超妹理論

『ポニーテールとシュシュ』


 十二月二十三日。
 暗鬱の期末テストも終わり、終業式の一日前。
 数学の授業中。
「はあ……」
 僕は溜息をついた。
「なんだ、そのあからさまな溜息は。俺が聞いてやらなきゃならない流れ?」
「別にそういう意図はないけど……」
 隣の席の酒奉寺統夜の軽い嫌味を躱して僕はまた思考の渦に飲み込まれた。
 課題は一つ。

 クリスマスプレゼント、何にしよう?

 ちらりと華黒の席を見やる。
 うちの可愛い妹といえばどうせ言われて理解しているはずの数学の内容をいちいちノートに記していた。その理由の半分が僕に見せるためというのだから泣けてくる。主に僕のプライドが。
 長い黒髪。ぱっちりお目々。桜色の唇。それらが奇跡的な配置で美人を形作っている。つまり僕の妹は綺麗だ。今更確認するまでもない。
 二学期の半ばは色々とあったが一応それにも決着がついて僕と妹の華黒は正式に恋人同士としてお付き合いをしている。
 となれば、だ。
 クリスマスイベントは恋人同士のスペシャルイベント。これを逃す手はない。無論僕らは高校生。不純異性交遊などするはずもないのだが――とはいっても華黒がどういう腹積もりなのかは議論の余地は大いにあるのだけども――それでも清いなりに盛り上がるイベントであることは確かだ。どうせ華黒のことだ。明日の終業式が終わればさっそくデートに誘うつもりではあるのだろうけど、それはこちらとて同じこと。
「何にやけてんだ真白。キモいぞ」
「え、顔に出てた?」
「もろ」
 むむむ。それは注意せねば。とはいえ美人な華黒とデートとなれば顔の一つや二つにやけるのはしょうがないわけで。となれば……クリスマスプレゼントは必至なわけで。
 さて、どうしよう、という思案が僕の脳内を渦巻いていた。
 クリスマスプレゼント……どうしよう。
「はあ……」
 結局溜息をつく僕だった。
 と、統夜が僕の机にノートの切れ端を置いた。
 読む。
『なんの悩み事だ?』
「…………」
 そのノートの切れ端に、
『華黒へのクリスマスプレゼント、何にしたらいいと思う?』
 と追記して、統夜に返す。
 さらさらとノートの切れ端に筆記して統夜が返してくる。
『爆発しろ』
「…………」
 まぁ言わんとすることはわかるけれども。



