超妹理論

七夕祭り


「こうやって、こうやって、こうやって、こう……どうです? 兄さん……」
「うん。大丈夫みたいだね。ありがとう華黒」
「いいええ、大事な大事な大事な私の私の私の兄さんのためですもの」
「まぁ僕が誰のものかはおいておくとして、とりあえず準備完了かな?」
 そう言う僕に、
「はい!」
 アサガオのような笑顔でそう頷く華黒。
 華黒は黒く長い髪を揺らしてにやける。
 気持ちは察せないでもなかったからつっこみはしない。
 今、僕と華黒はハレの衣装を着ていた。
 僕は薄い青の甚平。
 華黒はアサガオの意匠をあしらった浴衣。
 僕は姿見の前で体を捻って甚平の具合を確かめる。
 と、
「………………あの……真白お兄ちゃん……華黒お姉ちゃん……終わった……?」
 そう言ってヒョコッとダイニングから顔を出したのは、金髪セミロングの、華黒よりなお白い肌を持って、青い目をした美少女だった。
 百墨ルシール。
 僕と華黒の従姉妹だ。
 ルシールもまた着物を着ていた。アジサイの意匠をあしらった浴衣だ。
「うん。終わったよ。そう言えばルシールの着物も可愛いね」
「………………ふえ……そんなこと……ない……」
「いいえ。可愛いですよ。もっと自分に自信を持ちなさいルシール」
 華黒も追従する。
 ルシールは顔を真っ赤にして俯いた。
 可愛い可愛い。
「それじゃあ行こうか」
「はいな」
「………………はい」
 そう言って僕らは玄関にいくとサンダルを履いて外へと出た。



 今日は七月七日。
 少し遠くである雪柳学園大学の七夕祭りだ。
 雪柳学園は中等部、高等部、大学のエスカレータ式の学園で、七夕祭りは雪柳学園大学の学園祭にも劣らぬ盛況を見せる一大イベントだ。
 僕と華黒とルシールは近場の駅で切符を買って雪柳学園の最寄りの駅まで行く。
 雪柳学園だけでなく周辺の地域も巻き込んだお祭りだからその盛り上がり具合には舌を巻く。
 目的の駅に向かう電車は混雑していて、僕と華黒とルシールは手をつないでなんとか迷わないように苦慮した。
 とはいっても僕の右手は今ある理由により使えないから、僕の左手を華黒の右手が握って、華黒の左手をルシールの右手が握っている状況だ。
 そのまま大量の人間が目的の駅へと降りていく中を、僕らも流れに身を任せて同じく降りる。切符を駅員さんに渡して駅を出る。
 ここから五分も歩けば雪柳学園だ。
「はぐれてはいけませんから兄さんの腕に抱きつきましょうルシール」
 そんな華黒の提案に、
「………………ふえ」
 顔を朱に染めるルシール。
 華黒は僕の右腕に抱きついた。
 それから言う。
「ほら、ルシールも」
「………………いいの? 真白お兄ちゃん……」
「いいよ」
「………………そう」
 そう言ってルシールは僕の左腕に抱きついてきた。
 さて、どうなったかというと……ものの見事に浮いたね。
 片や奇跡の彫像も裸足で逃げ出すような……大和撫子を体現した百墨華黒。
 片や幼さの残る顔立ちに金髪と青い目を持った少女。
 そんなA級の美少女二人をはべらせて歩いているのだ。
 注目を受けない方がおかしい。
 周りの注目にうんざりしていると、
「ね〜え、君たち」
 と声がかかった。
 僕達の進路方向をふさぐように三人の青年が立っていた。
 耳にピアスをしていたりネックレスや指輪をしていたり、軽薄な服装だったりと悪ぶっているのがありありとわかる男たちだった。
 一応丁寧に接してみる。
「僕達に何か用ですか?」
 クスクスと中央の男が笑う。
「僕、だって……か〜わいい」
「…………」
 どうやら僕まで女の子だと勘違いしているようだ。
 怯えているのかルシールはギュっと僕の左腕を強く抱きしめる。
 男達は悪臭のするような笑顔で僕達に話しかけてくる。
「俺達に付き合わねぇ? なんでもおごっちゃうよ?」
「そっちも三人でこっちも三人。釣り合いがとれると思わねぇ?」
「損はさせないからさぁ」
 そう言ってニヤニヤとする男達。
 さて……どうする?
