超妹理論

『七夕祭り』後編


 出店の出ている通りならともかくサークル棟の周りは大学生ばかりで萎縮してしまう。
「………………あう」
 ルシールも気後れしていた。
 ちなみに、
「結局何処に行けばいいんでしょう?」
「手芸部って看板かかげてる部屋を探せばいいのでは?」
 華黒と黛は飄々としていた。
 こういうところは尊敬に値する。
 そうなろうとは一切思わないんだけどね。
 ちなみに大学生の男性たちはチラチラとこっちを見て鼻の下を伸ばす。
 有名税有名税。
 サークル棟を周りながらやっとこさ手芸部の部室を見つけ、それから呼気一つ。
 その扉にノックする。
「どうぞ」
 この声は昴先輩だ。
「失礼します」
 断ってから僕はかしまし娘を連れて中に入った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 時間が止まった。
「やあ真白くん。おや……何だいそのサングラスは? 君のルビーを溶かして染め上げたような綺麗な瞳が見られないじゃないか。それはいけないね」
 昴先輩らしいと言えばらしいだろう。
 言葉も言葉で。
 行動も行動で。
 言動も言動で。
「…………」
 僕たちの時間は止まったままだ。
 手芸部の部室には二人の女性がいた。
 一人は当然昴先輩。
 もう一人は知らぬ顔だけど手芸部の部員か何かなのだろう。
 問題は……先輩が下着姿で、もう一人が裸に毛布を巻きつけているあられもない格好だということだ。
「何してるんですか? ていうか何してたんですか?」
「蝶と同じさ。花の蜜をすすっていただけだよ」
 駄目だこの人。
 会話が通じないにもほどがある。
「ともあれ歓迎するよ。真白くん。華黒くん。ルシールくん。黛くん」
 サッとシャツとヴィンテージジーンズを身に纏ってハンガーラックを僕たちに示してみせる先輩だった。
 さて、
「華黒くんにはこのスーツだね。ルシールくんにはこのドレス。黛くんにはこのテニスウェア。とりあえずそれぞれ着てみてくれ。乙女のサイズを見間違えるような失態を犯したつもりはないがぶっつけだからね」
 そういうことになるのだった。
「よくもまぁ採寸もとらずに創れましたね。黛さん驚愕」
「乙女のサイズなぞ見てわかるだろう」
 いや……そんな常識みたいに言われても……。
「型紙を製作するだけでも時間がとられそうなのに一か月足らずで三着も……」
「ん? 型紙なぞ作っていないよ。そんなことをしていたら間に合わないじゃないか」
 これが本音なんだから始末が悪い。
 どこまで器用なんだ……この人は。
「さあ着た着た」
 先輩は華黒にオックスフォードグレイのスーツを、ルシールにはディズティニーのアリス風の白色と水色のドレスに大量のリボンをつけたソレを、黛には手作りの純白テニスウェアを、それぞれ手渡した。
 とはいっても黛はともかく華黒とルシールは浴衣姿だ。
 帯関係で多少時間をとられる。
 そもそも着替えを行おうというのだ。
 僕は黙って手芸部の部室から出るのだった。
 数分後。
 ガチャリと扉が開く。
 現れたのは、
「はぁい」
 手芸部の部員だった。
 部室の隅で毛布を体に巻きつけているだけの……昴先輩の餌食になっていた女性。
 ちなみに現在はちゃんと女性らしい服を着ている。
「あなたが真白くんね?」
「……そうですけど」
「えい」
 と掛け声一つ……女子大生は僕のサングラスを奪った。
 そして、
「ふむ……可愛い顔してるね。昴がお熱になるのもわかるわぁ」
 不名誉な賞賛を送ってくれる。
「時が経てば劣化しますよ」
「それは女性も同じよ」
 ……そりゃそうですけど。
「大丈夫。安心して。別にあなたから昴を取ろうなんて考えてないから」
「大丈夫です。安心してください。昴先輩を確保しようなんて思ってませんから」
「あら……そうなの?」
「はい」
「ふーん? あんなに綺麗なのに……。まぁ真白くんが連れてきた女の子たちも皆可愛いものね。感覚がマヒしちゃってもしょうがないか」
 うち一人は恋人なんですけどね。
 言っても詮方無きことだろう。
「興味本位ですがどうして昴先輩と?」
「ん。熱烈に愛を囁いてくれるからね。こういうのもいいかなぁってテンションに任せちゃって……」
 クスリと笑う女子大生だった。
 お姉様の感想はわからんわ。
 火遊びにしても女性同士なら責任の所在が明らかにならないから面倒がないとも云うんだけど……ね。
 昴先輩についてアレコレ議論していると、
「もういいよ」
 と中から昴先輩の声がかかった。
「さ、入りましょ? 真白くん」
 ですね。