 昼休み。
 僕は華黒と学食で昼食を済ませると、一人になりたいと華黒に言って、購買部に足を向けた。たむろす人ごみの中で何とかコーヒー牛乳を買うと、外に出る。
 と、
「…………」
 ツンツンはねた癖っ毛の生徒会長……酒奉寺昴先輩を見つけた。購買部のすぐ近くだ。誰とも知らぬ女子とポッキーゲームをしていた。
「…………」
 無言でその成り行きを見つめる僕。先輩はポッキーゲームの末に見知らぬ女子とディープキスにいたった。
「…………」
 それ以上見ていられず僕はコーヒー牛乳にストローを指すとぶらぶらとその辺を歩こうと足を向けて、
「人の情事を覗くなんて悪趣味じゃないか真白くん」
 いつのまに近づいたのか、昴先輩にお尻を撫でられた。
「……っ!」
 ぶーっとコーヒー牛乳を噴きだす僕。
「くぁwせdrftgyふじこlp……!」
 動揺して言葉にならない言葉を吐き出す。
「ていうかポッキーゲームしてたんじゃなかったんですか先輩! いつのまに近づいたんです!?」
「ポッキーゲーム中に君を見つけてディープキスもそこそこに追いかけたんじゃないか。光栄に思ってほしいものだね」
 なんでやねん。
「そのままディープキスに没頭してればよかったじゃないですか」
「うむ、それも惜しかったのだが一度手に入った物より、手に入らない物に興味が惹かれるのはしょうがないことというかなんというか……。無論、だからといって良子くんに対する愛情がないわけじゃないぞ。その辺を誤解されては困る」
「別に何も言ってませんけど。ていうか良子さんって言うんですね、さっきの先輩の被害者は」
「可愛い子だろう?」
 先輩のハーレムで可愛くない子を探す方が難しいかと。
「しかし真白くん。昼休みというのに華黒くんと一緒にいないとは珍しい」
「ああ、ちょっと悩み事が……そうだ!」
「どうした?」
「先輩にちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「うむ。頼りにしたまえ」
「華黒へのクリスマスプレゼント……。何がいいと思います?」
「ふむ……」
 先輩はおとがいに手を当てて悩む。それから言った。
「勝負……」
「却下」
「まだ言い終えてないのだがね……」
「健全なもの限定で」
「それなら……ふむ……」
 また悩む。
「真白くんが華黒くんに送るのだというのなら……あれなどいいな……」
「あれとは?」
「それは秘密だ。ガッチリ華黒くんのハートをキャッチするウルトラCだからね」
「言葉にしてもらわないと相談した意味がないんですが……」
「では条件を出そう」
「…………」
 僕はうさんくさいペテン師を見る目で昴先輩を見た。その眼に宿るのは、胡散臭さに対する警戒と、酒奉寺昴に対する警戒だ。
「なんだいなんだい。聞きたくないのかい? ウルトラC」
「そりゃ拝聴したいですけど条件って……?」
「なに。明日はクリスマスイブだ。明日終業式が終わった後、一時間だけ私とデートしてくれたまえ。そうすれば助言してあげよう」
「華黒に殺されたいんですか?」
「まぁ華黒くんもそのつもりだろうことは想像にかたくないがね。何、一時間だ。それくらい構わないだろう? それにこちらもハーレムの子たちと複数デートの予約があるからあまり君に構ってはいられないんだ」
「一時間……」
 明日、華黒はまず間違いなく放課後にデートを誘ってくるだろう。それを無下にしての一時間。どうする?
「嫌なら自分で考えることだね。ただし私以上の意見は出ないと断言してもいい」
「…………」
 しばし考えた後、
「いいでしょう。でも一時間だけですよ?」
 僕はそう言った。
「決まりだ。明日の放課後が楽しみだ」
 そう言って昴先輩は良子さんのところへと戻っていった。先輩が良子さんを抱きしめるところを見ながら、変なことになったな、と僕はコーヒー牛乳をすするのだった。



 次の日。
 クリスマスイブ。
「兄さん、朝ですよ」
 僕は華黒によって緩やかに起床へと導かれた。
「ん……おはよう華黒」
「おはようございます兄さん」
 おはようのチュー。
 キスをし終えて、それから僕は覚醒する。
「今日で二学期も終わりです。張り切っていきましょう」
「おー……」
 やる気なくそう言ってベッドから出る。華黒は素早く僕の自室からダイニングへと消える。
 うう……寒い。
 ベッドから出た寒さにがたがたぶるぶると震えながらダイニングに顔を出す。
「はい、兄さん。あったかいコーヒーです」
 そう言って僕の定席にコーヒーの入ったカップを置く華黒。気が利くのは相変わらずだ。
 僕はコーヒーを飲んで体内からあっためながら既に出来上がっている朝食を食べる。今日の朝食は御飯に納豆に冷奴にわかめの味噌汁。クリスマスイブに和食かとも思うけど、どうせ夕食はそれなりのものを用意するのだろう。
 僕は朝食を食べ終えると、学校制服に着替えて華黒と一緒にアパートを出た。
「うふふぇ……」
 腕に抱きついてくる華黒に、
「語尾がのろけてるよ」
 そう言いながら僕も悪い気はしなかった。腕に抱きついてきた華黒を引っ張って学校へ通う。嫉妬の視線も今は心地いい。
 学校について昇降口に行き、下駄箱を開ける。華黒の下駄箱からラブレターがボタボタと十通以上舞い落ちた。恋人がいるのをわかっていながらそれでも華黒に告白、ラブレター等を送る連中は後を絶たない。無駄な決意ご苦労さんと言うしかない。
「で、どうするの? そのラブレター」
「申し訳ないですけど無視させてもらいます。せっかくのクリスマスイブですもの。わずらわしいことに関わりたくありません」
 勇気を出してクリスマスイブに華黒に特攻した十数名に哀悼の意を。



