超妹理論

『真金拘束』酒奉寺昴編


 引き続きゴールデンウィーク。
「あー……うー……」
 僕は僕のアパート……その部屋のダイニングで眠気覚ましにコーヒーを飲んでいた。
 華黒の淹れてくれたコーヒーである。
 白花ちゃんに拉致られたことは僕の責任じゃないけど、ともあれ華黒ときたら不機嫌まっしぐら。
 機嫌を直してもらうために一緒にお風呂に入ったり添い寝したりとご機嫌伺いをせねばならなかった。
 ま、雨降って地固まる……と言ったところだろうか。
 朝におはようのキスをすれば華黒の機嫌はたちどころに晴れ渡った。
 そんなわけで安っぽいご機嫌で僕に奉仕してくれる華黒はニコニコ笑顔でダイニングテーブルの僕の対面に座って幸せオーラを振り撒く。
「それ以上の幸せが何処にある?」
 華黒の笑みはそう語っていた。
 色々あると思うんだけど……それは言わぬが花だろう。
「あー……うー……」
 眠気がとり払えない故にコーヒーを飲んでるけど即効なわけもなく、席に座ったままこっくりこっくりと頭部を上下させる僕。
「まだ眠たいのですか兄さん? ミントのガムがありますけど?」
「うー……いらない……」
 コーヒーをズズと飲む。
 と、ピンポーンとドアベルが鳴った。
 華黒の表情に緊張が奔る。
 当然だ。
 僕には前科がある。
 正確には僕じゃなくて白花ちゃんなのだけど。
 ともあれ応対しに華黒が玄関へと向かう。
 さて問題です。
 此度のお客様は誰でしょうか?
 ヒント一。
「ジュテーム」
 ヒント二。
「きゃああああああああああっ!」
 ヒント三。
「散る桜の趣さえ華黒くん……君の前では色あせるね」
 ヒント四。
「抱きつかないでください! 気持ち悪い!」
 ヒント五。
「それは無理な相談だ。愛らしい君を抱擁しないなんて嘘だよ」
 ヒント六。
「私を抱擁していいのは兄さんだけです!」
 さて、誰かわかったかな?
 正解は、
「やあ真白くん。酒奉寺家の婿養子になる決心はついたかい?」
 百合の権化……酒奉寺昴先輩その人です。
 ティーシャツに春らしいジャケット。
 穿いているダメージジーンズはおそらく百万はくだらないだろう。
「そんな決心を持ったつもりはないですけど……」
 コーヒーを飲みながら応対する。
「何? 真白くん……君は私をいかず後家にするつもりかい?」
「華黒と似たようなことを言うんですね」
 苦笑してしまう。
 愛されてるなぁ僕……。
「それで?」
「とは?」
「用もなく僕と華黒の城に出向いたわけでもないでしょう?」
 そんな僕の皮肉に、
「愛しい真白くんの顔を見たい。それだけで訪問するに十分だが?」
 堪えた様子は先輩には無かった。
 さすがだ。
 けど嘘でもあるだろう。
 だから僕は更に問うた。
「何のご用でしょう?」
「真白くん……それから華黒くん……」
「何でしょう?」
 異口同音に僕と華黒。
「デートをしよう」
「はあ……」
 僕がぼんやりと肯定して、
「ありえません!」
 華黒が過激に否定した。
「兄さんと交際していいのは私だけです!」
「だから私が真白くんとデートする。華黒くんは真白くんとデートする。真白くんは二股デートを楽しめばいいだろう?」
「…………」
 思案顔になる華黒。
 おいおい。
 それでいいのか妹よ。
「ハーレムはいいんですか?」
「ゴールデンウィークの前半で全て義理は済ませたさ。だからこうやって百墨兄妹に声をかけている」
 ……なるほどね。
「僕は構わないけど」
「正気ですか兄さん!」
「華黒とデートできるならどんな状況でもいいんじゃない?」
「あう……」
 プシューと茹でられる華黒だった。
 うん。
 可愛い可愛い。
「で? 何処に行くんです?」
「都会の方面まで行こうじゃないか。足はある」
「妥当な落としどころですね」
 少なくとも僕にとっては。
「ついでに華黒くんと真白くんの服を見繕ってあげるよ。なに……任せたまえ。服のコーディネートならお手の物だ」
 うわ。
 嫌な予感……。
 そんなわけで僕と華黒と昴先輩とでデートすることが決まった。
 やれやれ。

