ご主人様と呼ばないで

不幸の在処、2


 姫々がいない生活ってのも斬新だな。
 アキラはやりにくそうに俺を起こすし、何かにつけそわそわする。
 そんな遠慮がちなアキラにテキパキと指示を出して俺をフォローさせていたのが姫々である。
「なぁアキラ」
「……何でしょう?」
 ちなみに朝食中。
 今日は学校だ。
 文化祭から少なくとも二週間は経っている。
 正確なところは知らんが。
「今日の朝食も美味しいな」
「っ。ありがとうございますっ」
 パァッと華やかにアキラは笑った。
 毎度こんな調子。
 小動物のようにおどおどしていて、こちらから褒めないと喜ばないし自身から話しかけることを不敬だとさえ思っている節がアキラにはある。
 姫々は感覚としての空気の清涼剤だったんだなぁ……なんて失って初めて知った。
 朝食が終わった後、アキラが家事一切を取り仕切り、二人そろって身支度を整え、それから登校する。
 校門には音々と花々がいた。
「あーきーらっ!」
「おう音々」
 抱きつこうとしてきた音々の額を手の平で押し戻して応答する。
「なんで抱きつかせてくれないのさー!」
「敵が増えるから」
「今更でしょ?」
「誰が原因か真剣に議論してみるか?」
「多分僕が勝つと思うなぁ」
「…………」
 まぁ弁舌や屁理屈の類で俺が聡明な音々に勝るとはとても思えないが。
 なにこの男の娘?
 で、妥協案として音々は俺の腕に抱きつくことになった。
「えへへぇ。あーきーらっ」
 至福とばかりに音々。
 お安く出来ているようで何より。
 袖にしたことなぞ覚えてもいないらしい。
 それは強力な武器にもなりえる。
 ちなみに逆の腕にはアキラが張り付いている。
 アキラ自身は遠慮がちだったが俺が命令をした。
 こういう時だけ主従に頼るってのも何だかな。
 それについては音々にも言えることなのだが。
「お姉様から離れなさい下郎!」
 花々が跳び蹴りを放ってくる。
 その足を掴んだのは音々だ。
「今日はしましまだね花々」
 花々の跳び蹴りを受け止めながら音々はしっかりとスカートの中身を確認していた。
 そうか。
 しましまか。
「ボーダー? ストライプ?」
「ボーダー」
「理想的だな。可愛らしい」
「あなたに言われても嬉しく……ありません!」
 なら途中の間は何だ?
 問い詰めてやりたいくらいには俺は底意地が悪いのだが、今回は勘弁してやることにした。
 そして衆人環視の、
「日日ノ死なないかなぁ」
 とか、
「アキラちゃんと音々ちゃんと花々ちゃんを独占ってどんな違法行為だよ?」
 とか、
「そういや世界終末の日付っていつだっけか?」
 などの視線から逃げるように俺たちは昇降口へと入っていった。
 外履きから上履きに履き替える。
 と、
「日日日様……」
 アキラが靴箱から封筒を取り出すのだった。
「ラブレターか?」
「ラブかはわかりませんが」
「ふぅん?」
 ちなみに武術研究会を作ったあたりからアキラや音々に好意を示す人間は減っていった。
 告っても、
「日日ノ日日日が好きだから」
 で一蹴され、なおかつアキラと姫々と音々と花々をはべらせている日日ノ日日日が武術研究会に根を張っているのだ。
 諦める者多数。
 だからそれは久しぶりの事だった。
「読んでみろよ」
「はあ」
 封筒を開けて便箋を読むアキラ。
 要するに今日の昼休みに使われてない教室で待っているということだった。
 ご愁傷様。
「なになに? アキラ恋文もらったの?」
「はあ」
「アキラ先輩はお綺麗ですものね」
「音々様や花々様には及びませんが……」
「謙遜謙遜」
「そんなつもりでは……」
「恋文もらってるんだ。少なくとも好意的な外見をしている証拠だろ?」
「でしょうか……?」
 俺はクシャッとアキラの白い髪を乱暴に撫ぜた。
「言っただろ? お前は存分に魅力的だと」
「ですが……」
「こうやっているだけでもドキドキしてるんだぜ俺は」
「日日日様が……ですか?」
「まぁ面に見せない程度には捻くれてるってことさ」
 そしてアキラの髪から手を放す。
「害意があるわけじゃなし。お目付け役に花々をつけるから自分で判断してお前を想う人間に応えろよ」
「花々も一緒にですか?」
「アキラ一人じゃ不安だからな」
「配役ミスだと思うんですが……」
「というわけで音々。昼飯のケータリングを二人前に修正してくれ。今日は俺と音々だけで昼食をとろう」
「ほんと!? やった!」
 存外に音々は喜んだ。
 別にそう言った意味合いで言ったわけではないのだが……。

