「アールグレイにザッハトルテ入りまーす」 「アールグレイにザッハトルテ」 注文の内容を繰り返す僕。 現在、僕のクラスは喫茶店として機能していた。 壁のそこかしこにはペーパーフラワーが飾ってあり、黒板には「喫茶店ハーレクイン」との文字とクラス有志のチョークによる落書きがされてある。 室内あらため店内には紅茶の香りが匂い立つ。 「ダージリンにチーズケーキ入りまーす」 「ダージリンにチーズケーキ」 注文の内容を繰り返す僕。 今日は瀬野第二高等学校の文化祭。 年に一度のお祭りだ。 日曜日にやるということもあって当学生だけでなく保護者や関係者の面々もよく見れる。 僕はティーポットにアールグレイの茶葉とお湯を入れると、ザッハトルテとティーカップと、それから砂時計とを一緒にウェイトレスへとまわす。砂時計の砂が落ちきったら紅茶の飲み頃という洒落た演出だ。ケーキは出来合いだけどそれはしょうがない。それでも学内でやっている喫茶店の中でもうちのクラスは頭一つぬけているクオリティだと自負できる。その分値段ははるけどね……。 「百墨くん……アッサムのミルクにアールグレイ……それからスコーンを二つ……です……」 ウェイトレス姿の碓氷さんがそう注文を入れてくる。 「アッサムのミルクにアールグレイ、それからスコーン二つ」 注文の内容を繰り返す僕。 さすがに昴先輩のハーレムに入れるだけあって、ウェイトレス衣装の碓氷さんは可愛かった。彼女が客足の増加に貢献していることは火を見るより明らかだろう。僕もウェイトレス衣装を縫った甲斐があるというものだ。 華黒もウェイトレスとして居ればよかったのに。 そうすれば学内の男子はうちのクラスの喫茶店を懇意にするだろうに。 まぁいいか。 人には人のやるべきことがある。 僕はクラスメイトにスコーンを頼んで、僕自身はアッサムとミルクとアールグレイと砂時計を用意する。それらをお盆に載せると、スコーンを頼んだクラスメイトへと渡す。流れ作業でそのお盆は碓氷さんへと渡される。 僕は裏方としてお茶を淹れるだけだ。 まぁ学内カースト最底辺の男に接客などどだい無理な話なので、双方納得ずくなわけだけど。 裏方としてお茶を淹れ続けていると、碓氷さんが僕のところにきた。 「どうしたの? 碓氷さん……」 「あの……百墨くんに……用があるって……お客さんが……」 僕に用? はてな、いったい誰でしょう。 とりあえずエプロンを脱いだ僕は、碓氷さんにならって表に出る。 碓氷さんに示された先には、 「よ、真白」 「はぁい、真白ちゃん」 両親がいた。 「父さんに母さん、意外に早かったね」 ちなみに現在時刻十時ちょっと過ぎ。 「父さんはもうちょっと色んなところを見てまわりたかったが、母さんが早く早くと急かすのでな」 「華黒ちゃんはいないの?」 「華黒は文化祭実行委員だからクラスの行事には関わらないってさ」 言いながら両親たちと同じ席につく僕。 母さんがミルクティーを飲みながら言う。 「真白ちゃんの淹れたこの紅茶、とってもおいしいわ」 「あくまで素人芸ですけど」 謙遜する僕。 しかしなるほど。 先ほど碓氷さんが僕に直接注文を入れたのにはこういう裏があったわけだ。 「今日の真白ちゃんの予定は? 暇ならお母さんとお父さんと一緒にまわらない?」 「やめてよ母さん。保護者同伴は恥ずかしい年頃なんだ。それに店の裏方で今日は外せないし」 「そう……」 しゅんとする母さん。 どんだけ子どもが可愛いんだ……。 「なあ母さん、この後は体育館の吹奏楽のコンサートに行かないか?」 「お父さん、まずは校舎をまわってみましょうよ。いつも真白ちゃんと華黒ちゃんがどんなところで勉強しているのか興味あるわ」 まぁ滅多にない機会だからわからんじゃないけど。 あれやこれやと今後の予定を論じ合う両親を横目に僕は席を立った。 「それじゃあ、そろそろ僕は仕事に……」 戻るんで、という言葉を、 「ちょっと待った」 飲み込む僕。 制止したのは父さんでも母さんでもなかった。 僕が後ろを振り返ると、そこには、 「よ、真白」 「やあ統夜」 酒奉寺統夜がいた。 「今の今までクラスの仕事さぼってどこにいたのさ?」 「文化祭実行委員」 「それは……お疲れ様」 「ということで真白、お前を徴発する。ついてこい」 「何でさ。僕、まだ裏方の仕事があるんだけど」 「お前一人いなくても地球は回るさ。ガリレイ嘘つかない」 「そんなわけにも……」 「それにこれは姉貴からの指示でもある。とりあえず従っとけ」 「昴先輩からの?」 「そうだと言った」 そう言って先に歩いて教室を出る統夜。 