超妹理論

『黒の歪み』


 次の日。
「Ppp! Ppp! Ppp! Ppp!」
 目覚ましのアラームが鳴る。
 鼓膜の奥に突き刺さるような音は、時にひたすらに不快でもある。
「ん……んん」
 意識を一段階覚醒させる。
 ぼーっとした頭で考えたのはアラームが鳴っているなぁという客観視。
「Ppp! Ppp! Ppp! Ppp!」
 音が突き刺さる。
 不快指数が右肩上がり。
 意識をもう一段階覚醒させる。
「うにゃぁ」
 僕はベッドから腕を伸ばして、アラームのスイッチボタンを押した。
 音の丁々発止が止まる。
「うにゅう」
 意識をもう一段階覚醒させる。
 朝からピチュピチュと鳴く小鳥たちのさえずりに朝の空気を感じ取りながら、僕は目を覚ました。
「ふわ……」
 あくびを一つ。
 ベッドを降り、それから今日は華黒がベッドに侵入してこなかったことに気づき、
「……まぁそんなもんだよね」
 昨日のことを思い出す。
 ショックを受けて呆然とする華黒はある意味見ものだったが、閑話休題。
 これで決定的になった僕と華黒の溝はどうやっても乗り越えられないものだ。
 華黒が僕を拒否したっておかしくはないほどのものだ。
 寂しさがないと言えば嘘になる。
 そう簡単に恋心がリセットされるなら誰も恋愛に四苦八苦などしない。
 愛別離苦という奴だ。
 ほんと、冗談だったらいいのにねぇ。
 僕は自室を出てダイニングへと足を向ける。
「華黒、おはよう」
「おはようございます兄さん」
 と返ってくるはずだった言葉がない。
「…………」
 ダイニングは無人だった。
 キッチン兼玄関を覗いてみる。
 華黒の姿はない。
 いちおうノックをしてから返事がないことを確認して、華黒の部屋に入る。
 いない。
 ダイニングに戻る。
 テーブルの上を見やるとトーストとサラダとスープと置手紙があった。
 置手紙を読む。
『今日は所用で学校を休みます。兄さんはちゃんと学校に行くこと!』
「…………」
 所用?
「何を考えてるんだ華黒の奴……」
 はてしなく嫌な予感がしたけど、とりあえず当人はここにはいないので問い詰めることもできない。どうせ携帯電話も梨のつぶてだろう。
 どこに行ったか知らないけど、人様に迷惑をかけてなければいいのだけど。
 なんとなく国会議事堂に行って兄妹の結婚の承認を無理矢理とろうとする華黒を想像して、ちょっとありえそうなのが恐く感じた。あいつならやりかねん、みたいな。
「まぁないだろうけど……」
 独りごちつつトーストをかじる。
 スープはレンジで温め直して。
 その間にサラダをシャクリ。
「御馳走様でした」
 見えざる妹に合掌。
 さて、今日も学校に行かねば、ねばねば。



 朝食の後片付けや登校の準備をしていると予想以上に時間をくってしまった。
 ので、学校には遅刻ギリギリだった。
 早足で歩いて教室に入る。
 ザワリと小さな小さなどよめきが教室に波紋のように広がる。
 それから妙な沈黙。
 僕が教室に入るといつもこんなんだ。
 まぁしょうがないといえばしょうがない。それに今日は華黒いないし。
 僕は痛々しい視線のレーザービームを故意に無視して自分の席に着く。
「おはよう真白」
「おはよう統夜」
 隣の友人はいつもの通りだ。
「華黒ちゃんはどうした?」
「今日は休み」
「風邪か?」
「じしゅきゅーこー」
「はあん」
 奇天烈な声を出して納得する統夜。
「もしかしてそれは昨日のことと関係してるのか?」
