超妹理論

『薫子の懸想文』後編


 さてさて、ゲームセンターで一通り遊んだ後でリンカーンに乗って統夜の家……酒奉寺屋敷へ。
 和のテイストをふんだんに盛り込んだ屋敷。
 静謐と調和のパレード。
「息をもさせぬ」
 といっているかのような完璧さだ。
 ただまぁ、
「本音を言えば……」
 相も変わらずやのつくご職業の家みたい。
 なんというか……圧迫感がある。
 良く言えば「凄み」だろうか。
 ブルジョアジー。
 そして僕と統夜は屋敷に入ると大数の使用人に出迎えられた。
 練習でもしたのだろうか、
「お帰りなさいませ統夜様」
 と一糸乱れず言葉を重ね合わせて大勢の使用人がこれまた同時に頭を下げる。
 プレッシャー。
「統夜」
「なんだ?」
「毎回こんな歓迎受けて疲れない」
「慣れだ」
 慣れか。
「止めろっつってもするんだからこっちが折れるしかないだろ?」
 そりゃご愁傷様。
「統夜様、真白様、お荷物をお持ちいたします」
 一歩僕たちの前に進み出た使用人がそう言った。
「おう」
 統夜は遠慮なく預ける。
 僕はと言えば、
「遠慮します」
 丁寧に断った。
「悪いですし」
 とは言わなかった。
 それは隙を見せるも同然だったから。
 使用人はそれについてはあっさりと引き下がり、それから別の言葉を紡ぐ。
「統夜様、真白様、お飲み物はいかがいたしましょう?」
「至れり尽くせりだね」
 苦笑してしまう。
「俺の功績じゃねえけどな」
 統夜も苦笑した。
「真白は何か飲みたいものはあるか?」
「何でもいいよ」
「了解」
 頷いて、
「じゃあ緑茶を二人分。茶菓子はいらん」
 端的に使用人に命令して統夜は僕を自身の部屋へと招いた。
 酒奉寺家にお邪魔するのは久しぶりだけど統夜の部屋に入るのは初めてだ。
「……ふむ」
 何か意図あってのことだろうか?
 十分単位で歩かねば制覇できない巨大な屋敷ではあったけど統夜の部屋へは一分ほどで着いた。
「玄関から近いね」
 と言う僕に、
「こんなことに時間を取られたくないからな」
 統夜はさくりと答える。
 頷ける話ではあった。
 それから統夜の部屋を初めて見てちょっと驚く僕。
 和室のようなモノを想像していたのだけど、全く違ったのだ。
 扉を開ければ別世界。
 具体的に言えばアレだ……一人暮らしの大学生が借りるアパートの一室。
 床は畳ではなく板張りでカーペットが敷いてあり……壁はのっぺらな白……明かりも西洋のソレ。
 和のテイストを取り込んだ屋敷からは想像もできない異空間だった。
 デスクにはパソコンが。
 洋風の巨大な本棚には漫画がびっしりと。
 そしてベッドがあり、ティーテーブルがあり、テーブルに接するように座布団が敷かれている。
「統夜、パソコンなんてするんだ」
 ちなみに僕はパソコンに明るくない。
 華黒の部屋にはノートパソコンがあるけど、僕には関わりのないことだ。
 たまに刺激的というかうんざりするような代物を華黒がネット通販で買うことを除けば無害な一コンテンツだ。
 辞書代わりに借りることもないではないけど。
「ネットゲームを少し……な」
 また統夜は苦笑する。
「ネットゲーム?」
「ああ」
 肯定して、
「もしかしてネットゲームを知らないのか?」
 それくらいは知っている。
「ネットで他のプレイヤーと一緒にプレイするゲームでしょ?」
 テーブルの座布団に座りながら僕。
 鞄は床に置く。
「もしかして華黒ちゃんもネトゲするのか?」
「知らないよ」
 ハンズアップ。
 降参だ。
「まぁ有り得んか」
「…………」
 何ゆえ言い切れる?
 僕がそう問うと、
「真白に対して偏執的に執着する人間が他の人間の輪に加わろうとするのが有り得ないってだけだ」
「…………」
「違うか?」
「ごもっとも」
 他に言い様もない。
「…………」
「…………」
 しばし沈黙の妖精が場を支配する。
 と、統夜の私室の扉がコンコンとノックされて、
「統夜様、よろしいでしょうか?」
 そんな声が聞こえてくる。
「構わんぞ」
 あっさりと言う統夜に向けて、
「失礼します」
 と答え使用人が入ってきた。
 手には御盆。
 御盆の上には湯呑が二つ。
 おそらく統夜が言った緑茶なのだろう。