 僕の右手は使用不能だ。
 ここは穏便に済ませたいところだった。
「ありがたいお誘いですけど謹んで遠慮します。さ、いこ」
 僕はペコリと一礼してそう言うと、華黒とルシールを引っ張って通り過ぎようとする。
「ちょ! 待てよ! お高くとまってんじゃねえぞ!」
 そう言って僕の肩を乱暴に掴む男の一人。
「しつこいですよ」
 そう言ったのは華黒だった。
「兄さんに色目を使ったばかりかその下品な手で触れるなんて、許されざる大罪です」
 キッと睨んで僕の肩から男の手を振り払う華黒。
 手を振り払われた男が華黒を睨む。
「なんだとてめぇ……!」
「あなた方みたいに格の低い男に付き添うほど私達は暇じゃありません。早々に去ることですね」
「なめんなよてめぇ!」
 そう言って男の一人が殴りかかってきた。
 はぁ……。
 気の短い連中である。
 僕は《発症》しようとして、思いとどまった。
 男の拳が華黒に届く前にそれを阻止した人物がいたからだ。
 その人は、ツンツンはねている癖っ毛と自身に満ち溢れた双眸を持った女性だった。
「祭で舞い上がるのはわかるが私の可愛い子猫ちゃんに傷をつけようとするのはいただけないね」
 酒奉寺昴先輩が、そこにいた。
「先輩……!」
「げ……酒奉寺昴……!」
「………………?」
 驚く僕に、ドン引きする華黒、それから展開を読めないルシール。
「なんだてめぇ!」
「可愛い子猫ちゃんを下賤な輩から守るナイトといったところかな」
「ぶってんじゃねえぞてめぇ!」
 そう言って昴先輩に襲い掛かる男三人。
 そこからは惨劇だった。
 殴りかかろうとした男の一人の腕を絡めとり一本背負いを決める昴先輩。
 ハイキックを入れてきた男の一人の膝の伸びきったところに拳を撃つ昴先輩。
 最後の男はおたおたしているところに中指一本拳人中撃ちがきまった。
 こうして男三人が撃沈した。
「ぐう」
「げう」
「ぐげ」
 三者三様に呻く男達を眺めながら髪をかき上げる昴先輩。
「大丈夫だったかい子猫ちゃ……」
「ホワチャア!」
 昴先輩の言葉の途中で華黒が跳び蹴りをかました。無論、先輩に。
 先輩は地面に転がって、それから立ち上がると言った。
「何をするんだ華黒くん」
「何をする? それはこっちのセリフです。よくもまぁぬけぬけと私と兄さんの前に現れたものですね……!」
「私は何か悪いことをしたかい?」
「兄さんの右手……こうまで傷ついたのはあなたのせいだということ……忘れたなんて言わせませんよ!」
 華黒の言は半分正しく半分間違いだ。
 原因の那辺がどこにあろうと傷つくように促したのは僕の脳だ。
「わかっているさ。だから真白くんがまた傷つかなくていいようにこうやって現れたんじゃないか」
「ならその役目はもう終わりました。早々に立ち去りなさい!」
「お、可愛い子がいるね。私の名前は酒奉寺昴だ。君の名前は?」
「………………百墨……ルシール……です」
「百墨ってことは……」
「僕と華黒の従姉妹です」
「へぇ……君達にこんな可愛い従姉妹がいたなんてね。ルシールくん。私のハーレムに入らないかい?」
「………………ハーレム……?」
「この! 酒奉寺昴! 私達の従姉妹にまで毒牙をかける気ですか!」
 そう言ってハイキックをかます華黒。
 先輩はあっさりと避ける。
 それから先輩はルシールのおとがいを持って誘うように言う。
「君みたいな可愛い子がいるなんて……世界は広いな。惚れたよ。ルシールくん」
「………………ふえ……可愛い……?」
「そうだ。君は可愛い。それも格別にね。どうだい。先にも言ったが私のハーレムに入らないかい?」
「………………私、好きな人がいる……から……」
「そうかい。ま、そうだろうね。見ればわかるよ」