「……多分」
 確証はないけどね。
「大変だな、お前も」
「まぁどうにもならない案件だし大変ってほどでもないけどね」
「あっそ」
 そう言ってる間に教室に担任が入ってきて朝のホームルームが始まった。



 昼休み。
 僕は購買部でカレーパンとカツサンドとコーヒー牛乳を買うと、ぷらぷらと校舎を歩き回った。
 さて、どこに腰を落ち着かせようかと考えてると、ふいに後ろからお尻を撫でられた。
「ひあっ!」
 裏返った声で悲鳴をあげ、それから後ろを振り返ると、
「やあ真白くん。今日も君は木苺の妖精のように愛らしいね」
 酒奉寺昴先輩がいた。
 先輩は僕の手を握って自分の方へと強引に引き寄せると、抱きついて、僕の首元に甘噛みする。
「ちょちょちょ! 先輩!?」
「うーん、可愛らしい反応をしてくれるね。ねえ、君、本格的に私のハーレムに入らないかい?」
「いやいや!」
「あー……たまらなくなってきた。本当に罪な子だね君は。私をこんなにも責め立てる」
「いやいやいやいや!」
 僕は無理矢理先輩の抱擁を脱して、それから距離をとる。
「昼間っから発情しないでください!」
「それについては君が悪いだろう」
 そんなわけがない。
「ほら、周りの視線もありますし……自重してください」
「なんだかねえ……そんなものが愛の前に立ちふさがれるとお思いかい?」
 思いますとも。
 周りを見てみなさい。
 同じ廊下から、隣接している教室から、嫉妬と敵意の視線が僕に刺さる刺さる。
 彼、あるいは彼女たちの視線はこう言っている。
「「「「「百墨華黒だけならまだしも酒奉寺昴まで!!!」」」」」
 ただでさえ目立つ二人だ。
 それが僕と逢瀬をしていると見られれば当然周りの反感などあるわけで。
「勘弁してください」
「では続きはまた後日というわけかい」
「続き、あるんですか?」
「当たり前だろう?」
 そう言ってペロリと自分の上唇を舐める先輩。
「遠慮しておきます」
「そうかい? まぁ一度快楽の虜になってしまえばそんな言葉も言えなくなるだろうけどね……」
 ナニをする気だ……。
 じり……と間合いをとって昴先輩を警戒する僕の、その真横から衝撃が来た。
「昴様から離れなさい下郎!」
「げうっ!」
 その衝撃はドロップキックだった。
 廊下に隣接している教室から飛び出してきた少女が僕にドロップキックをかましたことだけは、よろけながらも認識した。
「おや……穂波くんじゃあないか」
「昴様!」
 蹴倒された僕を無視して、穂波さんとやらは昴先輩に抱きついた。
「こんな男に関わっては昴様の品位が疑われます!」
 僕から積極的に関わったわけじゃないのだけど……。
「ふ、嫉妬かい穂波くん? 可愛いじゃないか」
「嫉妬なんてそんな……。ただ私は昴様が男なんかと関わることが許せなくて……」
「安心したまえ。私が他に誰を愛そうとも穂波くんへの愛は不変であるよ」
 そう言って先輩は穂波さんに躊躇もなくキスしてみせた。
 もう勝手にしてくれ。
 僕は、二人だけの空間を作っている昴先輩と穂波さんに背を向けて、その場を去った。
 しかしいいドロップキックだったなぁ……。まだ痛いや。



 ウェストミンスターチャイムが鳴る。
 今日の学業終了の合図だ。
 いやー、今日もまたよく学びました。
 嘘だけど。
「おう。気を付けて帰れよジャリども」
 不機嫌そうな顔でそう言って担任の教師は教室から退室する。
 僕はといえば統夜を誘って帰ろうかとも思ったのだけど華黒の動向が気になって、とりあえず直帰を選択した。
