ご主人様と呼ばないで

文化祭の一幕、1


「さて」
 今日は楽しい楽しい雪柳学園高等部主催の文化祭。
 訪問する父兄や他校の生徒も多数。
 うちの親父が来ないのは不幸中の幸いだろう。
「《皆》で協力して文化祭を盛り上げようぜ!」
 そんな空気をビシバシと感じていた。
 で、俺はというと、
「ふむ」
 弾かれた。
 クラスメイトたちから。
「《皆》の内にお前は入ってねーよ」
 というのが本音で、
「準備に参加してないお前が本番にだけ参加させるわけないだろがい」
 というのが建前。
 ちなみに準備に参加しなかったのは俺の意思ではなく状況に流されただけなのだが……まぁ言っても始まるまい。
 そんなわけで俺はクラスの催し物……メイド喫茶に参加せず武術研究会の部室でまったりしているのだった。
「非リア充だなぁ」
 青春の敗北者と言っても可。
「自業自得です」
 これは花々。
 ちなみに花々のクラスは展示会のため、見張りの当番が来ない限りにおいては概ね自由時間ということらしい。
 で、どこに行くでもなく部室に来ているのだった。
「お前……」
「何ですか?」
「音々のメイド服姿を見に行かなくてもいいのか?」
「もう行きました」
「そなの?」
「そです」
「感想は?」
「愛らしゅうございました」
 瞳に隠し切れない輝きがあった。
 本当に音々のことが好きなんだなぁ。
 武術研究会の部員の中で一番健全な奴かもしれない。
「じゃあうちのクラスの喫茶店に入り浸って音々のメイド服姿をずっと拝んでいりゃいいんじゃないか?」
「そうしたいところですけど……」
「?」
 花々は歯切れが悪かった。
 俺は自販機で買った缶コーヒーを飲む。
「先輩のクラスのメイド喫茶……人気が凄くて……」
「盛況してたか?」
「大盛況です」
「さいか」
 わからんでもない。
 白の美少女アキラ。
 黒の男の娘音々。
 このコンビのメイド服が見られるのだ。
 そりゃ噂にもなる。
 大盛況にもなる。
 大成功にもなる。
 ある意味で始まった時点で勝ちが決まっているのも当然だ。
 コーヒーを飲む。
「それで客の回転が激しくて十分もいられませんでしたよ」
「ご愁傷様」
「まぁお姉様は優しくしてくれましたが」
「お前の接待だったのか?」
「ええ」
「ふーん」
 コーヒーを一口。
「そりゃまた」
「幸福のひと時でした」
「良かったな」
「はい」
 皮肉が通じないらしい。
 当然っちゃ当然なんだが。
「先輩も今日はぼっちですね」
「ま〜な〜」
 否定しても始まらない。
「いつも生徒の嫉妬の眼差しを受けている先輩が実は学校ヒエラルキーの最低にいるというのは中々興味深い状況です」
「恋愛ごとなら恵まれているが友誼ごとなら恵まれていない」
「あはは」
 笑うところか?
 いいんだがな。
「お前だって」
 とこれは俺。
「自由時間多数な割にここに来てるじゃないか」
 武術研究会の部室に俺と花々の二人。
 それ以上でもなく。
 それ以下でもなく。
「お前もぼっちか?」
「まぁ花々は先輩の愛人ってことになっていますから」
「そんなつもりはないがなぁ……」
「武術研究会は先輩のハーレムだって噂知りませんか?」
「友達がいないから噂を知りようがないが悟ってはいる」
 ……っていうか、
「聞き捨てならんのだがな」
 マジでマジで。
「俺のハーレム……ね」
「だってアキ先輩と姫々先輩とお姉様と花々と一緒にいるんですよ? アキ先輩とお姉様は当然……姫々先輩だって美少女……はばかりながら花々もそうでしょう。そんな人間をお供に連れて誤解されなかったらそれこそ嘘でしょう」
「…………」
 一分一厘反論の余地がない。
「いいんだがな」
 コーヒーを一口。
「なぁ花々……」
「何です?」
「俺とデートしない?」
 花々は飲んでいるコーヒーを吹いた。
 リアクション過多で結構なことだ。

