シャッとカーテンを開ける。 今の僕はマネキンだ。 そうとでも捉えないとこの嘔吐感をどうにもできやしない。 六根清浄。 六根清浄。 ちなみに今僕が来ているのは手芸屋。 コスプレの衣装から特徴的な衣装まで色々そろっている店だ。 そして僕が着ている衣装はゴスロリだった。 黒いカチューシャ。 黒いフリフリドレス。 手には純白の手袋。 姿見に映っているのはゴスロリ美少女だ。 皮肉だけどね。 トラウマと四つに組んでいるんだけど……まぁこの際しょうがない。 「とても愛らしいよ真白くん!」 そう言って僕を抱きしめ猫かわいがりする先輩だった。 「去年を思い出しますね」 「ああ」 無論のこと、 「忘れもしない」 当然ではある。 「あの時のことは忘れようはずもない」 「ですよねー」 「あんなに愛らしい真白くんを忘れるものか」 そっちかよ! 言っても無駄だから言わないけど。 おかげで僕は不幸に見舞われたんだけど……それは先輩にはかかずらう必要のない過去らしい。 いいんだけどさ……別に。 ちょっとムッとしながらそう言うと、 「何だい?」 先輩がわからないと首を傾げる。 疑問に思うところかなぁ? 「さて、次はウェディングドレスを着てみようか……」 「男が?」 拒否というか拒絶反応を表す僕に、 「大丈夫」 信念というか自信を持って先輩は頷く。 「男がウェディングドレスを着ちゃいけないなんて法則はない」 いや、 「それは男が着ないという前提での法則でしょう?」 そういうことなのだった。 「似合うから」 そう言ってウェディングドレスを押し付ける先輩。 「着替えを手伝わせてもらいます」 これは手芸屋の店員さん。 「一人で出来ます……」 「無理です」 キッパリと言われた。 「男の方とはいえ……むしろ男の方であるからこそウェディングドレスを着たことなぞないでしょう?」 「それはそうですけど……」 「大丈夫です。当店には女装が趣味の男性も度々訪れます」 それは最低の言葉ではないですか? 「ですから男の方に複雑な衣装を着させるフォローも当店では行なっております」 さいですか。 中略。 僕と昴先輩は腕を組んで都会を練り歩いた。 「あー……」 ボウッと僕は言葉を垂れ流す。 「なんだかなぁ……」 「何がだい?」 「衆人環視の視線が痛いです」 「それだけ君が魅力的な証拠だ」 ですかぁ……。 他に言い様もない。 結局手芸屋で色んな服に着替えさせられた後、最終的に僕はピンク主体のフリフリドレスによって構成されているロリータファッションを着ることになった。 カチューシャ付き。 やはり女装は慣れないなぁ。 嘔吐感を押し殺し……とはいっても鏡や姿見で確認していないだけ抵抗感は薄いのだけど……僕は先輩と都会を歩く。 美少女二人……無論皮肉である……が仲睦まじく歩いている光景はすれ違う他者の……特に男の鼻の下を伸ばすのだった。 「僕は男だ」 と言いたいけどそれも叶わない。 去年もこんな感じだったなぁ。 都会を練り歩いて、 「やはり美少女を連れて羨望の的になるのは感慨深いねぇ……。うん。真白くんを捕まえて正解だったよ」 先輩はそんな戯言を言うのだった。 それでいいのか先輩。 いいんだろうけどね。 それについては諦めの境地だ。 「先輩は心臓ですね」 「そうかい?」 「男に想いを寄せるのはハーレムに対する裏切りじゃないですか?」 「ふむ……」 考え込むように先輩。 「しかして私は真白くんの不世出の美貌に惚れた人間だ。そこには美しいか否かの判断しかあるまいよ」 「結局……僕が先輩の嗜好に合致してるから男か女かは関係ないと?」 「そういうことだね」 何だかぁ……。 「…………」 沈黙する僕だった。 ロリータファッションを身に纏って昴先輩と腕を組んでいるんだから言い訳の余地もないんだけど……。 それでも無常になるのは避けられなかった。 * 帰宅した僕を迎えてくれた華黒はその一秒後に開けた口をへの字に歪めた。 「やあ華黒くん。黒という絶対色の美少女よ。空間の深淵にも似た宇宙規模の乙女よ。世界は君によって輝いているね」 まぁ気持ちはわからんでもない。 人の言うことを聞かない華黒に対抗できるのは同じく人の言うことを聞かない人間に限られる。 僕の狭い交友関係でそんな性質を持っているのは昴先輩のみだ。 それゆえに華黒は先輩を天敵としていた。 口をへの字に曲げるのもしょうがないことだったろう。 「兄さん?」 