 そう言って僕を見つめてフフと笑う先輩。
「ねたましいじゃないか。こんな美少女二人をはべらせて」
「一応言っておきますけど妹と従姉妹ですから。色恋抜きの感情ですよ? 好意的ではありますけどね」
 と、
「昴様!」
 前髪をセンターわけしている可愛い美少女が現れて先輩を昴様と呼んだ。
 十中八九ハーレムの子だ。
「おや……なんだい穂波くん? 今私はルシールくんを口説くのに忙しいんだけどな」
「もうハーレムの子たちの準備は整ってます。皆、雪柳学園の正門で待っていますよ」
「そうかい。ではルシールくんに華黒くん、それから真白くんも、またね」
 そう言って酒奉寺昴先輩は去っていった。
 見れば正門に十五人くらいの美少女達が浴衣姿で集まっていた。
 もしかしてアレ全部が先輩のハーレムなのだろうか?
 考えたらうすら寒くなったので僕は思考を放棄した。



「どうぞ、書いていってください」
 雪柳学園大学の正門から学内に入ろうとした僕と華黒とルシールに短冊が渡された。
 素直に受け取る僕達。
「なんです、これ?」
 聞く僕に大学生が説明した。
「そこにある……」
 と、十本ほど並んでいる笹竹を指して、
「笹に願い事を書いた短冊をつるしてください。願いがかないますよ」
「ああ、そうですか……」
 淡泊に僕。
 でもまぁそうか。
 七夕って本来笹に願い事を書いた短冊をつるすイベントだったっけ。
「テーブルとペンはあちらにありますので」
 そう言って正門の一角を指差す大学生。
 そこには野ざらしのテーブルとパイプ椅子が置いてあって、ペンが準備されていた。
 幾人かの来訪者が既にテーブルについて短冊に願い事を書いている。
 僕達もテーブルについて短冊に願い事を書く。
「お金が欲しいです」
「兄さんと恋仲にしてください」
「真白お兄ちゃんともっと仲良くなれますように」
 そう書いた短冊を笹につるす僕達。
 それから僕が言う。
「あのね、華黒……」
「なんでしょう?」
「いくらなんでもそんな願いは無しじゃない?」
「私の真摯な願いです」
 ああ、そうですか。
「織姫様と彦星様に私達の願いが届くといいですね」
 そう言ってニッコリと笑う華黒。
「できれば華黒の願いを聞きとげないことをば祈らん」
「なんでです!?」
「いや、だって、ねえ?」
 そう言ってチラリとルシールの方を見る。
 ルシールは僕を見て真っ赤になって俯いた。
「ルシールの願いならすぐにでも叶えてあげるよ。はい、ルシール……」
 そう言って僕は左手をルシールに差し出す。
「………………あう」
 と呻いて、それから僕の手をとるルシール。
 僕はルシールの手を掴むとグイと引き寄せて抱きしめた。
 それから、
「可愛い、可愛い」
 とルシールの頭を撫でた。
「………………あう」
 抱きしめた僕からはよく見えないけど、きっとルシールは真っ赤になっているのだろう。
 それくらいは僕にもわかった。
「なんで私にはそっけなくてルシールには優しいんです!?」
「だって従姉妹だも〜ん」
「私だって義妹です!」
 そう言って僕に抱きつく華黒。
「ええい、離せぃ!」
「ルシールを離したら考えます!」
「しょうがない。ルシール、もっと仲良くなるのはまた今度ということで」
「………………うん」
 どこか躊躇いがちにそう言って頷くとルシールは僕から離れた。
 それから僕は華黒に言う。
「ほら、ルシールは離れたよ? 華黒も離れる」
「私は考えると言いました。絶対離れるとは申してません」
 詐欺の理論じゃないか。



「はい♪ 兄さ〜ん。あーん」
「あーん」
 僕にしては珍しく、あっさりと口を開いて華黒の突き出したたこ焼きを頬張る。
「熱くありませんか? 兄さん……」
「ん。ちょうどいい」