    *

 そして昼休み。
 俺とアキラと音々は花々と合流。
 それからアキラと花々はアキラの恋愛事情のために使われていない空き教室へと向かった。
 俺と音々は武術研究会の部室へ。
 今日の昼食はステーキ弁当。
 たまに、
「こいつの家で飯を食い続けたら成人病になるかな?」
 なんて思ったりする。
 ともあれ、
「で? わかったか?」
 俺と音々しかいない部室で俺は本質を切り出した。
「主語を明確に」
「姫々のことだよ」
「……もしかしてアキラのお目付け役に僕じゃなくて花々を推薦したのはそのため?」
「まぁ都合がよかったから退席してもらったってのは事実だな」
「悪女の反対は何て云うんだろうね?」
「知らん」
 話を逸らすな。
「で、結局何だったんだ? 姫々の件は……」
「わかってるくせに」
「わからないから聞いてんだよ。無知の知って奴だ」
「もちろん日日日の気を引くためだよ。他に何があるのさ?」
「それがどうして自傷行為に奔る?」
「だってそうすれば日日日の気を引けるでしょ?」
「心配くらいはするが……」
「そんなわけないよ」
「何が言いたい?」
「日日日はね、一種の病気なんだ」
「健康体だぞ?」
「救われない誰かを救うために行動する」
 …………。
「まるでヒーローだね」
 くつくつと音々は笑った。
「ヒーローを気取ったつもりはないがな。俺はハードボイルドだ。女を泣かせてブランデーを嗜む男だぜ?」
「本当にそうなら僕は日日日に惚れてないよ」
「気まぐれだ」
「じゃあ……まぁそれはそれでいいことにしようか」
「癪に障るな」
「他意は無いよ」
 だろうけどな。
「それで? その件と姫々の自傷行為にどんな因果関係があるんだ?」
「城野アキラは虐められてて日日日が助けたんだよね」
「俺が殺したんだよ」
「自殺だよ」
 それについての議論はまたとして……。
「僕も女装して男の子たちから虐められているところを日日日に助けられた」
「記憶にないがなぁ……」
「法華アキラも父親に性的虐待を受けて、それから日日日をご主人様と呼んで慕い……日日日の保護欲をかきたてた」
「…………」
「日日日……言ったよね? アキラがどれだけ魅力的か自覚させてやるって。つまりそれだけの想いを日日日はアキに注いでいる」
 ……納得は出来ないが。
「……で? それがなんだ?」
「つまりさ。日日日は弱者に優しくしてしまう性質を持っているんだよ。いや……この場合は特質というべきかな?」
「仮に俺がその特質で……それが姫々に何の関係がある?」
「姫々は平凡だ」
「んなことは知ってる」
「ある意味で凡人の鋳型を元に作られた存在と言っていい」
「まぁ突出したものがないよな。お菓子作りが得意なくらいか」
「さて……」
 ニヤリと音々は笑う。
「弱者を見捨てることのできない日日日?」
「ヒーローじゃないぞ」
「弱者を放置できない日日日?」
「しつこい」
「姫々は日日日が心を依存するほどの不幸を求めた」
「…………」
 …………。
 言葉と意識とで無言になる俺だった。
「自分は可哀想でしょって……自分は不幸でしょって……そう日日日に告げるために姫々は自傷行為に奔ったんだよ」
「それは……!」
 なんて馬鹿なことだ……!
 俺の気を引くため?
 そのためだけに自傷行為に奔った?
 普通であり続けた姫々が普通から脱し異常者になり……そして俺の同情を引くために?
 アタマのズツウがイタい。
 こめかみを押さえながら俺はうんうんと唸る。
「つまり不幸な女の子を助ける俺の特質を理解して……その上で自身が不幸になれば姫々は俺に振り向いてもらえると?」
 確認する俺に、
「そう思ったんだろうね」
 コクリと音々は頷く。
 そしてステーキ弁当を食べる。
「そんなことのために……」
「そんなことじゃないよ」
 俺の愚痴を音々が否定する。
「日日日の気を引くには一番の方法だ。僕だってそう在るべきなら……そうするかもしれないし……。それが長年付き添った想い人なら尚更だよ」
「姫々が……ね……」
「まだアキラに縛られてるの?」
「ま〜ね〜」
「きっと姫々は日日日がウンと言うまで自傷行為を続けるよ?」
「さいか」
 俺は柔らかい肉を食べて白米をかきこむ。
「懐柔されるの?」
「俺はハードボイルドだからな。女の涙は酒の肴だ」
「罪な奴だね」
 ま、否定はしない。

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