超妹理論

『隠密親衛隊の変遷』前編


 憎しみで人が殺せたら。
 ふとそんなことを考える。
 身震いするね。
 もし出来たのなら僕の命など真っ先に消えるだろう。
 冗談じゃなく。
 何故かって?
「どうしました兄さん? 遠い目をして……」
 華黒が疑問を口にする。
「………………真白お兄ちゃん……食欲無いの?」
 ルシールが心配してくれる。
「あはぁ……黛さんはなんとなく解っちゃいました……」
 黛はこういうことに聡い。
 多分華黒も悟ってはいるだろうけど。
 ルシールは………………わかっちゃいないだろうけど可愛いから別に良し。
 このかしまし娘は一人残らず美少女だ。
 そんな三人に囲まれて学食を利用している平凡な僕。
 スクールカーストは最底辺だけど。
 ……コホン。
 つまりあんまり特徴の無い……ある部分嘘だけど……平凡な僕と美少女三人組が仲良く食事なぞしていたらそりゃ周りの人間には面白くないわけで……。
 嫉妬の視線が刺さるわけで。
 針のむしろなわけで。
 昴先輩ならその嫉妬の視線さえ自分の優位性を証明する手段や評価と見なすだろうけど僕には無理なわけで。
「はぁ……」
 溜め息をつく他なかった。
 あからさまな溜め息に、
「………………お兄ちゃん……具合悪いの?」
 ルシールが心配そうに聞いてくる。
 このずれた心配……実にルシールだ。
 華黒と黛は溜め息の原因がわかっているだろうけど、ルシールはまだ人間の悪意と害意に対して無頓着だ。
 責めているわけではない。
 それは僕に言わせれば貴重な資質だからだ。
 ある意味で華黒にこそ持ってほしい能力ではあるけれど……過去体験故に無理に押し付けるわけにもいかない。
 そういう類のモノである。
 僕はコーヒーを飲むと、
「大丈夫だよ」
 とルシールに言った。
「………………本当?」
「本当」
 嘘だけどね。
 さりとて心配なぞさせるだけ損だろう。
 自分……この場合はルシールである……に僕の憂鬱の原因の一端があるなどと話せばルシールは自責すること必至だ。
 故に口を閉ざす。
 黛に目をやると、
「わかってますよ」
 と表情で答えてくれるのだった。
「で? 何の話だったっけ?」
「ですからまたルシールに恋文が」
 ペラペラと恋文の入った封筒が黛の左手で揺すられる。
 それは聞いた。
「ですからお姉さんとお姉様に御足労願えれば、と」
「構わないけどね」
「………………いいの? ……お兄ちゃん」
「もちろん」
 気負いを見せずに僕。
 それは華黒もそうだったし黛もそうだ。
「ルシールは困っているのでしょう? なら付き添うのは当然です」
「黛さんも一緒だから安心してね?」
 それぞれルシールの不安を吹き払う。
「………………あう」
 申し訳なさそうにルシールは呟く。
 そんなルシールの頭を撫でて、
「四人揃えば黛さんたちは無敵だよ」
 元気づけるように黛。
 僕はコーヒーを飲む。
「まぁ」
 と間を持って、
「ルシールが誰かの物になるのも見逃せないし」
 からかってみる。
「………………」
 ルシールは沈黙した。
 おそらく言葉を理解できなかったのだろう。
 一秒。
 二秒。
 三秒。
 それから、
「………………ふえ!」
 と顔を真っ赤にして狼狽えた。
「ん」
 それでこそルシール。
 可愛いなぁ。
「兄さん?」
 あ……こっちの存在を忘れてた。
「それは私に言うことではないですか?」
「だって華黒はもう僕の物でしょ?」
「それは……そうですけど……」
 唸る華黒。
「罪な人ですな」
 黛がケラケラと笑う。
「むぅ……」
「………………ふえ」
 華黒とルシールはそれぞれ言って沈黙するのだった。
「ともあれ事情はわかったよ。時間は?」
「放課後です。場所は屋上」
「うん。了解」
 そう言って僕はコーヒーを飲む。
 甘露甘露。

