次の日。 僕はある種の有名人になっていた。 まぁ今更だけどね。 スクールカースト最底辺というレッテルは、それだけで噂たるに十分だ。 昨年度と同じく……華黒とルシールを取り換えて……、 「告白の邪魔をした男」 という不名誉を賜ることになった。 あっはっは。 顔で笑って心で泣く。 元々、 「百墨華黒の告白の邪魔をしつづけて自分の恋人に貶めた」 というレッテルの持ち主だ。 同じことがルシールに対しても行なわれているんじゃないかと思う衆人環視の思想……というか予想は必然だったろう。 まぁ気にしないんだけどね。 華黒が暴発するんじゃないかという一抹の不安はあるけれど、それとて別モノとしての感想だ。 自身に対する悪意について鈍感と云うのはこの際便利だけど、これでいいのかと思わないでもない。 「よう、派手にやってるな」 クラスメイトの一人が気さくに声をかけてくる。 「おはよう統夜」 僕は憮然として言葉を返す。 統夜はニヤニヤ笑いながら僕の隣のまだ空いている席に座った。 「お前も懲りないな」 「しょうがないよ。そんなモノなんだから」 「然りだ」 やはりニヤニヤ。 面白くて仕方ないらしい。 「既にメールを通じて後輩から先輩へ、先輩から別の先輩へ……なんて連鎖反応が起こってお前の悪行は全校生徒に知れ渡ってるぞ」 「統夜もその一人ってわけ?」 「まぁな」 爽やかに言ってくれる。 パロスペシャルの一つもかけたい気分だけどグッと自分を押さえ込む。 「やっぱりまずいと思う?」 「それはどうだろうな?」 へ? 僕はポカンとした。 「まずいだろう」 と断言されると思っていたからだ。 「まぁ他者はともかく俺はある程度お前を知っている。だから理由も無くお前が無粋を働かないことだってわかっちゃいるんだ。理屈の上ではな」 「…………」 辛友っていいなぁ。 僕は感動していた。 そんな僕の明後日な感動を無視して統夜は言葉を続ける。 「ただ注意しろよ」 「何にさ?」 「百墨隠密親衛隊が良い感情を持っていない」 「ああ、華黒のファンクラブ。そんな集団もあったね。どうせ心情的に相容れないんだからどうしようもないと放置してたんだけど……」 「違う。百墨華黒隠密親衛隊じゃない。ソレは合併を繰り返して別の形になった。結果として生まれたのが百墨隠密親衛隊だ」 「どういう意味? 華黒の字が抜けただけじゃん」 「だからさ。百墨華黒だけじゃなく百墨姓の人間に対するファンクラブなんだよ。そしてお前は百墨隠密親衛隊ルシール派閥に敵視されている」 「ルシール派閥……ね」 たしかに愉快な話じゃないだろう。 今更悪意の出所を知ったところでどうなるものでもないけどさ。 「イジメとか起きるの?」 「どうだろうな」 含みを持った言い方だね。 「ともあれだ」 コホンと統夜。 「ルシールのファンに悪意を持たれていることは自覚しとけ」 「百墨隠密親衛隊……ねぇ?」 「ちなみに華黒派閥やルシール派閥の他にも真白派閥……なんてものもあるぞ」 「…………」 …………。 言葉と思考で沈黙する僕だった。 「ぼ、僕も入っているのん?」 「まぁお前も美人の部類に入るからなぁ」 遠い目をして統夜は言った。 「僕の……親衛隊……」 「八割くらいは新入生……一年の女子なんだがな」 憎いね、と統夜は笑う。 「残り二割は?」 「あえて口にしてほしいのなら俺は止めやしないが……」 「遠慮しておきます」 どうあっても楽しい結果にはならないだろう。 「ま、そんなわけだ。百墨親衛隊の入隊数は結構な数になっている。ある種、学園の裏の一勢力として認知されている部分があるんだな。華黒派閥とルシール派閥がお前を敵視していて真白派閥が好意的……というか憧憬的な感情を持っている」 「嬉しくないなぁ……」 「だろうな」 真サッパリと言ってくれる。 「ていうかそんな情報どこから仕入れてくるのさ?」 「こっちにも色々と能力はあるんだよ」 なんだか誤魔化されたような気分になる。 「とにかく」 と統夜が閑話休題。 「一応のところ気を付けておけ。悪意が害意と仲良しなのはお前も知ってるだろう?」 