ご主人様と呼ばないで

文化祭の一幕、2


「あー……」
 新たな缶コーヒーを一口。
「暇だ」
 俺は武術研究会の部室にいた。
 外からはガヤガヤと喧騒が響いてくる。
 教室だけでなく部活動で催し物をしている部もあるのだ。
 部室はそのためのスペースと言ってよかった。
 武術研究会は何もしてないんだがな。
 はっはっは。
「やっぱりセルゲームをやるべきだったか?」
「却下したのは先輩でしょう」
 金色の声が聞こえてきた。
 花々だ。
 俺とコイツだけが暇を持て余していると……つまりそういうことなのだった。
 花々は部室に置いてある雑誌を読みながらチラチラと碧眼をこっちに向けて言う。
「だいたいお姉様と一騎打ちなんて怪我人を出すだけですよ」
「だな。そう思ったから却下したんだが」
 既に前科はあるがな。
 と、ガチャリと部室の扉が開いた。
 入ってきたのはメイドさん。
 白くウェーブのかかった髪に白い瞳に白い肌。
 だいたい家にいる時もメイド服だから有難味がない……とは言えず別のメイド服を着ているのは新鮮だった。
 煩悩煩悩。
 そのメイド……アキラが俺を呼ぶ。
「日日日様……」
「おう。休憩か?」
「はい……あの……それで……」
「わぁってるよ。一緒に文化祭を回ろうな?」
「光栄です日日日様」
「ところでメイド服のままか?」
「教室が喫茶店に使用中ですので。放課後にならなければ制服に着戻せません」
 それはわかる。
 朝の内に一時的に教室を更衣室代わりにして女子および音々がメイド服に着替える。
 文化祭中はメイド服。
 そして文化祭が終わった後の教室でまた一時的に更衣室にして制服着用。
 そういう流れである。
「いい趣味してますね」
 これは花々の皮肉。
「だろ? それが自慢でな」
 意に介さない俺だった。
「じゃ、留守番よろしく」
「任されました」
 淡白にそう言いあって……それから俺は花々を置いてアキラと外に出る。
 自然と手を繋いだ。
 花々や音々や姫々と違いアキラは自ら「手を繋ぎたい」などという意思表示は出来ないだろうから。
 俺が引っ張ってやらねば遠慮するのがアキラという女の子である。
「あう……」
 恥ずかしそうに……しかしてくすぐったそうにアキラは呟きを漏らす。
 ん。
 かわゆいね。
「腹減ってないか?」
「多少なりとも、ですが」
「じゃあ適当に出店回るか」
「お任せします」
 任された。
 焼き鳥。
 焼きそば。
 焼きトウモロコシ。
 焼きラーメン。
 適当に買って食った。
 俺のおごりで。
「あの……日日日様……よろしいので?」
「出所は一緒だから関係ないだろ」
「でしょうか?」
 です。
 ちなみにすれ違う人間すれ違う人間皆々がアキラを見てギョッとする。
 不世出の美少女だ。
 そりゃ視線も集まる。
 俺が一緒にいるだけで抑止力足りえているが、そうでもなければナンパされること請け合いだろう。
「アキラ」
「何でしょう?」
「お前は可愛いな」
「ふえ……! え……! それは……どういう意味で?」
「純粋にそう思っただけだ」
「私は可愛くなどありません。白貞子ですから」
「そりゃ過去の話だろ」
「では今は……可愛いですか……?」
「そう言っている」
「ですか」
 ですよ。
「視線、集まってるだろ?」
「日日日様は整った顔立ちをされていらっしゃいますから」
「男が男見て何が楽しいってんだ」
「違うのですか?」
「皆お前に見惚れてるんだよ」
「はあ……」
 納得いかない……と云ったところか。
「腹もくちくなったし」
「ですね」
「他にどこ行きたい?」
「日日日様の良いように……」
「ならプラネタリウムなんかどうだ? 近いし」
「ロマンチックですね」
 アキラは俺に向かって微笑した。
 というか、いい加減どっかのクラスに入らねばアキラを衆人環視の羨望と欲望の視線に晒し続けることになりかねない。
 一言にするなら、
「不愉快」
 ということになるだろうか。
 当人には言わないがな。
「じゃ決定ってことで」
 そして俺はアキラとデートするのだった。

