超妹理論

『クリスマスキッス』前編


「フライングボディハグ!」
 黛の宣言が聞こえてきた。
「止めなさい!」
 制止する華黒の声が聞こえてきた。
「………………やめて」
 否定的なルシールの声も聞こえてきた。
 朝から何事だ。
 ギャーギャー騒ぐ小鳥たちのさえずり(?)を鼓膜で受け止めて僕は起床した。
「現在の日本には独占禁止法というのがありましてですね……」
「兄さんの愛を受けていいのは私だけです」
「………………お兄ちゃんは華黒お姉ちゃんと……私の……」
「お? ルシールも言うようになりましたね」
「………………えへへ」
「いや、黛は褒めていないと思うんですけど」
「………………そなの?」
「成長したなぁと思っているのは事実ですよ?」
「どちらにせよ二人とも出ていきなさい。兄さんを起こすのは私の役目です」
 もう起きてるけどね。
「おはよ。華黒。ルシール。黛」
 くあ、と欠伸。
「ふや」
「………………ふえ」
「ふお」
 ビックリしたように声を漏らすかしまし娘。
「………………」
「………………」
「………………」
 しばしの沈黙。
「ほら。黛が騒ぐから兄さんが起きてしまわれたではありませんか。せっかく私が愛情のこもった起こし方をしてさしあげようと思ってましたのに!」
 うん。
 自発的に起きて良かった。
「………………たまには私にも……真白お兄ちゃんを頂戴」
「むう」
 さすがの華黒もルシールを蔑には出来ないらしい。
 ルシールの無害な性格は華黒の敵意のセンサーをすり抜ける。
 最初の内こそ警戒していたものの、
「主食は私。朝昼夜は私を食べてください。ルシールは……まぁ三時のおやつですね」
 くらいは言えるようになっている。
「………………たまには黛さんにも……お姉さんを頂戴」
 これはルシールの舌っ足らずな言葉を真似ながらの黛。
「駄目です」
 にべもしゃしゃりもなかった。
「何でですかぁお姉様〜」
「黛は他人です」
 人間嫌いの華黒らしい言い草だ。
「先輩後輩ですよ?」
「であれば先輩に従いなさい」
「黛さんとお姉様の仲じゃないですか」
 ぬけぬけと言ってのける。
 こういうところは黛らしい。
 で、僕はと言えば、
「…………やれやれ」
 小声で鬱屈を漏らす。
 首を振って眠気を追い出した。
 今日も冷えるなぁ。
 当たり前だけど。
 ベッドから抜け出す。
 どてらを羽織って防寒対策。
 手をこすって摩擦熱。
「兄さん!」
 真っ先に華黒が抱きついてきた。
 その黒い瞳には真摯な愛情が浮かんでいる。
「今日が何の日かわかっているでしょう?」
「学校の終業式」
 あえての意地悪。
 ま、わかってはいるんだけどね。
「クリスマスイブです!」
「知ってるよ」
 んなもん自覚しなくとも耳に入ってくる。
 ましてクリスマスが近づくごとに華黒がご機嫌になるなら尚更だ。
 クリスマスイブ。
 それが今日だ。
 当然季節は冬。
 暑いのや寒いのは苦手だ。
 過ぎたるは……とは少し違うけど。
 ともあれ悪戯してみたくなった。
「華黒?」
「何でしょう兄さん?」
「メリークリスマス」
 そして僕は華黒の額にキスをした。
「………………」
「………………」
「………………」
 場が沈黙する。
 それから、
「ふわわっ!」
 と僕からの積極性に慣れていない華黒が真っ赤になり、
「………………ふえ」
 とルシールがルシーり、
「お姉さんズルい!」
 黛が憤った。
「うん」
 可愛い可愛い。
「華黒は可愛いね」
 ギュッと抱きしめる。
「ああ、温かい」
「兄さん……どうしたんですか……?」
「たまには華黒をからかおうかと」
「意地悪です……」
 顔を真っ赤にしてる辺り本音ではなさそうだけど?
 言っても詮方ないから言わないけど。
「寒いからホットコーヒー頂戴な?」
「それは……構いませんけど……」
 おずおずと言う華黒。
「………………うう」
「……うう」
 ルシールと黛は不満そうだった。