空間の深淵から起こる恋心ビッグバンを押さえつけているかのように怒気をはらませて、しかしてニコリと表情では笑って華黒は問うた。 「どういうことですか?」 表情はともかく瞳がちっとも笑っていない。 「兄さんは一人になりたいんじゃなかったんですか? 兄さんは酒奉寺昴とデートしたんですか? 兄さんは浮気したんですか? 兄さんは私に事実を隠して酒奉寺昴と待ち合わせをしたのですか? 兄さんは……兄さんは……兄さんは……兄さんは……」 兄さん地獄に陥った華黒に、チョップを打ち込む。 「あう」 「安心して華黒。浮気したわけじゃないから。デートと取られるのはしょうがないけど僕が愛してるのは華黒だけだよ」 「あう」 「つまり真白くんは私の嫁になって、ついでに華黒くんも私の嫁になる……という理屈でいいのかい?」 いや、その理屈はおかしい。 「ともあれ華黒」 「なんですか兄さん?」 「夕食は五人分用意して。今日のメニューは決まってるの?」 「はぁ。まぁ。カレーですが」 「ん。ちょうどいい」 「よくありません」 憤然と華黒。 「五人分ということは私と兄さんとルシールと黛……にもう一人加わるということじゃないですか……!」 「はぁい」 昴先輩が突き出した手を握っては開き開いては握った。 「敵に与える施しなんてありません!」 「そう言わず。お兄ちゃんからのお願い」 「むぅ……」 僕の願いと自身の抵抗感の狭間で揺れる華黒だった。 もう一押し。 「今ならおやすみのチューもつけるから」 「………………わかりました。酒奉寺昴の分まで作ります」 ぜえええっと溜息をついた後、心とは裏腹に納得する華黒だった。 申し訳ない………………なんて気持ちはこれっぽっちもない。 「もう一つ。ルシールと黛を呼んで人数分の茶を用意して。できるでしょ?」 「できますが……」 何でコイツに、と華黒の目が語っていた。 「そんな惚れ心のこもった熱視線で見つめられると私といえども照れるよ」 都合よく華黒の視線を解釈する先輩だった。 ともあれ僕は先輩を誘導してダイニングに顔を出す。 四人掛けのテーブルだからもう一つ椅子を用意する必要があった。 自身の部屋にあるデスクの椅子を一時的にダイニングに持ってきて、僕はイレギュラーの位置に座る。 同時にピンポーンと玄関ベルが鳴る。 華黒が応対した。 「はいはいはーい」 「どもっす! 黛さんゴチになりにきたっす! 無論のこと食事の準備くらいは手伝わせてもらいますが」 「………………どうも……です」 愛らしい声が二つ玄関から響いてきた。 当然だけど聞き逃す先輩ではない。 湯呑をテーブルに置いて玄関兼キッチンへと視線をやり、 「ふわお!」 と感嘆した。 ……感嘆……なのだろうか? 「久しぶりだねルシールくん。息災にしていたかい? ふふ、罪深い子だ。私をこんなにも魅了するなんて……。その輝く髪を愛情で撫ぜても構わないかい?」 一瞬でルシールへと間合いを詰め、ルシールのおとがいを持って口説きにかかる先輩だった。 おとがいを持ち上げられてキス寸前まで接近させられて愛の言葉を囁かれたルシールは、 「………………ふえ……ええ?」 わたわたと慌てた。 「ちょいとちょいとお姉さん? 黛さんのルシールにちょっかいをかけるのは止めていただきたいのですが?」 「……ほう! こちらも随分な美少女だ。どうだい? 私と夜明けのエスプレッソを飲まないかい?」 「遠慮します」 「そう言わずに。与えられうる悦楽の全てを提供しようじゃあないか」 「黛さんは身持ちが固いもので」 ハンズアップ。 「ふむ。ではまたの機会にするとしよう」 「ていうか誰です?」 至極もっともな質問だ。 「僕と華黒の先輩。去年の瀬野二の生徒会長で、今は大学一年生。ついでに言えばレズレズだね」 「そっちの趣味は黛さんには無いからなぁ」 ほけっと言う黛に、 「………………私には……好きな人が……いますから」 丁寧に断るルシール。 ちょっと罪悪感。 「なんだかな。真白くんが憎らしくさえ思えるね」 「別にどんな評価を下されようと関係ないからいいんですけどね」 飄々と言って僕は茶を飲む。 ルシールと昴先輩もダイニングへと……そして茶を飲む。 黛は夕食の準備をしている華黒を手伝うためにキッチンに立った。 四方山話が聞こえてきたけどあくまで聴覚の範囲内だ。 「ルシールくんには白と水色の不思議の国のアリスのような衣装が似合いそうだね。そうだね……リボンを大量に使うとしよう。清楚さと可愛らしさの狭間を演出して見せるのが一番効果的かな?」 