超妹理論

『ハロウィンの日に』


「兄さん!」
「なぁに?」
「お菓子をあげませんから悪戯していいですよ!」
「はいそこ黙る」
 えー。
 つまり何のことかというと今日がハロウィンであるわけで。
 お菓子か悪戯かの二択を迫れる日だということだ。
「ええ!?」
「何でそこで驚くの?」
 何を考えているんでしょうねこの妹は。
 ちなみに僕らは今ダイニングで朝食中です。
 僕はサンドイッチを朝食に食べながら華黒にジト目を向けた。
 それで恐れ入ったりすることがないのが華黒なのだけど。
「華やかな黒」
 その言葉通りの美少女だ。
「名は体を表す」
 とでも言えばいいのだろうか?
 黒髪ロングストレート。
 パッチリとした黒真珠を想起させる瞳。
 桜の花弁のような唇。
 なお奇跡的に配置された顔のパーツは華やかなりし絶世の美少女を形作っていた。
 超絶美少女兼大和撫子がそこにはいた。
 僕は嘆息する。
 けっして華黒の美貌に息をのんだからではなく、むしろ呆れからくるものだ。
「実は華黒……僕のこと嫌いでしょ?」
「世界で一番愛してます!」
「言葉だけでは何ともなぁ……」
「では証拠をお見せします!」
「エロス方面は禁止で」
「むぅ……」
 言葉を失う華黒だった。
 それしかないのかチミは……。
 僕はグイとオレンジジュースを飲む。
 果汁百パーセント。
 というか華黒が手ずから作った物だ。
「お姉様はいつもに増して絶好調っすねぇ」
 これは黛のもの。
 黒髪ショートの美少女。
 ……ではあるのだけどどこかボーイッシュで中性的な魅力を持っている。
 華黒やルシールには見劣りするが、それはあくまで比較対象があまりにアレなだけであって黛自身も超のつく美少女ではある。
「………………あう」
 これはルシールのもの。
 百墨ルシール。
 名前でわかる通りハーフだ。
 そして百墨姓を持つ以上、同じく百墨を名乗る僕と華黒の従妹である。
 金髪碧眼の完成された美少女。
 華黒が、
「端正な日本人形の様だ」
 とするならルシールは、
「意匠を凝らした西洋人形の様だ」
 と例えられる。
 それほどの不世出の美少女なのである。
 先述の黛の親友にして僕を想い人と持つ感性が残念な子である。
 ついでに人見知りであがり症。
 これ以上は悪口になるからひかえよう。
「………………あの……真白お兄ちゃん?」
「何でっしゃろ?」
「………………い……悪戯……していいよ……?」
「ルシール……。華黒の悪い所は真似しちゃ駄目だよ」
「………………駄目?」
 碧眼が怯えるように僕を覗きこむ。
 うーん。
 理性が吹っ飛びそうだ。
 完璧超人の華黒と違ってルシールは庇護欲をくすぐる性質がある。
 悪い男に騙されなきゃいいんだけど……。
 はっはっは。
 自嘲のちの反省。
「お姉さん!」
 とこれは黛。
 ちなみにお姉さんとは僕のことであるが、女顔を持ってはいるけど僕は男である。
 念のため。
「お姉さんは禁欲主義者なんですか?」
「別にそんなつもりはないけどなぁ……」
 ぼんやりと言ってサンドイッチを頬張る。
「普通の男の子なら誰彼構わず手を出すところですよ?」
「だろ〜ね〜」
 それ自体は否定しない。
 セックスを否定できるほど僕は歳をとってはいない。
 けどまぁ過去が過去だから、
「セックスに恐れが無い」
 というのも虚言であるわけで。
 というかそもそも校則で不純異性交遊は禁止されている。
「同性ならいいのか?」
 というと、良いわけないのだけどハーレムは確かに存在する。
 どうせ先輩は悪戯するのだろう。
 それについては自己責任だから僕がどうこう言える範囲ではない。
 ともあれ、
「そういうのは責任が取れるようになってから……ね?」
「やっぱり禁欲主義者じゃないですか」
「だから違うって」
 僕がどれほどの自慰をしてるか悟れば納得してくれるだろうけど……そんなカミングアウトは願い下げだ。
「ただ華黒やルシールや黛を都合の良い女の子にしたくないだけだよ」
「誠実と言えばいいんですか」
「解釈はご自由に」
 ついでに介錯もご自由に。
 腹を切って弁解するのも一つの手だろう。
 発症すれば痛みを感じないしね。
 サンドイッチを頬張る。
 黛は悪戯っぽく苦笑した。
「ちなみに黛さんに悪戯は?」
「却下」
 まったく……どいつもこいつも。