    *

 パジャマの上にどてらを羽織って華黒のコーヒーを飲みながら僕は朝食が出されるのを待っていた。
「今日の朝御飯は?」
「お姉様曰く卵かけ御飯と納豆と味噌汁の様ですが」
「ああ」
 そ。
「華黒の味噌汁は美味しいしね」
「黛さんも負けてはいませんよ?」
「知ってる知ってる」
 ズズとコーヒーをすする。
「………………私は……負けてる」
 それも知ってる。
 ズズとコーヒーをすする。
「ルシールも別に焦る必要は無いんだよ?」
「………………でも」
「気持ちはわかるけどね」
 ズズとコーヒーをすする。
「ルシールだって最近は包丁の扱いに慣れてきたでしょ?」
「………………黛ちゃんが……教えてくれるから」
「さしすせそって知ってる?」
「………………砂糖……塩……酢……醤油……味噌……だっけ」
「ん」
 ズズとコーヒーをすする。
「ちゃんと勉強してるじゃん」
「………………あう」
 ルシーるルシール。
 こういうところは本当に可愛らしい。
 抱きしめたいくらいだ。
 しないけどね。
「二学期の終業式ですかぁ」
 これは黛。
「時の経つのの何とも早きこと……」
 それには同意。
「で、今日は……」
「ん。まぁ予定通り」
 他に言い様も無い。
 少なくとも昴先輩を蔑にするのは物理的に不可能だ。
 心情的には可能なんだけどねん。
「何の話ですか?」
 キッチンから顔を出した華黒が問う。
 抱えるはお盆。
 そこには卵かけ御飯と納豆と味噌汁が。
 ちなみに僕と華黒の二人分。
 既にルシールと黛は朝食をとっているとのこと。
「はい、兄さん」
「ん。ありがと」
 頷いて、
「いただきます」
 と犠牲に感謝。
 納豆にカツオ出汁とからしを投入してかき混ぜる。
 パック物だけど美味しくはある。
 まぁさすがの華黒も手ずから納豆を作ることは出来ないだろう。
 納豆と卵かけ御飯を交互に食べて、最後に味噌汁で締めくくる。
「ぷは」
 と吐息をついて、
「ご馳走様」
 と一拍する僕だった。
「お粗末さまでした」
 丁寧に華黒が言う。
 黒の瞳には喜色が映っていた。
 何でそんなに嬉しそうなんだろうね?
「私の料理が兄さんの血肉となることが、です」
 心を読まないでもらえる?
 まぁいいか。
 美味しかったのは事実だし。
「華黒」
「何でしょう」
「コーヒー頂戴」
「はいな」
 ニッコリ破顔して華黒はキッチンへと消えていった。
「お姉さんは悪い人ですねぇ」
 くつくつと黛が笑う。
「気に入らなかったら何時でも見限ってくれていいから」
 飄々と僕。
「排他的ですねぇ……お姉さんは……」
「そんなつもりはないけどね」
 肩をすくめてみせる。
「でも」
 言葉を続ける。
「来るもの拒まず去る者追わずなのは否定しない」
「それがお姉様でも?」
「有り得ない仮想実験だけどね」
 苦笑するより他にない。
「私が兄さんを見限るなんてあるわけないじゃないですか」
 キッチンから戻ってきた華黒が口をはさんだ。
 コーヒーカップを四つ持って。
 僕と華黒とルシールと黛で四つだ。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
 しばしコーヒーをすする音だけが響く。
 沈思黙考。
 後の発言。
「さて、では着替えますか」
 無論のこと学校の制服にだ。
 今日は瀬野二の終業式。
 二学期の終わりである。
 クリスマスイブでありながら冬休み突入の合図でもあった。
 もっとも、
「やれやれ」
 それ以外に予定が入ってるのが救い難いんだけど。
 それについては考えない様にして僕は制服に袖を通した。

