デートしませんか?」
 爆弾はつげーん!
 僕は恐る恐る隣の華黒を見た。
 そして意外や意外。
「…………」
 華黒はお茶漬けに終始していました。
「何か思うところは無いの?」
 おっかなびっくり聞く僕に、
「既に私の了解は取れています。無論、私とルシールもついていきます故」
「にゃるほど」
 僕が寝ている間に協定が出来ていたと。
 欠席裁判な気はするけど華黒も黛も気にするタマじゃないのは必然だ。
 ルシールだけが一人ルシーりってた。
 可愛い可愛い。
「というわけで兄さん……昼食を終えたらデートしますよ?」
「そりゃま否やはないけどさ……」
 三股デートかぁ。
 いやはや何と言っていいのか。
 正月早々罰当たりな僕だった。
 自分を認識できない以上、懊悩とは縁が無いんだけどね。

    *

 と、いうわけでまたしても百貨繚乱。
 まさか四人横に並んで歩くわけにもいかず僕と華黒、ルシールと黛がそれぞれ並んで歩く。
 問題は……、
「このカルテットだよねぇ……」
 華黒は言うに及ばず。
 ルシールは華黒に匹敵し。
 続く形で僕と黛。
 美少女四人(僕および皮肉を含む)が歩いていたら視線を集めるのも当然。
 もっとも華黒や昴先輩で慣れてるから今更なんだけどさ。
「お姉さん?」
「なぁに?」
「うんざりしてます?」
「主に僕の業に対してね」
「優しいですねぇ」
「…………」
 自嘲をそう呼ぶことがあるんだ……。
「黛さん的にはお姉さんを着せ替えさせたいんですけど……」
「…………」
 この沈黙は華黒のモノ。
 僕の腕に抱きついていたんだけど、その腕の力が強まった。
 言いたいことはわかる。
 それは僕の心的外傷だ。
「黛?」
「待った華黒」
「兄さん?」
「それと知らない黛にあたるのは無しだよ」
「むぅ」
 唇を尖らせる華黒は可愛らしかったけど言葉にはしてやらない。
「美少女が三人いるんだから君らでファッションショーをやればいいじゃん」
「お姉さんは不参加で?」
「男物の服装なら別に構わないけどさ」
「じゃあまずは女子ブランドから見てまわりますか」
 そう言って黛はルシールの手を握って僕らを先導した。
「………………あう」
 とルシーるルシールだった。
 女性向けブランド店に足を踏み込む僕ら。
 店員さんから他のお客さんまで動揺していた。
 無理もない。
 絶世の美少女四人(僕および皮肉を含む)が現れたのだから。
「お、新作出てるっすねぇ。ルシール、これ着てみない? きっと似合うっすよ?」
「………………あう」
 るし〜る。
「兄さん兄さん」
「はいはい?」
「このセーターと鞄はどうでしょう?」
「華黒の感性で選べばいいと思うよ」
 正直服に関しては門外漢だ。
「では試着してみます」
「はいは〜い」
「ルシールもはいこれ。試着してみて」
 これは黛。
「………………真白お兄ちゃん」
「まぁ試着はタダなんだから着てみれば?」
「………………うん」
 中略。
 ブランド服を試着した華黒とルシールがカーテンを開いた。
 華黒はセーターと革の鞄。
 ルシールは薄い灰色のコート。
 どちらも良く似合っていた。
 ていうか……、
「華黒。狙ってるでしょ?」
 華黒の鞄の紐が肩から袈裟にかけられていて、華黒の程よく大きい胸を強調していた。
 セーターと鞄による胸部強調は古典的戦法だ。
「どうです兄さん? 欲情しますか?」
「ルシールは似合ってるねぇ。可愛いよ」
「わかりやすく無視されました……」
「………………あう」
 華黒は不機嫌。
 ルシールは照れ照れ。
「買うの?」
「どうでしょう?」
「………………どうだろう?」
 ま、そんなところか。
 そんなこんなで僕を除く女子三人が服を検分して試着するのだった。
 キャッキャと騒ぐ女子三人。
 まぁ放っておこう。
 妹と後輩の楽しむ様を傍観する。
 と、
「お客様……」
 店員さんが声をかけてきた。
「何でしょう?」
 返す僕。
「お綺麗でいらっしゃいますね」
 褒めてくれてるんだろうけど皮肉だね。
「うちのブランドのモデルなど興味はありませんか?」
「モデル……ですか?」
「はい。そうです」
「遠慮します。華黒……あっちの連中に提案してやってください」
「お客様なら何を着ても似合いますよ」
 店員さんは食い下がった。
「ギャラは幾らでも相談させてください。きっとお客様なら……」
 それ以上聞いていられない。
「僕、男の子ですから」
「…………」
 店員さんの沈黙。
 気持ちはわかるけど事実です。
「ので、却下で」
 僕とて男の子としての矜持くらいはある。
 昴先輩辺りに振り回されでもしない限りにおいて女装なぞ願い下げだ。
「失礼しました」
 そして店員さんはすごすごと引き下がった。
 結局その店では何を買うでもなく。
 僕らは百貨繚乱でのデートを楽しむのだった。