 昇降口で外靴に履き替えて、校門まで歩く。
 ……と、
「やあ、真白くん。待っていたよ」
 校門には昴先輩がいた。
 ただし昼休みのような学校制服ではなかった。
 先輩は何故か三つ揃いのスーツを着て、手にはバラの花束を持っていて、背後にリムジン――白花ちゃんといい先輩といい金持ちはリムジンが好きなのだろうか?――を待機させていた。
 案の定「何事か」と注目する下校中の生徒たちの視線など気にする風もない。
 まるでこれから一世一代のデートに向かうかのような先輩の勝負姿に、戸惑いを覚える僕。
 そんな僕を置き去りに、先輩は僕へと歩み寄り、
「チャオ、アミーカ」
 イタリア風に挨拶をして、僕に花束を渡してくる。
「……僕、男ですけど」
 とか言いつつ一応花束を受け取る僕。
「今日君をエスコートするのは私の役目だ。私がヒーローで君がヒロイン。何か問題でも?」
「まぁ色々と……。ていうかこれから僕をどこかに連れていくんですか!?」
「そう言ったよ」
「今から家に帰るつもりなんですけど、僕」
「まぁまぁそう言わずに付き合いたまえよ。これも渡世の義理だ」
 そう言って、どこまでも優雅に先輩はリムジンの扉を開き、慇懃に一礼してみせた。
「さあカボチャの馬車へどうぞ、お姫様。この魔法は一夜限りのものであれば、急いていらっしゃい」
 嫌な予感がしたけど、多分逆らうって選択肢は残っていないだろう。
 ここまで場を作っておきながら僕を逃がす昴先輩とは思えない。
「どこに行くかくらい聞いてもいいですか?」
「なに。私の家だ。そう警戒することもない」
 それくらいなら……まぁ……。
 いや待て。
 女子の家にお呼ばれって、それはどうなんだ?
「……なーんて、あるわけないか」
「何か言ったかい?」
「いえ。何も」
 相手は酒奉寺昴だ。ラブコメ展開を期待するには先輩は突きぬけすぎている。
 とりあえず僕は先輩に連れられてリムジンに乗った。
 まぁ背の低いバスだと思えばリムジンにもそれほどかしこまることもない。
 向かうは昴先輩の家。
 そう言えば統夜と遊ぶこともあるのに酒奉寺家には行ったことないな、僕。



 リムジンに連れられること十五分。
 ついた先は大きな武家屋敷だった。
 なんかデジャブ。
 カポーンと脳内で鹿威しを鳴らす僕。
「ここが先輩と統夜の家ですか?」
「そうだよ」
「でかいですねぇ」
 とにかくでかかった。
 というより広かった。
 屋内だけでも何千坪あるかわからないのに、竹林の庭まであるのだ。
 大きけりゃいいってもんでもないのだろうけど、ここまで規格外だとため息しか出てこない。
 ああ、あれだ。白花ちゃんのおうちに行った時もこんな心情だったな。
 あたまにやのつく自由業のお家っぽい雰囲気とか。
「まぁそう臆するものじゃないさ。たとえ家の全てが六畳間一つだったとしても私は私だ。家の広さなど私にとってのステータスにはならないよ」
 しまいには昴先輩まで白花ちゃんと似たようなことを言い出すし。
「…………」
「……何か問題でも?」
「いえ、ありません」
 そう言って、僕は先輩に手を引かれてリムジンを降りる。
 案の定大勢の人間が昴先輩を出迎えて――彼らあるいは彼女らは一斉に「お帰りなさいませ」と言うべく訓練でもしているのだろうか?――それらをすげなくスルーする昴先輩を追って僕は酒奉寺家に踏み込んだ。
 歩くこと数分。
 ふつう家の中を数分も歩くだろうか?