    *

 ウェストミンスターチャイムが鳴る。
 時間の切り替わりの合図だ。
 ホームルームから放課後へ。
 一字一句まで合ってはいないけど気を付けて帰れよなどと言いながら担任の教師は教室から姿を消した。
 さて……。
 憂鬱の時間がはっじまっるよー!
 ヒュー!
 放課後……それは時として僕に牙をむく。
 実際問題として他人事なんだから僕が憂鬱になる必要は無いんだけど……それでもテンションやや落ちになるのは避けられない。
 無論おくびにも見せないけど。
「兄さん」
 と後方から華黒が声をかけてくる。
 凛と鈴振る声だ。
 リズミカルにして心地よい……そんな声。
 天は二物を与えずってのはつくづく嘘だぁね。
 こんな完璧超人……ゆで理論ならどれだけのパワーを計測できることか。
 とまれ、
「お心の準備は出来てますか?」
 華黒はそう問うてきた。
「まぁそれなりに」
 ぶっきらぼうに僕。
 元々、
「学校の人間には嫌われるだけ嫌われればいい」
 と言っていた華黒だ。
 今回の状況と僕の行動はそれなりに条件を満たしている。
 わかる奴だけわかればいいってのも殿様商売的で何だかなぁ……。
 チラリと統夜を見る。
 視線が重なった。
 ニヤリと笑われる。
 状況を察しているらしい。
 どうやっているのか知らないけど統夜はたまに盗聴器でも仕掛けてるんじゃないかと思うほど耳の早いところがある。
 そして全てを理解してのニヤリである。
 我が親友ながら、
「君子危うきに近寄らず」
 を徹底している。
 ……本当に親友と呼んでいいのだろうか?
 辛い友、あるいは辛口の友と書いて辛友とでも呼ぶべきか。
 ともあれ状況は進む。
「おーい」
 廊下から快活な声が聞こえてくる。
「お姉さーん。お姉様ー」
 元気な声。
 明瞭な声。
 黛だ。
 ボーイッシュな魔力を持った後輩にして僕に付きまとう……周りには僕が付きまとっていると誤解されている……かしまし娘の一人。
 黛がはたはたと手を振っていた。
 上級生の教室ということに対してなんらの抵抗も覚えていないようだ。
 それでこそ黛なんだけどさ。
 そしてその隣。
 扉の影から頭だけ出しておずおずと僕と華黒を見やる金髪碧眼の美少女。
 おずおずの代名詞。
 百墨ルシールもいた。
 二人に向かってヒラヒラと手を振ってみせると、ルシールは扉の影に完全に隠れ、黛は華やかに笑った。
 どっちも可愛い仕草だ。
 うーん。
 八十点。
「では役者も揃いましたし……行きましょう兄さん?」
 華黒は自然に僕の腕に腕を絡ませた。
 恋人の特権。
 リア充爆発しろ的な。
 教室の男子の視線が痛い痛い。
 無論気圧される僕じゃないし華黒じゃない。
 これからのことと同じくちょっぴり憂鬱は覚えるけどね。
 スクールカースト最底辺の宿業だ。
 僕と華黒は仲睦まじくクラスの扉を潜る。
 そしてルシールと黛と合流する。
「おまたせ」
「いえいえ今来たところです故」
 やっぱりベタだ。
「………………本当にいいの……お兄ちゃん?」
「大丈夫だよ」
 安心させるためのルシールの頭を撫でる。
「何があっても僕はルシールの味方だから」
「………………あう」
 ルシールは紅潮してしまった。
「ルシールは愛らしいなぁ」
 黛がからかう。
 まったくもって同感だ。
 閑話休題。
「場所は屋上だっけ?」
「はいな」
 黛が頷く。
 聞いたのはルシールに、なのだけど既にこの案件を取り仕切っているのはルシールではなく黛らしい。
 黛はルシールの手を取る。
「それじゃ屋上に行きましょう。ね? ルシール」
「………………うん」
 黛に手を握られていることに抵抗は無いらしい。
 こういうところは本当に理想の共生と思わされる。
 僕こと真白は華黒に物理的に依存し、華黒は真白に心理的に依存している。
 そんな関係とは大違いだ。
 羨ましくもあったけど僕たちとルシールたちとでは当然ながら運命が違う。
 仕方ないと思わざるを得ない。
 ああ、告白?
 ルシールが袖にして終わりました。

