超妹理論

『薫子の懸想文』前編


「よう真白」
「何、統夜?」
 ちょっと意外感を覚えながら僕は僕の真なる意味での唯一の友に応対した。
 場所は瀬野二。
 時間は放課後。
 ちょうどホームルームが終わったばかりの瞬間である。
「遊びにいかね?」
「統夜と?」
「不満か?」
「まさか」
 苦笑する。
「ここ最近の僕の評判は散々だからね。統夜としても距離を置きたいんじゃないかなぁ……なんて」
「今更だろ」
「今更だけどさ」
 他に言い様もない。
 統夜もそれは同じだろう。
 そもそも背景を知っているのは統夜くらいだ。
 だからこそありがたかった。
 統夜かっこいい!
 惚れたりはしないけど。
「で、どこに遊びに行くの?」
「ゲーセン」
 鉄板だ。
「ギャラバトがアップデートされるってよ」
「……僕には関係ない案件だなぁ」
「そう言うなって。フォローしてやるから」
「協力プレイするの?」
「そのくらいハンデがあった方が燃えるだろ?」
 嫌味か。
 嫌味なんだろうけどさ。
 そこに、
「兄さん。統夜さん」
 荷物をまとめた華黒が近づいてきた。
「やほ、華黒ちゃん」
 手の平を見せる統夜に、
「やほ、です」
 手の平を見せる華黒。
 統夜は見せた手を握って人差し指をピンと伸ばすと僕の額に向けた。
「ちょっと真白借りていい?」
「統夜さんになら否やはありませんが……」
 ちなみに華黒にしては珍しく、僕と仲のいい統夜を敵視してはいない。
 男で遊び友達だからと見切っているというのもあるだろうけど統夜の、
「なんとなく憎めない」
 性質が関連しているのだ。
 どこか達観しているというか。
 虚無的な何かを統夜は抱えている。
 まるで悪魔に死刑宣告をされた人間のような……。
 まさかね。
 とまれ、
「ちょっとゲーセンに寄るだけだから」
 ニコリと笑って統夜。
 さわやかフェイス。
 さすがに昴先輩と血を分けた姉弟なだけはある。
 どうでもいいけどさ。
 と、
「お姉さーん。お姉様ー」
 教室の扉から爽やかな声が聞こえてきた。
 黛だ。
 その隣でヒョコッと顔を半分だけ出しているルシールもいる。
「かーえりーましょー」
 元気花丸な黛だった。
「愛されてるな真白」
 ニヤリと笑う統夜に、
「敵意も持ってくるけどね」
 苦笑する僕。
「華黒」
「なんでしょう?」
「今日の夕飯は?」
「明太子パスタのつもりですが……」
「ん。じゃあお腹すかせて帰ってくるから」
「はい。お待ちしております」
 悦に入った様子で華黒は微笑んだ。
「ルシールと黛をよろしく」
「承りました」
 そう言って華黒は教室の扉に向かった。
 今日は華黒とルシールと黛の三人で帰るのだろう。
 こういうことは新鮮だ。
 惚れっぽい男子に絡まれなきゃいいんだけど……。
 まぁ単純かつ純粋な殴り合いなら華黒に勝てる人間は……男子を含めてもそうはいないんだろうけどさ。
「かしまし娘だな」
 だね。
 統夜の言に心の中で同意する。
 そして華黒がルシールと黛のコンビと合流した。
 ルシールと黛が瀬野二に入学して以来、こういうことは初めてだろう。
 もしかしたら黛にとっては僕に男子の友達がいることが想定外というか天地の引っくり返る事実なのかもしれない。
 そんなことを思った。
 二、三言葉を交わした後、かしまし娘はそろって帰宅を選んだ。
「じゃ俺たちも行くか」
 統夜が言う。
「うん」
 素直に頷いておく。
 それから僕と統夜は四方山話をしながら二人で昇降口へと向かう。
 同じクラスだ。
 僕と統夜の下駄箱は近い。
 僕が下駄箱の扉を開けると、
「…………」
「…………」
 ハートのシールで封をされた封筒がヒラリと床に落ちた。

