「マジ?」 「ええ」 そんなやりとり。 それだけじゃ納得できないけど開幕パンチに他の言葉は選べなかった。 現在……僕は白坂の屋敷に来ていた。 ハイヤーで送り迎え。 ブルジョアジー……。 そして提示されたモノを見て、 「マジ?」 と僕が尋ね、 「ええ」 と白花ちゃんが頷いたのが先ほどの経緯だ。 今日は土曜日。 時系列的に言えば文化祭から二週間後のソレだ。 それは同時に僕が黛から拷問を受けて二週間経っていることと同義である。 目立たない様にだろう……無論加害者側の一方的な気配りには違いないのだけど……太ももに刺された針の痕はまだ癒えていないし……同様に剥された爪もまだ完全には治りきっていない。 とはいっても時間が解決してくれる問題だから重視してはいない。 恨み言が無いと言えば嘘になるけど目くじらをたてるほどでもない。 当然華黒には検閲だ。 ともすれば黛どころか原因となったルシールまで巻き込む流血沙汰に発展しかねない。 本気でやりかねないからなぁ……うちの妹は……。 少なくとも僕を発症させたというだけでソイツは華黒にとって大罪人だ。 あるいは人非人だ。 僕を傷つけるあらゆる要素や因果が華黒にとっての最大の敵。 そを守るために僕を愛し慈しむのが華黒という女の子のレゾンデートルなのである。 閑話休題。 華黒の危険性はともあれ、今は黛について考えるのが優先される。 とは言っても僕はただの高校生。 裏のとりようもない。 しょうがないから頼ったのが白坂家だった。 借りを作ることになるけどこれはしょうがない。 よほど無茶を提示されないかぎり応えるつもりで僕は頼った。 何を? 黛の背景の洗い出しを。 過去の詮索。 おせっかい。 なんと呼んでもいいけど、ともあれ裏付けだ。 そして出てきた情報は僕の想像の埒外だった。 白坂屋敷の客室にて資料とお茶とを差し出され、ありがたく茶を飲みながら資料を検分し、それから理解するのに数分を要した。 「この情報……信用できるの?」 読み終えた資料をテーブルに置いて問う。 茶を飲む。 薫り高い。 フォートナム・メイソン。 そう聞いた。 よくわからないけど紅茶のブランドらしい。 よくわからないけど。 「ええ、おそらく」 白花ちゃんは小学生らしからぬ断定的な口調で答えた。 元々名家の血脈というものは帝王学を幼少の頃より叩き込まれる。 そういう意味では白花ちゃんが堂々としているのは当然と言えば当たり前である。 ちなみに僕は白花ちゃんの従兄だけどそんなものとは縁のない過去体験を送っている。 それについては別述。 閑話休題。 「白坂家の懇意にしている興信所に依頼しましたから」 白花ちゃんはフォローを入れてくれた。 「行方不明だったお兄様を探し出した興信所です。この程度は些事の内でしょう」 「ですか」 茶を飲む。 他に言い様がない。 「さて……」 これからどうしよう? 「それよりこちらが問いたいのですが……」 「何を?」 「何の経緯があってこの裏付けを取りたかったのですか?」 「…………」 鋭い子は嫌だなぁ。 素直にそう思う。 「色々あるんだよ」 他に答え様もない。 「実はその人物に拷問されまして」 「で、その理由が親友がどうのこうの」 「友情を優先させるために僕を傷つけたんですよ」 「何かしらの過去体験がそうさせてるみたいで」 「だから頼んだんだよ」 言うだけなら簡単だ。 ただ、それを言ったら血を見ずには済まないだろうことも重々承知している。 華黒の意思が烈火の如き赤い炎なら、白花ちゃんの怒気は青い炎だ。 淡々と遠慮もなく僕の敵を焼き滅ぼすだろう。 そしてそれを容認できる僕ではない。 こういう時は他者の害意に鈍感というのは有利に働く。 別に手に入れたい能力じゃなかったけどね。 「ともあれ詳細はわかったよ。