超妹理論

『白と黒の誕生日』


 四月一日。
 今日は華黒の誕生日だ。
 ちなみに日本の法律では誕生日の一日前に年を取ることは周知の事実だ。
 故に四月一日生まれの華黒は三月三十一日に年を取るため早生まれとなり、二月二十九日生まれの人間は二月二十八日に年を取るのである。
 閑話休題。
「あっちがこうで……こっちがこう……ですね……」
 テキパキと華黒は荷物の包装を解いてあるべき場所へと持っていっていた。
 僕はといえばダイニングでコーヒーを嗜みながら本を読んでいた。
 華黒があまりにテキパキと荷物の整理をしてくれるものだから僕の方に仕事がまわってこないのである。
 僕はロミジュリを読みながらコーヒーを飲んで、
「あ……」
 とコーヒーを飲み終えたことに気付く。
 僕がチラリとダイニングから僕の私室を覗くと、華黒が僕の本を整理しているところだった。
「華黒ー……コーヒー……」
 どこまでも華黒に頼り切りな僕。
 兄としての威厳など無いに等しいけどまぁあんまり気にしない。
「はーい。ただいまー」
 華黒も華黒でここまでくると慣れたもので、僕に奉仕することに微塵の躊躇も感じさせないハツラツな返事であった。
「ブラックで構いませんか?」
「ん」
 頷いて僕は読書に戻る。
 中略。
「兄さん、コーヒーできましたよ」
 そう言って新しいコーヒーを差し出してくる華黒。
「ありがと」
 僕はコーヒーを受け取る。
「…………」
 クイとカップを傾けてコーヒーを飲むと、ワクワクと嬉しさにうずいている華黒に向かって、
「美味しいよ華黒」
 と微笑みながら褒めてあげる。
 華黒はチューリップのようにパァッと笑う。
「ありがとうございます兄さん!」
「それは僕のセリフじゃないかな?」
 まぁいいんだけどさ。
「それより華黒も休憩すれば? 引っ越しの作業も大変でしょ?」
「兄さんのためと思えばなんてことありません」
 ……さいですか。
 で、何の話かと言うと、先月僕と華黒は中学校を卒業した。
 で、この辺でもっとも偏差値の高い瀬野第二高等学校に入学したのだった。
 一週間後には入学式だ。
 で、百墨の家からでは瀬野二は遠すぎるため、僕と華黒は一人暮らしをすることになったのだけど……。
「はぁ……」
「どうしました兄さん?」
 僕と華黒は同じ屋根の下で住むことになってしまったのだった。
 華黒は美少女だ。
 ブラックシルクのような髪。
 透き通った肌。
 宝石のような瞳。
 華黒より綺麗な女子を僕は言葉通り見たことが無い。
 そして華黒は僕に惚れている。
 ベタ惚れだ。
 正直なところ、この配置には問題が山積みなのだ。
 僕は華黒と別居する必要性を切に両親に訴えたのだけど……、
「いいじゃないか。真白が華黒を守ってあげれば不安もないしな」
 父はそう言い、
「華黒ちゃん、お兄ちゃんのことが大好きなのよ。だったら部屋だって一緒の方がいいでしょう?」
 と母はそう言った。
 全ては孔明の……華黒の罠である。
「さて、では私は引っ越し作業に戻りますね」
「少しは休憩しなさいって。一緒にコーヒーでも飲もう」
「兄さんがそう言われるのなら」
 そう頷いてダイニングテーブルの席に着く華黒。
「…………」
「…………」
 ひとときの沈黙。
「そう言えば……今日はエイプリルフールだね」
 そんな話を僕はふった。
「そうですね」
 肯定する華黒。
「一つ嘘をついてあげよっか」
「どうぞ」
「華黒……」
「何でしょう?」
「大好きだよ」
「はうあ!」
 華黒はズキューンと射られた胸を両手で押さえた。
「わわわ! 私も兄さんのことが大好きです! とても……とっても大好きです! やっぱり私達は相思相愛ですね!」
「嘘だって先に忠告したよね?」
「照れ隠しはいりません! 私だって兄さんが私を想うところに負けないくらい兄さんの事が好きなんですから!」
「だから嘘だって」
「照れなくていいんですよぅ」
「華黒、嫌いだよ」
「まぁエイプリルフールくらいは嘘は許してあげます」
 ぬけぬけという華黒だった。
「好きって言ったら真実で、嫌いって言ったら嘘になるの?」
「乙女のフィルターをなめないでください」
「補正かけすぎ」
「いいえ。私達は互いに互いを必要な相思相愛です。私には兄さんが必要ですし、兄さんにも私が必要なはずです」
「それは……」
 そうだけど……。
「でもそれは呪縛だよ」
「いいじゃないですか」
「いい……のかなぁ」
 僕としては華黒には世界を見てほしいんだけど。
「呪い上等です。それだけ私と兄さんの関係が強いと言う証拠ですから」
 コーヒーを飲みつつそう言う華黒であった。
「…………」
 僕は沈黙を選択するのだった。