ルシールをジロジロ見ながら検分する先輩だった。 「華黒と黛は?」 「華黒くんはスーツなぞ似合うんじゃないかな。そうだな……色はオックスフォードグレイ……胸を強調し……全体的にスラリとした印象を与えるスーツ……ミラノ式でいいんじゃないかな?」 「あー」 確かに。 華黒は「出来る女」の雰囲気を持っている。 「黛は?」 「ふむ……和服かな。胸が慎ましやかではあるし、どこか日本人としての業から逃れられない少女だ。蝶の意匠をあしらった和服なぞ合うかもね。もしくはコスプレになるが……テニスウェアなどどうだろう? きわどいアンダースコートで男なんて一撃だ」 よくもまぁ美少女を見るだけでそれに即した衣装を考えられますね。 まぁ、 「美少女を見ることでその子に合わせた衣装のインスピレーションが湧く」 とは言っていたけど。 「そんな目で黛さんを見ていたんですか?」 話を聞いていたのだろう。 キッチンから黛の声がかけられた。 「そもそもそのために来たからね」 「どういうことです?」 「それについては夕食の時に」 僕は問題を先送りにして茶を一口。 先輩はルシールを口説こうと必死だったが、ルシールは頑として首を縦に振ることはなかった。 ちょっと罪悪感。 心の警察がいれば手錠をつけられていただろう。 ともあれ茶を飲み、華黒と黛の作る夕食を待って、ほど一時間。 五人分のカレーライスがテーブルに並んだ。 僕がイレギュラーの席に座り、美少女四人が正式な席に着く。 「いただきます」 の掛け声とともに僕らは食事を開始した。 華黒と黛の作ったカレーだ。 美味しくないわけがない。 「どうですか兄さん?」 「うん。美味しいよ」 ニッコリ笑う僕。 「華黒くんと黛くんの愛情を感じ入るね」 どこまでもブレない昴先輩。 「それで?」 これは黛。 「酒奉寺昴先輩は何ゆえ黛さんやルシールやお姉様を必要としたんです?」 それをこれから言おうと思っていたんだけどね。 まぁ順序に関しては問題ない内容だけど。 「こちらの……」 チラリと華黒と昴先輩を見る。 華黒は双眸を閉じてもくもくとカレーを食していた。 先輩はカレーを食べながらニヤニヤと笑みをこぼしていた。 「酒奉寺昴先輩は今大学生なんだ」 「それは聞きました」 「で、当然ながらサークルに入っているわけで……」 「はぁ」 「そのサークルっていうのが手芸部なんだ」 「はぁ」 「それで手芸部は雪柳学園大学の学園祭でファッションショーをやる予定なんだよ」 「はぁ」 「名付けて七夕祭り。七月の第一日曜日に学園祭である七夕祭りをやって、手芸部はファッションショーというかたちで七夕祭りを盛り上げる」 「はぁ」 「で、先輩は可愛い女の子が好きで……さらに女の子を可愛らしく着飾るのが好きだ」 「はぁ」 「というわけで華黒とルシールと黛に犠牲になってもらおうかと」 「手前勝手な意見ですねぇ」 否定はしない。 「お姉さんはそれでいいんですか?」 「だって受け入れなかったら僕が供物になるんだもん」 事実をただ並べる僕。 「兄さんを女装させないためには私たち……私とルシールと黛がスケープゴートになるしかないと、そういうわけですよね?」 キッパリと華黒が事実を突きつける。 「…………」 間違ってはいないけどさ。 なんだか悪者になった気分。 「安心したまえ。最高に可愛い衣装を用意するから」 その言葉で何を安心しろと。 「ああ……華黒くんにルシールくんに黛くん。こんなに美少女が揃っているんだから私のインスピレーションも増大するというものだよ」 さっきの言葉を思い起こせば有り得ないではないけどさ。 先輩はブレないなぁ。 僕はスプーンを動かしてカレーライスを食べる。 うん、スパイシー。 「僕も華黒の可愛い恰好を見たいけどね」 「…………」 この沈黙は華黒のモノ。 「兄さんは私に期待をしているのですか?」 「ぶっちゃければ」 良い流れ。 「まぁそれならファッションショーに出るのも吝かではありませんが……」 よし……一人落ちた。 「ルシールも去年やったでしょ? また今回もしてくれる?」 「………………お兄ちゃんが……そう言うのなら」 おずおずとルシール。 「なら黛さんも参加しないわけにはいきませんね」 「心強いよ」 っていうか、 「三人分の衣装なんて今から作って間に合うんですか?」 六月の上旬だ。 期間は約一か月。 「大丈夫さ。コンセプトさえ決まれば黙々と針糸を動かすだけだ」 まぁ完璧超人酒奉寺昴ならそうなんだろうけど。 僕はカレーを一口。 |