    *

「うへへへへぇ」
「華黒」
「うへ?」
「乙女にあるまじき表情になってるよ」
「ブルーレイでは加筆修正されるので構いません」
 そう言ってギュッと僕の腕を強く抱きしめる。
 色々と出ているところが出ている華黒のモニュっとした感触で僕の腕が幸せなんだけど、それについて言えば華黒が調子づくから心に留めておく。
「………………えへへ」
 舌っ足らずながら華黒とは逆の腕(僕の腕である。念のため)に抱きついているルシールも幸せそうだ。
 いまだに二号さんを諦めていないらしい。
 気持ちはわかる…………わけもないんだけど、なんだかな。
 趣味が悪いとしか言いようがない。
 これはルシール以外にも言えることだけど。
「にゃはは。両手に花ですね」
 黛は僕の後ろを歩いていた。
 僕に腕が三本あれば最後の一本に抱きつく余地もあろうけど、少なくともそんなミュータントは有り得ない。
 である以上、右腕に華黒が、左腕にルシールが、それを眺めるのを黛が、というのが定番だ。
 衆人環視?
 針のむしろですが何か?
 悪意そのものには慣れている。
 それについては僕が僕だからしょうがないんだけど、華黒やルシールへの同情や憐憫の視線については抗議したい。
 しないけどさ。
 で、もはや昴先輩を責められないようなかしまし娘をハーレムとして連れて僕は学校に登校する。
 今日はクリスマスイブだ。
 誰も彼もがそわそわしていた。
 華黒やルシールや黛を見る目も少し浮かれ気味だ。
 ともあれ昇降口でルシールと黛と別れる。
 ルシールは引っ込み思案だけど黛がいれば大丈夫だろう。
 それから靴箱を開けるとポトリと一通の便箋が落ちた。
「あら?」
 拾い上げてしげしげと見つめる。
「兄さん……それは……」
「手紙だね」
 あえて「手紙」を強調した。
「懸想文ですか?」
「さぁてねぇ」
 執筆者に聞いてほしい。
「兄さん……?」
「華黒は可愛いなぁ」
 ギュッと抱きしめる。
「え? ふえ? あわわ……」
 僕の方からの愛情表現にいまだに慣れないでいる華黒は慌てた。
 狼狽狼狽。
 可愛い可愛い。
「大丈夫だよ華黒」
「何が……でしょう……?」
「僕は華黒一筋だから」
「ですか」
「です」
 そんなわけで、
「華黒も付き合ってもらえるよね?」
「否やはありませんが……」
「何か?」
「私も手紙をもらいまして」
 まぁ当然だろう。
 クリスマスを華黒と過ごしたいという気持ちはわからないじゃない。
 もっとも百墨真白という存在がいながら……とは。
 投稿者は剛毅なタチらしい。
 あるいは目が見えていないのか。
 とまれ、
「どうしようもないか」
 というのが僕の結論だった。
 すると、
「お姉さん。お姉様」
 上履きに履き替えた黛の声。
「何を公衆の場で抱き合ってるんです?」
「愛情表現」
 そしてパッと華黒を解放する。
「それで? 何か用?」
「いやぁそれが」
 ルシールは靴箱の棚の陰からこちらを覗いていた。
 らしいと言えばらしい。
「黛さんとルシールが懸想文をもらっちゃいまして……」
「え? 二人も?」
「は?」
 ポカン。
「ということはお姉さんとお姉様も?」
「うん」
「まぁ」
「そんなところ」
「ですか」
 嘆息し、
「まぁお姉さんもお姉様も一級品ですからね」
 黛は変な理解をした。
 そしてもらった懸想文を互いに見せ合う。
 要するに、
「屋内プールの裏で待ってます」
 というのが共通した内容だった。
 まぁ告白スポットなっているから珍しくはない。
 まして華黒とルシールと黛は一級品の美少女だ。
 僕は中性的と云うか……いっそ女性的であるため顔の造りもそれなりだ。
 けっして傲慢に奔るわけじゃないけどさ。
「かしまし娘はともかく僕宛は趣味が悪いね」
 苦笑すると、
「そうですか?」
 黛が不思議そうに首を傾げた。
「お姉さんは絶世の美少女ですよ? この黛が保証します」
「…………」
 そんな保障されてもなぁ……。
 別にいいんだけどさ。

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