 ちゃんちゃん。
「で、終業式も昼で終わったわけだけど……」
 昇降口で上履きを脱いで外靴に履き替える。
「それでは兄さん、クリスマスイブらしくデートでも……」
 そう言う華黒の言葉をさえぎって、
「やあ真白くん。デートの準備はできてるかい!?」
 突如登場した昴先輩が僕の肩に腕をまわした。
 先輩の存在に、華黒の口がへの字に歪む。
「この……! 酒奉寺昴……! あなたという輩は毎度毎度……!」
「待った華黒」
「はい、なんでしょう?」
「まったく申し訳ない話なんだけど放課後は一時間だけ昴先輩に付き合うことになってるんだ」
「は……?」
 ポカンとする華黒。
「…………」
「…………」
「…………」
 しばしの沈黙。
 そして、
「はぁ!?」
 華黒がはじけた。
「ど、どういうことです兄さん!」
「いやー、本当に申し訳ない。でも一時間だけだから」
「浮気ですか!」
「断じて違う。滅多な事言わないの。僕の気持ちがいつだって華黒に向いてるのに間違いはないよ」
「じゃあ何故!?」
「今は秘密。答えは一時間後にね」
「そういうわけだ華黒くん。一時間だけ真白くんを借りるよ」
「うー……」
 やきもちを焼く華黒は可愛かったけど、申し訳ない気持ちにもなる。
「それと昴先輩、デートじゃなくてあくまで買い物の付き合いですよ?」
「まぁ解釈は人それぞれだね」
「うー……」
 華黒はぷっくりと膨れる。
「じゃ、そういうことで。アパートで待ってて。一時間後には必ず行くから」
「兄さんがそう仰るなら……まぁ……」
「大丈夫。すぐに用事を終わらせて帰るから」
「待ってますからね……」
「うん。待ってて」
 御互いに頷き合う僕と華黒。
「それでは行こうか真白くん。校門にリムジンを停めておくのにも限界がある」
 そう言う先輩に連れられて、僕はリムジンに乗った。



「で、当然のように女装なんですね……」
 僕は走るリムジンの中で瀬野第二高等学校の女子制服を着せられた。
 リムジンが止まったのは電車で二駅の都会様様だった。
 まぁこれで僕の女装姿が学校の生徒にばれることはなくなったが。
 先輩は美少女を――皮肉にも僕の事である――連れて都会にくり出した。
 まずはブランドショップに連れていかれた。そこで僕はジェンダー的なプライドをロードローラーで踏み潰された。詳しく言えば着飾り人形にされた。あれもこれもとラグジュアリーな服――当然どれも女物である――と一緒に試着室に放り込まれ、僕は昴先輩に来た服をお披露目せねばならなかった。そこで三十分ほど時間を潰し、しかも着た服全てを買わないで僕と先輩は店を出た。どうやら僕に色んな女物の服を着せたかっただけのようだ。「堪能した」と先輩は満足げに笑ったが、こっちとしてはトラウマと四つに組んだだけだ。途中何度も化粧室に行き、嘔吐したのは先輩には秘密だ。
 その後に行ったのは格式高い喫茶店だった。先輩も僕も学校の女子制服を着ている。喫茶店にドレスコードもないだろうが場違いな空気だった。学校の生徒がこんなところに来ても背伸びとしか見られないような、そんな雰囲気だった。「どうすんべ」と思った僕に、先輩はあっけらかんと「ああ、ここの店長と知り合いなんだ。何、ここは奢らせてもらうよ」との言葉により無理矢理ではあるが納得した。
 ダージリンを飲みながら先輩が言う。
「やはり君は可愛いな。あんなにもブランド服を着こなせるのは私のハーレムにもそういない」
 僕はハーブティーを飲みながら答えた。
「お褒めにあずかり恐悦至極」
 ちょっと不機嫌気味に言ってみる。
「ああ、いいなぁ。君を……というより美少女を連れて歩けるのはやはりいいものだな」
「僕、男ですけど」
「些事を気にするな」
「些事……かなぁ?」
 ハーブティーを飲む。
「ところで先輩。華黒にあげるプレゼントの件なんですけど……」
「ああ、そうだね。何、店はもう見つけてある。茶を飲み終えたらそこへ行こう」
「言っときますけどそんなに予算ありませんからね」
「それは心配しなくていい」
「先輩が奢るのも無しですよ。それだと先輩からのプレゼントになってしまう」
「大丈夫。安物だから」
「そう言われると逆の意味で不安なんですが」
「大丈夫だと言ったろう? 万事任せたまえ。何せ私のウルトラCだ」
 それが不安なんですが、とはさすがに言えなかった。
 茶を飲み終えてリムジンに乗る。
 リムジンの向かった先は女性用の小物を扱った店だった。ブランドショップではないらしい。
 先輩はその内の一コーナーに僕を連れていき、そして言った。
「これなら華黒くんも喜んでくれるはずだ」
 そう言って“それ”を僕に渡す。
「こんなものでいいんですか?」
「もちろんこれだけではダメだ」
 ダメなのかよ。
「それを華黒くんに渡してこう言うんだ。――――、と」
「そんなんで喜んでくれますかねぇ」
「華黒くんにとってその君の言葉こそが何よりのプレゼントになる。これは確定事項だ」
「はあ」
 と曖昧に返事をして、僕は“それ”をレジに持っていく。
 金千円なり。
 と、隣のレジでは昴先輩が蝶々を象った髪留めを購入していた。青い蝶の髪留めだ。
「それ、どうするんですか?」
「こうするのさ」
 先輩はどこまでもさりげなく僕の髪に青い蝶の髪留めを飾った。
「ふえ?」
 ほけっとする僕に、
「よく似合っているよ真白くん。私からのクリスマスプレゼントだ」
「いまいち喜ぶ気に慣れないのは女物の小物だからでしょうか」
「それでもよく似合っているよ」
「はあ、ありがとうございます。あ、じゃあ僕も先輩にプレゼントを」
「いいさ。それより早く車に戻ろう。これから君のアパートまで車を走らせてちょうど一時間といったところだ」
「…………」
 僕はラッピングされた“それ”を抱きしめると、リムジンに乗った。