    *

「か……可愛い……!」
 率直な感想とともにヒシッと抱きつこうとした昴先輩の頭部を押さえて牽制する華黒。
 ちなみに場所は都会の駅近くの手芸屋。
 華黒は所謂ゴスロリを着せられていた。
 あー……なんかデジャブ。
 先輩の抱きつきに必死で抵抗しながら華黒が僕に視線をやる。
「どうですか兄さん?」
 恥じ入るようにはにかむ華黒はそれはそれは、
「とても可愛いよ」
 と言う他なかった。
「だろう?」
 自分の功績だとばかりに胸を張る先輩。
 金を出すのは先輩なので間違っているとも言い難いけどね。
「では真白くんはオートクチュールの西洋風女性用和服を……」
 先輩の言葉はそこで止まった。
 華黒が踵落としを決めたせいだ。
 ちなみに今の華黒はフリフリドレスだから踵落としの際にパンツが見えた。
 色は……………………言いたくない。
「何をする華黒くん」
「あなたも既に兄さんの過去は知っているでしょう! 兄さんは女装に強いトラウマを持っています! その傷に塩を塗ろうとでも言うのですか!」
「ふむ……」
 しばし思案して、
「ではこれなどどうだろう?」
 と先輩が示したのは、
「修道服ですか……」
 だった。
 女性用ではあるけど確かにこれならあまり抵抗は無い。
 ただし苦々しく微笑してしまう。
「神の信者の真似事をしろと?」
「なに。コスプレだ。信仰心は関係ないよ」
 然り然り。
 試着室で着替えてシャッとカーテンを開ける。
「どう……かな?」
「嫌味ではなく似合っていますよ兄さん」
「可愛いよ真白くん」
 それもどうだかなぁ。
 そんなわけで会計を済ませる先輩だった。
「先輩はコスプレしなくて良かったんですか?」
 そう聞くと、
「いいのさ。可愛い子たちを見ることが出来るだけで私は幸せだ」
 何とも返事しづらいことを述べ立てられた。
 手芸屋を出ると華黒が先輩に問う。
「それで? これからどうするんです?」
「無論街を練り歩く。可愛い真白くんと華黒くんを連れて歩くだけでも羨望と嫉妬の視線を掌握できるだろう? 駅近くの公園にクレープ屋さんがあるんだ。そこで腹をくちくしよう」
 そういうことになった。
 中略。
 公園のベンチでそれぞれがそれぞれのクレープをパクついてると、
「そういえば真白くん」
 と先輩が声をかけてきた。
「なんだか修道服を見せた時非常に稀な表情をしたが君は神が嫌いなのかい?」
 何とも難しい質問だ。
「別に嫌いじゃありませんよ。好きでもありませんが……。神の実在を否定するほど無神論というわけじゃありませんが宗教家というやつが嫌いでして」
「何ゆえ?」
「努力をしていないからです」
「?」
 わからないと先輩。
 これは私見ですが、と前置きをして僕は言葉を紡ぐ。
「例えば数学者や物理学者を想像してみてください。彼らは世界の仕様や法則を解き明かすために日夜机にかじりついて方程式を組み立てたり、あるいは解き明かしたりしているでしょう? それは時として宇宙の姿や人の構造を理解させ新たな知識として人類に定着させています。翻って宗教家を見てください。彼らは『神を信じよ』とは言いますが、神の実在を方程式で解こうとしたことがありますか? ヤハウェ、アッラー、ゼウス、オーディン、シヴァ、元始天尊、天照大神……どれか一柱でもその存在を方程式で解き明かし実在を証明してみせれば他の宗教を押し退けて『これが正しい宗教だ。これが正しい認識だ』と声高に言うことが出来ます。それがどれほどの意味を持つのか……知らぬ宗教家はいないでしょう。まさに蜜溢るる禁断の果実です。それに別に完璧な方程式を求めているわけではありません。仮説でいいんです。実際ビッグバンも仮説に過ぎませんし。ただ人類が納得するほどの説得力を持つ仮説を組み上げればいいんです。それだけでその宗教が他の宗教を押し退けて全人類の盲を開くでしょう。そんな都合のいい現実から目を逸らして神を信じよ神を信じよと繰り返すペテン師に対して苦々しい感情しか持てない……と言うだけのことです。無論のこと神が証明されたなら手の平を返して信仰する心構えは持っていますけどね」
 長々と述べた後にオチをつけて肩をすくめてみせる。
「ふむ……」
 ツナカレーのクレープを嚥下して思案するような先輩。
「兄さんらしいです」
 華黒は苦笑する。
 華黒には僕の宗教観なぞ既に話し終えているので今更何もないのだろう。
 ブルーベリーのクレープをパクつく。
「そう言われると……」
「言われると?」
「納得してしまいそうになるから不思議だね」
「極論であることは認めますよ」
 クレープを咀嚼、嚥下。
「でも神霊の実在を式で証明できた例は今のところ……ありません」
「たしかに」
 クレープをパクつく。
「神様が僕の目の前に現れて『我を信じよ』と直接口にすればその限りでもないんですけどね〜」
「難しい注文だ」
 くつくつと先輩が苦笑する。
「そも神がいるかどうかはともかく神が慈愛を持っているのなら兄さんや私のような存在はありえないでしょう」
 華黒も華黒で辛辣だった
「然りだ」