「………………真白お兄ちゃん……あーん……」
「あーん」
 今度はルシールだ。
 僕に突きだしたのはイカ焼き。
 その一部を僕は食べる。
 周囲の人間からは羨望の視線がズキズキと刺さる刺さる。
 とはいえとある事情によって右手が使えない僕は華黒やルシールに頼るほかない。
 もうすぐ縫合処置が終わるとはいえまだ様子見の段階だ。
 そんなわけで僕は今現在学業から私生活にいたるまで華黒に甘えている最中だ。
 さすがに風呂くらいは一人で入るけどね。
「しかし……」
 僕は夜空を見上げる。
「晴れたね」
「はい。いい天気です。ベガとアルタイルがよく見えます」
「………………でも……七月七日は雨の日も多いって聞くよ……?」
「催涙雨だね」
「………………さいるいう?」
 首を傾げるルシールに僕は答える。
「七夕の雨は織姫と彦星が流す涙だって言われているんだよ」
「………………はう……ロマンチック」
「まぁ元々が一年に一回しか会えない夫婦だからね。ところで、そのイカ焼き食べないの?」
「(………………あう……間接キス……)」
 ボソリと何かを呟いたルシール。
 何を言ったのか聞こうとしたときに、
「あの、そこのお三方!」
 と、声がかかった。
 僕と華黒とルシールが声をかけられた方を向く。
 そこには雪柳学園の大学生……それも祭の関係者だろうハッピを着た学生が近づいてきた。
 彼らはまっすぐこっちに向かってくる。
 どうやら声をかけられたのは僕ららしいことに気付いて、僕は少し嘆息する。
「ああ、君達だ。可愛いね」
「あの、ナンパならお断りしますけど」
「ああ、違う違う。もうすぐ手芸部主催によるファッションショーがあるんだけどモデルが不都合でいなくなって困ってるんだ。よかったら君達参加してみない?」
「私達がですか?」
 首を傾げる華黒。
 ルシールも目をパチクリさせていた。
「そう。大和撫子とボーイッシュとロリータ系がちょうどいないんだ。君達にお願いするしかないんだよ」
「…………」
 沈黙する僕。
 ちょっと待てと。
 大和撫子が華黒で、ロリータ系がルシールだとすると、もしかしなくてもボーイッシュってのは僕のことか?
「いいですよ」
 あっさりとそう言う華黒。
「そうかい!? ありがとう! いやぁ助かった!」
 ハッピを着た大学生達は喜んだ。
「ちょっと華黒! どういうつもり!」
「いいじゃないですか。誰かのお役にたてるなら」
「本音は?」
「兄さんの手芸服姿が見てみたいんです」
 ……なにをかいわんや。
「じゃあとりあえずショーの裏側までお願いできる?」
「はいな」
 そう言って意気揚々とついていく華黒。
「………………真白お兄ちゃん……私……可愛い……?」
「ルシールはたしかにとびっきり可愛いよ」
 なるほど華黒が僕の手芸服姿を見たいって気持ちがなんとなくわかった。
「ルシールの手芸服姿を僕は見てみたいな」
「………………あう」
 ルシールは顔を朱に染めた。



 とはいえルシールの手芸服姿を見るには僕もそれなりの格好をしなきゃいけないわけで。
 ショーの裏側、楽屋でもないけど他に表現しようもない空間で僕達は服を着替えさせられ化粧までされた。
 ちらりとルシールの方を見る。
 フリフリのゴスロリ姿だった。
 それがまた金髪ハーフのルシールによく似合っていて……、
「こら、兄さん」
 と、華黒が僕の耳を引っ張った。
「なにさ華黒」
「今ルシールを見て鼻の下を伸ばしてました」
「何が悪いのさ?」
「私とルシールを敵対させたいのですか?」
「…………」
 いや、別にそんなつもりはなんいんだけど。
「ところでどうです私のコレは」
 そう言ってクルリと一周回ってみせる華黒。