    *

 僕と華黒の引っ越し作業は華黒の奮闘によって一日で終わった。
 これで僕と華黒は同じ屋根の下で住むことが確定したわけだ。
「はぁ……」
 うんざりと溜め息をついて明太パスタをすする僕。
「なんの溜め息でしょう? 夕食……美味しくなかったですか?」
「そんなことないよ? 華黒の料理はいつも美味しい」
「いつでもお嫁に行けるように頑張ってます」
「そっか。式には呼んでね」
「兄さんと! 結婚するんです!」
「ええ〜」
「なんですかその嫌そうな声は!」
 華黒はバンとテーブルを叩いて抗議する。
「なんで僕が華黒と結婚しなくちゃいけないのさ……」
「私達は互いに運命の相手だからです!」
「巡り会わせが悪かっただけでしょ……」
 それが真実だ。
 華黒のそれは……、
「インプリンティングだよ……」
「至極真っ当にいいんです! 呪いでも刷り込みでも! それが私と兄さんの絆となるのなら!」
「自縄呪縛だね」
「ええ。私ほど兄さんを愛している女子はいませんよ」
「それは間違ってないけどさ」
 ……なんと反論したものか。
「では逆に聞きますけど……」
「なにさ?」
「兄さんは私以上に綺麗な女の子を見たことはありますか?」
「…………」
 無い。
 僕の沈黙は百の文言より雄弁だった。
「でしたら答えは決まっているようなものじゃないでしょうか?」
「…………」
 僕はパスタをすする。
「兄さんは私と結婚するべきです」
「普通、こういう場合って兄が妹を可愛がって、妹が兄をうっとうしく思うものじゃないかな?」
「私が兄さんをうっとうしく思うことなんてありませんよ?」
 ですよねー。
「我が妹ながら愛が重いなぁ」
「私と兄さんはロマンスの神様に選ばれた世界で最も互いが互いにふさわしいカップルですとも!」
「まぁ確かに華黒は可愛いよ」
「はぅあ!」
「それに綺麗だ」
「はぅあ!」
「家事は出来るし」
「はぅあ!」
「気が利くし」
「はぅあ!」
「声も澄みきっているし」
「はぅあ!」
「プロポーションも申し分ない」
「はぅあ!」
 でもだからこそ、
「華黒には僕以外にふさわしい相手がいるんじゃないかって思うんだ……」
「そんなことありません!」
 華黒はそう断じる。
「兄さん以外の誰が私の内面を見てくれますか? 兄さん以外の誰が私を理解することができますか?」
「まぁ面がいいから十把一絡げが寄ってくるのはしょうがないじゃん」
「ですからそんな奴らには用はないんです。私には私だけをあの地獄で大事にしてくれた兄さんだけがいればそれでいいんです」
「華黒の気持ちはわかるけど……」
 でもさ。
「それでいいわけないじゃないか」
 僕には“まだ”その覚悟が無い。
「僕は自分が情けないよ」
「兄さんほど誠実な人間を知りませんが?」
「誠実なら僕は今頃華黒を振り払っているよ……」
「そんな! なんでそうなるんです!?」
「だって……僕は……言葉で何と言おうと……結局のところ華黒の愛情に甘えている」
「…………」
「それはとても心地よくて……」
「…………」
「それはとても甘美で……」
「…………」
「それはとても優遇だ……」
「甘えることの何がいけないんです?」
「華黒をキープしてるんだよ? 華黒は腹を立てないの?」
「気にしませんよそんなこと」
 きっぱりと華黒。
「心地よいと言ってくださって感激です」
 …………。
「甘美だと言ってくださって感嘆です」
 …………。
「優遇だと言ってくださって感動です」
 …………。
「ですから兄さんはそんな些末事に罪悪感を持つ必要はないんです。兄さんが自分を責めるのなら私が言ってあげましょう」
 何てさ?
「その気持ちは嬉しいものだと」
 はあ。
「その気持ちは優しいものだと」
 へえ。
「その気持ちは尊いものだと」
 ほう。
「だから兄さんが自責する必要なんてありません。当の本人である私が喜べる事柄なのですから」
「さいですか……」
 僕はパスタをすする。
「華黒……」
「なんでしょう兄さん」
「大好きだよ」
 エイプリルフールだからね。
 これぐらいの戯言は許されるだろう?