追いかけないわけにもいくまい。 「じゃあ父さんに母さん、文化祭楽しんでね」 そうとだけ言葉を残し、僕は統夜を追いかけた。 * 早足ぎみに廊下を歩く統夜に歩幅をあわせながら、僕は事情を聞く。 「それで徴発って何さ。昴先輩がどうしたって?」 「そう急がなくてもいい。とりあえずお前の徴発はすんだ。計画の第一段階は成功だ。第二段階までまだ時間があるから適当にイベント巡ろうぜ」 「はぁ? なにそれ? サボりじゃん……」 「いいんだよ。どうせこの後色々と振り回されるんだから、今のうちに文化祭をたのしもーぜ」 「はあ、そういうことなら僕は教室で裏方の仕事に……」 「野暮は言いっこなしだ。お前は徴発されてんだから」 そんなこんなで僕と統夜は、イベントの数々を、目に付くところからやっていった。 科学部主催のサイエンス占い。 水泳部の水着喫茶。 クイズ大会。 チョコバナナ販売。 輪投げ。 弓道部による弓道体験コーナー。 茶道部による茶道体験コーナー。 華道部による華道体験コーナー。 ビンゴゲーム。 お化け屋敷。 …………その他色々と。 僕は一学生として文化祭をおもいっきり楽しんだ。 「統夜統夜、まだまわってないとこってどこだっけ?」 「まだたくさんあるけど……時間だ」 そう言う統夜は携帯電話で時間を確認していた。 現在十一時半。 「計画は第二段階に移行する。ついてこい真白」 そういって足早に統夜が向かった先は、校内自販機だった。 「自販機?」 首をひねる僕を無視して、統夜は自販機にお金を入れていく。 「おごってやるよ。お前、何飲む?」 「ごちになります。じゃあホットミルクティーで」 「ほれ」 と言いながらホットミルクティーの缶をこっちに放り投げる統夜。 それから本人はコーヒーのブラックを買ってそれを手に持つ。 「で、これからどうするの?」 聞く僕に、 「屋上へ行く」 統夜は答えた。 * 屋上は、風がヒュルリヒュルリと舞っていて、残暑が残る季節にしては少し涼しいところだった。 落下防止のためのフェンスが高く張り巡らされてある。 統夜はといえば、 「一度やってみたかったんだよ。屋上で二人きり、互いの缶コーヒーのプルタブを開けて、ちまちま飲みながら語り合うって奴を」 なんて戯言をほざいていた。 「そのためだけに自販機に行ったの?」 「もちろん」 その肯定に躊躇いはなかった。 「まぁいいけどさ。つまり何? 腹を割って話そうってこと?」 「そういうこと」 統夜がプルタブをあける。 僕もあける。 おたがいに乾杯をして、僕はミルクティーを、統夜はコーヒーを、それぞれ喉に通す。 それから統夜は、 「前から不思議だったんだ」 と前置きをして、 「なんでお前は華黒ちゃんを抱かないのかってな」 とんでもない爆弾発言を投入してきた。 いやいや。 「あのね、統夜……」 「いや、茶化してるわけじゃない。つーかむしろかなりマジな話だ」 「僕と華黒が、かい」 「ああ」 「兄妹だからね」 「そんなのは嘘だ」 「…………」 「その程度で理性が働くほど華黒ちゃんは凡庸じゃないだろ。こういう言い方はどうかと思うが、お前の華黒ちゃんへの接し方は物理的にありえない」 「物理的って……」 そんな馬鹿な。 「マジな話って言ったろ? 俺はふざけてるつもりは微塵もないぞ」 真面目な話……ね。 「保健体育で習ったろうが。女性を抱きたいってのは本能で、善いとか悪いとか、常識とか非常識とか、そういう問題じゃない。人間ってのはそういう仕様になっているんだ。そうせざるをえないんだ。物理的に、あるいは形而下的にな」 ……形而下とまで。 「しかるに、華黒ちゃんが隣にいて、おまけに慕われているだ? はっきり言って羨ましいこと山の如しだが、だからこそ何でお前がその構図の中で理性を働かせられるのかわからない。お前が良い兄貴だとか、プラトニックだとか、そんな言葉で片付く程度の魅力じゃないだろ。華黒ちゃんは」 …………。 「こういう言い方は不快かもしれんけど、華黒ちゃんの誘いを断れる男なんてゲイ以外で思いつかないんだよ……」 …………。 「ん? もしかして真白、お前……」 「違うよ!?」 さすがにそこは譲れない。 「だろうよ。だからさ。わかるか? だから物理的にありえないって言ってんだよ。」 「…………」 腹を割って話そう、か。 「もしかして僕の徴発って華黒の企みだったりするの?」 「よくわかったな」 「わからいでか」 ……は〜あ。 「統夜……ちょっと長い話になるけどいいかな?」 「…………いいぜ」 統夜は少しの躊躇いのあとに頷いた。 その躊躇いが、少しだけ嬉しかった。 |