 華黒のそれは一言で言えば十二単だった。
 これがまた黒いロングヘアーの華黒によく似合っていて……、
「可愛いよ」
「本当ですか!?」
「インディアン嘘つかない」
 いや、本当に可愛いんだけどね。
 それにしても手芸部と言ってもさすがに大学生の部活だ。
 細かいところまでよく創りこんである。
 何かブランド名をつけて手芸屋でも開けば儲けられそうなくらいの出来である。
 ちなみに僕はティーシャツにダメージジーンズという格好。ジーンズのダメージ加工を手芸部がやったということらしい。
 一々芸が細かい。
 まぁ怪我している右腕を使わなくて済む軽い女装だから何の不都合も……無いとは言えないけど……あえて言おう……無い。
 無いはず……。
 ちなみに僕達を楽屋?に引っ張ってきた大学生達は僕が男と知るや驚いて、その後「まぁいいか」と呟いた。
 いいのかよ。
 とは言ってもティーシャツにジーンズだ。
 そこまで過敏に反応するものではなかった。
 唯一化粧の時だけ多少の眩暈をおぼえたけど。
 鏡を見る。
 中性的な……見様によっては男にも女にも見える僕が映っていた。
 そういえばボーイッシュが僕のテーマなんだっけか。
 変なところで役に立つ女顔だこと。
 ステージの表ではマイクパフォーマンスが飛び出し、どうやらファッションショーが始まったことを告げているようだった。
 何人かの大学生モデルが出ていって、帰ってきた後、華黒の出番になった。
 ルシールと一緒にステージの裏からそっと見守っていると、華黒が出たことでワッと衆人環視がわめきたった。
「………………華黒お姉ちゃん……すごい人気だね……」
「多分ルシールの時もああなると思うよ」
「………………そんなこと……ないよ……」
「僕が保証してあげる」
 そう言って僕はルシールのおでこにキスをした。
「………………〜〜〜っ!」
 ボッと真っ赤になるルシールが可愛くてクスクスと笑ってしまう僕。
 直後、ルシールの出番がまわってきた。
「………………ええと……人という字を……」
「そんな暇ないよ。早く行こうね」
「………………うん……いってきます」
 そう言ってステージへと跳び出すルシール。
 どうやらステージはコの字型になっており、入り口から入って、二つの角でポーズを決めて、出口に戻っていくようだ。
 ルシールはといえば、角でポーズを決めずにペコペコとお辞儀をしてステージを歩いていく。
 そんなルシールにマニア心をくすぐられた男子達が喝采を挙げていた。
 それは僕が予言したように華黒のそれに劣らないものだった。
 続いて僕がステージに出ていく。
 そこでまたワッと歓声が沸いた。
 それも男と女から平等に。
「……複雑な気分」
 誰にも聞こえないようにそう呟きながらステージの上を歩いていく。
 角でそれらしいポーズをとって出口へと向かう。
 出口で待っていたのは酒奉寺昴先輩の抱擁だった。
「先輩!?」
「いやいやいや、可愛いね真白くん。今日は君を夢見て寝ることにしよう。絶対だ」
「こら! 酒奉寺昴! 兄さんから離れなさい!」
「いいじゃないか。君にもルシールくんにも抱擁をしたのだ。真白くんだけしないでは不公平だろう」
「あなたがいるとまた兄さんが傷つく可能性があります! そうである以上兄さんには指一本触らせません!」
「もう触れてるけどね」
 僕のつっこみは虚しく響くばかりだった。
「ところで何で先輩がここに?」
「君たちの関係者だと言って入らせてもらった」
「特権行使は学内だけにしてください」
「いいじゃないか。こんなに可愛い君も見られたんだし……」
「嬉しくないなぁ」
「………………でも……多分……真白お兄ちゃんの時が一番反響が強かった……」
「そうかなぁ?」
 どうかなぁ?