「それはまぁ……」 ポリポリと人差し指で頬を掻く。 存分に知るところだ。 「しっかし……」 親衛隊……ねぇ? どうしたものやら……。 * 今日もまた学業を終える。 ウェストミンスターの鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。 そんなわけでホームルームを終えて放課後に移る。 華黒が寄ってきて、それから僕たちは肩を並べて教室を出た……ところで、 「百墨真白」 僕のフルネームが呼ばれる。 敵意満点で。 声のした方に視線をやれば三人の男子が僕を睨みつけていた。 「…………」 華黒の眼がスッと細くなったのを僕は見逃さなかった。 これはやばい。 僕はグイと華黒を別の方向へと押しやる。 「兄さん?」 戸惑う華黒に、 「先に帰ってて。ルシールと黛と一緒に」 「ですが……っ」 「いい子だから、ね?」 華黒の頭を撫でて微笑んであげる。 「あう」 紅潮して言葉を失う華黒。 華黒に言うことを聞かせるには優しくしてあげるのが一番効く。 けれど今回は、 「ではルシールたちと合流した後、兄さんを待ちます」 珍しく華黒が反抗した。 「別に大層な用事じゃないよ。待っててくれなくていいって」 「待ってます。ずっと……」 このパターンか。 愛らしいと言えば愛らしい。 「うん。じゃ……手早く済ませるから」 華黒の頭上から手を離して僕は三人の男子に視線をやった。 「で、何の用?」 「面を貸してほしいのであーる」 「ここじゃ話せない内容だ」 「つ、ついてくるんだな」 「あいあい」 そう答えて僕は男子トリオについていった。 グルグルメガネが特徴的な男子と針金のように細っこい男子とふくよかな男子の三人だ。 どこかで見たような気もするのだけど……記憶を掘り返してみても該当者には辿りつかなかった。 男子トリオについていった先は空き教室だった。 教卓を前方とするならば後方に詰めるように机と椅子が並べられている……典型的な空き教室だ。 人目は……ない。 もしかして集団でボコる腹なのだろうか? そんなことも思ったけどメガネと針金とデーブの三人を見るにそんな印象は感じられなかった。 統夜が気をつけろと言った矢先だ。 自身に対する害意の存在に鈍感ではあるけれど、警戒くらいは僕もする。 必要とあらば発症もするだろう。 無論そんなことにならないのが一番なんだけど。 メガネと針金に続いて僕が空き教室に入ると、最後にデーブがガチャリと鍵を閉めた。 おや……。 不穏な空気。 「で、用件は?」 僕が聞くと、 「ルシールちゃんに対する付き纏いを止めて欲しいのであーる」 「お前のやってることは無粋であるだ」 「ぶっちゃけ不快なんだな」 男子トリオはそう言った。 そんなところだろうね。 納得する僕。 つまり百墨親衛隊のルシール派閥なのだろう。 「ルシールちゃんまで毒牙にかけないでほしいのであーる」 「僕らの純情を穢さないでほしいだ」 「ま、まったくなんだな」 男子トリオの言ってることはよくわかる。 僕とて立場が逆なら似たような意見を持つだろう。 「既に華黒という美少女を持っていながらルシールにまでちょっかいをかける男」 事実はどうあれ男子トリオの真実はそういうことだ。 「あー……」 僕は言葉を探した。 言いたいことはよくわかる。 言ってる意味もよくわかる。 その上でルシールを悪者にしないで説明できる自信が僕には無かった。 ルシールの、 「自分は意志薄弱だから真白お兄ちゃんに助けてもらいたい」 という事情をここで話すわけにはいかないのだ。 少なくともルシールの面目を保つためには。 「それについては断るけどルシールのことが好きなら勝手にアタックして構わないよ。僕のことは気にしない方向で」 「それが無粋であーる!」 「無粋であるだ!」 「ぶ、無粋なんだな!」 メガネと針金とデーブは抗議してきた。 「うーん……」 何と言ったものか……。 「別に僕が居ようと居まいと真にルシールの心を奪ったのなら相応の結果が得られるとは思わない?」 「むぅ……」 男子トリオが沈黙する。 