    *

 そんなわけで今日も今日とて学校である。
 隣の席には統夜。
 ツンツン跳ねた茶髪の男子である。
 唯一僕と親しくしてくれる貴重な男子生徒である。
 有難や有難や。
 そんな統夜は栄養ドリンクを飲んでいた。
「徹夜のサラリーマンかな?」
 皮肉る僕に、
「いや、体力を取り戻しとかないと後でひどい目にあうからな」
 統夜は苦笑する。
「それと栄養ドリンクがどう繋がるの?」
「まぁ色々とな」
 統夜は答えをはぐらかした。
「知り合いに夢魔でもいるのかな?」
 僕がそう言うと、
「よくわかったな」
 おどけた調子で統夜。
 本当に夢魔がいるわけではなかろうけど、
「なんとなく本質を突いたかな?」
 程度には違和感があった。
 それ以上はファンタジーな世界であるから考察する必要を認めなかったけど。
 と、
「百墨くん……」
 遠慮がちな声がかけられた。
 女子の声だ。
 そしてその声を僕は知っていた。
「碓氷さん」
「ん……」
 コクリと頷く美少女一人。
「トリックオアトリート……」
「はい」
 間髪入れずに飴玉を渡す。
 こうなることを予想して僕は昨日の内にお菓子を買い込んでいたのである。
「ありがと……」
 おずおずと言って碓氷さんは引っ込んだ。
「罪な奴だな」
 統夜が言う。
「そうかな?」
 僕が言う。
「碓氷さんが毎晩何を想って……というのは厳禁か……」
 なら言わないでほしかったな。
 というか統夜の情報収集能力には舌を巻く。
「統夜は悪戯しないの?」
「するぞ?」
「するんだ……」
「ああ」
 簡潔な答え。
「恋人でも?」
「とは違うがな……」
「統夜の御家は金持ちだから安い女子が寄ってたかるんじゃない?」
「姉貴じゃないんだから」
 苦笑される。
 まぁそりゃそうか。
 そんな甲斐性が統夜にあるわけもない。
「で、誰?」
「教えるかよ」
 再度苦笑される。
「言っても信じられないような奴でな」
「男?」
「殺すぞ」
 統夜の目に剣呑な光が宿った。
「ジョークだよ」
 僕は悪戯っぽくウィンクする。
 そして朝のホームルームが始まり光陰矢の如し。
「あ」
 っという間に昼休み。
 相も変わらず僕には変化と云うものが無かった。
 というのも、
「うーん。これなら私の方が」
「ルシールのカモ蕎麦美味しそうっすね」
「………………あう」
 華黒とルシールと黛を連れて学食で食べているからである。
 僕自身も男子制服を着ていることくらいにしか男子であるとは悟られていないんだけど、それについては考えないことにする。
 華黒はオムライス。
 ルシールはカモ蕎麦。
 黛はとろろ蕎麦。
 ちなみに僕は焼き魚定食。
 各々に食べている僕らの周囲は結界にして異界。
 美少女が四人も揃えば圧迫感すら生じるだろう。
 学食の誰もが僕らを見てギョッとし、いそいそと隠れるように逃げていく。
 あるいは殺気のこもった視線で射抜く。
 その気持ちはわからないでもない。
 僕が他人なら同じことをするだろう。
 この場合、他人じゃないのが問題なのだけど。
「それで」
 とこれは黛。
「お姉さんは悪戯してくれないんですか?」
 その話を引っ張るか普通?
 嘆息する。
「一応考えてはいるよ」
 正直な僕。
「………………ふえ」
 とルシール。
「兄さん? 私以外に不埒なことは……」
「しないから大丈夫」
 華黒を牽制する。
「ではどうするというのです?」
「華黒とルシールと黛にお菓子を振る舞えばいいんでしょ?」
 結局そういうことなのだった。
「むぅ……」
 と華黒。
「何か不満が?」
 わかっていて惚ける。
「兄さんは悪人です」
「知ってるよ」
 今更だ。
「だから大丈夫だよ」
 僕が華黒の頭を優しく撫でると、
「あう……」
 と華黒は大人しくなった。

