超妹理論

『真金拘束』白坂白花編


 春も末、花散りゆきて、葉菜の咲く。
 いやぁ自分でも何の詩だかわかんにゃい。
 今は五月の上旬。
 ゴールデンウィークだ。
 黄金週間だ。
 ちなみに去年と違って今年の父は仕事に忙殺されている。
 あるいは謀殺されている。
 故にいきなりキャンプだと言われる心配はない。
 ……多分だけど。
 いつもより多めに宿題は出たけど華黒の教えに従って順調に消化中。
 今日は予定もないので昼まで寝ていた始末だ。
 起きたら昼食が準備されていた。
 さすが華黒。
 気が利く。
 あるいはあざとい。
 ともあれ華黒と犠牲に感謝しつつ昼食をとった。
「御馳走様」
 と言って食事を終えると眠気眼をこすりつつ僕はキッチンに向かった。
 歯磨きをするためだ。
 クシュクシュと歯ブラシで歯をみがいているとピンポーンとドアベルが鳴った。
「あいあい」
 ダイニングにいる華黒よりキッチン兼玄関にいる僕の方がドアへの距離は近い。
 そんなわけで躊躇わず応対する。
 歯をみがきながらで失礼だけど。
 鍵を解放して客を迎えた。
 視線が真っ直ぐから下方向に傾斜する。
 そうしないと客を捉えられなかったからだ。
「嘆きつつ、ひとり寝る夜の、明くる間は」
「いかに久しき、ものとかは知る」
 小学生。
 そして瞬時に和歌の下の句を返す手腕。
 白坂白花ちゃんがそこにいた。
「こんにちは。お兄様」
「おはよう白花ちゃん」
 ほんわかした空気が流れる。
「兄さん」
 後方から華黒の声。
「誰で……す……か……」
 そして誰何の言葉も散り散りに、華黒は白花ちゃんを認識した。
 アクションは紙一重で白花ちゃんが早かった。
 パチンと指を鳴らし、
「状況開始」
 と命を下す。
 玄関の扉の陰から現れたのは三人の黒スーツの男性。
 おそらく白坂の使用人なのだろう。
 内一人は知り合いだった。
「おや……獅子堂さん」
「失礼します真白様」
 謝罪の言葉を述べると、獅子堂さんは歯磨き中の僕を肩に担いで持ちだそうとした。
 無論、見逃す華黒じゃない。
 が状況は既に決定していた。
 獅子堂さんは僕を担いでアパートの前に止められているリムジンへ。
 それに続く白花ちゃん。
「待ちなさい……!」
 華黒が追おうとするけれど、
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
 残り二人の使用人がソレを阻止した。
 ちなみにカバディって連呼するのは攻撃側じゃないっけ?
 ともあれ十数秒後には僕は車上の人となった。
 パジャマ姿で歯磨きをしながら状況を認識する。
 真っ先に思い当った言葉は、
「前にもこんなことがあったなぁ」
 という感想だ。
 クシュクシュと歯磨き。
「それで? 何の用?」
「お兄様とデートしたくて。いけませんか?」
「華黒に悪いなぁ……」
「それも承知しております」
「ま、たまにはお灸をすえるのもいいか。いいよ。何処に連れてってくれるの?」
「ゲームセンターなどどうでしょう?」
「まぁいいけどさ」
 クシュクシュと歯磨き。
「リムジンならミネラルウォーターとかコップとか無い? いい加減歯磨きするのも疲れたんだけど……」
「獅子堂」
「はっ」
 ミネラルウォーターとコップを差し出してくる獅子堂さん。
 ……苦労してるなこの人も。
 僕は歯ブラシを口内から解放するとミネラルウォーターで口をゆすいで、汚れた水をコップに吐き出す。
 それから歯ブラシをそのコップに突っ込んで、
「綺麗にしといて」
 と獅子堂さんに頼んだ。
「承りました真白様」
 様……は要らないと言いたかったけど僕の存在が白坂にとってどういう位置取りかは十二分に把握している。
 こっちが折れるしかあるまい。
 と、わめき散らすスマホを白花ちゃんが取り出す。
 無論のこと番号は華黒からだった。
 音声最大にして受信する白花ちゃん。
「兄さんを返しなさい!」
 第一声がそれか……妹よ。
「クロちゃんは毎日お兄様を独占してるじゃない。たまには貸してくれてもいいじゃん」
「なりません! 今すぐ兄さんを返しなさい! 兄さんとデートしていいのはこの世に百墨華黒だけです!」
 初耳だ。
 そうやってゴチャゴチャと僕と華黒と白花ちゃんとでリムジンの中……一人違うけど……百墨真白の所有権をめぐって論争するのだった。
 何だかなぁ……。