 ジャスト一時間で僕はアパートに戻ることができた。
 昴先輩は、
「じゃあ私はこれから子猫ちゃんたちの相手をしなければならないから、またね。ハッピーメリークリスマス」
 と言って軽やかにウィンクをして、リムジンで去っていった。
 僕はアパートの僕と華黒の部屋の玄関を開ける。華黒の迎えはなかった。キッチン、ダイニングと電気がついていなかった。まるで無人だ。
「華黒ー?」
 華黒の自室のドアを開ける。
「……っ」
 そこで僕は軽くショックを受けた。
 華黒は電気をつけない薄暗い部屋で枕を抱いてベッドに体育座りをしていた。
 それは……哀愁の漂う映像だった。
 そうだ。僕は一時間とはいえ大切な恋人を放置して別の女性と付き合ったのだ。たとえそこに裏がないとわかっていても華黒が落ち込むのは自明の理じゃないか。
 僕は躊躇いがちに声をかけた。
「華黒、帰ったよ」
「兄さん……」
 どこか元気のない華黒が応答する。
 それは……拗ねたような声だった。いや、実際拗ねているのだろう。
「酒奉寺昴とのデートは楽しかったですか」
 だからこんな嫌味も出る。
「だからデートじゃないって。はい、これ」
 そう言って僕は持っていたラッピングされた“それ”を渡す。
 受け取る華黒。
「なんですか、これ?」
「華黒へのクリスマスプレゼント」
「もしかして、これを買うために兄さんは……」
「そうだよ」
 すると華黒は恥じ入ったようにそわそわしだした。
「あの……私……」
「別にいいって。一時間でも華黒を放置した僕も悪かったから」
「開けてもいいですか?」
「うん」
 華黒が袋を開けて中から“それ”を取り出す。
「シュシュ……?」
「うん、シュシュ」
 それはシュシュだった。薄暗い部屋の中で銀色に光るシュシュ。
「華黒、それでポニーテールにしてみて」
「え、あ、はい」
 そう言うと華黒は自分の長い黒髪を後頭部に集めてシュシュで纏める。ポニーテール版華黒の出来上がりだ。
「ど……どうですか……?」
 恥ずかしそうに聞いてくる華黒に、
「うん。とっても可愛いよ、華黒」
「はう……」
 華黒は胸を押さえて真っ赤になった。
「これが僕からのクリスマスプレゼント」
「ありがとうございます。最高のプレゼントです……!」
「あは、照れるけどね」
「それにしても兄さんはポニーテール萌えだったんですか?」
「ううん。普通のストレートも好きだよ。でもたまにはこういうのも新鮮でいいでしょ?」
「えへへぇ。可愛いって言われちゃいました」
 そういってにやける華黒。
 本当に喜んでいるようだ。昴先輩の助言も捨てたものではない。
 上機嫌になったポニーテール華黒は僕の腕に抱きついてきた。
「それじゃあ兄さん、デートに行きましょう!」
「はいはい」
 僕らは学生服――ちゃんと僕は男子制服だ、念のため――で外へと出た。



