超妹理論

『巡る業』前編


 いやあ……いい加減昴先輩をどうこう言えなくなってきたね。
「…………」
 カルボナーラをあぐりと食べる僕。
 瀬野二の入学式および始業式があってから二週間。
 そろそろ上級生諸氏も自身のクラスにも慣れてくる頃合いだろう。
 新入生は……どうだかな。
 学校そのものに慣れるか慣れないか。
 あるいは受け入れられないか。
 まぁ知人でもなければ知ったこっちゃない。
「…………」
 カルボナーラをあぐりと食べる僕。
 さて、この二週間で誰もの耳に入る情報はあらかた広まったと言っていい。
 当人の都合なぞお構いなしに、である。
「すごく綺麗な先輩がいるって」
 この新入生の噂は概ね華黒の事を指す。
 多分。
 他にも候補はいるかもしれないけど……それについては考えないことにする。
 楽しい想像じゃないしね。
 とまれ新入生が華黒を先輩と崇めるのも仕方ないかもしれない。
 華黒を見る。
 華黒は日本人形のように整った容姿をしている。
 黒髪ロングに白い肌。
 ただし僕の恋人であることも広まっているので瀬野二の生徒たちにとっては既に九回裏十対零諦めムード満開の様相を呈している。
 稀に告白してくる勇者もいるけど、華黒にとってはかかずらう必要のない条件だ。
 南無。
「…………」
 カルボナーラをあぐりと食べる僕。
 対して上級生諸氏の間に広まって広まって広まりきっている噂もある。
「めっちゃ可愛い新入生がいるってよ」
 これが誰を指すかと言えば例外はあれど概ねルシールである。
 ルシールを見る。
 ハーフであり母親の血を色濃く受け継ぐ金髪碧眼。
 神秘的な容姿もさることながら、守ってあげたくなる愛玩動物のような態度もプラス点となっているのだろう。
 しかもこっちは華黒と違ってツバをつけられていない。
 ならつけようと言いだす輩は今のところいないけどそれも時間の問題だろう。
「…………」
 カルボナーラをあぐりと食べる僕。
 最後に黛を見る。
 ボーイッシュかつ快活。
 可愛いとは少し違うけど美少女の部類に十分入る。
 何に対してもおずおずとするルシールを守りフォローしてあげている親友。
 ルシールと黛のコンビはそれはそれは鮮やかだ。
 見た目も映えることながら仲良し度も満点。
 人当たりの良さを加味するならば決して華黒やルシールに劣ることのない人気美少女になるだろう。
「…………」
 カルボナーラをあぐりと食べる僕。
 で、何が言いたいかというと、そんな華黒とルシールと黛の美少女三人組……かしまし娘と一緒に昼食をとっている最中なのだった。
 当然昼休み。
 場所は学食。
「なーんでこんなことになったかな?」
 嘆息せざるをえない。
「いやぁお姉さんの気持ちもわからんじゃないですが黛さんやルシールは単独行動をとるとハイエナにエンカウントしてしまうので」
 あっはっはと快活に笑って黛。
「それはあなたが腐肉だと言っているのですか?」
 焼き鮭定食を食べながら皮肉る華黒。
「や、これは失礼をば。ごめんねルシール」
「………………別に気にしてない」
 ルシールは真摯に優しい言葉を口にした。
「どうも。ま、ともあれ華黒お姉様もそうでしょうが黛さんやルシールも世の男どもに狙われている身ですけん牽制する必要があるわけです」
「それが僕ってわけ?」
 パスタをあぐり。
「はいな」
 躊躇なく言い切られた。
「お姉さんと一緒ならナンパされることも……多分ありませんし」
 代わりに僕に嫉妬の視線が突き刺さっているんだけどね……。
 学食の一つのテーブルに僕と華黒とルシールと黛。
 ちょうど四人でいっぱいだ。
 そこだけ異界。
 あるいは結界。
 他者にとっては手の出しづらい空間だろう。
 まぁ今更なんだけどさ。
「というわけで黛さんやルシールに邪な想いを抱えている輩に対する牽制としてお姉さんには協力してもらいたいのですが如何に?」
「……別にそれくらいならいいけど」
 パスタをあぐり。
「お姉様としては?」
「構いませんよ。因果が巡るというだけのことでしょう」
「?」
 黛は疑問に首をひねったけど華黒は説明する気はないらしかった。
「それで?」
 これは華黒。
「第一に兄さんに何をしてほしいんですか?」
「実は今日ルシールが恋文をもらいまして。今日の放課後……屋内プールの裏手で恋愛事情が一つ」
「それを牽制しろ、と?」
「ついてくるだけでいいですよお姉さん。お姉様も一緒してくれれば責任が分散されて良い感じなのですが……」
「そのつもりです。まぁ昨年度の兄さんの行ないをルシールに対して行使すると思えば腹も立ちませんし」
 華黒……君がそれを言うか。
 パスタをあぐり。
「………………いいの? ……お兄ちゃん」
「構わないよ。ルシールとしても困ってるんでしょ?」
「………………うん」
 抱きしめたいなぁ。