    *

「まったくもって不敬です」
 夕食中。
 華黒の第一声がそれだった。
「まぁしょうがないんじゃない?」
 などと気休めを僕は口にする。
 今日の夕食は華黒渾身の雑炊。
 香り高く美味な一品だ。
 溶き卵の味もいい。
 はふはふと熱がりながら僕は雑炊を食べる。
「そもそも学校中から嫌われれば良いって言ったのは華黒でしょ? なら状況に則してるんじゃないの?」
「それは……そうですけど……」
 むぅと唸る。
「ですけど兄さんが責められるのには納得いきません」
「アンビバレンツだね」
 苦笑する僕。
 華黒は真白の理解者は自分だけでいいと言う。
 華黒は真白を害する者は死ねばいいと言う。
 自身の世界に真白を取り込んで、誰の目にも触れさせない。
 それが究極的に華黒の目指す世界だ。
 そこには優しさと云う甘やかしがあって、そしてそれだけだ。
 それだけで完結する代物。
 そんな世界を否定するのが僕の役目なんだけど。
「きっと今日のかの人は兄さんを貶めますよ……」
「知ってる」
 僕ははふはふと雑炊を食べながら了承する。
「でも中々のイケメンだったね」
「そうですか?」
 即答。
 ……華黒に同意を求めた僕が馬鹿だった。
「僕的に七十五点くらいの顔立ちだったけど」
「私としては二十点にも及びませんが……」
 そりゃ大層な劣等生なもので。
 赤点を振り切ってるね。
「ちなみに僕は?」
「百二十点です」
 こっちは満点を振り切っちゃったよ。
「そんなに僕は魅力的?」
「他に考えられないほど」
「いや、冷静になって」
「冷静です」
 ムッとなる華黒。
「僕は僕がそんな大層なモノには思えないんだけど」
「そんな謙虚なところも大好きです」
 ありがと。
「女顔なんだよ? 女性的なんだよ?」
「だからこそ兄さんの御顔が整っている証です」
 まぁ中性的な顔は美人の証とは言うけどさ……。
「さらに言えば兄さんは体つきもスレンダーで抱き心地抜群です。ちょっと嫉妬してしまうくらいです」
 さいですかー。
「何だか照れるね」
 珍しいこともあるものだ。
 華黒が心理要素だけを以て僕を振り回すなんて。
 しかして、
「スレンダーって……」
 それはちょっと……。
「男の子に使う言葉じゃないなぁ」
 はふはふと雑炊を食べる。
「兄さんはあまりに格好良すぎます。ですから私はいつも憂いています」
「僕が別の誰かに惹かれるって?」
「はい」
 シュンとする華黒。
 可愛いなぁ。
 その言葉が真実であればこそ愛らしく感じてしまうのは男の性だろう。
 苦笑してしまう。
 僕はすっかり華黒にまいってしまっている。
 無論、素直に言葉にすれば華黒は調子に乗って有頂天ということも十分にあり得るから言語化はしないんだけど。
 さて、
「明日が恐いね」
 僕ははふはふしながら言う。
「周りの意見なぞに耳を貸す必要はありませんよ」
 とは言ってもね。
「華黒にこそ必要な能力だよ?」
「私は兄さんだけがいれば他に要りません故」
「だーかーらー」
 雑炊をはふはふ。
「それを治さなくちゃいけないでしょう?」
「薬は飲んでます」
「自己改革が必要だって言ってるの」
「兄さんだってそれは同じでしょう?」
「…………」
 痛いところを突かれた。
 まぁそうなんだけどさ。
「深刻度でいえば私より兄さんの方が重症ですよ?」
 まぁそうなんだけどさ。
「ですからそんな兄さんを支えたいんです。それ以外に私の望むモノはありません」
 あれ?
 敗色濃厚?
 雑炊をはふはふ。
「でも華黒には世界を見てほしい」
「兄さんには自身を大切にしてほしい」
「それが僕の贖罪だ」
「それが私の贖罪です」
「むぅ」
「むむ……!」
 どこまでも重なりきって、どこまでも平行線な僕らだった。

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