「羞恥プレイです」 アキラは現状をそう評した。 「…………」 言っている意味は分かる。 白くウェーブのかかった長い髪。 真珠に例えておかしくないほど白く澄み切った瞳。 日本人としては異様なほど白い肌。 錬金術でもこうはいかないと云う整った顔立ち。 そんな白いアルビノの美少女が黒を基調としたゴスロリを着ているのだ。 その破壊力たるや推して知るべし。 アキラには羨望と欲望の眼差しが……そのアキラと手を繋いでデートしている俺には妬み嫉みの眼差しが……それぞれ向けられた。 うーん。 優越感。 そして平々凡々たる俺とゴスロリアルビノ美少女が仲睦まじく喫茶店に入る。 俺はコーヒーを、アキラはアプリコットを頼んだ。 喫茶店の店員さんは女性……ウェイトレスだったが……ゴスロリのアキラに気圧されているようだった。 如何にも如何にも。 これほどの美少女を以てして躊躇しない方がどうかしている。 「あう……」 アキラは悩むように呻いて、 「どういうつもりですか日日日様?」 俺に問うた。 「アキラとデートしたかっただけだが?」 他の意図は無い。 「何故ゴスロリを?」 「お前に合うかと思って」 忌憚なく言う。 「実際似合ってるしな」 「…………」 「九十八点だ」 「高得点ですね」 「それだけお前が可愛いってことだ」 「可愛くなど」 「ありえるんだよ」 俺はアキラの言葉を封じた。 「日日日様?」 「なんだ?」 「姫々様の想いに気付いていらっしゃいますか?」 「長い付き合いだしな」 「音々様の想いには?」 「夏休みに切って捨てた」 「花々様の想いには?」 「勝手にやってろって感じ」 「…………」 「…………」 しばしの沈黙。 ウェイトレスさんがアイスコーヒーとアプリコットを俺とアキラのテーブルに置いて一礼し、立ち去った。 「これらのことに日日日様は何の意図を持っているのでしょう?」 「素直にアキラとデートしたかっただけなんだがな」 アイスコーヒーをストローで吸いながら俺は飄々と言う。 「…………」 「…………」 また沈黙。 アキラはアプリコットを飲むと、 「デートなら姫々様や音々様や花々様と出来るでしょう?」 断じた。 「俺は……お前と……」 俺も断じる。 「デートがしたかった」 「嘘です」 「そうかどうかは俺が決めることだ」 「…………」 また沈黙。 俺はコーヒーを飲む。 アキラはアプリコットを飲む。 「日日日様が私とデートを望んだと?」 「出掛ける前からそう言ってるだろ」 何を今更。 そんな俺の言葉に、 「…………」 アキラは俺の真意を確かめるように真摯な瞳を向けてきた。 ニヤニヤと笑ってやる。 「おかしい……ですか……?」 「似合ってるぞ?」 「あう」 恥じ入るアキラ。 可愛い可愛い。 「白いアキラに黒のゴスロリ。これ以上の組み合わせはあるまいよ」 「日日日様は意地悪です」 「何がだ?」 「私のことを簡単に可愛いなんて……」 「可愛いんだからしょうがあるまい」 「あう」 またしても言葉を失うアキラ。 「そも」 俺は言う。 「そうでなければ俺はアキラに興味なぞ持たない」 「嘘です」 「何を以て?」 「私は価値ある人間ではありません」 「…………」 「無価値で……忌避すべき人間です……」 「本気で言ってるのか?」 「最近は微妙ですが」 「ならいいじゃないか」 「?」 「俺や姫々や音々や花々と仲が良いだろう?」 つらつらと言葉を紡ぐ。 「それすら虚構だとお前は思うのか?」 「そういうわけではないのですが……」 他に言い様がないらしい。 それくらいはわかった。 コーヒーを飲む。 「そもそもにしてだな」 俺は今日の目的を切り出す。 「お前は……アキラは……俺のことをどう思ってるんだ?」 「私は日日日様の奴隷です」 何だかなぁ……。 「お前……前に言っていたよな?」 「何をでしょう?」 「顧みろって」 「…………」 「俺に自覚は無いんだが……」 言葉を紡ぐ。 「俺は美少年なんだろ?」 「はい」 むしろ毅然としてアキラは頷いた。 「日日日様は格好いいです」 「自覚は無いがなぁ……」 コーヒーを飲む。 「で? お前は俺に惚れてるのか?」 「恐れ多いことながら……」 こういうところはアキラらしい。 「何で俺に惚れたんだ?」 「日日日様が初めてだったからです」 「何が?」 「私を……受け入れてくれたことが……」 「そうなのか?」 「はい」 コクリと頷くアキラ。 「日日日様は言いましたよね」 「何と?」 「自分がドキドキするくらいアキラは魅力的だと」 「言ったな」 「そんなことを言ってくれたのは日日日様が初めてだったんです」 「…………」 「私の父親は私を性欲の捌け口としてしか見ていませんでした。親しくなるべき同級生は私を白貞子と呼んでイジメの対象にしました」 「…………」 「だから優しくされたのは日日日様が初めてだったんです」 「俺の父親は?」 「実質的にはそうでしょうが日日日様のお父様は私に……日日日様に興味を持つよう申し付けました」 「あの野郎……」 他に言い様がない。 「嬉しかったんです……」 「…………」 「私を私と認めてくれる環境が。私を一人の価値ある人間と認めてくれる日日日様が」 「だから惚れたのか?」 「はい」 「三文安い出来だな」 苦笑以外の何をしろと? 「でも今の私があるのは日日日様の功績です」 「過大評価だ」 「そんなことはありません!」 喫茶店で出すには大きい声だった。 いいんだが別に。 「日日日様は私なんかに優しくしてくれました」 「恐悦至極」 「日日日様は私なんかを憂いてくれました」 「恐悦至極」 「日日日様は私の過去を同情してくれました」 「恐悦至極」 「日日日様は……」 「待った」 俺はアキラの言葉を差し止める。 「つまり優しくされたからお前は俺が好きなのか?」 「いけませんか?」 アキラでなければ皮肉ととっていただろう。 それほどアキラは地獄を見ている。 つまりアキラの本心だ。 その程度はわかった。 「何と云うか」 アキラを傷つけない言葉を選びようがなかった。 「安直だな」 俺の本心だ。 「……っ!」 何かを言おうとしたアキラを、 「だが」 と俺は牽制する。 「その気持ちはわからないでもない」 コーヒーを一口。 「私なんかの気持ちが日日日様にはわかると?」 「ああ」 飄々と俺。 「俺も同じだからな」 苦笑してしまう。 しょうがないことだったろう。 「何を……言ってるんです……?」 アキラが自覚してないのはわかっている。 だが俺は自覚している。 それが分水嶺だ。 「だから」 言を紡ぐ。 「俺も同じだ」 「何が……!」 「俺もお前に……アキラに救われている」 「そんなこと……!」 「無いと思うか?」 「当然です!」 アキラは断言した。 「私程度に何故日日日様が心揺さぶられることがありましょうぞ」 「ま、それは後の議論として……」 俺はチュゴゴとコーヒーを飲み干す。 「ちょっと最後に付き合ってほしいところがあるんだが……いいか?」 「日日日様が仰るなら何処へでも」 アキラはそう言って頷いた。 純情純情。 |