「………………ごめんなさい」 私こと百墨ルシールはそう謝っていた。 ここは私の通う中学校の体育館裏。 その昼休み。 体育館の設計上日がささなくて冬なのにジメジメとした場所だ。 そこで私は愛の告白を受けた。 名前は知らない。 ただ彼がいわゆるイケメンと呼ばれる類で、それからサッカー部の主将をしていることだけは知っていた。 そんな男の子の告白を私は切って捨てたのだ。 「理由……聞いていい?」 どこかイライラしてるかのようにそう問うてくるサッカー部主将。 「………………私は、あなたのことをよく知らないから……」 「それを知るためにも俺と付き合えばいいじゃん」 「………………ごめんなさい」 再度謝る私。 「どうせ好きな奴もいないんだろ? だったら俺と付き合ってみてもいいじゃん」 「………………好きな人は……いるよ……」 「マジで!?」 「………………はい。ですから……ごめんなさい」 そう言って一礼する私。 「はあ……やってらんね……」 サッカー部主将はそう愚痴って、この場……体育館裏から立ち去った。 そのセリフは私のものだと思うんだけど……どうだろう? 「………………はぁ」 と私は溜め息をつく。 人を傷つけるのは嫌いだ。 言葉は外傷はつけないけど心という器官をズタズタに切り裂く。 だから私はあんまり話したくないし、話されたくもない。 故に自然と声も小さくなる。 「………………でも……なんで私なんだろう?」 クネリと首を傾げてみる。 そんな私の疑問に、 「そりゃルシールが可愛いからさ」 そう言って背後から現れた人物は私の胸を鷲掴みにした。 ふにふにと揉まれる。 「………………黛ちゃん……やめて」 「ほっほーう。もしかしてまた大きくなった?」 無遠慮に私の胸を揉みしだきながらそんなことを言う黛ちゃん。 「………………黛ちゃん」 「けしからんのう。うりゃうりゃ」 やっぱり無遠慮に私の胸を揉みしだく。 「………………怒るよ?」 少しの怒圧と共にそう言う私に、 「失礼しました」 と言ってあっさりとセクハラを止める黛ちゃん。 私は背後へと振り返る。 スポーティな女子がそこに居た。 ショートカットの黒髪に活力のある双眸。 にやけている口元には自信が垣間見える。 多少男子くさい女子……黛ちゃんは私の友達だ。 「………………毎回登場の度にセクハラするの止めてくれない?」 「そんなにも可愛い姿のルシールが悪い」 「………………はぁ」 疲労の吐息をついてしまう。 黛ちゃんはニヤニヤとしながら言った。 「いやぁ……それにしても本当に可愛いなぁ」 ワキワキと両手の指を波打たせながら私に近寄ってくる黛ちゃん。 「………………セクハラ……駄目、ゼッタイ」 「よいではないかよいではないか」 にじり寄ってくる黛ちゃんの額を押さえて接近を阻む私だった。 * そして私と黛ちゃんは学食に場所を移した。 私はゴボウ天うどんを、黛ちゃんはカツカレーのLサイズを、それぞれ頼んで空いている席につく。 「それにしてももったいないことしたねぇ……」 「………………なにが?」 「今回の告白相手さ。中々の優良物件だったじゃないか」 「………………優良物件?」 「そ。イケメンだしお洒落だしちょっと悪ぶっているところも可愛くていいじゃん」 「………………私、そういうのわかんないから」 「はいはい。ルシールは真白お兄ちゃん一筋なんだもんね」 「………………あう」 私は何も言えなくなる。 ズルズルとうどんをすする。 「真白お兄ちゃんだっけ。まだ携帯の待ち受けにしてるの?」 「………………うん。ほら……」 そう言って私は携帯電話の待ち受けを見せる。 そこには私の肩を抱いてピースしている真白お兄ちゃんが映っていた。 「やっぱり女の人にしか見えないなぁ……」 うーむと唸りながら黛ちゃん。 「もしかしてルシール、そっち系?」 「………………そっちって……どっち?」 「百合」 「………………違うよ?」 「ふーん。ならいいけどねぇ」 カツを咀嚼しながら黛ちゃん。 「それにしてもこれで今年に入って三人目だっけ? 告白されたの……」 「………………うん。まぁ。皆……私の何がいいんだろ?」 「そりゃルシールが可愛いんだよ」 「………………ふえ……可愛くないよ」 「抜群に可愛いって。