超妹理論

『あくる日』後編


 そして昼休み。
 今日はいつもと趣向が違った。
 いつもは僕とかしまし娘……華黒とルシールと黛のことである、念のため……は学食の四人掛けのテーブルを占拠する。
 そして妬み嫉みの視線を受けながら昼食をとるはずだ。
 しかして今日は違った。
 本格的に夏が始まり、太陽はカンカンと……諤々と……。
 梅雨なんだけど四六時中雨が降られてもしょうがない。
 というわけで晴れ。
 僕とかしまし娘はブルーシートの上にあぐらをかいていた。
 まぁあぐらをかいているのは僕だけで、かしまし娘は各々スカートの中が見えないような座り方をしているのだけど。
 場所は中庭。
 一般棟と特別教室棟に挟まれた芝生の空間だ。
 そこにブルーシートを敷いて昼食をとっている僕たちだった。
 サンドイッチ。
 ルシールと黛……主に黛主体であろうことに関してつっこんではいけない……お手製のサンドイッチである。
 カンカン照りのお日様の下、ブルーシートを敷いて、黛の用意した水出し紅茶を飲み、ルシールと黛の用意してくれたサンドイッチを頬張る。
 うん。
 美味美味。
 ちゃんとバターが塗られてパンは乾いており、そこにみずみずしいキュウリやトマトの水分が噛んだ瞬間にはじける。
 総じてレベルが高かった。
「どうですかお姉さん?」
 僕に紅茶のお代わりを注ぎながら感想を求める黛に、
「ん。美味しい」
 賛辞を贈る。
「よかったねルシール」
「………………あう……黛ちゃんの……おかげ」
「そんなことないって」
「………………ある」
「ない」
「………………むう」
「何さ」
「待った待った。つまらないことで喧嘩しないで」
 茶を飲みながら僕がいさめる。
「本当に美味しいですよルシール……」
 華黒もフォローしてくれる。
「………………あう」
 照れ照れとルシール。
 ルシールがおどおどしたり照れ照れすることを、
「ルシーる」
 と名付けるのはどうだろう?
 あ、どうでもいいですか。
 さいですか。
「ありがとねルシール」
 僕はクシャクシャとルシールの金髪を撫ぜる。
「………………ふえ」
 おどおどとルシーる。
 そんなこんなで中庭でひと時の時間を過ごしているのだけど、
「お姉さん大人気ですね」
 黛が現状をケラケラ笑いながら的確に指摘してきた。
「慣れたものだけどね」
 今更だし。
 何かというと妬み嫉みの視線のことである。
 学食では学食なりの嫉妬の視線があった。
 中庭では一般棟の通路から窓を通して中庭を一望できるので嫌でも僕と華黒とルシールと黛のキャッキャウフフが目に入るという仕様だ。
 いいんだけどさ別に。
「………………真白お兄ちゃん」
「なに?」
 ズズと紅茶を飲む。
「………………私たち……迷惑?」
「はぁ?」
 何を言ってるんだこの子は。
 僕はまじまじとルシールの瞳を覗きこむ。
 碧眼は憂いに満ちていた。
 それから僕の瞳を真っ向から見つめ返し、照れて赤面するルシール。
 可愛いなぁ。
 とまれ、問わねばなるまい。
「どういうこと?」
「………………私がお兄ちゃんと一緒にいることで……お兄ちゃんはやっかみの視線に……晒されてるんじゃないかって」
「まぁね」
「………………ごめん……なさい」
「別にルシールに謝られたって意味不明なんだけどね」
「………………ふえ?」
 ポカンとするルシール。
 僕はズズと茶を飲む。
「別にルシールのせいじゃないでしょ?」
「………………私のせい」
「違うって」
 うんざりと僕は言う。
「妬み嫉みの視線を送っているのは十把一絡げだ。衆人環視だ。スクールカーストだ。ルシールを勝手に想って、ルシールと一緒にいる僕を勝手に敵視している。そこにルシールの意図や責任は存在しない。違う?」
「………………でも」
「ルシールが謝るならこうだ。絶世の美少女でごめんなさい、なんてね」
「………………ふえ……美少女じゃ……ない」
「じゃあなんでルシールを独占している僕に敵意の視線が向けられるのさ?」
「………………あう」
 ルシールはちょろいなぁ。
 華黒や黛ほどアイデンティティを確立できていない。
 純粋とも言う。
「とまれ、ルシールが気に掛けることじゃないよ」
 そう言って最後のサンドイッチを頬張る。
 御馳走様。