    *

 放課後。
「さて……」
 気合を入れるために呟いてみる。
 鞄を持って立ち上がると、
「兄さん」
 と声がかかった。
 華黒だ。
「今日の夕食にご希望はありますか?」
「華黒」
「…………」
「…………」
 …………。
 ……………………。
 ………………………………。
「……ふえ……ふえ!」
 意味を理解したのだろう。
 面白いように華黒が狼狽した。
 華黒の認識が意識に追いつく前に、
「冗談」
 僕は鞄を持ったままハンズアップ。
 閑話休題。
「ざるラーメンが食べたいな」
「私の体に麺を乗せて箸でつつくんですか? なんて高度な……」
「はいそこ。黙る」
 妄想を暴走させる華黒を牽制すると、僕は教室の扉へと目をやる。
「お姉さーん。お姉様ー」
 ヒョコヒョコと黛が元気良く手を振っていた。
 クラスメイトが、
「またか」
 という視線を僕に向ける。
 華黒とルシールと黛のかしまし娘をはべらせている……ように見えるのだ。
 甘んじて嫉妬の視線を受け入れる。
 クラスの男友達とつるんでいる統夜に視線をやると、
「わかってるよ」
 とばかりに頷かれるのだった。
 ……それもどうだかなぁ。
 ともあれルシールと黛と合流する僕と華黒。
「待たせたね」
「こっちも今来たばかりです」
 ベタやなぁ。
「それじゃ時間もおしていることですし屋内プールの裏に行きましょう。ルシール……心構えは出来てる?」
「………………どうだろう?」
 ま、そんなところだろう。
 それが僕の率直な感想だった。
 当然ながら場所のわからないルシールと黛に対して先導する僕と華黒。
 ちなみに華黒は片方の腕を僕の逆の腕に絡めている。
「ウサギか」
 というツッコミは心の内でだけ。
 華黒の……百墨真白に愛情表現しないと死んじゃう病は今に始まったことじゃない。
 そんなこんなで屋内プールの裏手に足を運ぶ僕たち。
 待っていたのは一人の男子生徒。
 まずラブラブな僕と華黒の登場に眉をひそめ、黛の登場に少なく混乱し、最後のルシールのおずおずとした登場にいたって状況を理解したらしい。
 男子生徒の双眸が迷惑だと言っていた。
 それにへこたれる黛ではない。
「いやーすみませんお待たせしてしまって」
 快活で、かつ後ろ暗い感情を持ち合わせずに、明朗な笑顔を件の男子生徒に見せると、怯える様なルシールの背中を押してズズイと強調する。
「どうぞルシールに想いの丈をぶちまけちゃってください」
 まったく遠慮というものを知らない口調だった。
「無粋だ」
 と男子生徒の目は語っていたけど僕は苦笑するに留め、その場を去りはしなかった。
 これも憂世のしがらみだ。
 男子生徒も諦めたみたいだった。
 黛に押し出されて狼狽しきるルシールと視線を交錯させる。
「………………どうも」
 おずおずとルシールは頭を下げた。
「手紙……読んでくれた?」
「………………はい」
「返事を聞かせてくれるかな?」
「………………ごめんなさい」
「理由……聞いてもいい?」
「………………好きな人が……いるから」
「本当に?」
「………………本当に」
「…………」
 沈黙。
 き……気まずい。
 僕は苦し紛れに食指で頬を掻き、そんな僕に華黒が寄り添って幸せオーラをふりまき、黛は納得したように頷き、ルシールはおどおどしていた。
「本気で目は無いの?」
「………………はい」
 言葉はいとも容易く心を傷つける。
 ルシールの言はそれを憂いているかのようだった。
 男子生徒は一つ溜め息をつくと、
「そう」
 とだけ呟いた。
 無念。
「さて」
 やはり快活に黛。
「では用事も終わりましたし帰りましょうか」
 既に告白劇を過去のモノと捉えての発言だった。
「なんならまた夕食を一緒しませんか? お姉さんにお姉様……」
「却下」
 華黒の一刀両断。
「ちなみに夕食プレイは禁止だよ?」
「そんな!」
 んなことだろうとは思ったけど。