ありがと。白花ちゃん……」 「ではお兄様」 「うん。来年のお正月には白坂家に顔を出すよ。それが条件だもんね」 そういうことなのだった。 「もとよりお兄様は白坂の血脈です。それは当然の帰結です」 言い分自体はわからないでもないけどね。 「もとより正月は古本屋の安売りセールくらいしか目的は無かったしね」 苦笑する僕。 「百墨の親戚には受けが悪いし。そういう意味ではやることがないから暇しているのは事実なんだけどさ……」 「やはりまだ帰順してはくれませなんだ……」 「僕は百墨真白だから」 他に言い様もない。 「むう」 白花ちゃんは不満げだ。 知ったこっちゃないんだけどね。 * ベロチュ〜。 そして爽やかなミントの香り。 僕は覚醒した。 咳き込みながら。 「………………おはよう華黒」 「おはようございます兄さん」 屈託なく笑う華黒だった。 ディープキスもミントの錠剤の口移しも、 「なんとも思っていない」 そういう態度だ。 「もうちょっと穏便な起こし方は無いの?」 「兄さんが起きないのが悪いんじゃありませんか」 「そうだけどさ」 反論できなかった。 駄目だなぁ僕。 「なら素直に起きろ」 と言われればそれまでだけど朝の微睡は黄金に勝る。 これは常世界法則だ。 真理である。 「ルシールと黛は?」 「今日も来ていませんよ」 さいでっか。 ここ二週間は顔をあわせない日々が続いていた。 おかげで華黒はご機嫌だ。 ライバルがいないと云うのは華黒の心理に多幸感をもたらす。 僕を独占できるのが素直に嬉しいのだろう。 こういうところは可愛いと思える。 口にはしないけど。 「くあ……」 と欠伸。 そして質問。 「今日の朝御飯は?」 「白米と納豆と雌株と松茸のお吸い物です」 「よかれよかれ」 僕は頷く。 そして華黒に手を引かれてダイニングへと顔を出す。 朝食が揃っていた。 僕は口内のミントの香りをコーヒーで追い出して、それから朝食に手をつけた。 「いただきます」 と一拍し、もふもふと食べる。 「どうですか?」 「美味しいよ」 いつものやりとり。 「なんだか一年生の頃に戻ったみたいだね」 「あの頃から相思相愛でしたしね」 「…………」 否定はしない。 というか出来ない。 「なんだかなぁ」 というのが本音だ。 去年のことはあまり思い出したくない。 楽しい記憶じゃないからだ。 いつか郷愁を誘うような思い出になるかもしれないけど……そこまで風化するには今はまだ時間が短すぎる。 というわけで、 「今が大事」 が僕のモットーだ。 さて、 「ご馳走様でした」 一拍。 犠牲への感謝を。 それから僕と華黒は制服を纏って身支度を整える。 全てを終えて……とは言っても華黒の身支度が八割を占めるのだけど……僕と華黒は玄関から外に出た。 そこで、 「おや……」 「これは……」 僕と華黒は声を漏らした。 ちょうどルシールと黛も外に出てくるところだったからだ。 鉢合わせ。 次の瞬間バタンと隣の部屋の玄関の扉が閉じられた。 ルシールと黛は、 「百墨真白の顔を見たくない」 という共通見解を持っている。 つまり逃走だね。 「しょうがないよね」 ガシガシと後頭部を掻く。 「に・い・さ・ん?」 「何?」 「今日も二人きりですね」 「ソウデスネー」 華黒は僕の右腕に抱きついてきた。 そのまま仲睦まじく登校する。 妬み嫉みの視線は慣れたものだ。 今更華黒をはべらせて穏当に済むなぞ思ってもいない。 華黒は恋文をもらったり告白されたりすることも多々あったけど、その全き全てをけんもほろろにするのだった。 もちろん僕も巻き込んで。 相も変わらず僕は瀬野二の嫌われ者だ。 いいんだけどさ別に。 全ての人間に好かれようなんざ望んでいない。 わかる人間だけがわかればいい。 