    *

 で、デートを終えて帰宅。
 今日の晩御飯はキーマカレー。
 料理人は華黒……ではなく黛とルシール。
 僕と華黒とルシールと黛で、ルシールと黛の部屋のダイニングにて夕食をとっている最中というわけだ。
 材料はデートの最後に百貨繚乱で買った。
 その後、ルシールと黛に招待されてキーマカレーを食している僕らであった。
「作ったのはほとんどルシールっすけどね」
 黛がルシールを持ち上げる。
「………………私は……黛ちゃんの……指示に従っただけ」
 謙虚と臆病が一対一のルシール。
 ルシーってるとも言う。
「黛さんはちょこちょこっと助言しただけじゃないですか」
「………………助言できるだけ……立派」
「美味しいですよルシール」
 これは華黒。
 黒真珠の瞳には優しさが映っている。
「同感」
 僕も同調する。
「………………ふえ」
 ルシーるルシール。
「包丁の使い方もこなれてきましたし、ダシのとり方にも勘が働くようになりましたし、多分黛さん抜きでもそれなりの料理は出来ると思うっすよ?」
「………………そんなことない」
「あるっす。黛さんのおべっかじゃないっす」
「実際美味しいし」
 カレーを咀嚼嚥下して僕。
 隣で華黒がコンソメスープ(出来合い)を飲んでいた。
「何か黛さんたちがいない間に変わったこととかなかったっすか」
「…………」
 ピタリとコンソメスープを飲んでいた華黒が停止する。
 口がへの字に歪む。
「あったんですか……」
 察しがいいね。
 そうでなくともわかることではあるんだけど。
「…………」
 僕は黙々とキーマカレーを食べる。
「知り合いが隣に引っ越してきました」
 嫌そうに表情を歪めながら華黒が言った。
 さもあろう。
 何せ結果が結果だ。
 多分華黒にしてみれば流血沙汰にしても排斥したい概念に違いない。
 それをしないのは偏に僕がストッパーとなっているからだ。
 便利ね。
 主に僕が。
「あんまり楽しそうな話じゃなさそうですね」
 黛はだいたい察したらしい。
「………………?」
 ルシールは平常運転。
「名は?」
「的夷伝纏子と白井亨」
 まといでんまといご。
 しらいとおる。
「的夷伝? 珍しい苗字っすね」
「白坂の分家らしいです。白井さんの方は纏子の使用人ですね」
「お姉さんとお姉様の隣に引っ越してきたってことは……」
「ええ、今年からクラスメイトです」
「白の一族はやりたい放題っすね」
 そうかなぁ?
 言葉にはしないんだけど。
「お姉様としては気が気じゃないと?」
「それについては黛も範疇ですが?」
「いや耳に痛い」
 くつくつと黛は笑う。
 カレーを黙々と食べる僕。
 何を言えと?
「お姉さんモテモテですね」
 それは死語だと思うな。
 いいんだけどさ。
「お姉さんとしてはどうなんですか?」
「別に」
 本心だ。
「迷惑さえかけなければ何処で何しようと僕には関係ないし」
「思いっきり関係してるから憂慮してるんです」
 そんな華黒の反論。
「しょうがないじゃないか。僕には自分が見えないんだから」
「だからこそ距離を取るべきです」
「言いたいことはわかるけど……」
「兄さん?」
「何?」
「兄さんは私だけを見ていればいいんです」
 だろうね。
「もうちょっと融通きかない?」
 そんな僕の願い。
「………………ふえ」
 クシャッと顔を悲哀に歪ませるルシール。
「にゃはは。お姉さんは罪な人です」
 黛は楽観的に言う。
 これ以上話題を促したくなくて僕はカレーを黙々と食べる。
「兄さんは誰彼に優しすぎます」
 それが僕だからね。
「たまには自分を優先してください」
 無茶言わないでよ。
 出来るならとっくに実行している。
 何より華黒にだけは言われたくない。
「………………真白お兄ちゃんは……まんざらでも?」
「まんざらというかうんざりだけど」
「………………そう」
 るし〜る。
 どうせクラスメイトになるんだから逃げることも出来ないわけで。
「問題は……」
 華黒を愛しているが故にどうやって華黒をあやすかに尽きる。
「黛さんも愛してください」
「………………私も」
「兄さん?」
 瞳に剣呑を乗せる華黒。
 僕のせいじゃないでしょ?

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