    *

 リムジンの止まった先は大型の遊技場だった。
 ボウリング、ビリヤード、カラオケ、ゲームセンターが完備されている地元民にはそこそこ有名なスポットらしい。
 僕は初めて来たけど。
 そもそも車で一時間という距離は一介の高校生にとっては途方もないソレだ。
 知らなくて当然だし初めてで当然。
 まぁ近場のゲームセンターには統夜と行ったりするから何の知識も無いというわけじゃないけれど。
 ゲームコーナーは二階だった。
 階段を使って上がる僕と白花ちゃん。
「お兄様」
「何?」
「格ゲーは出来ますか?」
「ぶっちゃけ苦手。技のコマンドくらいなら何とかなるけどフレーム単位の判断とかは夢のまた夢だね」
「人並み程度ということでいいのでしょうか?」
「精々下の中か下の上か……ってところだね」
「まぁいいです」
 何が?
「お兄様、ギャラクシーバトルを一緒しましょう」
 ギャラクシーバトル……一種の格ゲーだ。
 キャラを二人選んで戦闘中に入れ替わりをしながら戦うことの出来る格ゲー。
 格ゲーの得意な統夜と一緒にプレイすることのあるゲームだった。
 故に格ゲーそのものに天性の無い僕だけど経験値はそれなりにある。
 統夜の足を引っ張ってばかりだったけどさ。
 ともあれ、
「いいよ」
 と僕は首肯する。
「白花ちゃんは格ゲー得意なの?」
「まぁ並大抵には負けないよ?」
 ふーん。
 そしてギャラクシーバトルの台に座る僕と白花ちゃん。
 僕たちの台の反対側の台ではノンプレイヤーキャラクター相手にアーケードモードで対戦している人がいた。
 白花ちゃんは迷わず五十円玉を台に投入。
 相手方のプレイ中に乱入した。
「言っとくけど僕本当に弱いよ?」
 遅すぎる忠告だけどしないよりはマシだ。
「大丈夫。たかがゲームだから純粋に楽しめばいいよ」
「わかってるなら他に言うこともないけどね」
 キャラ選択で僕はスールズカリッターを選ぶ。
 白花ちゃんはビュコックだ。
 そして対戦。
「……っ! ……っ!」
 僕は必死にキャラを操作するけど奮戦虚しく相手のライフバーを半分削った時点でやられてしまう。
 そして僕は椅子を白花ちゃんに譲る。
 白花ちゃんのキャラが画面に現れる、
「……っ!」
 と同時に白花ちゃんの指が軽やかに踊った。
 タン、タタタン、タタタンタン。
 超低空の空中ダッシュから牽制の攻撃。
 相手が反撃に出ようとした瞬間、フレーム単位で判断して隙をつく。
 後は圧倒的だった。
 二十七コンボを叩きだし、半分削っていた相手側のキャラを退場に追い込む。
 相手が新たなキャラを出してきたけど白花ちゃんの相手にはならなかった。
 うーん。
 お嬢様と思っていたんだけど……こんなに融通が利くとは。
 ていうか小学生にフォローされる僕っていったい……。
 そんなこんなで主に白花ちゃんの功績でゲームの台を乗っ取ると、今度は僕と白花ちゃんでアーケードモードに突入。
 コンピュータ相手なら僕はそこそこに戦える。
 少なくとも最初のステージくらいなら。
 ラスボスには勝てないけどさ。
 そんなわけで白花ちゃんのフォローもありながら僕は格ゲーを楽しむのだった。
 次に向かった先は音ゲーだ。
 ダンス革命。
 画面に指示された通りにパネルを踏むことで得点を出すゲームである。
 踏むと言った以上、当然ながらパネルは足元に有り……即ちダンスをするように軽快なフットワークが求められる。
 ダンスをした気になる音ゲーだ。
 これは人並みに出来る。
 統夜と一緒に遊んでいる内に慣れたせいもあるだろう。
 少なくとも求められる感覚はフレーム単位の取捨選択じゃない。
 もちろんある程度の勘は必要となるがそれも経験が補ってくれる。
 格ゲーほどシビアなゲームではないから僕にも出来た。
 白花ちゃんがコインを投入する。
 そして軽快な音楽とともに画面に指示が現れる。
 難易度は僕も白花ちゃんもマニアック。
 ノーマルより二つ上の難易度だ。
 それでも僕と白花ちゃんは最後まで踊りきった。
 妙な達成感を覚える。
 業かなこれは。
 それから遊技場のゲームコーナーをくまなく回る僕と白花ちゃん。
 レースゲーム。
 麻雀。
 スロット。
 パチンコ。
 あらゆるゲームにおいて白花ちゃんは卓越した技術を見せた。
 あれよあれよと遊んでいる内に時間だけが無慈悲に消費される。
 めいいっぱい遊んで遊技場を出た時には日が沈んでいた。
 久しぶりにゲームを堪能した。
 背伸びをする僕。
「お兄様」
「なぁに?」
「約束の通りに」
「わかってる」
 白花ちゃんの頭を撫でる。
 それだけのことに嬉しそうな表情をする白花ちゃんだった。
 今日の夕食は白坂家でとることが決まっているのだ。

