で、文化祭より数えて約三週間後の日曜日。 日が落ちるのも加速していく時期だけど、暑さは相変わらずだ。 そろそろ衣替えの季節だろうけど、こうなると違和感を覚えないでもない。 で、文化祭より数えて三週間後の日曜日に僕がどうなっているかというと、車上の人となっているのだった。 ただし車ではなく電車。 それも新幹線。 御供は華黒とルシールと黛。 本来なら僕と黛だけでいいのだけど、そんなことを許す華黒やルシールではない。 結果いつものメンバーで日帰り旅行と相成った。 某県某市の駅につき僕は、 「うーん」 と背伸びをする。 座りっぱなしと云うのもこれで中々堪える。 ちなみに親同伴ではなく遠出するのはブルジョアジーな体験を除けばこれが初めてだ。 都会と田舎の折衷みたいな都市だった。 「ええと……」 僕は地図を見ながら歩き出す。 「結局……」 とこれは黛。 「何がしたいんですか?」 当然の疑問だろう。 だけど種明かしにはまだ早い。 「ひ・み・つ♪」 僕は軽快に言った。 「なんでもいいですけどね」 諦めたような声質だった。 ネタバレは本質に出会ってからが望ましい。 そんなわけで僕が先行して、かしまし娘がぞろぞろとついていくと云う構図になった。 衆人環視がジロジロと見るのは規定事項。 そんなこんなで僕たちは目的の場所についた。 ドミノ式住宅街の一角。 その一軒家。 表札を見れば、 「黛」 と表されていた。 「……まさか……!」 とこれは黛。 僕の意図を察したらしい。 「?」 「?」 華黒とルシールにはわからないことだろう。 二人して首を捻っていた。 だからついてこなくていいって言ったのに……。 「お姉さんは黛さんに復讐の機会を与えたのですか……っ」 「そうしたいならそうすればいいさ」 むしろぶっきらぼうに僕は言った。 そして黛じゃない黛さん家のインターフォンを押す。 ピンポーンと一つ。 「あーい」 と幼い声が聞こえてきた。 黛さん家の玄関が開けられる。 出て来たのは幼女だった。 幼い。 だがしかし黛薫子の遺伝子が見て取れた。 この子が成長すれば第二の黛薫子になる。 そんな風に思える幼女だ。 そしてそれを黛も把握したのだろう。 「……っ」 絶句していた。 「お客……さん……?」 出迎えてくれた幼女は怯えたようにそう言った。 この時点で事情に精通しているのは僕と幼女だけだ。 「可愛いね」 僕はクシャクシャと幼女の髪を撫ぜた。 「お父さんかお母さんを呼んでくれる?」 幼女にそんな提案。 唯々諾々と幼女は玄関を閉めてパタパタと……おそらく親を呼びにいったのだろう……来た道を引き返していった。 玄関口に取り残された僕とかしまし娘の中で、 「薫子じゃなく両親なんですか?」 黛が真っ先に疑問を呈した。 もっともである。 だが同時に愚問でもある。 そして、 「はいはいはーい」 と明朗な声が聞こえてきた。 女性の声だ。 お客さんを迎えるための言である。 「どちら様でしょうか?」 そう言って一度閉じられた玄関が開けられる。 「どうも」 僕は言う。 「ぶしつけに申し訳ありません。ちょいと事情がありまして……」 僕が間をもたそうと言うのを遮って、 「……おばさん?」 黛がポツリと零した。 その声に女性は過敏に反応した。 「楓……ちゃん……?」 カエデ。 黛楓。 それが黛のフルネームだ。 そしてそれを黛薫子の肉親は十二分に知っているのだった。 「何故ここに!」 「ああ、すいません」 衝撃の出会いはスルーして僕が頭を下げる。 「ここまで黛楓を連れてきたのは偏に僕によるものです」 「なんでそんなことしたの!」 薫子さんのお母さんの意見はごもっとも。 しかしてこちらも引くに引けない。 「事実を事実として受け入れさせるために」 他に言い様は無かった。 「とりあえず」 閑話休題。 「あがらせてもらえませんかね?」 「……どうぞ」 女性は僕たちを誘導した。 ダイニングに通された僕たちはアイスティーでもてなされた。 華黒の淹れたやつがうん倍美味い。 言ってもしょうがないけどね。 「それで?」 これは女性。 黛薫子の母親。 「何の用?」 「…………」 わかってるくせに。 言葉にはせず皮肉る。 「薫子はどうしているんですか?」 これは黛。 「楓ちゃん……」 表情を悲哀に歪ませる女性。 「知らないの?」 「何を知らないのかを知らないのか知りえないとその質問には答えられませんよ?」 通常営業な黛だった。 「…………」 女性は僕に視線をやる。 棘のような視線だ。 「勘弁」 僕は両手を上げる。 降参の意思表示だ。 「それを知らすためにここに来たんですから」 僕は欺瞞を口にする。 それは真実でもあったが。 「楓ちゃんは薫子と仲が良かったものね……」 女性は言う。 「今更ですけどね」 黛が皮肉る。 「で?」 これも黛。 「どこで薫子はのうのうとしてるんですか?」 「会いたい?」 女性の言に、 「無論」 黛は頷く。 当然だろう。 それこそが黛の傷なのだから。 「じゃあ、ついてきて」 女性は席を立つ。 僕とかしまし娘もそれに続く。 唯一黛薫子の事情を知っている僕だけが飄々としていた。 そして女性は僕たちを一つの間に案内した。 そこには仏壇が飾ってあり遺影が供えてあった。 遺影は僕が目を通した白坂家の資料と同じ写真が使われてあった。 即ち、 「薫子……」 黛の言で正解だ。 