 結局近くのショッピングモール百貨繚乱に行くことになった。
 どこからか『もろびとこぞりて』が聞こえてくる。
「萎める心の花を咲かせ♪ 恵みの露置く♪」
 上機嫌に歌う華黒。華黒の声帯から澄み切った声が流れ出る。
 周りを見渡す。
 クリスマスイブということもあってかやはりカップルがよく見られる。
 僕らもその一組かと思うと少し気恥ずかしい。
「うへへへぇ。クリスマスイブに兄さんとデート。嬉しいです」
「華黒、顔がにやけてる……」
 僕もにやけてないだろうな……。心配だ……。
「ところでこれからどうしよう?」
「てきとうにお茶でも……、あ、買いたいものがあるんでした……」
「買いたいもの?」
「そうです。こっちですこっち」
 そういって僕の腕を引っ張ってショッピングモールを縦断する華黒。着いた先は、いつか行ったランジェリーショップ。
「はあ……」
 僕は溜息をついた。
「なんです? その盛大な溜息は?」
「また嫌がらせかと思うと、ね」
「嫌がらせなんかじゃありません。兄さんに私の下着を見繕ってもらいたいのです」
「却下」
「決断が早すぎます」
「店の前で待ってるから買うなら買ってくればいいじゃない」
「兄さんを刺激する一着を兄さんの手でお選びになってほしんですけど……」
「だから却下だって」
 何考えてんだ、うちの妹は。
「うー、でしたらいいです。喫茶店にでもいきましょう」
「それが健全だね」
 そういうと僕と華黒は足並みをそろえて近場の喫茶店に入っていった。茶をしばいててきとーな話をする。周りは僕たちと同じくアベックばかり。まぁこんな時期に一人で喫茶店に入る猛者はそうはいまい。そんな中でも僕の華黒は一際目立つ。喫茶店の客の視線総取りだ。さすがにこの辺は華黒だなぁ、なんて。
 その後僕らは買い物をして帰った。大きなチキンに、スープのもと。ケーキの材料などを買ってそれからアパートへと戻る。ケーキは華黒が自分で作るらしい。まぁ華黒の作るケーキは美味しいからいいんだけどね。



