馬鹿をしでかした姫々に付き合って俺は救急車に乗り込んだ。 姫々の両親の電話番号を聞かれたり状況を話したりしている内に病院につく。 そして姫々は手術室に閉じ込められた。 俺はというと、 「付添いの方はこちらでお待ちください」 手術室の前の扉の……その前の扉で遮断された。 こうなるともうしょうがない。 せき止められた扉の近くの椅子に座って報告を待つしかない。 そうしている間に本妙のおじさんとおばさん……要するに姫々の両親が現れた。 クタクタの仕事疲れで帰ってきたのだろう時間帯に病院に呼び出されるなぞ考えてもいなかったのだろう。 とはいえ親は親。 自身らの事より娘である姫々の心配をしてきた。 いい両親だ。 理想的と言ってもいい。 で、なんでこんな事態になったか。 本質はそこだが明瞭ではない。 そもそもにして俺が姫々を直接的ではないにしろ袖にしたのは間違いない。 そしてそれを知った姫々がアイスピックで自身の左手の甲を貫いた。 これも間違いない。 ただ先の二つの言をイコールで繋げることが出来ないのだ。 恋愛ごとと自傷行為をどうやって繋げと云うのだろう? それを姫々の両親に話し、それから警察にも話した。 事件性は無いということで決着がついた。 当たり前だ。 これで俺が犯人にでもされたらたまったものじゃない。 文化祭を楽しんだ後の結末としては最悪の部類だ。 正直どうしていいかわからない。 どうしようもないのだが……。 とりあえず手術後も家族以外の面会が出来ないことと……それから自傷行為に対してカウンセラーがつくことを聞いた後、俺は家に帰った。 状況をアキラに説明して、音々にラインで説明して、花々には音々から説明するように言い渡して、俺は眠りについた。 そして次の日。 「日日日様、ご起床ください」 アキラの声が聞こえる。 何度か丁寧にゆさゆさと揺さぶられて俺は胡乱ながら目を覚ます。 ポーッとする俺に、 「目覚ましにガムなどいかがでしょう?」 ん。 「もらう……」 受け取ったガムを口に含んで噛んだ後、 「……っ!」 あまりに強烈なミントの刺激に一気に覚醒する。 咳き込んでアキラの手元を見ると、 「超刺激。これで解決スーパーミント」 と書かれたガムの容器があった。 何が解決なのかはわからないが目が覚めたのは事実。 「おはよ、アキラ」 「おはようございます日日日様」 俺たちは挨拶を交わす。 それから食事。 姫々がいないってのも中々に新鮮だな。 その分アキラに負担が回ってくるのだが。 「姫々様のご容態はどうなんでしょう?」 朝食中に不安を表情に出しながらアキラが言った。 「さてな。俺が手術に付き合ったわけじゃないし」 俺は切って捨てる。 「なにゆえ自傷行為なぞに奔ったのか……」 わからないとアキラ。 ちなみに俺にもわからん。 「それより今日の朝食美味いな」 だから閑話休題。 「ありがとうございます……!」 心底から感動したようにアキラ。 「なんだかな」 苦笑する他なかった。 そして俺とアキラは朝食を食べ終わる。 俺は眠気自体はもうないがカフェインを求めてアキラにコーヒーを頼んだ。 アキラは最優先で準備してくれる。 アキラのコーヒーを飲みながらカチャカチャとアキラが朝食の食器を洗う音を聞く。 ちなみに今日は学校は休みだ。 日曜に文化祭をやり次の月曜に振替休日という塩梅である。 ので、 「…………」 俺は呑気にコーヒーをすすりながらダイニングのテレビを見ているのだった。 「お見舞いに行かなくてよろしいので?」 朝食の後片付けを終えたアキラがそう問うてきた。 「したいかしたくないかならしたいんだが可能か不可能かなら不可能だな」 「?」 「状況が状況でな。家族以外は面会できないってさ」 結論付ける。 コーヒーを一口。 「そもそも何故その様な暴挙に……」 「知らん」 不機嫌になるのもしょうがないことだったろう。 姫々が、俺が袖にしたことに絶望して死にたかったのなら喉を貫くべきだった。 しかして姫々は手を刺し貫いただけだ。 死ぬには程遠い。 せいぜい俺の精神に負担をかけるくらいの効果しかない。 