    *

 手紙。
 そう言って差し支えないだろう。
 封筒に入っているのは、だ。
「おい」
 統夜が驚愕を抑えて言う。
「それって……」
「うん」
 多分だけど懸想文。
 あるいはラブレター。
 そう呼ばれるものだろう。
「羨ましいな、おい」
「そう?」
 本気でわからない。
 統夜の憧憬も。
 懸想文の主の意図も。
「とまれ」
 僕は一息つくと、
「とりあえず保留ということで」
 封筒を鞄に入れる。
「開けないのか?」
 意味がわからないと統夜。
「別に今確認することでもないでしょ」
 僕は言う。
「今日の放課後の時間は統夜に使うと決めてるんだ。それならば……誰であれそれを阻む者は敵だよ」
「傲岸不遜だな」
 統夜は苦笑した。
「そう?」
 僕には統夜の意図がわからない。
「モテるねお前は」
「わずらわしいだけだよ」
「それが傲慢だって言ってるんだよ」
 七つの大罪。
 そんな十字架を背負うつもりはないけれど。
 ともあれ僕は懸想文のことを忘れると、
「じゃ、ゲーセンに行こうか」
 心機一転。
 統夜にそう言うのだった。
「ラブレターの主に応えなくていいのか?」
「それは何時だろうと取り返せるでしょ」
「恵まれた奴の傲慢だな」
「…………」
 好きでこの容姿に生まれたんじゃないやい。
 そう言いたかったけど止めておいた。
 楽しからざる話だ。
 今でも夢に見る。
 実体を伴った悪夢なぞ御免だ。
 少なくとも華黒の愛する僕にとっては。
 そんなわけで、
「統夜」
「なんだ?」
「ゲーセンに付き合う代わりにお願いしたいことがある」
「だからそれがなんだ?」
「クレーンゲームでぬいぐるみ取って」
「そりゃ構わんが……」
 ガシガシと後頭部を掻く統夜。
「自分で取った方がいいんじゃないか?」
「僕は苦手なの」
「…………」
 沈黙される。
「ま、お前がそれでいいんならいいんだけどな」
 苦笑される。
「…………」
 この沈黙は僕。
 まぁ。
「いいんだけどさ」
 言葉を振り絞る僕だった。
 それじゃ、
「行こっか」
 僕はそう言って昇降口を出る。
 天気は曇り。
 分厚い水分の塊が空を覆っていた。
 まぁね。
 梅雨だからしょうがない。
 そんなわけで僕と統夜は迎えを寄越すのだった。
 主に統夜が。
 携帯で一本。
 それだけで酒奉寺家の使用人が車を回す。
 五分後。
 リンカーンが瀬野二の正門の前に現れた。
「さすが酒奉寺……」
 僕は感嘆とする。
「リンカーンでお出迎えですか」
「別に俺の稼いだ金じゃないから自慢は出来んがな」
 飄々と統夜。
「ロールスロイスの方がよかったか?」
「とんでも八分、歩いて十分」
 僕は否定する。
「ただここまでさらっとされれば扱いに困るだけ」
「先にも言ったが俺の功績じゃないしな」
「でも酒奉寺家だ」
「後継者は姉貴だよ。どうでもいいことだ」
「…………」
 この僕の沈黙は困惑故だった。
 僕は昴先輩と結婚する意志はないけど……先輩の方はその気満々であるからだ。
「お前が義理の兄になるのも悪くはない」
「やめてよね」
 本気で抗議する。
 今はまだ華黒を想っていたい。