「さて、これからどうしよう?」
 華黒にアパートからしめだされて僕は後頭部を掻いた。
 華黒曰く、
「これから夕餉の準備をしますので兄さんはその辺をぶらついていてください。準備が終わり次第メールで連絡しますので」
 とのこと。
 とりあえず本屋で立ち読みでもするかぁ、と近くの本屋に足を向けようとしたところで、
「お兄様」
「はい?」
 幼い声に思わず振り向く。そこには、
「おや、これは白花ちゃん。メリークリスマス」
「メリークリスマスお兄様」
 いとこの白坂白花ちゃんがいた。首には長いマフラーを。背後には例によってリムジンが。
「お兄様、今日はお暇?」
「今はそうだね。華黒の奴が夕餉の準備をしていてね。それまで暇なんだ」
「そうですか! でしたら私の……いえ、私とお兄様の実家に行きません? 盛大にクリスマスパーティを開いています、だよ」
「うーん、セレブなクリパにはちょっと行ってみたいけどすぐにアパートに帰れる位置にいたいんだ。ごめんね」
「そうですか……」
 シュンとする白花ちゃん。
「まぁとはいっても華黒から呼び出しがあるまで暇なんだ。よければ近場のケーキ屋にでも行ってみる?」
「……っ! うん!」
 白花ちゃんは喜んで頷く。
「じゃあそうしよう。近くにおいしいケーキ屋さんがあるから」
「あ、お兄様」
「なに?」
「はい、マフラーだよ」
 そう言って白花ちゃんは自分のしているマフラーを半分ほどいて僕に渡す。
「ん、ありがとう」
 断る理由もないので僕はその半分のマフラーを自分の首に巻く。
「えへへー、お兄様と恋人同士〜」
「まぁたしかに恋人同士でするもんだよね普通」
 一つのマフラーを二人で共有する。我ながら甘酸っぱい行為だ。
「お兄様、手」
「ん」
 白花ちゃんの手を握る。
 リムジンにはその場に待機してもらって、僕は白花ちゃんの手を引きつつ、歩いて近くのケーキ屋にいった。ケーキ屋は繁盛していた。当然か。時期が時期だ。下校中の女学生やら会社帰りのOLやらがテラス席に屯している。僕らもその中に紛れてケーキ屋『あるるかん』のテラス席につく。店員さんがメニューを持ってきて、それから慌てて去る。店内はクリスマスケーキを買いに来たお客でいっぱいだ。外のテラス席もいつもより客入りが多い気がする。店員さんもてんやわんやといった様子だ。ちなみにテラスの席につくにあたってマフラーは白花ちゃんに返した。
 白花ちゃんがメニューを睨みながら言う。
「お兄様は何を頼むの?」
「白花ちゃんと同じものでいいよ」
「むう。じゃあ……苺のショートケーキとダージリンでいい?」
「うん。じゃあそれで」
 店員さんを呼んでケーキと茶を頼む。
 店員さんが立ち去った後、
「お兄様」
 どこか真面目な顔で白花ちゃんが僕を見た。
「はい、なんでがしょ?」
「お正月こそ我が家に戻ってきてはくれないでしょうか?」
「うーん、今の僕は百墨真白だしねぇ。白坂家のお世話になる理由がないんだ」
「お兄様。自分が撫子様の子供だと自覚してください。今はもうお爺様も亡くなりましたし、白坂家も受け入れの態勢を整えています」
「それは前も聞いた」
「う……むー」
 困った顔をする白花ちゃん。
「ま、今のところ僕の居場所は白坂家とは別にあるんだ。それは華黒の隣だったりするんだけど」
「むー、あんなどこの馬の骨ともわからない輩に兄さんをとられるのは心底腹立たしいですけど、そこまで言われるのなら……」
「どこの馬の骨っていうなら僕だって元は孤児だよ?」
「兄さんはあの撫子様の息子だとはっきりわかってるからいいんです」
「正直写真見せられてもピンとこないんだよねぇ。いや、確かに僕に似てたけど、撫子さん」
 少し前に白坂家に遊びに行ったときに白坂百合さん――白花ちゃんの母親である――に撫子さんの写真を見せてもらった。びっくりするほど僕に似ていた。いや、正確には僕が撫子さんに似ているのだ。僕が女顔なのは彼女の遺伝子のせいだろう。
「その撫子様の息子なのですから何はばかることなくお兄様は白坂家の人間ですよ」
「あっそ」
 そんなことを言っている内に茶とケーキも届いた。僕らはケーキに舌鼓を打ちながら茶を嗜む。それから他愛もない話をしている内に華黒からメールが届き、場はお開きになった。
 リムジンまで白花ちゃんを送った。
「お兄様、私、諦めませんから……」
 そう言い残して去っていった白花ちゃんに手を振って見送ると、僕は目の前のアパートに入っていった。



 もうとっぷりと日も沈み、夜の暗さが目立つ。それでもアパートに付いている照明のおかげで外は暗いというほどでもない。
 しかし玄関を開けて中に入ると電気がついていないせいか露骨に暗かった。僕は玄関兼キッチンの照明をつける。見るとダイニングも暗かった。玄関で靴を脱ぎ、キッチンを通って真っ暗なダイニングに至る。
 と、パチンとボタンを弾く音がしてダイニングの照明がついた。
 同時に、
「メリークリスマス! 兄さん!」
 暗闇で待機していた華黒がクラッカーを鳴らした。パパパパパンと五発。飛び出した紙テープが僕の頭や肩に巻きつく。
「メリークリスマス華黒。ていうかなんて格好しているのさ」
 僕はクラッカーの奇襲よりも華黒の服装をこそ指摘した。
「あは、似合ってますか?」
「まぁ似合う似合わないで言えば似合ってるけど……」
 華黒はサンタクロースの格好をしていた。しかもミニスカサンタ。真っ赤なワンピースに身を包み、頭には赤いとんがり帽子。
「可愛いサンタさんだね」
「えへへぇ」
 照れて笑う華黒。
「もしかしてその格好をお披露目したくて僕を外に出したの?」
「そです」
 なるほど。
 ミニスカなため美脚をもつ華黒の太ももは目に毒だ。
 僕はできるだけ華黒へは目をやらずクリスマス仕様の夕餉に目をやった。大きなチキンの香草焼きと華黒手作りのホールケーキを中心に色々なおかずが周りを占めている。自分にまきついた紙テープをまとめてごみ箱に捨てると、僕は夕餉の席についた。華黒もサンタコスのまま席につく。
 では、合掌。

 食事中。
「ところで兄さん」
「何?」
「私から兄さんへのプレゼントですけど……」
「私自身です、は無しだよ華黒」
「むー」
 多分そう言うだろうと思ったけど案の定か。

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