    *

 時刻は午後六時。
 場所は共通棟の中庭。
 そこにはステージが用意されていた。
 本来のイベントはミスコン用であるらしい。
 ただミスコンの前座として手芸部主催のファッションショーを執り行うというのが毎年の通例とのことであった。
 ちなみにかしまし娘は既に酒奉寺印の衣装に着替え終わっており、舞台裏でのんびりしていた。
 一番手……華黒。
 ミラノ風のパリッとした実直なスーツ。
 関節の部分を除けば皺一つない作りである。
 オックスフォードグレイがクラシックとモードの狭間を演出。
 僕の贈ったシュシュが後頭部にて髪を収束させポニーテールを作っていた。
 出来る女。
 そんな印象だ。
 大学生でも通用しそうな雰囲気を持っている。
 体のラインがスーツにも出ていて、とても淫靡な印象。
 まともな男なら一撃だろう。
 僕は違うけど。
 二番手……ルシール。
 不思議の国のアリスの……アリスの衣装にリボンをふんだんに取り入れたファンタジーな服装である。
 水色と白色とが氾濫している。
 それがまたおどおどしているルシールによく似合っている。
 昴先輩の手によって後頭部にも大きなリボンをつけている。
 元が金髪碧眼の美少女だ。
 見事という他なかった。
 ルシール自身はルシーるばかりだ。
 知ったこっちゃないけど。
 三番手……黛。
 真っ白なテニスウェア。
 手にはラケット。
 見事なテニスプレイヤーだった。
 控えめに見て刺激的。
 黛自身が美少女だというだけで付加価値が乗るのだけど……スコートが短いのも刺激的な要素ではある。
 無論スコートはスコートなので翻ってもどうということもないのだろうけど黛の美貌を前にどれだけの男性が理性を保てるか。
 僕は例外だけど。
「兄さん……どうでしょう?」
「………………真白お兄ちゃん……どう?」
「どうですお姉さん?」
 そんなかしまし娘の問いに、
「似合ってるよ」
 と気休めを口にする。
 ちょっと自己嫌悪。
「それにしてもあの酒奉寺昴はやはり酒奉寺昴でしたね」
「おや」
 華黒が昴先輩を褒めるのは珍しい。
 無理もない。
 採寸もせず……型紙も作らず……華黒のボディラインにピッタリと沿うスーツを縫い上げてしまったのだ。
 どれほどの離れ業がそれを可能とするのか。
 想像することさえ不可能というものだ。
「………………私にピッタリ……すごいね……酒奉寺先輩は」
 ドレスを着たルシールも感慨深げに言う。
「ルシール可愛い!」
 黛はドレスを着たルシールに抱きついた。
 当人はテニスウェアのまま。
「なんだかなぁ。黛さんとしてはこのままルシールをお持ち帰りしたいのですが……駄目でしょうか?」
「各々の衣装は持って帰って構わないよ。創り終わったモノはモノだ。創作とは過程にこそその神髄がある。似合っていて尚且つ着てくれただけで私の出番は終わったも同然だ」
 ニヤニヤと笑いながら昴先輩。
 その言葉が真実だと表情が語っていた。
 乙女を着飾ることに情熱を注ぐ。
 それだけでいいのだろう。
 乙女を観察して、着せたい衣装を思い浮かべる。
 それが昴先輩のテーゼなのだから。
 その上で自身のモノにするのがレゾンデートルなんだろうけど、華黒もルシールも黛もそこまで深くは付き合わない。
 特に華黒の反発心は強力だろう。
 華黒が甘んじて昴先輩の縫った服を着ているのは自身を僕にアピールするために他ならないのだから。
 だから僕はポンと華黒の頭に手の平を乗っける。
「似合ってるよ華黒」
 そんなお世辞に、
「えへへぇ」
 と、はにかむ。
 華黒は可愛いなぁ。
「お姉さん!」
「あいあい?」
「ルシールも可愛いですよ!」
 ですよねー。
「………………あう……お兄ちゃんも……可愛いと……思ってくれる?」
「うん。まぁね」
 おべんちゃら。
 いや、可愛いのは事実だけどさ。
「そろそろ出番だよ」
 そんな昴先輩の声が響く。
 そして華黒とルシールと黛は衆人環視の前にその晴れ姿を晒すのだった。
 華黒は堂々と。
 ルシールはおどおどと。
 黛は飄々と。
 それぞれがファッションショーの花道を歩く。
 評価は概ね肯定的だった。
 可愛いという評価とパシャリというカメラのシャッター音が場を支配する。
 ファッションショーは成功だろう。
 少なくともかしまし娘に限って言えば。