    *

 ウェイストミンスターチャイムが鳴る。
 古くはロンドン。
 ビッグベン。
 何はともあれ今日の過程は全てこなした。
 放課後。
 そう呼ばれる時間帯だ。
「兄さん兄さん兄さん」
「あいあいあい?」
「私の私の私の兄さん」
「華黒の華黒の華黒の僕だよ?」
「一緒に帰りましょう!」
 まぁ言われなくてもそうするつもりだけどさ。
「…………」
 チラリと統夜を見る。
 ニヤリと笑われた。
 なんの意図があってのことだか。
 ともあれ統夜は社交的に男子生徒と四方山話をしながら教室を出ていった。
「兄さん!」
 ワンコのような華黒。
 尻尾があればブンブンと振っているだろう。
「…………」
 犬耳に犬の尻尾をつけた華黒。
 ありだね。
 ともあれ、
「なぁに?」
 僕は言葉を返す。
「夕食にリクエストはありますか?」
「パスタ」
 即答だった。
「じゃあスーパーに寄りませんと」
「うん。付き合うよ」
「もう付き合ってます!」
「男女関係じゃなくて……」
「ほんの冗談です」
「…………」
 本当だろうね?
 言っても無駄なのは百も承知だ。
 と、
「お姉さーん。お姉様ー」
 教室の扉に隣接している廊下から快活な声が聞こえてくる。
 言葉の意味を吟味しなくとも誰であるかは瞭然だ。
 黛。
 黒いショートカットのボーイッシュな美少女である。
 その隣にはルシーるしているルシール。
「かーえりーましょー」
 黛の快活ボイスが聞こえてくる。
「に・い・さ・ん?」
「なぁに?」
「腕を組んでもよろしいですか」
「レディのエスコートはもっと別の場所でもいいんじゃない?」
「見せつけたいんです」
 誰に?
 衆人環視に。
 そんなことは言葉にしなくてもわかった。
 虚しい心の共有だけど……。
 僕は華黒と腕を組んでルシールと黛と合流する。
「………………お兄ちゃんとお姉ちゃん……仲良し」
 まぁ恋人同士だしね。
 言葉にできないのは僕の罪悪感故だ。
「さて」
 どうしたものか。
「お姉様は今日の夕飯は決まっているのですか?」
 黛の言に、
「パスタです」
 即答の華黒。
「なら夕食を共にしませんか?」
「私は構いませんが……」
 華黒は僕をチラリと見る。
 コックリと僕は頷く。
「いいんじゃない?」
 廊下を歩きだしながら僕は首肯した。
「結局のところ兄さんは何のパスタが食べたいんですか?」
「じゃあ鉄板焼きナポリタン」
「わかりました」
 わかっちゃうのかよ!
 ジョークで言ったつもりなんだけど華黒にとっては茶飯事らしい。
「黛にも手伝ってもらいますよ?」
「構いやしませんけどね」
 飄々と黛。
「僕の理解者はルシールだけだね」
 僕はルシールの金髪を撫ぜた。
「………………あう」
 プシューと茹で上がるルシール。
 可愛い可愛い。
 さて、
「ぐだぐだ言っていないで行こ? スーパーに寄るんでしょ?」
「まぁ色々と準備もありますし」
「ですね」
「………………あう……私……足手纏い」
 それを言うなら僕もだけどね。
「気にしない気にしない。僕も気にしてないから」
 やっぱりクシャクシャとルシールの髪を撫ぜる。
 そして僕とかしまし娘は昇降口へと。
 外履きに履き替えようと靴箱を開けると、
「おや」
 ヒラリと封筒が落ちた。
「兄さん……それって……」
 バーイ薫子さん。
 そんなことは百も承知だ。