    *

 さて。
「何事だ」
 という奇異の視線を受けながらゲーセンの入り口に横付けされたリムジンに乗り込む僕と白花ちゃん。
 そのまま白坂屋敷へ。
 相も変わらず頭にやのつく屋敷に見えた。
 ともあれリムジンを降りて白坂屋敷の玄関をくぐる。
「お帰りなさいませ白花お嬢様。お帰りなさいませ真白様」
 使用人たちの一糸乱れぬ統率された過激な出迎えと、
「まぁ。まぁまぁ。まぁまぁまぁ」
 ある程度は年をくっているはずなのに若々しい印象の拭えない女性の出迎えとが僕と白花ちゃんに向けられた。
 ちなみに後者の名前は白坂百合。
 白花ちゃんの母親で僕の叔母にあたる。
 僕は百合さんに妙に気に入られている。
 聞くに僕の容姿は僕の母にして百合さんの姉にあたる白坂撫子にそっくりらしいのだ。
 感傷に浸るような痛みと幸福感を持って柔和に瞳を細める百合さんだった。
 既に日は暮れている。
「真白ちゃん」
「何でしょう?」
「お茶は何を飲みたい? 色々取り揃えているけど」
「では緑茶で」
「と、いうことよ」
 百合さんは使用人の一人に茶の用意を命令する。
 頷く使用人の一人。
「お腹、空いているでしょう?」
「さすがに」
「白花と遊んでくれてありがとうね? 白花は真白ちゃんのことが好きで好きで仕方ないみたいだから」
「お母様……それはここで言う必要のない言葉だよ?」
「いいじゃない。真白ちゃんがそれだけ魅力的なのは事実でしょう?」
「それは……そうだけど……」
 ムスッとする白花ちゃん。
「じゃあ私は夕餉の準備をするから先にダイニングに行っておいて? お茶はメイドさんに用意させるから。白花、真白ちゃんの面倒よろしくね?」
「承りました」
 そしてスリッパを履いている百合さんはパタパタと足音を鳴らして一つの扉の向こうへと消えるのだった。
「お兄様」
「なぁに?」
「こっち」
 僕の手を自然にとって白花ちゃんはダイニングに案内してくれた。
 無論、お屋敷だ。
 ダイニングと言っても一般家庭のソレではない。
 縦に長いテーブルに無数の椅子が用意されている。
 三十人は入るんじゃないかと言わんばかりに豪華絢爛なダイニングだった。
 その上座に僕と白花ちゃんが座って使用人さんの用意してくれた茶を飲む。
「さっき百合さんが食事の準備をするって言っていたけど……もしかして御飯とか百合さんが準備してるの?」
「まさか。専属の料理人を雇っていますよ」
 うーん。
 ブルジョアジー……。
「ただ今日はお兄様が我が家で夕食をとる日ですから。お母様が『自分が夕食を作る』と言って聞かなかったらしいです」
 ですか。
 茶をズズと飲む。
 しばし四方山話を白花ちゃんと続けていると、
「お待たせ」
 と百合さんがキッチンから現れた。
 そして僕と白花ちゃんと百合さんの三人分の夕食が揃えられる。
 白御飯、肉じゃが、豚汁……以上。
 これはまた随分家庭的な……。
 もっとブルジョアな料理が出てくると思って肩透かしをくらってしまった。
「では食べましょう?」
 はいな。
 そんなわけで広いダイニングでポツリと三人……食事をするのだった。
「いつもこんな感じなの?」
「まぁそうですね。お父様は不動産関連を管理するため世界中跳びまわっているので家のことは私とお母様とで」
「なんだか寂しいね」
 それが率直な僕の言葉だった。
「ですから少しは賑やかしを補充するためにお兄様? 白坂家に帰順しない?」
「言っとくけど華黒を敵にまわすと恐ろしいよ? 事実僕が恐ろしい」
「むぅ」
 納得できないと白花ちゃん。
「真白ちゃんはお姉様の子どもだから白坂の一員よ?」
 恐る恐ると言った様子で百合さん。
「謹んでごめんなさい」
 僕は豚汁を飲みつつそう言った。
「やっぱり白坂には良い感情を抱いていない?」
 これは百合さん。
「別にそんな意図があるわけじゃありませんが……もっと大切なモノが他にあるってだけのこってす」
 肩をすくめてみせる。
 百合さんはおずおずと問うてくる。
「華黒ちゃん?」
「はい」
「じゃあ真白ちゃんが白坂真白になって華黒ちゃんを白坂華黒にするっていうのは? 支度金も十分用意するよ?」
「銭の問題じゃありませんよ」
「じゃあ何の問題?」
 決まってる。
「いまだ人類が明確な回答を得ていないジャンルの問題です」
「それは?」
「愛……ですよ」
 僕は断言する。
 そしてそれ以上何も言えない二人とともに夕餉を取り、華黒の待っているアパートまでリムジンで送ってもらうのだった。
 まぁ解決に至るは時期尚早だろう。

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