    *

 それから修道服姿の美少女……もちろん皮肉である……とゴスロリの美少女とカジュアルな美少女とが都会の道を練り歩いた。
 衆人環視は三人の美少女……重ね重ね皮肉である……に羨望と憧憬の眼差しを向けるのだった。
 男性の皆様方には鼻の下を伸ばしている人も。
 うーあー……。
 皆様方を騙している気分になってくる。
 申し訳ない。
 でも僕は男です。
 説得力は無いけども。
「はぁ〜これだよこれ」
 僕と手を繋いでいる昴先輩……ちなみに反対側では華黒が腕を組んでいる……がそう戯言を述べる。
「美少女と一緒に歩いて羨望と憧憬と嫉妬の視線を受ける。これこそデートの醍醐味だ」
「…………」
 何をかいわんや。
「ましてかの難攻不落……百墨兄妹を独占しているとなれば値千金、いや値万両といったところか」
 ニコニコとどこまでも嬉しそうに先輩。
「…………」
 ソウデスカー。
 他にどんな感想を持てと?
 そんなわけで多数の人を吸い込み吐き出す都会の駅にて僕たちは散歩をするのだった。
「酒奉寺昴」
「何だい華黒くん?」
「喉が渇きました。喫茶店にでも入りません?」
「ああ、それなら」
 嫌な予感。
「いいところがあるよ」
 そう言って先輩はニコリと笑った。
 そして駅から離れることしばし。
 一つの店に辿り着く僕たち。
「バー……」
 正解。
 華黒さんに三千ポイント。
「飲酒でもするつもりですか!」
 激昂する華黒に、
「まさか」
 と苦笑する先輩。
 それから鍵を使ってバーの鍵を開け放つ。
 昼間ゆえに使われていないバーにズカズカと入っていく先輩。
 バーの名は天竺。
 以前先輩と入ったことのあるソレだ。
 酒奉寺家の知り合いが経営していて昴先輩に限って出入り自由となっているバーの一つである。
 パチパチとボタンを押して暗い照明をつけるとカウンターに立つ先輩。
 修道服姿の僕とゴスロリ華黒がカウンターの席に座る。
「何か飲みたいものはあるかな?」
「何でも」
 華黒はぶっきらぼうに言う。
「そもそも何があるのかも知りませんし」
「そうだね。では因縁のシンデレラでも作ろうか」
 それは前回バー天竺で先輩が僕に作ってくれたカクテルの名前だ。
 パインジュースにオレンジジュースにレモンジュースを混ぜてシェイク。
 名をシンデレラ。
 ノンアルコールカクテルだ。
「どうぞ」
 微笑んでシンデレラの注がれたカクテルを僕と華黒に差し出してくる。
「どうも」
 と僕が受け取る。
「…………」
 華黒も無言ではあるけど受け取る。
 溜飲すると爽やかな酸味と甘味が口に広がった。
「うん。美味しい」
「否定はしませんが……」
 僕と華黒がそう言う。
「なら良かったよ」
 ニコニコと先輩が笑う。
 先輩は水出し紅茶だ。
 しばし他愛無い話をしている内にカクテルを飲み干す。
「じゃあ次のカクテルを作ろうか」
 そう言って先輩はオレンジジュースに牛乳に木苺シロップをシェイクしてノンアルコールカクテルを作った。
「カクテル……コンクラーベだ」
 本当に器用だこと。
 甘い風味が口いっぱいに広がる。
「何でこんな知識を持っているんです?」
 華黒の疑問も当然だ。
「全ては女の子にモテるためさ」
 昴先輩の答えも明朗快活だった。
「聞いた私が馬鹿でした」
「少しは見直してくれたかな?」
「ナノ単位でなら」
 華黒の言うこともどうして厳しい。
 まぁマシロニズムに染まっているだけあって百墨真白以外の人間に称賛を送るということをしない華黒ではあるんだけど……。
「厳しいね……華黒くんは……」
 カウンターの頬杖をついて微笑する先輩。
 何も痛痒を覚えないといった様子だ。
 そもそも華黒に邪険に扱われるということについて悟っているフシがあるのだろう。
 当然と言えば当然の理屈。
 僕は無言でコンクラーベを飲む。
 ともあれ喉の渇きは癒せたのだ。
 これからどうしようかと疑問を呈すと、
「カラオケでも行かないかい?」
 先輩が主導権を握って提案してきた。
 いいんだけどさ別に……。
 そんなこんなで今日一日、華黒と昴先輩とのデートに終始するのだった。
 華黒も昴先輩も器用だから楽しい時間を過ごすことができるというモノだ。

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