 これだけでも酒奉寺家の家の広さをわかってもらえると思ふ……。
 開放的な中庭を窓ガラスごしに見ながら、いったいどこに連れて行く気なのだろうかと訝しむほどに時間をとられた僕が口を開くより早く、
「ここを進んだところに道場があってね」
 昴先輩が口を開いた。
「道場……ですか……」
「ああ、普段は私や統夜が武術の鍛錬のために使っている場所でね。離れになっているから一度草履を履かなきゃならない」
「僕を連れて行きたい場所とはそこなんですか?」
「ああ、そうだよ」
 そう言って何とも形容しがたい笑みを浮かべる先輩。
 その笑みの意味を僕が問うより早く、先輩はくるりとターンして来た道を引き返し始めた。
「え? あの? ちょっと。僕、どうすればいいんですか?」
「道場に行きたまえ。そこに君を待っている人がいる。もう少し進めば離れが見えるよ。草履は好きに使ってくれたまえ」
「そんないい加減な」
「いい加減ではないさ。少なくとも私も待ち人もね」
 ではそういうことで真白くん、と嫌な笑みを浮かべて歩き去っていく昴先輩。
「なにがなんだか……」
 僕は先輩とは逆方向、離れの道場とやらに向かう。
 待ち人ねぇ。
 誰が待っているのか想像もつかないけど会わないわけにもいかないだろう。
 僕はある程度歩いてそれから離れの道場を見つけ、ついでに草履を借りて履き、道場へと向かった。
 道場の前で草履を脱いで、靴下越しに床板を踏む。
 ギシィと鳴る床。そんなことに楽しみを覚えつつ、僕は道場の中に入った。
 中にいた待ち人は、
「ようこそ兄さん」
 華黒だった。
 学校をサボったくせに瀬野二の学校制服を着ている。
 妹が広い道場の真ん中にぽつねんと立っていた。
「…………」
 絶句する僕。
 そうかぁ。華黒かぁ。それは考えが至らなかったなぁ。
「どうしました兄さん? ボウとなされて」
「いや、何でも……。それより華黒」
「はい。なんでしょう?」
「なんでこんなところにいるの」
「外界では色々と不便ですから」
「?」
 わけのわからないことを言う妹だった。
「それで? 学校サボって何してたのさ?」
「白坂の御家と大学病院に行ってきました」
「……っ!」
 直球ストレートが飛んできた。
「何しに……?」
 聞くまでもない愚問を僕はした。
「無論、兄さんと玄冬巌との血縁関係を洗うためですよ」
「そっか……」
 ……それはまた。
「で、どうだった?」
「…………」
 華黒は無言で首を横に振った。
「書類に不備なし。懇意にしている花岡先生も保証してくれました」
「だろうね」
 酔狂ででっち上げられる程度の事実とは思えない。
「なら僕と華黒が兄妹だってわかってくれた?」
「はい。それは認めましょう。それを認めなければ先に進めません」
 なんだ。
 認めるんだ。
 ちょっと意外。
 もっとごねるかと思ったのだけど。
 いや、それとも白坂の御家や花岡先生相手にごねにごねて、それでも駄目で今冷静になれているだけなのかもしれないけど。
「私と兄さんが兄妹……。それは認めます。ですから、兄さん……」
「はいはい?」
「私と逃げましょう?」
「…………」
 この僕の沈黙をどう受け取ったのか、華黒は言葉をつづける。
「ここでは駄目です。私と兄さんを分かつ障害が多すぎます。もっと邪魔のない場所にいきましょう。二人以外の誰もいない場所へ」
「…………」
「人も法も常識もない場所でなら、兄さんだって私を愛することに躊躇いを感じずにすむのでしょう?」
「…………」
「引け目を感じずにすむのでしょう?」
「…………」
「ならそうできる場所に行くべきです」
「…………」
「私達が愛し合うことに対して、あらゆる努力は惜しむべきではありません」
 そう言った華黒の、その右手が背中へと回されてまた元の位置に戻ったとき、そこにはマイオトロンが握られていた。
「華黒、そのマイオトロン……もしかして本気?」
「当然です。義理だと思っていたから兄さんが納得できるよう成人するまで待つつもりでしたが……」
 やれやれと首を振る華黒。
「そういう問題ではなかったみたいですね。でも、だからこそ逆に吹っ切れました。いつまで待っても叶うことがないなら、もう成人を待つこともありません」
「…………」
「ふぅ……まさか本当に血が繋がっているなんて……馬鹿馬鹿しいったら……」
「僕も驚いたよ」
「とはいえ、結婚するだけが愛の証明ではありませんし……兄妹の恋愛までは法で規制されてはいません。問題ないとは思いませんか?」
