そして俺たちは喫茶店の清算を終えると最寄りの駅から電車に乗った。 「あの……どちらへ……?」 このアキラの言葉に含まれた困惑は、 「どこに行くのか不安」 というものではなく、 「衆人環視の熱視線が不安」 に起因する。 再度言うが当然である。 アキラはアルビノでゴスロリな絶世の美少女である。 電車の利用者の視線独り占めである。 シャッター音が聞こえてきた。 肖像権は……まぁアイドルじゃないし有って無いようなもんか。 白い髪は、 「ウィッグ? コスプレ?」 などと囁かれていた。 地毛だぞ。 コスプレだがな。 閑話休題。 「ちょっと実家方面まで」 俺は答える。 「今日は実家に泊まろうぜ。明日音々に迎えに来てもらおう」 「私は構いませんが……日日日様のお父様のご予定は大丈夫でしょうか?」 「帰省した子どもを追い返すほど鬼じゃあるまいよ」 「ならいいのですけど……」 そんなことを言いながら電車に揺られる。 実家に近い駅で降りて、俺とアキラは目的地へと歩き出す。 実家に向かっている……とアキラは思っていたのだろう。 微妙に実家へと続く道からずれた道を選びだして歩く俺の意図を察したのか、 「あ……」 とアキラは口元を押さえた。 ちなみに片方の手は塞がっている。 俺と手を繋いでいるからだ。 「日日日様……」 「あ、わかった?」 「はい」 俺がアキラを連れて墓場に向かっていることが。 城野アキラの眠る墓。 そこが俺にとっての目的地。 そして目的。 「アキラ様の墓参りを……」 「季節じゃないし命日でもないがな」 苦笑してしまう。 「本当に日日日様はアキラ様のことがお好きなんですね」 「過去のことだ」 「え?」 アキラはポカンとした。 まぁそうだろう。 俺も、 「殊更意地悪なことをしてるな」 という自覚はある。 そして寺の中に入って、バケツに水を溜め、柄杓を借り、城野アキラの墓の前に立つ。 「城野……アキラ様……」 「そ」 パシャッと墓に水をかける。 花でも買うべきだったろうが今更だ。 「日日日様」 「あいあい?」 「日日日様がアキラ様を好きなのが過去のことだと……」 「言ったな」 パシャッと墓に水をかける。 「でも日日日様は言っていたではないですか」 「何て?」 「アキラのことが好きだと。アキラはまだ生きていると」 「そりゃ生きてるだろ。今こうしてここにいるんだから」 「…………は?」 またしてもポカン。 「お盆以降……正確には俺がお前をアキラと呼び出してから……そしてお前が俺を日日日様と呼び出してからのことになるな」 「…………」 「俺が他人に向かってアキラの話をしたときは……九割ほど法華アキラのことを言っていたんだぞ?」 「……………………は……はぁ」 三度ポカン。 「俺はアキラが好きだ」 「…………」 「アキラは生きている」 「…………」 「当然だわな。こうやってゴスロリ着て俺に付き合ってるんだからこれが死者なら大変なことになる」 苦笑。 いや……苦笑いか。 「日日日様が……私のことを好き……?」 「ああ」 「故にアキラは生きている……と……?」 「ああ」 「嘘です」 「何を以て?」 「私はそれほど大層な人間じゃありません」 「お前さぁ……俺には容姿に関して客観的に評価しろとか言うくせに……自分の容姿については遜るのな……」 「だって私は……! 何故日日日様に……!?」 「お前言ったよな」 「?」 「自分にとって俺は初めての人間だって」 「…………」 「自分を受け入れて同情してくれて優しくされたのは俺が初めてだって」 「言い……ました……」 「それと一緒だ」 「とは?」 「俺にとってもお前は初めての人間だ」 「え?」 「お前が認めたじゃないか。『例え胸の内にしか既に城野様がいないのなら……その胸の内の城野様こそご主人様の大切になさるべき価値観です』ってな。