 それくらいは察せられた。
 テーブルに一つ。
 デスクに一つ。
 湯呑をそれぞれ置いて使用人は、
「失礼しました」
 と退場した。
 僕はズズと茶をすする。
「うん。美味しい」
「意味のないことに力を入れたがるんだよ。ウチの使用人は」
 統夜の皮肉。
「でも裏返せば全力で僕と統夜をもてなそうって意志の表れじゃない?」
「そりゃそうだけどよ……」
 納得いかないらしかった。
「ま、真白はお客様だしこういうのもいいか」
 僕を言い訳にするのか。
 別に腹を立てることでも忌々しげに愚痴ることでもないけどね。
「それで?」
 パソコンデスクに備わっている椅子に前後逆に座って背もたれに肘をついて統夜は意味不明な言葉を吐いた。
「それでとは?」
「とぼけんな」
「そんなつもりはないけど」
「懸想文だよ。まだ鞄に入ったままだろ?」
「…………」
 しばし沈黙。
「ああ……!」
 僕はやっとのことで思い出す。
 そういえば懸想文をもらったんだっけ。
 統夜とゲーセンで遊んでいた頃にはすっかり忘れていた。
「こうなると真白……今日お前を誘ったのは幸運だったな。華黒ちゃんに知られると……」
「想像したくないなぁ……」
 と言いたいところだけど、
「華黒は華黒でちょっぴりだけど大人の階段を上ってるよ?」
 僕は反論した。
「少なくとも現在の華黒ならラブレターくらいじゃ激昂しないと思うな」
「へえ?」
 興味深げに統夜。
「世界を許せないのが華黒ちゃんじゃなかったか?」
「それを克服するために僕が傍にいるんじゃないか」
「なるほどね」
 一定の理解は得られたらしい。
「で、懸想文の件だが」
「興味あるの?」
「無論」
 素直なことで。
「人の色恋に差し出口を挟むつもり?」
「いいから開封しろよ。それ以外に状況の変化は有り得んぞ」
 さいですか。
 僕は鞄から封筒を取り出す。
 ハートマークのシールをはがして封筒から手紙を取り出す。
 ついでに自分の心から自制心を取り出す。
 三つのモノを取り出して、それから僕は懸想文を読む。
 読み終わって、
「なるほどね」
 僕は納得した。
「何がなるほどだ?」
「ん」
 僕は懸想文を統夜に渡す。
 統夜が受け取り、それから声に出して読む。
「お初お目にかかります真白先輩。このような不意打ちをして手紙を渡すこと……まずは申し訳ありません。しかしてこの想いをどうしようもなく懸想文を綴らせていただきます。真白先輩を一目見て私は惚れこんでしまいました。乙女回路大暴走です。これは愛を綴った懸想文であり愛の告白でもあるのですが……とはいえ決して真白先輩に愛の返事を強要するモノではありません。真白先輩が既に恋人を持っていらっしゃることも重々承知しております。ですからこれは私の一方的なわがままです。真白先輩をお慕いしております。ですからこのような手紙を書くに至りました。ただそれだけを言いたくてこの手紙を書いたのです。決して恋愛関係になりたいなどと言う代物ではありません。真白先輩は華黒先輩を愛しているのは……しょうがないことでしょう。ですから私は私のためにこの手紙を綴ることにしました。真白先輩と交際する気はありません。ただ真白先輩に『とある人物が先輩をお慕いしている』と認識させるための手紙です。これからも隙を見ては真白先輩に思いの丈をぶつける懸想文を書こうと思います。迷惑は百も承知です。ですが私が私の想いを真白先輩にぶつけることを許してもらえれば幸いです。薫子(仮名)より」
 よどみなくつらつらと薫子(仮名)の懸想文を口にする統夜だった。
「泣かせるねぇ」
 何が?
「この薫子ちゃん……真白が自分のモノにならないと知ったうえで自身の想いをのべつたてまつっている。自分が真白を愛していればそれ十分だということだろう? こんな純情……他では見られんぜ」
 ……否定はしない。
 ズズと茶を飲む。
「この薫子ちゃん。また手紙を書くそうだが……お前はそれでいいのか?」
「僕が愛しているのは華黒だけだよ」
 それだけは譲れない
 だからこそ……この懸想文なんだろうけどさ。
「因果だな」
「否定はしないけどね」
 そして僕と統夜はアレコレと懸想文の相手を推理してひと時の時間を過ごすのだった。
 薫子が誰かもわからないままに。

