ご主人様と呼ばないで

不幸の在処、3


「よう姫々」
「日日日ちゃん……」
「元気か?」
「元気じゃない」
「そ」
「淡白だね」
「意図してのことじゃない」
「ん」
「おじさんとおばさんは何て?」
「怒られた」
「ケラケラケラ。だろうな」
「笑い事じゃないよぅもう」
「自業自得だ」
「得してないけどね」
「自業自縛とも言えるな」
「なんに?」
「それは自分の胸に聞け」
「…………」
「缶コーヒー飲むか?」
「いらない」
「じゃあ俺が二本飲もう」
「日日日ちゃんさ」
「なんだ?」
「アキちゃんや音々ちゃんや花々ちゃんと一緒じゃないの?」
「ああ、今回はな」
「今回?」
「一応お前が馬鹿やって一か月経ったろ?」
「…………」
「で、親族以外も面会できるようになった」
「…………」
「な、もんだから俺だけ先にな」
「ありがと」
「相対的なことだから感謝には及ばん」
「日日日ちゃんらしいね」
「…………」
「何でそこで苦笑?」
「いーや、なんでも」
「お見舞いの品は持ってきてくれた?」
「缶コーヒー飲むか?」
「……………………いらない」
「まぁ音々が盛大なのをいつか持ってきてくれるだろうからそれを待て」
「日日日ちゃんから欲しいな」
「缶コーヒー飲むか?」
「…………」
「冗談はともあれ」
「冗談なんだよね?」
「無論」
「ならいいけど」
「さて……」
「…………」
「なんでこんな馬鹿やった?」
「日日日ちゃんが好きだから」
「おお〜」
「馬鹿にしてるの? そうなのね?」
「まぁ幼馴染だし仲良しなのはいいことだ」
「……………………………………………………鈍感」
「何か言ったか?」
「別に何も」
「で?」
「とは?」
「何で仲良くなるために自傷行為に奔る?」
「仲良くなるためじゃないよ」
「ほう?」
「日日日ちゃんのことを愛してるから」
「…………」
「ライクじゃないよ? ラブの意味で私は日日日ちゃんが好き」
「ふーん」
「…………」
「…………」
「それだけ?」
「むしろ何を言えと?」
「女の子が決死の想いで告白したんだよ?」
「いや、お前の好意なんて小学校の頃から知ってるし……」
「え?」
「繰り言はしないぞ」
「え? ……え?」
「この缶コーヒーもっさりしすぎだな。別の種類をもう一つ買っておいてよかった」
「日日日ちゃん……そんな頃から私の慕情に気付いてたの?」
「あからさまだったしな」
「それで気づかないふりをしてたの?」
「まぁ忌憚なく言えば」
「何で言ってくれないの!」
「お前が俺のことを好きなことは知ってますってか? 言ってどうなるよ?」
「……それは……そうだけど」
「…………」
「じゃあバレバレだったの?」
「バレバレでした」
「あう……」
「…………」
「む〜」
「何で睨まれてんの俺……」
「わかってて放置してたんでしょ」
「人聞きが悪い」
「心中せせら笑ってたの?」
「底意地が悪いのは自他ともに認めるところだが、さすがにそこまでは……」
「じゃあどう思ってたの?」
「趣味が悪いなぁって」
「悪くないよ。日日日ちゃん格好いいもん」
「恐縮だ」
「だからアキちゃんも音々ちゃんも花々ちゃんも日日日ちゃんに惹かれる」
「花々の想いに気付いているのか?」
「乙女は乙女を理解できるの」
「さいか〜」
「で?」
「とは?」
「私の気持ちを知ってどうするの?」
「今まで通りだな」
「…………」
「そう睨むな。小学校の頃からお前の好意には気づいてたって言ったろ? それが今更相互理解のもとに白日になったからって俺にどうしろと? お前のことが好きなら相思相愛で告白してるさ。それが出来てない時点で気付け」
「…………」
「それに俺はアキラが好きだしな」
「過去の亡霊にしがみ付くのは止めてよ!」
「生きてるよ。アキラは生きてる」
「アキラちゃん死んだよ!」
「それはお前の話だろう?」
「日日日ちゃんの話でもある……!」
「さいですか〜」
「私の不幸が足りないの? もっと心配させなきゃダメ?」
「言っとくが俺はヒーローじゃないぞ。不幸な人間を見たからって何でもかんでも助けるわけじゃないからな?」
「それは嘘だよ」
「何故言い切れる?」
「アキラちゃんといいアキちゃんといい音々ちゃんといい……日日日ちゃんは不幸な女の子を大事にしてきた」
「偶然の一致だ」