「……僕が何て答えるか。華黒はわかってるんじゃないかな?」
「ええ、ええ、わかっていますよ。とかく兄さんは常識にコンプレックスを持っていますからね」
「華黒、僕だけが世界じゃないよ」
「兄さんは自分が見えていないからそんなことが言えるんですっ!!」
「華黒だって僕しか見えてない」
「そうですよ! だからこそ私たちは二人で一つだったじゃないですか! 自分が見えない兄さんと、兄さんしか見えない私で、何とか互いの視界を補完しあっていたのではありませんか!」
「まぁ、そうだね」
 華黒は僕がいないと生きる意味を失う。
 僕は華黒が監視していないと他者のために死にかねない。
 ある種の運命共同体だ。
 そういう風にできている。
 そういう風に作られた。
 そうしなければ、僕らは生きていけなかったから。
 でも……。
「でも、だからといって兄妹の分を超えていいわけじゃないよ」
「その理屈が一分でも通るのなら、今日までの私と兄さんの関係は存在しえません」
 ……その通りだ。
「言葉を交わすのはこれくらいにしませんか。こうなった時の私たちが一度でも示談で済ませたことはありましたか?」
 ない。
 ありえない。
 パズルのピースは互いに噛み合っているときには容易に離れることはないが、一度ずれればずれた状態で噛み合うこともまたないのだ。
「結局、どっちが我を通せるかってことになるわけだ」
「そのためのマイオトロンです」
「……さいで」
 用意周到なことで。
「一つ聞くけどね。そうやって暴力に訴えることで僕から嫌われるとは思わないのかい?」
「たしかに常識コンプレックスとしての兄さんはこういうことを嫌いますね。でも、その非常識が兄さんに向けられたものなら、兄さんは許してしまうのでは?」
「…………」
「図星みたいですね!」
「っ!?」
 感嘆符と同時に一気にトップスピードにのった華黒が僕との間合いをつぶす。華黒の右手に握られたマイオトロンが閃く。僕はその閃光を、後ろに飛び退くことで避けた。さらに後ろに飛んで道場から飛び出すと靴下のまま地面について華黒との間合いを取る。
「逃がしません……!」
 そう言って間合いを潰そうと走り出す華黒。
 けど、一瞬遅い。
 僕は発症する。
 視覚が、赤いフィルターを被せたかのように真っ赤になる。
 聴覚が、雑音を静寂へ書き換えたかのように静かになる。
 感覚が、世界から切り離されたかのような浮遊感に満ちる。
 色も音も痛みもない世界で、僕は華黒と向き合う。
 赤と黒のコントラストの華黒が僕めがけてマイオトロンを突きだす。
 遅し。
 僕は冷静に華黒の右手めがけて右手をぶつける。
「痛っ!」
 華黒がマイオトロンを取り落す。
 僕は地面に落下する前にマイオトロンを拾い上げると、華黒の学校制服ごしにマイオトロンを接させた。そしてスイッチを入れる。ビクンと一度過敏に痙攣して、それから華黒は気絶した。
 気絶した華黒を抱き寄せて、僕は御転婆な孤独の姫に囁く。
「それでも……やっぱり行けないよ。華黒が僕のために、僕以外の全てを捨てるなんて許せるわけがないんだ」
 華黒には残酷かもしれないけど、それが僕の答えだ。
「なんだ。君が勝ったのか。意外だったな……」
 第三者の声。
 声のした方を見れば、着物を着崩した昴先輩が本邸の縁側を歩いてこちらに近づいているところだった。
「お膳立ては先輩が?」
「まぁね。華黒くんにお願いされては否とは言えまい?」
「…………」
「それにしても寝顔だけならなんとも愛らしいね、華黒くんは。これが起きたら苛烈な反応をするとはとても思えないあどけなさだ」
 僕は華黒をお姫様抱っこで抱き上げると、昴先輩に渡した。華黒を受け取る先輩。
「多分、起きたら……華黒の奴、泣くと思うんですよ。宥めてやってください」
「それは君の仕事だろう?」
「僕ではダメです。僕だと華黒はまたマイオトロンを使いかねません」
「だからって私でいいのかい? 私はこの通りの人間なのだがね」
「華黒がもし自棄になって昴先輩を求めるなら、それもありだと思います」
「君はどうするんだい?」
「僕には……」
 うん、決めた。
 自分と華黒とを天秤にかけて、僕は答えを見出した。
「僕には……やることがあります……」

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