    *

「ただいま華黒」
「お帰りなさい兄さん」
「はい。お土産。猫又のぬいぐるみ」
「うわ……うわわ……うわぁぁぁぁ……私にですか?」
 動揺しすぎだろう。
「無論のこと華黒に。とはいっても僕は不器用だから統夜にねだってクレーンゲームで取ってもらったモノなんだけどね」
「過程はいいんです! 兄さんが私のためを思ってプレゼントを贈ってくださることが何よりの幸福です」
 そりゃ幸い。
「お腹すいちゃった。ご飯出来てる?」
「今日は明太子パスタなので兄さんが帰ってきてからパスタを湯がこうかと思いまして下準備しかしておりません。お茶をお出ししますのでしばしお待ちください」
「うんうん」
 頷く僕。
「華黒は良いお嫁さんになれるね」
「年齢的にも問題ありません」
「後は十八歳以上の男性を見繕うだけだね」
「怒りますよ?」
「華黒が? 僕に? 卑下してないのに?」
「む……」
 呻く華黒。
 勝った。
 珍しいことである。
 とまれかくまれ僕は私室で部屋着に着替えるとダイニングで華黒の淹れてくれた茶を飲みながら読書をする。
 その間に華黒はパスタを湯がき明太子とバターを絡ませる。
 構造そのものは単純にして明朗。
 ルシールでもなければまず失敗はしない料理ではある。
 当然完璧超人華黒の超人パワーを以てすれば容易い料理である。
 そして僕と華黒は、
「いただきます」
 と言って夕食を開始するのだった。
 華黒は、僕のいない間は黛と一緒にルシールに包丁の使い方を教えていたらしい。
 微笑ましい光景だ。
 かしまし娘は仲が良くて結構なことである。
「兄さんは?」
 話題は僕の放課後のソレになった。
「統夜さんとゲームセンターに行ったのですよね?」
「それはそうだけど……あ……」
 すっかり忘れていたことを思い出した。
「?」
 クネリと首を傾げる華黒。
「あー……華黒さん……」
「何を余所余所しく……」
「冷静に聞いてほしいんだけど……」
「内容によります」
 ですよねー。
「ラブレター……もらっちゃった……」
「…………」
「てへ」
「……そうですか」
 何かを押し殺したような声で華黒は言葉を吐いた。
「怒らないの?」
「もし兄さんがそのラブレターに応える気があるのなら怒るでしょうし取り乱すでしょうし拉致監禁して目口を閉ざして手枷足枷をして私だけの兄さんに仕立て上げるのは吝かではありませんが……」
 うーん。
 実にカグロニズム。
「兄さんの恋人は私です。二股をかける甲斐性が兄さんにあるとは思えませんし」
 信頼……と呼んでいいのかな?
「ルシールについては?」
「三時のおやつです」
 キッパリと。
「それで? どんなラブレターなんです」
「ん」
 僕は息を吐いて薫子(仮名)の懸想文を華黒に渡す。
 華黒はしげしげと読んで、
「なんだ……」
 と感想と言うには足りない言を紡いだ。
「怒らないの?」
「薫子さんのソレは懸想文と言うには積極性が足りていませんよ。こんなもの……警戒する必要もありません……」
 うーん。
 華黒も少しは大人になったなぁ……。
 お兄ちゃんとして感慨深い。
「ただ……」
「ただ?」
「この手紙を見るに薫子さんは兄さんにベタ惚れしていますね」
「ふむ」
「きっと持て余すほどの膨大な量の慕情を解消するために兄さんをオカズにしている可能性が大きいです」
「…………」
「それだけが不満と言えば不満でしょうか。兄さんをオカズにしていいのは世界で私だけなのですから……」
「…………」
 沈黙する他ない僕だった。
 さっきまでの感動を返せ。
 やっぱり華黒は華黒だった。
 それにね華黒……そういうのは同族嫌悪って言うんだよ?
 もはや反論する気力もなく僕はアグリとパスタを食べる。
「兄さん」
「……なに?」
 もはや華黒の言に疲れ切っている僕は反論する気力もない。
「また薫子さんから懸想文をもらったらキチンと私に報告してください」
「そりゃ構わないけどさ……」
 華黒検閲官仮説。
 幸あれかし薫子さん。

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