「あー……」 相も変わらず缶コーヒーを一口。 「暇だ」 外からは喧騒が聞こえてくる。 「リア充どもめ……」 爆発しないもんかな。 というか、 「花々」 「何です?」 「お前、文化祭楽しまなくていいのか?」 「楽しんでますよ?」 何の催し物もない武術研究会の部室で漫画雑誌を読みながら花々は理解不能な理論……というか理屈をほざいた。 俺は缶コーヒーを一口。 「どう見ても俺と同じく暇してるようにしか見えないんだが……」 缶コーヒーを以下略。 「まあ堂々とまったり学校生活を過ごせて誰にも責められないという時点で花々にとっては満足のいく過程ですし」 うわぁ。 「ぼっちの理論だ」 「否定しようもありませんが先輩にだけは言われたくありません」 「然りだな」 「日日日ちゃん!」 バン! と部室の扉が開かれた。 ちなみに飛び込んできたのはロリっ娘メイド。 鳥の巣頭に背のちっちゃな女の子。 姫々だった。 「よぅ」 俺は片手をあげる。 「休憩もらったのか?」 「うん。デートしよ?」 「そらまぁ構わんが……」 「さっき『リア充どもめ』って言ってませんでした?」 花々の皮肉に、 「さてな」 俺はすっ呆ける。 まぁ花々とアキラと音々と姫々とデートする予定を立てていてソレを実行しているのだ。 リア充っちゃリア充だな。 可愛い女の子と文化祭にかこつけてデートすることと、気が置けない親友と文化祭にかこつけて親睦を深めること……はたしてどちらがリア充と言えるだろう? 友達のいない俺には判断がつかない。 恵まれているかそうでないかならまず間違いなく恵まれているのだが……。 「ともあれ」 閑話休題。 「どこに行く?」 「日日日ちゃんの行きたいところ!」 快活に答える姫々。 だろうがな。 「じゃあうちのクラスに顔だすか」 「喫茶店なら他にあるよ?」 「一度くらいアキラや音々の奉仕する姿を見ときたい」 「むぅ」 姫々は少しだけ不機嫌になった。 知ったこっちゃないがな。 「じゃあ行くぞ」 言って俺は先導する。 「日日日ちゃん」 「何だ?」 「ん」 姫々が手を差し出した。 「中々特異な手相だな」 「誰がそんなこと頼んだの……っ」 「わかってるよ」 俺は姫々の手を握って歩き出す。 「あう」 赤面する姫々。 だったら無理するなよ……とは言えない。 空気は読めなくとも追い打ちもかけないのが俺だ。 姫々が俺に惚れてるのは知っている。 ある意味苦行。 罪悪感と付き合わねばならなかった。 そうこうして俺のクラスにつく。 黒板アートが描かれた喫茶店だ。 俺と姫々が顔を出すとメイドに扮した女子生徒から侮蔑の視線を頂いた。 気にせず俺と姫々は案内されたテーブルに着く。 「アールグレイを」 「アプリコット」 俺と姫々はそれぞれ注文する。 受注したのはアキラだった。 俺はソレを営業スマイルと知ってはいるが……そうでもなければアキラの笑顔は百万ボルトだったろう。 ちなみに他のクラスや部活動がやっている喫茶店と違い、うちのクラスのメニューは少々お高い。 というのも蕪木グループの用意したブランドモノだ。 しょうがないといえばしょうがない。 「お待たせしました」 今度は音々の登場だ。 アールグレイとアプリコットを運んできて俺たちに差し出してくる。 それから別の客に呼ばれて営業スマイルを表に出す音々だった。 プロだ。 「やっぱりアキちゃんや音々ちゃんがいいの?」 アプリコットを飲みながら姫々。 「何の話だ?」 すっ呆ける俺。 「むぅ」 「不機嫌にさせたのならすまん」 「そう思うなら文化祭が終わった後ちょっと付き合って」 「何時だ?」 「多分アキちゃんも音々ちゃんも打ち上げを断るだろうし……そうなれば多分日日日ちゃんの部屋に集まることになるよね」 「否定はしない」 「その騒ぎが終わった後……私の部屋に来て」 「構わんぞ」 そしてアールグレイを一口。 「ハードボイルドにはやっぱりコーヒーだよな」 などと思いつつしっかりと紅茶を飲み干す俺だった。 * 結論から言うとクラスの喫茶店は大成功に終わった。 