    *

 夕食を食べた後、
「ふい〜」
 僕は風呂に入った。
 今日の夕食は冗談でもなんでもなく鉄板焼きナポリタン。
 華黒と黛の懐の深さには脱帽だ。
 僕とルシールは華黒の淹れてくれた煎茶を飲みながら夕食を待ったものだ。
 アルデンテ。
 ちなみにアルデンテは固く湯がけば良いというものではない。
 湯がいたパスタがソースと絡まった時に芯が残らないよう絶妙の手加減を必要とする技術のことを指すのだ。
 パスタを湯がいた時点では芯が残る。
 そのパスタを味付けする時に芯が程よく消えることを前提としたのがアルデンテである。
 まぁそんなことは華黒と黛には百も承知だろうけど。
 そんなわけで極上のナポリタンを食べるに至ったのだった。
「で?」
 これは華黒。
「何が?」
 これは僕。
「兄さんへの懸想文です」
「…………」
 まぁ華黒が見逃すはずもないか。
 ワシャワシャと華黒は風呂場にてシャンプーで髪を洗っているところだった。
 僕は既に髪も体も洗い終わっている。
 そして湯船に肩まで浸かって安堵するのだった。
 もちろん水着着用。
 僕も。
 それから華黒もね。
 その辺の一線は厳しいぞ……僕は。
 華黒がシャワーでシャンプーを洗い流しコンディショナーを髪に塗りたくる。
 ブラックシルクのような髪を保つのも華黒の義務の一つだ。
「薫子さんでしたか」
「然り」
「兄さんはおモテになりますものね」
 すねたような華黒の言葉。
 事実すねているのだろう。
 薫子さんの懸想文は相変わらず謙虚だった。
 僕こと百墨真白のことを愛している。
 しかしてそれを重荷に思わないでほしい。
 今日のサッカーの試合は見事でした。
 格好良い!
 また手紙を届けます。
 そんなことがつらつらと書かれていたのだ。
 華黒が警戒するのも……まぁしょうがない。
 しかして、
「……ふむ」
 校庭は一般棟と隣接している。
 つまり僕のサッカーの活躍を見ることができるのは窓際の生徒だけだろう。
 一人一人聞いて回る……、
「わけにはいかないんだろうなぁ」
 重労働だ。
 人海戦術でも出来なければ不可能に近い。
 そして僕が動員できる人間は華黒と統夜とルシールと黛。
 以上。
 相も変わらず貧相な人間関係だこと。
 泣きたくなるね。
 意味不明な統夜の情報網を頼るのも一つの手だけど……さて、本心からの真実を酒奉寺統夜が語ってくれるかは疑問符が付く。
 結局、
「薫子の正体はわからないままだね」
 そういう他ないのだった。
「兄さんは薫子さんに対してどんな感想を?」
 どうと言われても……。
「気持ちは嬉しいけど僕には華黒がいるしなぁ」
 ポリポリと人差し指で頬を掻く。
 パァッと向日葵のように華黒の表情が輝く。
「やっぱり兄さんは私の兄さんでした!」
 ザパンと浴場にとびこんでくる華黒。
「に・い・さ・ん?」
「あいあい?」
「私を好きにしていいんですよ?」
「責任が取れるようになったらね」
「むう」
 むう、じゃないって。
「私は兄さんの恋人です」
「だね」
「兄さんは私を愛しています」
「だね」
「ならやることは一つだと思うんですけど……」
「例えば?」
「ナニ」
 スパァンと僕のツッコミが入る。
「下品な女の子は嫌いだよ」
「だって兄さんは消極的に過ぎるんですもの」
 すねたように華黒。
「一緒にお風呂に入っている時点で僕にとっては大冒険なんだけどね」
「ではそのもう一歩先を」
「ここで水着を脱いだら関係を見直すよ」
「むう」
 むう、じゃないって。
「兄さんは私に欲情しないんですか?」
「してるよ。だから処理は大変」
「私はいつでもウェルカムですからね」
「もうちょっと大人になったらね」
「むう」
 むう、じゃないって。
「たかがセックスじゃないですか」
「されどセックスじゃないですか」
 こればっかりは意地でも守る。
 少なくとも責任をとれる立場になるまで。

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