    *

 次の日。
 華黒と二人暮らしを始めて二日目。
 今日は四月二日。
「う……うん……」
 僕はあまりの眠気に呻りながら目を開けた。
 最初に見えたのは見慣れない天井。
「そうか……」
 と僕は呟いた。
 僕は今日から百墨家ではなくアパートの借り暮らしなんだ。
 しかも華黒と二人で。
「ま、しょうがないかぁ……」
 本当はしょうがなくなんてないのだけど、眠い頭であれやこれや悩んでもしょうがない。
 僕は起き上がろうかと思って全身にセンサーを走らせる。
 すると右腕に違和感を覚えた。
 右腕が重い。
 右腕に何かが乗っている。
 僕は首だけ動かして右腕を見る。
 そこには僕の右腕を腕枕にしてすやすやと眠る美少女がいた。
 黒く長い髪はブラックシルクのようで。
 唇は桜の花弁のようで。
 肌は白磁器のようで。
 完成された美少女がそこにはいた。
 ていうか華黒だった。
「…………」
 たしか昨日は僕と華黒はそれぞれの私室で寝たはずだ。
 それがなんでこんなことに?
 わかってる。
 ああ、わかってるさ。
 どうせ僕が眠った頃合いを見計らって僕の部屋に侵入してきたのだろう。
「さて……どうしちゃろうか……」
 唸る僕。
 と、
「……ん……」
 と寝言と言うにはあまりに簡潔な呻きをあげる華黒。
 可愛らしい寝顔は観賞に値する。
 すると、
「……ん……兄さん……」
 と幸せそうな寝言を呟く華黒だった。
 それで僕の行動は決まった。
 左手の中指を親指に引っ掛けて力を練る。
 そして解放。
 デコピン一発。
「うぁ痛っ!」
 と悲鳴をあげて華黒は目を見開いた。
「何をするんですか兄さん!」
「寝言だとしてもあんな都合のいい場面で僕の名前を呼ぶなんて奇跡的なことが起こるなんてわけないでしょ」
 最初から疑っていたけどやっぱり狸寝入りか。
 そりゃそうだ。
 華黒は僕より早く起きて僕の世話をし、僕の世話をするために僕より早く寝ることのない人間だ。
 これだけ聞くとメイドさんみたいだね。
 とまれ、
「僕のベッドに潜り込んだことに対する言い訳は?」
「兄さんの香りに惹かれてフラフラと」
 君は蝶々か。
「今後は禁止ね」
「そんな殺生な!」
 なんでそんなに驚くのかが僕にはわからないんだけどね……。
「さて、起きるよ華黒……」
「はいな。兄さん……」
 そして僕らは引っ越して二日目を始めるのだった。
 布団をはがし立ち上がろうとして僕は、
「…………!」
 ぶったまげた。
 布団をはがしたことで見えた華黒の姿は……。
「なんで乳バンドとスキャンティだけなのさ!」
「乳バンドって……いつの時代の人間ですか兄さんは……」
 華黒は黒いブラにショーツのみの姿であった。
 僕は驚きベッドから転げ落ちる。
「いいから早く服を着て!」
「どうですか兄さん? そそります?」
「早く服着ないと嫌いになるよ!?」
「それは困ります……!」
「なら早く着てくる!」
「はーいはい。なんですかねぇ。思春期同然の私達にしてみればおいしいイベントだと思ったのですけど……」
「なんで妹の下着姿を見て興奮しなきゃならないのさ……」
「でも狼狽えているじゃないですか」
「そりゃ華黒くらいの美少女の下着姿なんてご褒美みたいなものだけど……」
「本当ですか!?」
 目をキラキラさせないの!
「でも駄目! とりあえず早く服着てくる! エイプリルフールじゃないよ! 本当に嫌いになるよ!」
「わかりましたよ〜」
 不満げにそう言って華黒は下着姿のまま自分の部屋に消えていった。
 中略。
「はい。兄さん。トーストと目玉焼き、サラダにコーヒーです」
「ん。ありがと」
 華黒はクマさんパジャマを着て朝食を準備してくれた。
 僕は華黒と犠牲に感謝して食事を開始した。
「そう言えば……」
 とこれは華黒。
「何さ?」
「今日は兄さんの誕生日ですね」
「ああ……そう言えばそうだね。またいつものようにケーキ焼いてくれるの?」
「毎年そればかりでは芸がありません。既にこの辺りの地理は把握しています。評判のケーキ屋さんがあるんでそこに行きませんか?」
「ふぅん。まぁいいけど」
 僕は眠気覚ましにコーヒーを飲みながらそう言った。
 そう言えば今日は僕の誕生日だったか。
 僕も十六か。
 なんだかなぁ……。