しかも俺にとっては、 「だから何だ」 としか思えない案件だ。 正直なところを言っても意味不明。 姫々の意図が何処にあるのかわからない。 悶々とした不満を抱えながら俺はダイニングでアキラの淹れたコーヒーを飲みながらテレビのニュースを見る。 誰かが誰かを殺した。 そんな情報が飛び交っていた。 ある種の例外を除いて明日死ぬことを覚悟している人間なぞいない。 それが俺の持論だ。 そういう意味ではニュースの方が姫々の事態よりなお鮮明だ。 どうでもいいことに変わりはないが。 さて、どうなるんだろうな? * 「あーきーらっ!」 音々が抱きついてきた。 引き続き文化祭の振替休日。 「よう」 俺は抱きついた音々を引きはがしながら応じる。 「あぁん」 と音々が呻くが知ったこっちゃないな。 「おはようございます先輩」 「ん。はよ」 花々にも応じる。 「それでそれで?」 音々の言いたいことはよくわかる。 「何でそんなことになったの?」 姫々のことだ。 「音々と花々が帰った後な……」 「ふんふん」 「…………」 「アキラは知ってるだろうが俺は姫々の部屋に呼び出された」 「ほう」 「へえ」 「で、姫々を袖にした」 「うわ」 「…………」 音々は癇に障る言を紡ぎ、花々は押し黙った。 「そしたら姫々がいきなり自傷行為に奔った。な? 意味わからんだろ?」 「姫々がそうする兆候はあった?」 「さてな」 コーヒーをすする。 「そもそもにして日日ノ日日日が本妙姫々の想い人なのは明白だが、だからといってふってどうなるもんでもないしなぁ」 「ふむ」 考えるように音々。 ちなみに音々と花々にもコーヒーが振るまわれている。 アキラの真骨頂だ。 ズズとコーヒーを飲んだ後、 「なんならこっちで調べようか?」 音々が意外な提案をしてくる。 「調べるって何を?」 「姫々の自傷行為の原因」 「無理だ」 否定する俺。 「親族とカウンセラー以外は面会謝絶だからな」 「だからそのカウンセラーを抱きこめばいいんじゃない?」 「…………」 まぁそりゃそうだが。 「出来るのか?」 「出来なかったら一人のカウンセラーが不幸になるだけだよ。後はこっちの思い通りのカウンセラーを準備すればいいだけ」 何をか言わんや。 「…………」 しばしの沈黙の後、 「じゃ、任せる」 不承不承俺が言うと、 「代わりにお願いがあるよ!」 音々は取引を持ちかけてきた。 「何だ?」 「僕の恋人になって!」 「却下」 「むぅ」 懲りないな。 コイツはよ。 「俺はアキラが好きだから」 「そんなものは呪いだよ」 「姫々にも言われたな、ソレ……」 別にいいんだがな。 「お姉様を無下に出来るなんて世界で先輩だけでしょうね」 皮肉る花々。 「まぁ贅沢だとは思っているさ」 苦笑。 コーヒーを一口。 「ちなみに姫々の傷は全治二か月だって」 既にある程度の情報は収集していたのだろう音々がそう言った。 「馬鹿な奴だ」 「否定はしないけどね」 「問題は……」 姫々の因果律だろう。 何を知り、何を得たのか。 むしろ何を得ようとしたのか? 無論それはわかっている。 だがソレと自傷行為にどう結び付く? それだけがわからない。 「音々」 俺は音々を呼ぶ。 「なぁに日日日?」 音々は黒真珠のような瞳を俺に向ける。 コーヒーを一口。 「姫々のこと……頼んでもいいか?」 「日日日が言うのなら」 コーヒーを一口。 「えへへ」 「気持ち悪いなぁ。なんだその笑みは」 「日日日が僕を頼ってくれるのが嬉しくて」 「しょうがないだろ」 本当に。 「蕪木グループの力でもなければ今の姫々には近寄れない」 「その力を我が物としたいとは思わない?」 「都合のいい時に借りられればそれで十分だ」 「日日日は残酷だね」 「否定はしないがな」 そもそもにして姫々を自傷行為に奔らせたのは俺だ。 原因が那辺にあろうともソレだけは確実だ。 だから俺はソレを知る必要がある。 そのためなら音々くらいは使い潰しても構わないというのが俺の理論だ。 罪深いのはわかっているんだがな……。 |