    *

 で、件の男子生徒の打ちひしがれをそのままに仲良く帰る僕とかしまし娘。
 分かたれた部屋で別れる直前、
「………………ごめんなさい……真白お兄ちゃん」
 ペコリと一礼して謝罪してくるルシール。
「何が?」
 おおよそわかってはいたけど会話を続けるために僕はそんな言を紡いだ。
「………………巻きこんじゃって」
 だろうね。
 ルシールの髪を撫ぜてやる。
 それから、
「気にしなくていいよ」
 優しさを口にする。
「ルシールが困っているのを助けるのは案外悪くない」
「………………あう」
 髪を撫ぜられたからだろうか?
 ルシールは言葉を詰まらせた。
「好きな人がいるんでしょ?」
 いけしゃあしゃあと僕。
 無論態度にはおくびにも出さないけど。
「………………うん」
 コクリと頷くルシール。
 肯定。
 あっはっは。
 悪党だな僕は。
「ならその恋心を大事にしないとね。勢いやその場のノリで押し切られるのもルシールにしてみれば不本意でしょ?」
「………………うん」
 コクリと頷くルシール。
「うん」
 僕も頷くとクシャクシャと乱暴にルシールの髪を撫ぜる。
 そして安心させるように言う。
「困ったら何時でも頼って。別に僕じゃなくて華黒や黛でもいいけど」
「………………ありがとう……お兄ちゃん」
「今回の功績は僕じゃなくて黛に帰されるモノじゃないかな?」
「いやぁ」
 黛が照れる。
 あんまり褒めてはいないんだけどね。
 ま、百も承知だろう。
「じゃあまた明日」
 そう言って僕は僕と華黒の部屋の鍵を解放した。
「お姉さん、お姉様、また明日」
「………………お兄ちゃん……お姉ちゃん……また明日」
「はい。それでは」
 かしまし娘が言を交し、それから僕と華黒は部屋に入る。
 僕と華黒は制服を脱いで部屋着に。
 僕は自室で本を読み始める。
 栞の挟まれているページからだ。
 そこに華黒が顔を出した。
 無論ノックは忘れずに。
 その辺は一線引いている。
 というか引かせている。
「に・い・さ・ん?」
 歌う様に僕を呼ぶ華黒。
「なに?」
「コーヒーと紅茶と緑茶がありますけれど」
「緑茶」
 そしてまた意識を本に向ける。
「はいはーい」
 僕に奉仕できるのが嬉しいのだろう。
 華黒は上機嫌だった。
 わからない世界だ。
 正確にはわかりたくない……ではあるけど。
「なんだかなぁ」
 キッチンに消えていく華黒の背中を一瞥して苦笑する。
「幸福者だね僕は」
 本人には言わないんだけど。
 そして本を読んで時間を潰している内に華黒は緑茶を用意し、それから夕食の準備に取り掛かった。
 今日はざるラーメン。
 いわゆる一つのつけ麺だ。
 ざるに盛られたラーメンを別口のスープに浸けて食する。
 そんな料理。
 簡単ゆえに即座に出来上がった。
 ある程度本を読み進めている内に華黒の夕餉の準備は終わった。
 声がかけられる。
 応対してダイニングに顔を出す僕。
 しっかりとざるラーメンが用意されていた。
「いただきます」
 一拍。
 華黒と同時に、だ。
 そして食事を開始。
 ズビビと麺をすする。
「美味しいですか?」
「うん。美味」
「兄さん」
「なに?」
「大好き」
「キリン。あ……終わった」
「誰がしりとりをすると言いました!」
「え? 違うの?」
「私は兄さんのことが大好きです」
「知ってる」
「どうするつもりですか?」
「何を?」
「わかっているはずですよ」
 まぁね。
「まぁ知らぬは当人ばかりなり……ってね」
 憂鬱な回答だけど他に言い様もない。
 少なくとも答えを出すのが僕じゃないのは確かだ。

ボタン
inserted by FC2 system