そしてそれは俺にとって初めてだと言ったはずだ」 「でも日日日様はアキラ様を諦めないって……!」 「別に愛情が並列して何か問題があるか?」 「あう……」 効果的な反論が思いつかなかったらしい。 「アキラが好き。アキラは生きてる。アキラは呪いだ。ぜーんぶ法華アキラのことだ。あの瞬間からな」 やっぱりこれは苦笑いだ。 自覚してしまう。 「駄目です……そんなの……」 「何でお前が俺の恋心に難癖をつける?」 「だって私は無価値で……!」 「ドキドキするほど可愛い女の子で」 「この身は汚れて……!」 「とても魅力的で」 「とても日日日様と釣り合いません」 「俺にはアキラは分不相応だな」 「それは違います! 逆です!」 「その逆だ。アキラは色んな人間から恋文をもらうほど可愛くて魅力的で一緒にいるだけでドキドキしてしまう女の子だ。そして俺はそんなアキラの……その優しい心の内を知っている」 「う……」 何だかアキラを追い詰めているような気分になってきたな。 別にSじゃないんだが。 「理解したか?」 「……いいんですか?」 「何が?」 「私でいいんですか?」 「お前以外に考えられない」 率直に俺は言った。 「…………っ!」 アキラは言葉に詰まったようだ。 「お前だけが死者を想う俺の心を受け止めてくれた」 「…………」 「お前だけが城野アキラを覚えておかねばならないと言ってくれた」 「…………」 「そんなことは……お前が初めてだった……」 想いのありったけをぶつける。 「でも……私は……」 「まだ何か引っかかることが?」 「私は……処女じゃ……ありませんよ……?」 「だろうな」 そんなことは先刻承知だ。 「汚れたこの身を日日日様に捧げるのには抵抗があります」 「あー……」 くだらねえ。 「そんなこと言い出したら俺なんてどうなるよ?」 「…………?」 「アキラ……お前が好きなのに姫々にも音々にも花々にもいい顔をする……というとちょっとばかし語弊があるが……少なくとも不誠実には違いない」 「それだけ日日日様が魅力的だという証明です」 「それは俺の言葉だ」 俺はアキラの手を取った。 「あの……?」 「ん」 そしてその手を俺の胸に押し付ける。 心臓の鼓動。 ドクドクと。 ドキドキと。 「わかるか?」 「…………」 「俺も緊張してるんだよ」 「そう……なのですか……?」 「アキラみたいな可愛い女の子を前にして緊張しないなら……そんな奴は頭の何処かがぶっ壊れている」 「しかし」 アキラの言い訳を、 「だから」 俺は言葉で塗りつぶす。 「初めて会った日のように」 俺は鼓動で証明する。 「こうやってるんだろう?」 「日日日様……」 「心臓は裏切らない」 「…………」 「言葉では嘘をつける」 「…………」 「思考も自分で誤魔化せる」 「…………」 「でも心臓の鼓動だけは嘘をつけない」 「…………」 「お前の手を取って……お前を身近に感じ……そしてそれ故に心臓のこの鼓動だとお前は知るべきだ」 「日日日様……!」 アキラは俺に抱きついてきた。 涙、滂沱として流る。 「日日日様ぁ……日日日様ぁ……!」 抱きついて、泣いて、俺への感情を露わにするアキラ。 それがとても愛おしかった。 この先……一生守ってあげたくなる感情。 ああ。 「これが愛か……」 「はい……! 愛です……!」 アキラが断ずる。 俺もまたギュッとアキラを抱きしめる。 「好きだぞアキラ。法華アキラ。お前のことが大好きだ……!」 「私もです……! 私も日日日様のことが……!」 それ以上はアキラは言葉にできなかった。 何故かって? アキラの唇を俺が奪ったからだ。 「日日日様……」 「何だ?」 「大好きです」 「俺もだよ」 城野アキラの墓前で誓いを交わす。 俺は幸せ者だ。 「俺はアキラを愛してる」 それだけの言葉で二人分の愛を語れるのだから。 Fin |