    *

「本気ですか?」
「本気です」
「先輩には相応しい相手がいるじゃないですか」
「でも今はメイド喫茶を切り盛りしてるし」
「だ、だ、だからって花々となんて……!」
「嫌か?」
「嫌じゃ……ないですけど……」
「どうせ暇だろ?」
「そうですが……」
 そんなわけで俺と花々は文化祭を一緒に見て回ることにしたのだった。
「ん」
 と花々が呻く。
 手を差し出してきた。
「うーん。生命線も長いし金運もいい。良い手相をお持ちだな」
「誰がそんなことを頼みました?」
「ウィットにとんだ冗談だよ」
 苦笑して俺は花々の手を自身の手で握った。
 頬を赤らめる花々。
 一丁前に照れているのだろう。
 夏休みに音々から聞いた。
「花々が日日日に興味を持ち始めていると」
 俺としては三人が四人になろうと趨勢に大差はないが、花々にとってはそういうわけにもいかないのだろう。
 音々も好き。
 俺も好き。
 そういう意味では今の行動は決して良いとは言えない。
 音々の恋敵となり可能性が潰れるかもしれないからだ。
 そして俺に傾いても花々の状況は決して良いとは言えない。
 というか俺にしてみれば致命的なのだが、それは言わぬが花だろう。
 金髪のおさげをヒョコヒョコと揺らしながら俺と手を繋いで歩く。
 それだけのことなのに花々は赤面する。
 ちょっと可愛いとか思ってしまう。
 愛情と云うより可愛がりの範囲内なのだが。
 ちなみに衆人環視の目が痛い。
 アキラと音々。
 双方に及ばなくとも花々は十二分に美少女だ。
 その上、金髪碧眼。
 そを連れて歩く俺に羨望と嫉妬の視線が刺さるのはしょうがないことだったろう。
 いいんだがな。
「どこに行こうか?」
 手を繋いでいる花々に俺は問う。
「あ……う……」
 と呟いた後、
「……じゃあ花々のクラスに」
 ボソボソと呟いた。
「ん。了解」
 そして俺と花々は花々の教室へ向かった。
 花々のクラスは展示会。
 労力をあまり必要としないという点においてはコスパの高い催し物だ。
 ちなみにテーマは雪柳学園と周辺地域の歴史。
 古代から始まり近代までを網羅する。
 中々によく出来た展示物だった。
 ここら辺りの地主である白坂家のインタビューも入っている。
「お前の壁紙は?」
「こっちです」
 グイと握った手を引っ張られる。
 ちなみにクラスの見張り当番だろう花々のクラスメイトが俺に不機嫌な視線を突き刺していたが気にするまでもないだろう。
 だいたい思っていることも理解できる。
 が、だからこそ俺には関係ない。
 そんなこんなで俺は花々の展示物を拝見する。
 それは、
「へぇ……」
 興味深いものだった。
「花々は戦時中から興隆した蕪木グループを取材しました」
 蕪木グループの祖。
 蕪木音々の先祖だ。
 初めは出版会社として組織され、その内……というか戦後に富を独占し巨大化したコングロマリット。
 白坂家の後押しもあり、強力な地盤を築いたとされる。
 それから細々と活躍や活動を記してあった。
「音々に聞いたのか?」
「はい」
 首肯される。
「お姉様にばかりではありませんが……」
「親父さんも大概奔放だしな」
 納得というには少し遠い感情で俺は肯定する。
 俺と音々とを取り持とうとする蕪木おじさんの顔を思い出して苦笑。
 それから雪柳学園の歴史を拝見しながら俺たちは教室のあちこちを回った。
「よく取材されてるな」
「そうでしょうか?」
「これなら金もかからず見れる上……教養にもなる。人気が出ないのはしょうがないとしてもある意味で文化祭に一番適してんじゃねーか?」
「ですか」
 照れる花々。
 うーん。
 八十点。
「それより……」
 とこれは花々。
「そろそろ此処出ません? いらぬ誤解をクラスメイトに持たれそうで」
 今更だろ。
「次は何処に行く気だ?」
「隣のクラスが喫茶店やってるみたいです。先輩と一緒にお茶できればな、と」
「構わんが……」
 それだと本当にデートみたいだな。
 花々の方もソレをわかっているのだろう。
 顔の赤みがますます差していた。
「じゃ、行くか」
 俺の提議に、
「はい」
 と花々が頷く。
 そして俺たちは文化祭限定の喫茶店でお茶をし、親交を深めるのだった。
 無論のこと俺のおごりである。

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