    *

 朝食を食べ終えた後、華黒の淹れてくれるコーヒーを飲みながら僕はシェイクスピアを読みながら過ごした。
 華黒はというとキッチンの整理中だ。
 荷物そのものは昨日の内に華黒によって配置が完了していたけど、キッチンの荷物の整理までは手がまわらなかったらしい。
 その辺の雑事は華黒に任せて僕はロミジュリを読む。
 中略。
 そして昼食はざるラーメンだった。
 魚介味の出汁に麺をつけて僕と華黒はラーメンを胃に落とし込んだ。
 昼食が終わると僕と華黒は僕の部屋で勉強会を始めた。
「ええと……摩擦係数がこうだから……熱量は……」
 物理はさっぱりわからない。
 そもそも加速度って何さ?
 『はじき』じゃ駄目なの?
 そんなことをぶつくさ言いながら瀬野二の授業の予習をする僕と華黒だった。
 華黒は完璧超人だからすらすらと問題を解いて僕に丁寧に教えてくれる。
 それでも微妙にわかりきっていない僕。
 そんなこんなを……とは言っても勉強だけど……しながら時間を食いつぶしていると時計は午後三時を指した。
 すると
「それではケーキ屋さんに行きましょう?」
 と華黒は言った。
「それはいいけど」
「はやっているケーキ屋さんですから味は保証しますよ」
「それはいいけど」
「何か不満が?」
「いや、不満じゃないけど昨日の……華黒の誕生日にくればよかったんじゃない?」
「だって私の誕生日はエイプリルフールですもの」
 拗ねたようにそう言う華黒だった。
「……あは」
 僕は笑ってしまう。
「何も笑わなくても……」
「ごめんごめん……。全ての言葉が嘘になってしまうと……そんなことを思っていたの華黒は……」
「だって……」
 と不満を言いかけた華黒を、
「華黒……」
 と遮って、
「華黒のことが大好きだよ僕は……」
 僕はそう言うのだった。
「はぅあっ!」
 ズキューンと胸を射抜かれる華黒。
「やっぱり私と兄さんは相思相愛でした。この想いを誰かに伝えねば。そうです。パパとママに報告を……!」
「待った待った。あくまで妹としては……だから」
「聞いてくださいパパ。兄さんが私を好きだと……」
「やめんかい」
 僕は華黒の頭上にチョップをかました。
 そして華黒の手から携帯電話を奪い取り電源を切る。
「何するんですの……私と兄さんのロマンス記念日に……」
 なにさ……ロマンス記念日って?
 とまれ、
「あくまで妹として好きだって言ったの。早とちりしない」
「相思相愛ですね」
 うーん。
 通じないなぁ。
「とまれ……」
 と華黒が言う。
「勉強はひとまず終えて、ケーキ屋さんに行きましょう。ちょうど三時ですし、おやつの時間にはちょうどいいです」
「ソウデスネー」
 機械的に答える僕だった。
 そして僕と華黒は春用の私服に着替えてアパートから飛び出した。
 ケーキ屋さん……あるるかんと言うらしい……に行く途中、枯れた桜の木を見た。
「そういえば卒業式に桜が咲いていたね。今はもう散ってしまったけど」
「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ……ですか」
「うん。まぁ。長く咲いてほしいと言うのは僕のわがままなんだけど……」
「来年も咲きますよ」
