ある土曜日。 秋も深まりイチョウやモミジが色づく頃合い。 昼間はまだまだ暑いが、夜は厚手のジャケットが必要になる。 そんな季節。 「アキラ〜」 俺は部屋でダラダラしていた。 昼食後ということもあってか腹ごなしにベッドでゴロゴロ。 「何でしょう日日日様?」 アキラはピシリと背を伸ばして俺のお願い……と云う名の命令を待った。 「コーヒー作って」 「了解しました」 そしてキッチンへと消えていく。 俺はいつもアキラと一緒に寝ているベッド……アキラが来てからダブルベッドになっているのだが……を広々と使ってゴロゴロしていた。 抱き枕に抱きついて。 ちなみに言い訳させてもらうと抱き枕は無機質な布製で巨大なバナナ状をしておりアニメのプリントとは縁のない代物だ。 別にキャラ抱き枕を見下しているわけではないが、俺の需要に沿っていないというだけ。 ゴロゴロ。 どれだけそうしていたろう。 「日日日様」 アキラが俺を呼ぶ。 「ん〜?」 「コーヒーが出来ました」 「ダイニングテーブルに置いといて」 「了解しました」 そして俺はゴロゴロを止める。 「ん〜」 と呻きながらダイニングに顔を出す。 テーブルにはコーヒーで満たされたコーヒーカップが一つ。 「アキラは飲まないのか?」 「日日日様の命令にそのような指示はありませんでした故……」 「つまり俺のせい……と?」 「そういった意図はありません! 言葉選びを間違えたこちらの不徳と致すところです! 日日日様は何も悪くなどありません!」 あまりといえばあまりな焦りようだった。 つい笑ってしまう。 「冗談だ」 「申し訳ありません」 「いちいち謝るな。俺とお前の仲だろう?」 「主従関係ですね」 「寄生関係だ」 「パラサイト……ですか?」 「そ」 コーヒーを一口。 「俺こと日日日はアキラに依存している」 「日日日様に奉仕できることが私の喜びでありますれば……その様な後ろめたさを持つ必要はないように思われますが……」 「とは言っても……な」 コーヒーを一口。 「このコーヒー美味いな」 「恐縮です」 「この通りだ」 「え……?」 「お前のおかげで俺は美味いコーヒーを飲める。お前がいなけりゃ姫々が淹れるだろうが、ともあれ事実は事実としてここにある」 「どうぞ存分に私を使い潰してください」 「そう言うとも思ったけどな」 何だかなぁ。 「で、ある以上……お前は俺に寄生されている」 「むしろ逆です」 …………。 「私が日日日様に寄生しています。私は日日日様に仕えることで心の安寧を得ています。日日日様なくして私はあり得ません」 「可愛いな……アキラは」 「可愛くなど……!」 「転校から今日までお前が恋文を何通もらったか言ってやろうか?」 「きっと趣味の悪い人間が多いのでしょう」 そう来るかぁ……。 自己嫌悪。 「もうちょっと傲慢になってもいいて思うんだがな……」 「十分傲慢です」 「初耳だな」 「姫々様や音々様や花々様のお気持ちを知ったうえで……こうして日日日様にコーヒーを淹れて差し上げているのですから……」 「それを傲慢ととるか」 「私は自身のために日日日様に依存しています。それと知らない日日日様ではございませんでしょう?」 「…………」 コーヒーを一口。 しばし喉まで出かかった言葉を吟味して、それから俺は言った。 「アキラ」 「何でしょう?」 「デートしないか?」 「っ」 絶句するアキラ。 だろうけどさ。 「姫々様ではなく?」 「ああ」 「音々様ではなく?」 「ああ」 「花々様でもなく?」 「アキラとデートしたい」 「恐れ多いです」 「そういうところ……魅力的だよな」 「あう……」 うん。 九十五点。 「というわけでメイド服から外用に着替えろ。