    *

 駆ける。
 こっちに肉薄。
 同時に飛び道具でけん制される。
 対して防御。
 その場に立ち続けた。
 さらに跳躍かつダッシュする敵。
 拳で防御を崩そうとするも中々そういうわけにも。
 着地。
 足払い。
 防御する。
 掴み。
 投げ技だろう。
 その隙をついた。
 コンマ単位の判断だ。
 初動の速いジャブ。
 敵がのけ反る。
 立て続けに畳み掛ける。
 のけ反った相手に距離を縮め、攻撃。
 足払い。
 強めのアッパー。
 敵が宙に浮く。
 追いかける。
 パンチとキックを織り交ぜて空中で敵をボコる。
 最後は必殺技ゲージを消費して大技を決める。
 さて……どこでこれが格ゲーだと気付いた?
 ギャラクシーバトルである。
「ミュラーは弱体化してるなぁ……」
 統夜は不満があったようだった。
 今日はギャラバトのアップデートの日だ。
 それを確かめたいと統夜が僕を連れてゲーセンへと。
 当然リンカーンで。
 お金持ちってのはそれだけで罪だね。
 ともあれ、
「弱体化って言う割にはあっさり勝ってるよね?」
 僕は突っ込んだ。
 事実統夜は勝利を手にしていた。
「WIN」
 とゲームの画面に表れている。
 フレーム単位で状況を判断し、隙をついてコンボを決める。
 言ってしまえばそれだけではあるんだけど……その判断を下せる人間がいったい何人いることやら……。
 ゲームに愛されて生まれてきたのか?
 そうぼやくと、
「姉貴の方が強いぞ?」
 統夜は言うのだった。
「格ゲーで?」
「格ゲーで」
 躊躇いもなく言い切って、
「とはいえ他のゲームでも勝ったことはないなぁ……」
 ありえない追記をぼやくのだった。
 統夜をしてそこまで言わしめる。
 ゲームまで強いなんてどこまで完璧超人なんだ昴先輩は。
 ちなみに華黒もゲームは強いけど興味が無いのだろう……ゲームセンターに立ち入ったことすらない。
「俗です」
 そんな華黒だった。
 僕はゲームが上手い方ではないから統夜に連れられてしか行ったことがない。
 たまにあるのだ。
 統夜が自身を顧みずに僕と遊ぶのを優先するってことが。
 僕なんかに寄り添っても得しないだろうに。
 得だけで動くのは友情じゃないけど。
 そんなわけで友情を噛みしめる僕だった。
 僕と統夜は……主に統夜が、だけど……ちょくちょく喧嘩をふってくる挑戦者を華麗にやり過ごしてラスボスを倒して終わる。
 ちなみにラスボスを倒したのは僕。
 フレーム単位の判断はできないけどコンピュータ相手には負けない。
 それくらいは出来る。
 ……自慢にもならないけどね。
 そんなこんなでギャラバトを終えると僕たちはクレーンゲームのコーナーに用があって顔を出したのだった。
 最近の流行であるところのアニメの……そのマスコットキャラクターたる猫又のデフォルメ人形が安置してあった。
「これ」
 僕は猫又を指す。
「これが欲しい」
「あいあい」
 統夜が首肯する。
 僕が五百円玉を入れると、統夜がクレーンゲームを睨み付けた。
 正確無比に目標を狙いクレーンを動かす統夜。
 一回目は失敗……というより僕の欲しがっている人形を取りやすくするための布石の様なものだ。
 二回目、三回目と人形を取りやすい位置にずらす。
 そして四回目。
 統夜の動かしたクレーンは猫又のデフォルメ人形を掴んで穴に落とした。
 僕はそれを掴むと、
「ありがと統夜!」
 統夜に感謝して猫又の人形を抱きしめる。
「そこまで喜ばれると取った甲斐があったってもんだな」
 統夜は苦笑した。
「うん!」
 僕は頷く。
「これで華黒にお土産ができる!」
「そりゃようござんして」
 ほけっと統夜。
「統夜のおかげだよ……本当にありがとう!」
「別に特別なことをした覚えはないがなぁ……」
 照れたように統夜は頬を掻く。
「それでも……ね?」
 僕はニッコリ笑った。
「お前がモテる理由がなんとなくわかった気がするぜ……」
 どういう意味さ?

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