「私は不幸を知らずに生きてきた。ありていに言えば平凡な幸福にぬくぬくと生きてきた。それ故に日日日ちゃんに振り向いてもらえないんでしょ?」
「それは音々から聞いたがな」
「……………………なんで音々ちゃんに?」
「蕪木グループの権力をちょっと借りてお前のカウンセラーに洗いざらい話させた」
「口の軽いカウンセラーだね。音々ちゃんも趣味が悪い」
「蕪木にたてつく方がもっと不幸だろうが。それに音々は俺の指示に従っただけだ」
「なんでそんなことしたの?」
「お前が自傷行為に奔った理由を知るため」
「全部わかってるんでしょ? 心配してくれた?」
「全然」
「そっか。この程度じゃ足りないんだね」
「先回りして言っておくとな。お前がどれだけ不幸になろうと俺には関係ないぞ?」
「嘘。私の自傷行為を止めさせたいがための方便でしょ?」
「いや、こればっかりは本当だ。正直俺はお前に興味が無い。というよりある一線で見切っている」
「何で?」
「中学校の頃……覚えてるか?」
「アキラちゃんのこと?」
「ああ、そして俺のこと。アキラを庇って俺が虐められだした時……お前は俺たちから距離をとったろう?」
「…………」
「その時思ったんだ。『ああ、こいつにとっては恋心さえそろばんで弾ける程度のことなんだな』……ってな」
「それは……だって……!」
「俺がアキラを悼んでるときだって『忘れて』と繰り返したろう? つまりさ、結局のところお前さんは俺のアキラに対する重度の想いに気付けなかった証拠だ」
「だってアキラは死んだんだよ!」
「生きてるさ。まぁその議論は後にして、つまり俺は何があってもお前を好きになるつもりがないってことだけ理解してくれないか? 幼馴染以上の感情を持つな」
「無理だよぅ。私は日日日ちゃんのことが好きなの……!」
「なら勝手にしろ」
「もっと不幸にならなきゃ振り向いてくれないの……? もっともっと不幸にならなきゃ……日日日ちゃんは……」
「まぁ好きにしろよ。ほい」
「ふえ?」
「アイスピック。知ってるだろ?」
「よく持ち込めたね……」
「別に検査なんかなかったしな」
「私がコレを使うと知ってて渡したの?」
「先回りして言うとだ。お前がそのアイスピックで目を抉りぬこうが心臓を突き刺そうが一寸たりとも心配なんてしてやらない」
「……っ!」
「まぁ何よりベッドにナースコールあるから病院は即時対応してくれるだろうがな」
「私に出来ないと思ってるの?」
「別に出来てもいいさ。俺が知らんというだけで」
「…………」
「ほら、不幸になりたいんだろ? 好きにしろよ。俺には関係ないことだ」
「う……うう……」
「躊躇する理由があるか? お前は不幸が俺を招きよせるなんて妄念を持ってるんだろう? その通りにすればいいさ。俺の知ったこっちゃないがな」
「ううう……ううううう……」
「アイスピックと睨めっこしたって不幸にはなれんぜ?」
「うううううううううう……」
「所詮その程度だよお前は。俺の気を引けないと自覚すれば自分を傷つけることが出来ない。お前の恋心は打算と利欲によって成り立ってる。俺が好きなんじゃなくて俺というブランドが好きなだけだ」
「だって……だって……」
「別に悪いことじゃないがな。ただ俺が興味を持てないってだけで」
「日日日ちゃん……」
「なんだ?」
「私のこと……嫌いなの……?」
「嫌いじゃない。好きでもないがな。恋愛対象になってないと言えばわかるか?」
「私じゃ駄目なの……?」
「駄目だな」
「うう……ううう……」
「あるいはお前が純情ならまだ可能性はあったかもしれないが……」
「純情だよ」
「そうか。なら俺の言葉には従うな? アイスピックで心臓を突き刺せ」
「…………っ!」
「だからって別に行動を起こされても俺がお前をどうこう想うわけでもないんだがな。はっはっは」
「日日日ちゃんは……ひどいよ……」
「音々にも言われたなソレ」
「誰だって思うよ」
「ならそんな酷い男なんて見限れよ。俺より恰好のいい男はいるさ」
「…………」
「さて、そろそろお暇するか」
「もう行くの?」
「ああ」
「…………」
「アイスピックは好きにしてくれ。自殺してもいいぞ。香典くらいは包んでやる」
「…………」
「じゃあな」

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