    *

「日日日!」
 バン!
 と扉が開いた。
 ちなみに武術研究会の部室の扉である。
 俺の名を呼んだのはボーイソプラノ。
 黒く長いストレート。
 黒い宝玉を埋め込んだような双眸。
 その輝きは快活さを含んでいる。
 必要以上に整った顔立ち。
 ミケランジェロでもこうはいかないだろう。
 ちなみに服装は残暑漂う秋の風情に合った半袖のメイド服。
 俺のクラスのメイド喫茶の衣装そのままである。
 そんな美少女……改め男の娘が俺の名を呼んだのだ。
 蕪木音々。
 俺を想い慕うハーレムの一人。
 ある意味で男でなけりゃ落とされていたかもしれない存在だ。
 何せ音々の美貌は完成されすぎている。
 隙間縫う余地も無い。
 自分の正常な恋愛観に感謝。
「お姉様……」
 花々はポーッと音々を見やる。
 魅力的なのは間違いない。
「日日日、日日日、日日日!」
「はいはいはい?」
「デートしよ!」
「喫茶店は良いのか?」
「休憩中!」
 まぁ最初から予定を組んではいたのだが……。
 ということは今アキラはクラスの喫茶店で右往左往しているわけか。
「…………」
 ちょっと不愉快。
「日日日!」
「何だ?」
「どこに行く?」
「お前が決めろ。俺はついていくだけだ」
「日日日が意地悪するよぅ……」
 ウルウル。
「泣き真似は通じん」
「ん」
 音々は手を差し出してきた。
「ちょっと生命線が足りてない……かな?」
「誰が手相を見ろと言ったの」
「冗談だよ」
 俺は音々と手を繋ぐ。
「お腹すいてない? 何でも奢っちゃうよ?」
「さっきアキラと食べたばかりだからな」
「アキラ……ね」
「別にお前の昼食に付き合うのは構わんぞ?」
「せっかく日日日と一緒にいるんだからそんな無粋は出来ないよ」
「別にそんなにネガティブにならんでも……」
 そんな俺の言葉も介さずに、
「んーと……」
 音々は文化祭のパンフレットを眺めた。
 ちなみに手は繋いだままである。
「じゃあ一年生のところに占い屋さんがあるからそこに行こ」
「構わんがな」
 頷く俺。
 そんなわけで一年の某クラスにて行なわれている「占いの館」という催し物に参加する俺と音々だった。
「いらっしゃいませ。何を占いましょうか?」
「金運」
「恋愛運」
 俺と音々が意を異にした。
「今更僕が金運の何を心配すればいいのさ?」
「だからといって俺とお前の恋愛運を占ってどうするんだ」
「慰みにする」
 さいか。
「恋愛運で」
 俺は案内係にそう告げた。
 そして通される俺と音々。
 用紙を渡される。
 名前、星座、血液型の三つを用紙に書いて返す。
 それを占い師は……とはいっても学生なのだが……風情もへったくれもなくパソコンに入力してオンラインで結果を取り出した。
「お二人の相性は抜群です」
 それが占いの結果だった。
「まず日日ノ日日日様。あなたは相手を大事にする気性です。時にそれは欠点となりますが概ねにおいては良い点となります」
「合ってるね」
 音々が頷く。
 そうか?
「誰かを大事にしたい」
 なんて……俺はアキラ以外に思ったりしないのだが……。
「続いて蕪木音々様。あなたは思ったことを行動として形にするタイプです。こちらも欠点にもなり良い点にもなりえます」
「まぁ間違っちゃいないな」
「むう。何だか馬鹿にされてるような」
「お二方は主導権について争うことがないため非常に良好な関係を築けます。ただし噛み合わないときは全く噛み合わないので油断は禁物です」
「つまり油断さえしなければ僕と日日日は良好と?」
「そうなります」
 占い師は頷いた。
「だって。日日日」
「知らん」
 ぶすっとして俺は切って捨てた。
 今更そんなことを言われても遅い。
 いや、先に言われていたとしても遅いのだが。
「じゃ、次行こっか日日日」
「どこに行く気だ?」
「花々のクラス。花々の展示物くらい見たいでしょ?」
「…………」
 俺は既に見たんだがな。
 言っても詮方無きことだ。
 そして俺と音々はデートを楽しむのだった。
 何この罪悪感?

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