「そうだね……そうだよね……」
「はい。何度でも……何度でも桜は咲きますよ。春になれば……きっと……」
 そんなことを言いながら僕と華黒はケーキ屋さん……あるるかんに着いた。
 テラス席があるようで、中々に凝った店らしい。
 並べられたケースの中のケーキを見ながら華黒が言う。
「それでは兄さんは私の誕生日ケーキを選んでくださいな。私は兄さんのケーキを選びますから」
「ああ、それはいい趣向だね」
 そして色々とケーキを検分して僕はザッハトルテを、華黒はショートケーキを選んだ。
 それから二人とも紅茶を頼んでテラス席に座った。
 テラス席にて。
 僕と華黒はショートケーキとザッハトルテを食べながら会話する。
「華黒は何で僕にショートケーキを選んだの?」
「白いからですね」
「ふふ……」
「何か私は笑われるようなことを言ったでしょうか?」
「ううん。僕も同じだから」
「私が黒だからザッハトルテを選んだと?」
「うん。華黒のイメージカラーは黒だと思ってね」
「単純ですね私達は」
「まったくまったく」
 頷く僕らだった。
 と、僕の携帯電話が震える。
 ポケットから取り出して発信者を見ると、それはルシールだった。
「もしもし」
 と僕は電話に出る。
「………………もしもし、真白お兄ちゃん」
 出たのは当然ながらルシールだった。
「どうしたのさルシール?」
「………………うんとね。あのね……」
「うん」
「………………誕生日おめでとうごじゃいます」
「噛んだよね、今……」
「………………ふえ」
 真っ赤になったルシールが容易に想像できる声だった。
「うん。ありがと。嬉しいよルシール」
「………………うん。真白お兄ちゃんに……そう言ってもらえて……私も……嬉しい」
 それから二、三だけ会話を交わして通話を終える僕とルシール。
「ルシールからでしたか?」
「うん。誕生日おめでとうって」
「私にも昨日かかってきましたからね」
「そうなんだ」
「いじらしいですよね。それがルシールの可愛さでもあるんですけど」
「まったくまったく」
 頷く僕だった。
 華黒はそこで会話を打ち切って、ザッハトルテをフォークで崩すと、
「兄さん、あーん」
 と僕の口元まで持ってきた。
「なんのマネさ?」
「せっかく違うケーキを頼んだんですからお互いに食べさせあいをするのは当然な流れかと思いまして」
「まぁいいけどさ……」
 あぐりとザッハトルテを食べる僕。
 咀嚼。
 嚥下。
「華黒もあーん」
 と僕はショートケーキをフォークで刺して華黒の口元まで運ぶ。
「あーん」
 と口を開けて華黒は僕のショートケーキを受け入れる。
 咀嚼。
 嚥下。
「なんだか照れますね……」
 顔を火照らせながら華黒がそう言う。
 僕はニッコリ笑って、
「華黒……誕生日おめでとう」
 そう言った。
「兄さんも……誕生日おめでとうございます」
 華黒もそう言った。
 そして僕と華黒は、
「「えへへぇ」」
 と笑い合うのだった。
 春休み故に誰にも祝われない僕と華黒の誕生日はこうして二人だけで完結するのが常だったのであった。

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