    *

 日も暮れ今は夜の八時。
 僕と華黒とルシールと黛は共通棟に隣接している芝生のスペースに仲良く腰を下ろしていた。
 ちなみに華黒とルシールは浴衣に着替えなおし、黛もシャツとジーパンのラフな格好に戻った。
 とは言うもののショーで着たファッションは酒奉寺昴先輩の観察眼(美少女限定)によるギリギリを見切った寸法だ。
 当人以外に着ることのできない代物である。
 特に華黒のスーツはあつらえたように完璧で、華黒と同等のボディラインを持った人間が他にいない限り用が無いといわんばかりの代物だ。
 オックスフォードグレイは限りなく黒に近い灰色であるから就活や受験にも使えるだろうけど、さてさて。
 昴先輩は、
「華黒くんの胸はこれからも成長するよ。着られなくなったら言ってくれたまえ。仕立て直ししてあげるから」
 そう言って笑った。
 発言としてはギリギリアウトだ。
 主にセクハラ的な意味で。
 華黒としても僕以外の人間に服越しとはいえ裸身を晒す事態になったのだから不本意ではあろうけど、
「酒奉寺昴だから仕方ない」
 とスバリズムにて諦めたようだった。
 合掌。
 ちなみに僕は昴先輩によってサングラスを没収されている。
「可愛い子は可愛らしくしてなきゃ」
 というのがその理由だ。
 不本意極まるし侮辱とすら思えるけど、それを昴先輩に抗議したところで意味がないことは重々承知している。
 一年ちょっとの付き合いだ。
 それくらいは察せられる。
 統夜もまぁよく毎日昴先輩と顔を合わせられるものだと感嘆する。
 ま、統夜は格好良くはあっても可愛くはないから昴先輩の愛には引っかからないけど。
 ちなみにその当の昴先輩だけど……僕およびかしまし娘という大魚を見定めておきながらこの場にはいない。
 デート中である。
 昼間は瀬野二の生徒……つまり後輩と。
 日が暮れてからは大学生……つまり先輩および同級生と。
 それぞれデートを楽しんでいるのだとか。
「まぁ……」
 華黒とルシールと黛という超一級の美少女たちを引き連れている僕に言えた話でもないかもしれないけど。
 何だかなぁ……。
 どこで間違えたんだか。
 雪柳学園大学七夕祭りの参加者が芝生に座っている僕たちをチラチラと見る。
 気にせず僕はジュースを飲んだ。
「はい。兄さん。あーん」
 華黒がそう言いながら焼き鳥を僕の口元へ持ってくる。
「あーん」
 ツバメの雛のように素直に口を開いて食す僕。
「ほらほらルシールも」
 こうやってルシールを僕にけしかけるのは黛を置いて他にない。
 黛は隙あらばルシールを僕とくっつけたがる。
 そこにどんな意図があるのかは知らないけど考えるだけ無駄だろう。
「………………お兄ちゃん……あーん」
 ハワイアンブルーのかき氷をスプーンですくって僕の口元まで持ってくる。
「あーん」
 僕はかき氷を食べる。
 カクテルの味が口に広がった。
「………………どう?」
「美味しいよ」
「………………そう」
 可愛いなぁルシールは。
 チラリと華黒を盗み見ると飄々としていた。
 これくらいなら許容範囲らしい。
 ……成長したなぁ。
 どうせルシール限定だろうけど。
「兄さん。あーん」
 華黒が焼き鳥を差し出してくる。
「あーん」
 僕は躊躇いなく食す。
「………………お兄ちゃん……あーん」
 ルシールがかき氷を差し出してくる。
「あーん」
 僕は躊躇いなく食す。
「羨ましいことをされているね」
 誰も浸食できない美少女空間に空気を読まずに侵入した第三者がそう言った。
「や、昴先輩」
 僕は手の平を見せる。
「やぁ真白くん。やはり君という子は美しい。君の美貌の前ではミケランジェロの真作さえ色褪せるね。現代の科学で以てしても再現できないという意味ではかの神作ストラディバリウスとさえタメを張る」
「伝説の美術家と伝説の楽器に肩を並べるほどですか」
「それだけ君が可憐だということだよ」
「お褒め預かり恐悦至極」
 インスタントのコンソメより薄っぺらいコメントをする僕。
「デートはどうしたんですか?」
「終えてきたさ。乙女との戯れを疎かに出来るものか。ただ……」
「ただ?」
「最後の花火。これは真白くんたちと一緒に見ようと……ね」
 そんな昴先輩の言葉に、華黒の瞳が剣呑な光を宿す。
「どうどう」
 そのポニーテールを梳きながら僕は華黒をなだめる。
「時間だ」
 昴先輩がそう言った。
 そして夜空に花が咲く。
 火薬を使った美の象徴。
 刹那の一瞬だけ華やかに飾る寿命の花。
 もっとも山下清の手によって一場面として永遠化されているが。
 連なり打ち出される花火は僕を、華黒を、ルシールを、黛を、昴先輩を、闇から救うのだった。

ボタン
inserted by FC2 system