金髪だし。青目だし」 「………………しょうがないよ。ハーフなんだから」 「髪や肌は外国人のそれなのにパーツの配置は大和撫子とくる。これが可愛くないなら嘘ってもんでしょう?」 「………………私は大和撫子じゃないよ。それは華黒お姉ちゃんの領分……」 「それって前に言っていた真白お兄ちゃんの彼氏?」 「………………うん。真白お兄ちゃんの妹……」 「妹に寝取られたの!?」 「………………妹って言っても義妹だから。それに寝取られるも何も二人は相思相愛で……」 「は〜。ハードな恋愛だねぇ。それなら見込み無しじゃん。やっぱりサッカー部主将と付き合っちゃえば?」 「………………まだ失恋した心の整理がついてないの」 「まだ好きなの? 真白お兄ちゃんのことが?」 「………………うん。大好き」 「そっか……」 そう言ってフムンと頷く黛ちゃんだった。 私は話題を転換することにした。 「………………それでね」 「はいはい?」 「………………それで、もうすぐヴァレンタインでしょ?」 「で、真白お兄ちゃんにチョコを贈りたい、と……」 「………………うん」 「さらに言えばチョコの作り方を知らない、と……」 「………………うん」 「ルシールはぶきっちょだからなぁ」 「………………うん」 「しゃあない。黛さんが一肌脱ぎますか」 「………………いいの!?」 「困っている友達を見過ごして何の友情よ? でもそれよりいいの?」 「………………なにが?」 「心の整理とは別に現実ではもう恋路に決着はついているんでしょ? 今更未練がましくチョコあげたってルシールが辛くなるだけだよ」 「………………いいの。たしかに私は勝てなかったけど、諦めるつもりもないから……」 「ハードな恋だねぇ」 感心したように黛ちゃんはそう言った。 * そしてヴァレンタイン当日。 その放課後。 「では黛先生によるチョコカップケーキの作り方講座〜」 トテトテチテチテトテチテトテターと、どこからか管楽器のファンファーレが聞こえてきた。 幻聴かな? ともあれ、 「………………よろしくおねがいします」 エプロンをつけた私はそう言って黛ちゃんに一礼した。 今私と黛ちゃんがいるのは私の家。 そのキッチン。 「材料はそろえているわね?」 「………………うん」 チョコ。バター。砂糖、ココアパウダー、卵、薄力粉、ベーキングパウダー。 「ではまず薄力粉とベーキングパウダーをシャッフルします」 「………………うん」 「チョコを溶かしてバター、砂糖、ココアパウダー、卵を混ぜます」 「………………うん」 「で、チョコ生地に薄力粉とベーキングパウダーを投入!」 「………………うん」 「生地を型に入れてオーブンで焼く。これにてお終い。どっとはらい」 「………………わ、できちゃった」 途中途中黛ちゃんに手伝ってもらいながら私はチョコカップケーキを作り上げてしまった。 焼き立てでチョコの香りが匂い立つ。 「………………ふわ。美味しそう」 「あとはラッピングするだけね。こういうことは器用な黛さんにお任せあれ」 「………………ありがとう」 「いえいえ」 そう言って黛ちゃんはカップケーキを綺麗にラッピングしてくれる。 「でもいいの?」 「………………何が?」 「前にも言ったけどチョコ渡したってルシールが苦しくなるだけだよ?」 「………………ううん。そんなことない」 「言い切るね」 「………………たしかにそれは儚いけど、だから大切なの」 「?」 「………………私のチョコをもらって真白お兄ちゃんが喜んでくれるなら、それでいいの」 「一途すぎるよ……」 「………………諦めが悪いだけ。でももし真白お兄ちゃんがこのチョコで笑ってくれるなら……それがきっと至福なんだと思う……私は……」 「……そ」 簡素に……それだけ黛ちゃんは呟いた。 と、そこに、ピンポーンとインターフォンが鳴る。 「………………あ、余ったカップケーキは黛ちゃんにあげるよ?」 「……ありがとさん」 そう言ってカップケーキを食べ始める黛ちゃんをキッチンに置いて、私は玄関に向かった。 玄関を開けるとそこには、 「やあ、ルシールちゃん」 真白お兄ちゃんと華黒お姉ちゃんのお父さんがいた。 