「兄さん、抱いてほしいのなら私がしますからその外道から離れてください!」
「という風に華黒が過剰に反応するので離れてください」
「ではルシールくんを……」
「やめなさい!」
 十二単を振り乱して空中回し蹴りを昴先輩にきめる華黒。
「きゅう……」
 と奇声を発して昴先輩は倒れこんだ。
 僕が言う。
「とりあえず十二単脱げば?」
「そうします。胸のところが特にきついんですよ」
「まぁそりゃ華黒のために作られたモノじゃないからね」
 丹念に整えられたとしか思えない華黒の体つきに対応できる服を作るには採寸から始めなければならないだろう。
 ともあれ、僕と華黒とルシールは出番も終わってさっさと甚平や浴衣に着替える。
 途中別室で華黒の悲鳴が聞こえてきたのはまた昴先輩が何かやらかしたのだろう。



「おー痛……」
「自業自得です」
 頬を押さえて痛がる昴先輩に、ツンとそっぽを向く華黒。
 ルシールはというと焼き鳥を持って僕の口元まで持ってくる。
「………………はい……真白お兄ちゃん」
「ありがと、ルシール」
 僕は右手が使えず左手にはジュースを持っているので必然誰かに食べさせてもらわなければ食事もままならない。
「だいたい酒奉寺昴……あなた、ハーレムはどうしたのです?」
「ああ、五人で三十分のデートを三回サイクルして解散したよ。それから先は私の自由時間さ」
 五人で三サイクルってことはちょうど十五人か。
 よくもまぁそれだけの美少女を虜にできるものだ。
 コツを教えてもらいたいね。
「ルシールくん。私にも焼き鳥を食べさせておくれ」
「………………はい……あーん」
「あーん」
 あっさりと口を開いて焼き鳥を食べる昴先輩。
「うん。これで私と真白くんは間接キスをしたことになるね」
 そんなことを言う昴先輩に、
「ぐぅ……」
 蹴りたいけど浴衣のせいで蹴れない華黒が呻く。さっきは蹴った癖に。
「………………はわわ」
 そして何故か狼狽えるルシール。
「兄さん! 私も焼き鳥を!」
「持ってないでしょ、華黒」
「今から買ってきます」
「変なところで散財しないの。間接キスしたいならジュースがあるよ?」
 そう言って僕は左手に持ったジュースを華黒に渡す。
「いただきます!」
「躊躇なしかい」
 つっこむ僕を放って華黒は僕のジュースをほんの少量飲む。
 とりあえず間接キスをしたいだけで別にジュースそのものにこだわりがないのが見て取れる。
 それから華黒はルシールにジュースをまわす。
「はい、ルシールも。兄さんと間接キスですよ?」
「………………〜〜〜っ!」
 ブンブンと首を振って拒否するルシール。
 熟れたトマトみたいに顔が真っ赤だ。
 それが微笑ましくもある。
「では私が……」
 そう言った昴先輩が手を伸ばしたところで華黒がその手を払う。
「私とルシールくんで随分態度が違うじゃないか」
「あなたみたいな下衆に兄さんの神聖な唇は渡せません」
「ルシールくんならいいのかい?」
「ルシールは二号さんですからいいんです!」
 おいおい。
 華黒の無茶理論を聞きながら僕は時計を確認した。
「そろそろ時間だね」
 直後、ドォウンと鈍い音がしたと思うと夜空に炎の花が咲いた。
 花火だ。
 さすが大学の学園祭。
 スケールが大きい。
「たーまやー」
 そう言って華黒が僕の右腕に抱きついてきた。
「………………かぎや」
 そう呟いてルシールが僕の左腕に抱きついてきた。
「綺麗だね真白くん。刹那の美の集大成だ」
 そう言って僕の首に腕をまわす昴先輩。
「あの、なんで誰も彼もが僕を抱きしめるんです?」
 問う僕に答えはない。
 また夜空に炎の花が咲いた。

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