黛薫子の遺影が仏壇に供えられていたのだ。 それはつまり、 「薫子は……」 もういない。 他に言い様もない。 「ごめんなさい」 薫子の母親が謝る。 「薫子は……三年前に死んでいるの」 「……っ!」 絶句する黛。 それはそうだろう。 自身を裏切ったと思っていた親友が既に死んでいるなぞ想像の埒外だ。 「薫子が……」 ひたすら打ちのめされた後、 「なんでソレを黙っていたんです!」 黛はそう反撃した。 対する女性の答えはこうだった。 「楓ちゃんの中の薫子には……生きていてほしかったから」 「……っ!」 言葉を見つけられない黛だった。 「薫子は交通事故で死んでいたんだ」 僕が真実を告げた。 「で……」 肩をすくめる。 「それを黛に伝えたくない薫子の両親は薫子に代わって文通を送ったわけだな」 『もうこれっきりにしよう』 そう言う文面を。 「じゃあ薫子は……!」 「うん。黛を裏切ったわけじゃない。既に死んでいたんだ」 『楓ちゃんの中の薫子には……生きていてほしかったから』 薫子の母親はそう言った。 そしてそれが全てだった。 遺影に映った薫子とやらの顔はさっぱりとしていた。 変えようもない現実。 「じゃあ……薫子は……黛さんを……裏切ったわけじゃ……!」 「うん。なかったね」 黛の独白に僕は頷くことで答えた。 火葬されて、取り返しのつかない供養をされて、今は既に墓の下。 それが薫子の運命だ。 「ふえ……」 黛の瞳に涙が溜まり、それが流れ出すのに大した時間はいらなかった。 「えええ……えええええ……!」 黛は泣きに泣いた。 絶望の涙。 それを止められる者はここにはいなかった。 * それから数日が経った。 ムチュ。 キスされたのがわかった。 ピチャピチャ。 ディープキスされてるのがわかった。 「ん……んん……」 微睡から意識を覚醒に推移させて、対象の頭部を掴みアイアンクロー。 「あだだだだ!」 「?」 華黒の声じゃなかった。 華黒以外に寝込みを襲う人間を僕は昴先輩くらいしか知らないんだけど、まさか平日の朝にこんな無礼を働くほど暇じゃないはずだ。 そもそもにして先輩の声でもないのだ。 聞いたことはある。 そしてもう一段覚醒。 アイアンクローをかましている対象の姿を見る。 瀬野二の制服。 慎ましやかな胸。 黒いショートカットの中性的美少女。 「黛……」 が、そこにいた。 さらにグイと手に力を込める。 「ギブギブ!」 解放してあげる。 黛はズキズキと痛む頭を押さえてうずくまった。 「で?」 僕は問う。 「華黒じゃあるまいし何であんな起こし方になるの?」 「お姉さんはお姉様と毎回そんな起こし起こされをしているのですか?」 「たまにだよ。たまに」 微妙に墓穴ったかもしれない。 「で? なんで?」 「黛さん、お姉さんに惚れました」 寝言が聞こえてきた。 さっきまで眠っていたのは僕だけど。 「なにゆえ〜?」 「薫子ちゃんの真実を躊躇いなく告げてくれたからです」 「それだけ?」 「それだけとはなんですか。お姉さんの心意気は心地よいものです。真実を知ることは時に残酷ですけど……でも薫子ちゃんの死を知れて黛さんは良かったと思っています」 「なら白坂白花に感謝するんだね」 「発破を掛けたのはお姉さんでしょう?」 …………。 否定はできないけどさ。 「ので、惚れた相手にキスしたいのは乙女回路の基礎です」 「だからってさぁ……」 自分の命と天秤にかけんでも……。 おそらくコーヒーと朝食の準備をしているだろう華黒に見られたならば僕か黛かが血を流すことになるぞ。 今でも覚えている。 「兄さんが唇を私以外に奪われたら硫酸で溶かす」 と華黒が言ったことを。 事実、しかねないから華黒は恐い。 愛が重いなぁ。 ともあれ、 「今後は禁止ね」 「そんなぁ……おね〜さ〜ん……」 あぁんと残念がる黛は置いといて、僕はベッドを抜け出してダイニングに顔を出す。 ルシールが席に座ってコーヒーを飲んでいた。 「………………あう」 ルシーるルシール。 いつものことだ。 こっちもこっちで心に決着がついていないらしい。 悩め若人。 他に言うことは無い。 華黒がキッチンから顔を出した。 「おはようございます兄さん。はい、コーヒーです」 「ありがと。今日の朝食は?」 「トーストと目玉焼きとレタスサラダです」 「よかれよかれ」 そう言って僕はコーヒーを飲む。 それから朝食を終えて、制服に着替えようと私室へ戻る。 「手伝いますよお姉さん」 「いらない」 「お姉さんの半裸をみたいです」 「もやしっ子だから見る価値ないよ」 「というより」 最後のは華黒。 「黛……兄さんに馴れ馴れしくないですか?」 「惚れましたもんで」 サクリと答えられた。 「兄さん!」 「何で僕が責められるの……」 頬を掻く。 「………………黛ちゃん……真白お兄ちゃんに……恋したの?」 「率直に言えば」 あっはっはーと快活な黛だった。 「兄さん? 無論兄さんには私だけですよね?」 「まぁね」 「………………あう」 「そこで悲しそうな顔しないのルシール」 「あう」 「君のは絶対わざとでしょ黛」 「あ、わかります?」 わからいでか。 そしてかしまし娘が僕に対する意見交換会をしているのをしり目に、僕は私室へと戻った。 学校制服を着て瀬野第二高等学校に登校するためだ。 なべて世は事も無し……か。 |