「ご愁傷様だな」 教室に入ると統夜が苦笑してきた。 「まぁ……贅沢な悩みだよ」 僕も苦笑で返す。 「何かあったか?」 「色々ね」 少なくとも仔細を話すほど野暮じゃないつもりだ。 * さてどうしよう? そればかりを最近は考える。 正確には白花ちゃん……というか白坂家に裏付けを頼んで、その資料に目を通してから今まで……である。 「関係ない」 と言えばひたすらその通りなのだけど喉に引っかかった小骨のように、その情報は僕を苦悩させうるのだった。 「なんだかなぁ」 思わず呟いてしまう。 「何か憂うことでも?」 即座に華黒が拾う。 ぬあ、ぬかった。 「まぁ色々あってね」 「その色々について問うているのですが」 「華黒が心配することじゃない」 「私が悩んでいるときに兄さんは同じ言葉を吐かれたらどうします?」 「むぅ」 分が悪い。 愛の勝利ではあるが。 さて、どうしたものか。 白花ちゃん同様に華黒についても真実を語るわけにはいかない。 何度も言うが血を見ることになる。 「あー……」 カモ蕎麦をすすり、咀嚼、嚥下。 ちなみに今は平日……学校の昼休み。 場所は学食。 衆人環視の視線は痛いけどそれについては今更だ。 「例えば華黒は……」 「ふむふむ」 「人生を賭けるに足る想いはあると思う?」 「愚問です」 ですよねー。 聞いたことさえ馬鹿らしいし、華黒にしてみれば問われることこそ馬鹿らしいだろう。 「その想いの対象が手の届かぬところへ行ったら?」 「死にます」 これまた即答。 「華黒? わかっていると思うけど……」 「はい。兄さんが死んだら私も死にます」 「…………」 何もわかっちゃいなかった。 と、ふいに、 「相席よろしいですか?」 そんな声がかかる。 「どうぞ」 と即答。 それから声の主を見やる。 「ルシール……黛……」 後輩二人が料理を御盆に載せて際に立っていた。 「………………あう」 「それでは失礼」 ルシールを拒絶して、黛を下して、それから僕を避けるようになった二人が寄ってきたのだ。 驚くなという方が無茶だろう。 「僕を避けるのは止めてくれたの?」 皮肉気に問うと、 「………………あう」 ルシールは言葉に詰まり、 「お隣さん同士気を使うのもいい加減馬鹿らしくなりまして」 黛は飄々と語る。 どうやら乗り越えたらしい。 ルシールもそうだし、黛もそうだ。 衆人環視の視線もいっそう険しくなったけど、それについては以下略。 「先日は失礼しました」 黛が言う。 「別に気にしてないよ」 僕は何気なく。 「何の話です?」 華黒が疑問を持つ。 「実は――」 僕は一部嘘をついた。 黛が僕とルシールを取り持とうと拷問した……ではなく口論したと云う風に。 「ふうん?」 と華黒。 焼き鯖をほぐしながら。 「………………黛ちゃん……そんなことを」 ルシールも初耳だったらしい。 いっそう事実を告げるのが心苦しくなった。 「お姉さんはそれでいいんですか?」 「無論」 むしろ何がいけないのか? それこそ疑問だ。 「ルシールは気持ちに決着つけたの?」 水を向けるとルシールは狼狽えて、それから言った。 「………………諦めましたよ」 「どう諦めた?」 「………………諦めきれぬと諦めた」 でっか。 勝手に思い煩う分には好きにしていいと僕は思う。 だから返答は何気なかった。 「黛はそれでいいの?」 「いけませんが黛さんが詰め寄っても無益でしょう」 状況は十二分に把握しているらしい。 なら頃合いか。 「黛……今度の日曜日に連れて行きたいところがあるんだけど」 「デートですか?」 「華黒、瞳孔が開いてるよ。ルシール、落ち着いて。心配なら同伴しても構わないからさ」 僕は早速釘を刺す。 華黒の警戒とルシールの安堵になんとなく許可を覚える。 なんだかなぁ。 |