お値段こそ高めだが上質な紅茶と可愛らしいメイドの接客とを併せ持てばこんな結果にもなるだろう。 それについては一言の余地もない。 それからキャッキャとクラスメイトたちは文化祭で稼いだ金で打ち上げに行こうと盛り上がった。 悪いことじゃない。 が、生憎と俺には関係のないことだ。 であるから片づけを手伝った後直帰する俺。 姫々と音々とアキラは打ち上げに誘われたが袖にした。 罪悪感。 ……いいんだがな。 「さて」 そんなわけで、 「かんぱーい!」 と音々が音頭をとった。 カチンとグラスが鳴る。 俺たちは音々の……正確には音々の使用人……が用意したノンアルコールシャンパンをグラスに注いで乾杯した。 場所こそ俺の部屋だが、並んだ料理は贅沢極まりないものだった。 フォアグラのソテーにトリュフとキャビアを乗っけて……和牛と黒豚を焼いた肉が出され……日本産高級松茸のお吸い物や……カナダ産サーモンのカルパッチョも……つやつやの白米がそれらを引き締めていた。 全て蕪木グループによる出張サービスだ。 おそらく今打ち上げをやっているクラスメイト達の万倍の贅沢を、俺とアキラと姫々と音々と花々は受けているのだろう。 「音々と近しい」 というそれだけで。 「こんな歓待を受けていいのでしょうか?」 「気にしないのが一番だ」 アキラの不安を俺は切って捨てる。 そして宴は終わりを迎える。 豪勢な食事をあらかた食べ尽くしたのだ。 出張サービスだったため皿を洗う必要もない。 「それじゃね! 愛してるよ日日日!」 音々はそう言ってロールスロイスで帰るのだった。 ちなみに途中まで花々を乗っけて。 「日日日様」 とこれはアキラ。 「なんだ?」 「お風呂の準備が出来ておりますが……」 「先に入ってろ」 俺はチラリと姫々を見る。 姫々は俺の視線を受けてコクリと頷いた。 つまり……そういうことだ。 「先に風呂に入って寝てろ。俺は姫々に用がある」 「姫々様と?」 理屈にあわないのはわかっている。 だがこれは通過儀礼だ。 無視するわけにもいくまい。 というわけでアキラを置いてけぼりに俺と姫々はフラワーハイツの205号室に行くのだった。 「久しぶりだな……お前の部屋に入るのも」 「ちょっと待っててね」 俺と姫々だけになった空間で姫々はエプロンを纏った。 「日日日ちゃん……コーヒーだよね?」 「いや、茶で頼む。眠れなくなってもことだし」 「そ」 頷いて、 「ダイニングにでも座ってて」 姫々は言った。 唯々諾々と俺は従う。 それから二人分の茶を淹れて俺と姫々はダイニングのテーブルについて茶をすすった。 「日日日ちゃん……」 「なんだ?」 「まだアキラちゃんのこと好きなの?」 「まぁな」 飄々と俺。 茶を一口。 「日日日ちゃんのソレは呪いだよ?」 「知ってる」 「…………」 しばし沈黙。 「まだアキラちゃんが忘れられないの?」 「ある意味では……な……」 ほっと茶を飲んで吐息をつく。 「私の気持ち……日日日ちゃんは知ってるよね?」 「まぁ自意識過剰には」 そうでなくとも理解は可能だろうが。 「応える気はないと?」 「俺にはアキラがいるし」 残酷な言葉を……俺は吐いた。 「そう」 躊躇するようにそう言って、それから姫々は工具を握った。 アイスピック……と呼ばれるソレだ。 「それで俺を刺すのか?」 「私が日日日ちゃんを傷つけるわけないじゃない」 然り。 「じゃあ何だ? 脅しのつもりか?」 「追い詰めるという意味ではそうだね」 それがどういう意味か……と問うより先に、姫々の右手に握ったアイスピックが姫々の左手の甲を刺し貫いた。 「ぐ……う……っ……!」 痛み故だろう。 呼気を吐き出す姫々に、 「これで私も不幸になれたよね……?」 意味不明な同意を求められた。 俺は自意識を取り戻すと、三桁のナンバーを押して救急車を求めた。 「なんて馬鹿なことを……!」 それが俺の意識の全てだった。 姫々の左手からどくどくと……おそらく動脈を貫いたのだろう……血が流れ一秒一寸姫々の生命を奪っていく。 |