    *

 で……どうなったかと言えば僕はお菓子を作ることにした。
 ココアケーキ。
 炊飯器を使った簡単な奴。
 ホットケーキの粉とココアパウダーと牛乳と砂糖とその他諸々。
 かき混ぜて炊飯器へ。
 時間が経てば出来上がり。
 ついでに待っている間に生クリームと紅茶を作ってみたり。
 というのもココアケーキは甘さ控えめにしてあるから、生クリームは甘さを追加したい人用である。
 僕はいらないけどね。
 準備が終わると僕は華黒に連絡を入れた。
「お菓子出来たよ〜」
 と。
 ちなみに僕の居る場は僕の城……つまり僕と華黒のアパートの部屋なわけだけど華黒はここにはいない。
 こういうのは用意しておいた方が有難味が出るので僕がお菓子を作り終えるまでルシールと黛の部屋……とはいえど隣の部屋なのだけど……にいてもらうことになった。
 そして返信が来て華黒とルシールと黛が僕と華黒の部屋に入ってくる。
「いらっしゃい」
 と出迎える僕に、
「悪戯してください!」
 と元気に華黒。
「氏ね」
 言葉を選んで僕。
 ところで、
「華黒のその服装は何?」
「実はちょっと前から準備してました!」
 華黒は吸血鬼スタイルだった。
 作り物の牙が花弁のような唇から飛び出ていて血……塗料か血のりだろう……がおとがいへと流れている。
 ジョンブル的なスーツ姿に襟のたったマント。
 黒い髪が西洋の服装を裏切っていたが、華黒のブラックシルクのような髪はむしろ暗黒面を一層膨らませているようだ。
「可愛い吸血鬼だね」
「えへへぇ。ありがとうございます」
 華黒はご機嫌だ。
 平常運転と言ってしまえばその通りなんだけどね。
 当然華黒がそうである以上ルシールと黛が乗ってこないわけがあらず、
「あら……まぁ……」
 僕は嘆息した。
「………………あう」
 しきりと恥じらう魔女っ娘と、
「これはココアの香りですね」
 ネタバレ全開の言葉を放つジャックオーランタン。
 前者がルシール。
 後者が黛だ。
「懐かしいねルシール。一年ぶり? それとも新調したのかな?」
「一年前の物です」
 と黛。
「多少胸囲の調整はしましたが、それ以外に関しては誤差の範囲ですから」
 納得。
「可愛い魔女さんだね」
 三角帽子を撫でた後、その手でルシールの頬を撫でる。
「………………可愛い……?」
「うん」
「………………えへへ」
 嬉しそうに笑うなぁ。
 お持ち帰りしたい。
 その先に待つのがバッドエンドとわかってはいるんだけど。
「黛は可愛さ重視じゃないんだね」
 黛の頭にかぶった張りぼてカボチャが笑っている。
「どうせルシールに見劣りするのでネタに奔ろうかと」
 それも納得。
「まま可愛いよ」
「いやあ……お姉さんはお上手で。お礼に黛さんに悪戯する権利を譲りましょう」
 自殺願望でもあるのかな?
 ルシールはともかく黛はまだ華黒にとっては、
「ギリギリ恐い他人の外」
 の範疇だ。
 信頼には足りず、友情っぽいものを共有する。
 そんな関係。
 少なくとも華黒側から見れば、ね。
 だから僕が手を出せば血を見る騒ぎに発展するだろう。
 それは誰も望むところではないので僕はスルーを決め込んだ。
 で、ダイニングにかしまし娘を案内。
「ココアケーキにしてみました」
「うん。いい匂いです」
「………………美味しそう」
「生クリームまで」
「味は期待しないでね。華黒や黛が作るモノにはさすがに劣るから」
「愛情が一番の蜜の味ですよ?」
「気持ちはありがと」
 そして僕らはココアケーキを四等分して食べる。
 最初の一口は誰もがそのまま。
 それからルシールと黛が生クリームをつけながら食べる。
 紅茶も準備はしているけど、あくまでティーバッグによるものだからこちらも器用な二人には劣る。
 華黒にしてみれば僕が作った物であれば何でも「美味しい」って言うだろうけどね。
「とりあえずお菓子をあげたんだから悪戯どうのこうのは無しの方向で」
 牽制すると、
「むぅ」
「………………ふえ」
「しもうた」
 三人が三人とも表情を固めた。
 君らは僕に何を求めているのかな?
 聞きたくないけど。
「ところで夕食はどうするの?」
 いち早くケーキを食べ終えた僕が聞く。
「問題ないですよ」
 華黒が安心させるように言う。
「私とルシールと黛とで作っていますから」
 さいでっか。
 当然僕が我が城でココアケーキを作っているのと並行してだろう。
「ちなみにメニューは?」
「ヅケ丼です」
「ちなみに一番頑張ったのはルシールですよ?」
 地道にルシールの真白ポイントを上げようとしてくる黛。
 気持ちはわかるけど僕には華黒がいるしなぁ。
 言葉にしたらルシールが泣くだろうから黙ってるけど。
「お姉様とルシールのおまけでいいのですけん黛さんにも構ってもらえると嬉しかったり」
「黛……実は僕のこと嫌いでしょ」
「いえいえそんなことは」
 にゃはは、と笑う黛。
「別にいいんだけどさ……」
 何だかなぁ……。
 可愛らしい吸血鬼と魔女っ娘とジャックオーランタンに囲まれて僕は疲労の吐息をついた。

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