都会の方まで行ってみようぜ」 「本気でなされるんですか?」 「断る権利くらいはくれてやるよ」 「日日日様は意地悪です……」 知ってる。 * で。 外用にアキラは着替えた。 涼しげな網目だらけのジャケットにシャツにキュロット。 薄着故か。 豊満な体を隠せていなかった。 「うん。可愛いぞ」 「恐縮です」 俺の本音に萎縮するアキラ。 そんなところも実にいい。 玄関から外に出た俺はアキラの手をとって歩き出した。 「日日日様」 アキラの顔は真っ赤になっていた。 「なんだ?」 「手を繋ぐなど……」 「嫌か?」 「嫌ではありませんが分不相応かと」 「俺にそんな資格は無いって?」 「私に資格が無いのです」 「俺はアキラと手を繋ぎたい」 「あう……」 気持ちが塞ぎ込んでしまうアキラだった。 可愛い可愛い。 それからは余計なことは話さず四方山話を喋くりながら俺とアキラは電車に乗る。 目指すは都会だ。 休日ということもあって電車はいつも以上に混んでいた。 そしてその電車を利用する客たちがアキラを見てギョッとする。 アキラはアルビノの美少女だ。 心を奪われない方が人としてどうかしている。 というわけで誰にも大切なアキラを触らせないように、俺はアキラを電車の扉の側面に押し付けて、自身の肉体を壁とした。 痴漢にあわせるわけにはいかないし、劣情を催されるのも不愉快だ。 アキラは俺のモノだ。 それだけは譲れなかった。 繋いでいる手は汗をかいていた。 アキラのそれだ。 羞恥に真っ赤になるアキラは可愛くて可愛くて仕方なかったけど……その感想は後日の事としよう。 ガタンゴトン。 電車が走り都会へ向かう。 都会の駅へと降りたって、それから俺は言った。 「じゃ、行くか」 「どちらへ?」 「手芸屋」 ちなみに都会の駅の衆人環視がアキラに釘付けになっている。 俺はそんなアキラと手を繋いでいる。 ちょっと優越感。 「手芸屋……ですか」 「そ。じゃあ行くぞ」 俺は握った手を引っ張る。 歩くこと十数分。 ひっそりとした趣の手芸屋に俺とアキラは辿り着いた。 「ここですか?」 「ここなんです」 苦笑。 そして店内へ。 店員さんが歓迎してくれて、アキラの美貌に仰天していた。 さもありなん。 俺でもどうかしてしまう美少女だ。 店員さんが狼狽えるのも必然だろう。 「此度はいったいどのようなご用向きで?」 そんな店員さんの言葉に、 「コイツを着飾って」 俺はズイとアキラを店員さんに差し出す。 「承りました」 店員さんが了解し、 「ちょ!」 アキラが狼狽える。 「日日日様!」 「着飾ったお前が見たい。それじゃ駄目か?」 たったそれだけのことで、 「あう……」 言葉を失うアキラだった。 うーん。 ビバ純情。 ゴスロリ。 ロリータ。 コスプレ。 修道服。 ドレス。 全てが一級品で、何よりアキラに似合っていた。 「…………うぅ」 アキラは着せ替え人形の立場に四苦八苦しているようだった。 知ったこっちゃないがな。 「如何でしょう?」 店員さんが俺に意見を求める。 ちなみにアキラが着ているのは、 「いいね」 紫のカクテルドレスだ。 ドレスは特にアキラに似合う。 胸囲的な意味で。 そして着せ替えは終わった。 「いらぬ労力を消費した気持ちです……」 アキラは衰弱しきっていた。 はっはっは。 「ああ、ゴスロリ一つ」 「日日日様!?」 「ゴスロリですね。こちらで着ていかれますか?」 「そうしてください」 「日日日様!?」 「了解しました。さ、こちらへどうぞ」 アキラは店員に引っ張られて試着室へと引きずり込まれた。 その間に俺は清算を済ます。 けっこうな値段ではあったがアキラをゴスロリにできるのなら必要経費と言えるんじゃなかろうか? |