「それが出来れば苦労しないのであーる」 「だからルシールちゃんに宛てた詩を書いたりして自身を慰めているだ」 「おいたちはこんなだから……なんだな」 「そりゃご愁傷様」 他に言い様もない。 百墨隠密親衛隊ルシール派閥の急先鋒に同情しながら僕は教室の鍵を開けて外に出る。 そしてかしまし娘と昇降口で合流するのだった。 華黒にアレコレ腹を探られたけど、まぁ気にするこっちゃない……。 * 「要するに牽制ですか」 身も蓋もないね……。 華黒の言葉に対する……それが僕の率直な感想だった。 時は引き続き放課後。 僕と華黒はスーパーで買い物をしていた。 今日の夕食はグラタンだ。 無論、華黒お手製。 ルシールと黛にもふるまう予定である。 ちなみにルシールと黛には先に帰ってもらっている。 僕と華黒。 ルシールと黛。 この二人ずつはお互いにちょくちょく夕食に招くのだった。 そんなわけで……四人で夕食をとるのもさして珍しい風景というわけでも無い。 今回はこっちが招待する番だというだけのことだ。 僕は料理に携わらないんだけどね。 僕にとっては華黒の料理を食べるかルシールと黛の料理を食べるかの違いでしかない。 ダメ人間だ。 もっとも華黒が、僕がキッチンに立つのを嫌がるという背景もないではないんだけどね。 牛乳。 玉ねぎ。 マカロニ。 チーズ。 エトセトラエトセトラ。 それらをホイホイと買い物籠に放り込む華黒。 荷物持ちくらいは僕がやってる。 閑話休題。 「気持ちがわかるだけにどうにも……ね」 僕は困ったように頬を掻く。 対して華黒は言葉を切り捨てた。 「文句を言う相手が違うでしょう」 「…………」 「何で兄さんが悪者になっているんです」 二律背反。 いや、いいんだけどさ。 「ルシールに文句をつけられるならとっくにやってるはずさ。それが出来ないから僕のところに来たんでしょ?」 「それが醜いと言っているのです」 そーですねー。 相も変わらず容赦のない……。 それでこそ華黒だけどね。 ある意味で安心さえする。 さて、 「ま、昨年度の凶行を今年度も繰り返してると思われたならルシールに要らぬ火の粉を浴びせなくて済むし」 ポンポンと華黒の頭を優しく叩く。 「代わりに兄さんが贄となっているんですよ?」 「気にする僕じゃないのは華黒の知ってる通りでしょ?」 「兄さんは悪意に慣れ過ぎです」 「そうなんだけどさ……」 それは言わぬが花じゃないかな? 「いいですか兄さん?」 「兄さんに敵対する者全てが私の敵です……って?」 言葉の先取りに、 「…………」 華黒は沈黙した。 心が重なった瞬間だったけどあんまり嬉しくはなかった。 苦く笑う。 あるいは苦しく笑う。 「意地悪です……兄さんは……」 拗ねる華黒は可愛かったけど、それを言葉にはしない。 「ルシールは弱いからね。誰かが守ってあげなくちゃ」 「兄さんは私だけを守ってくだされば十分です」 華黒の言葉は願いのようなものだった。 「そうはいっても……さ。それが僕の歪みだから」 「治す気は?」 「華黒が自分の歪みを治そうと思っているくらいには思っているよ」 「むぅ」 ことこの件に関しては平行線な僕ら。 話題を転換しよう。 「華黒」 「何です兄さん?」 「プリン買っていい?」 「どうせだから四人分買いましょう」 良かれ良かれ。 買い物籠にプリンを放り込む。 華黒の方もあらかた材料は揃えたらしい。 レジを通る。 荷物持ちが僕で支払いが華黒。 レジ袋に食材を詰め込み、それから華黒と肩を並べてスーパーを出る。 さてさて。 「華黒のグラタンが楽しみだ」 「腕によりをかけますね」 「うん。期待してる」 「えへへぇ」 ほにゃっと表情を笑みに崩して華黒は僕の腕に抱きついてきた。 「華黒は甘えんぼさんだね」 「兄さんにだけです」 「光栄の極み」 他に言い様もない。 僕と華黒の影が一部重なる。 「周りから私たちはどう見えているのでしょうね?」 「仲の良い兄妹」 「兄さんは意地悪です」 「冗談だよ」 クスリと笑ってやった。 「大好きだよ華黒」 「……ふえ。わ、私もです」 あたふたする華黒も趣があった。 可愛い可愛い。 |