「………………待ってました……おじさん」 「じゃあ早速行く?」 「………………ちょっと待ってください。……いまチョコケーキを作り終えたばかりで……準備が整っていないので」 そう言って私は黛ちゃんに事情を話して、それからカジュアルな私服にもこもこのコート、ミニスカートに黒のオーバーニーソックス、それからブーツを履いて、手にはラッピングされたチョコケーキを持って準備完了。 「じゃ、黛さんはクールに去るぜ」 「………………うん。ありがとう」 そう言ってニッコリ笑うと、 「っ!」 黛ちゃんはボッと顔を赤くして目を泳がせた。 「ま、まぁ……友達だしね……! うん。友達だから手伝うのが当然というか……」 「………………うん。だからありがとう」 「それはもういいから早く愛しの真白お兄ちゃんのところに行きなさいよ」 「………………うん。そうする」 そう言って私はおじさんの車に乗った。 * 真白お兄ちゃんと華黒お姉ちゃんの住むアパートまで車で一時間といったところだ。 早々に沈んだ太陽の代わりに街灯がけいけいと雪景色を照らしていた。 そう。 今日はホワイトバレンタインなのだ。 おじさんが言う。 「じゃあおじさんは車で待機してるから。チョコを渡してきていいよ。ついでに、はい……これは妻からの」 そう言ってラッピングされた箱を渡される。 「………………おばさんから真白お兄ちゃんへのチョコですか?」 「そ」 「………………わかりました。確かに渡します」 「お願いね〜」 そう言って車のシートを倒して寝そべるおじさん。 私は自分のチョコケーキとおばさんのチョコをもって真白お兄ちゃんの部屋に向かう。 玄関ベルを鳴らす。 「はいはいはい〜どちら様でしょう?」 屋内から珠ふるような声が聞こえてくる。 華黒お姉ちゃんの声だ。 声まで完璧だなんて、やっぱり華黒お姉ちゃんには叶わない。 「………………あの、ルシール……です……」 つっかえながらも私はそう言った。 ガチャリと扉が開いて華黒お姉ちゃんが招き入れてくれる。 「いらっしゃい。もしかして兄さんにチョコを渡しに来たんですか?」 「………………はい」 「そうですか。兄さんも喜びますよ」 「………………そう……かな……?」 「何度も言って恐縮ですけどルシールは自分に自信を持つべきですよ?」 「………………ふえ」 「ともあれ歓迎します。兄さん、ルシールが来てくれましたよ」 「マジで!?」 そう言ってドタドタとダイニングから姿を現す真白お兄ちゃん。 覗きこむほどに呑まれそうな漆黒の瞳を持った綺麗な顔立ちのお兄ちゃん。 「………………真白お兄ちゃん……こんばんは」 「はい。こんばんは。こんな雪の夜によく来たね」 「おじさんが送ってくれました」 「父さんが。そう……」 「………………真白お兄ちゃん……!」 「何でがしょ?」 「………………これ……私が作ったチョコケーキです……!」 「いやあ、バレンタインは色んな人からもらうなぁ。ホワイトデーが大変だ……」 「………………迷惑……だった……?」 「ううん。嬉しいよ。嬉しい悲鳴って奴だよ。ありがとうルシール」 そう言って真白お兄ちゃんはニッコリと笑ってくれる。 「………………っ!」 言葉が出ない私。 こんな美しい笑顔は二つとない。 私のチョコで真白お兄ちゃんが笑ってくれる。 それは……なんて……素敵……。 「それじゃあお茶でも入れましょうか。兄さんはルシールと一緒にダイニングに行ってください」 「ありがと華黒。じゃあいこっかルシール」 そう言って私の手を引いて真白お兄ちゃんはダイニングへと歩んだ。 そしてダイニングの席につくと、 「ルシール、このラッピング開けていい?」 「………………はい」 ガサゴソと包みを開く真白お兄ちゃん。 「お。チョコカップケーキ。食べていいの?」 「………………どうぞ」 「ではお茶が来る前に一つ失敬。いただきます」 そう言って一口、私のチョコを真白お兄ちゃんは食べた。 食べて……くれた……。 「………………どうでしょう?」 「うん。とっても美味しい」 そう言ってニッコリ笑う。 その真白お兄ちゃんの笑顔に私の心は撃ちぬかれる。 私は真白お兄ちゃんが笑ってくれれば、それだけで……幸せなんだ。 |