で、放課後。 学校の校門前に我が家があるのだから素直に帰ってもよかったが、色々とかさばる手荷物もあったので俺たちは武術研究会の部室にいた。 花々もいる。 「ん。薫り高い」 俺は手放しで褒めた。 何を? 紅茶を。 「美味しいなら良かったよ」 ニッコリと笑う音々は、それはそれは可愛かった。 くらっときた後、イカンイカンと思い直す。 「しっかし……」 ブランドものの紅茶を飲みながら呆れる。 「練習でこんなに貴重なものを使って大丈夫なのか?」 「別にいいんじゃない? うちはこういうの有り余ってるし」 飄々と音々。 ちなみになんで俺がブランドものの紅茶を飲んでいるかというと、これも文化祭の準備である。 アキラと姫々は手縫いでメイド服を作っていた。 さすがにこの二人は器用で、ミシン縫いにも負けない丁寧な仕事で、手縫い特有の柔らかさを持ち味に再現していた。 「これで食えるんじゃないか?」 俺がそう思ったのもしょうがないことだったろう。 ちなみに作業は教室でやってもいいのだがアキラも姫々も美少女で……しかも手縫いの仕事だ。 クラスメイトの女子および少数の男子は教室か家庭科室でミシンを使いメイド服を縫っているのだが、アキラたちは違う。 で、下心丸出しで、 「手伝おうか」 と寄ってくる男子が面倒くさくて此処……武術研究会の部室に避難して作業をしているという塩梅だ。 南無。 ちなみにうちのクラスの企画は、 「メイド喫茶」 であるためメイド服を着た女子および音々が接客をすることになる。 音々とアキラが熱のこもった視線に晒されるのが手に取るようにわかる。 閑話休題。 男子は裏方。 教室では蕪木の使用人数名が……当然許可をもらって学校にいる……高級茶葉を用意して、裏方の男子に紅茶の淹れ方を指導している。 そしてその一部が俺の口に運ばれているという仕組みだ。 ちなみに裏方の俺が何故部室でまったりしているかというと、音々に原因がある。 音々は使用人に、 「音々様が茶を淹れるなどとんでもない」 と弾かれた。 「メイド服による接客はいいのか?」 と疑問を持ったが、 「駄目です」 と言われれば面倒くさいことになるので聞かなかった。 で、俺はというと、 「日日日は僕と一緒に行動」 と音々に引っ張られて部室にいる次第である。 ついでに参考品として用いられた水筒の中の紅茶を飲んでいる次第である。 つまりサボりだな。 「…………」 若干後ろ髪を引かれながら俺は紅茶を飲む。 「日日日?」 「何だ?」 「文化祭ではデートしようね?」 「…………」 「…………」 「…………」 ピクリとアキラと姫々と花々が振動して止まった。 「あー、はいはい」 俺は投げやりに答える。 「何さその反応」 「アキラともデートするし姫々ともデートするからな。今更一人加わっても大河の中の雨滴の一粒でしかない」 「そなの?」 なんだよ。 俺は頬杖をついた。 アキラと姫々は裁縫作業に戻る。 よかことよかこと。 「お姉様!」 「嫌」 花々の勇気を音々は切って捨てた。 「まだ何も言っていません!」 「言わなくてもわかるし」 「ぐぬ……!」 呻く花々。 「まぁそう言うな」 俺がフォローした。 「お前が俺に同じ対応をしたらお前はどう思う?」 「ぐぬ……!」 呻く音々。 気づくのが遅い。 らしいっちゃらしいが。 紅茶を飲む。 「そもそもにして先輩……」 「何だ?」 「あなたの文化祭における立ち位置は何です?」 「永世中立的サボタージュ」 他に言い様がない。 「クラスの出し物に参加しないんですか?」 「ま、疎まれてる存在だからな俺は」 飄々と。 「…………」 納得と不納得を半々に花々は押し黙った。 ちょっと辛みが効きすぎたか……。 「仮に俺がいなくても世界は回るしな」 * 「いただきます」 そう言って夕食が始まった。 ちなみに腕をふるったのはアキラ。 今日は明太子のパスタだ。 大勢の時はパスタが便利ではあるが、それ以上に丁寧に仕事をするアキラに感慨すら覚える。 美味しいことは良いことだ。 「どうでしょう日日日様?」 不安な気持ちのアキラに、 「美味しいぞ」 俺は安心させるように言う。 「ん。良い湯で加減。わかっていたけどやるねアキ」 音々が評する。 「美味しいよアキちゃん」 姫々も追従する。 「シンプルながら隙がありませんね」 花々も賞賛した。 「恐れ入ります」 アキラは感動して頭を下げた。 やっぱりどこかズレている。 なんというか……、 「…………」 アキラは人に奉仕することに関して強迫観念を持っているようにさえ思えるのだ。 自身の意思を邪道とし。 他者の意思を正道とし。 滅私奉公と言えばいいのか。 ある種の呪いだ。 さて、 「…………どうするかね?」 最近そんなことを考える。 ちなみに先の言葉は俺にしか聞こえない呟きだ。 誰にも聞かれたくない俺の葛藤。 閑話休題。 「美味しいですけどカロリーはいかほどでしょうか?」 花々が不安そうにアキラに問う。 「なら食うな」 と言えればいいのだが、さすがにそこまで無粋ではない。 「運動を忘れないことです」 アキラは花々にそう返した。 「筋肉というのはソレが存在するだけでカロリーを消費します。故に運動は欠かせません。筋肉をつければつけるだけ消費するカロリーは増えて……不要な脂肪は燃焼されますよ花々様」 「なるほどです」 一つ頷いた後、 「その『花々様』というのは止めませんか? 花々の方が後輩ですのに……」 恐縮しきって提案する花々だった。 気持ちはわかる。 俺としても、 「ご主人様」 や、 「日日日様」 じゃなく、 「日日日」 と呼んでほしい。 本人の心的外傷に関わることなので深く追及することは避けているが、それでもそんな想いがあることを否定も出来ないわけで……。 しかしてアキラは、 「そんな恐れ多いことはできません」 と花々の言を蔑にするのだった。 「花々様は花々様です。呼び捨てるなどとんでもありません」 「…………」 これを本気で言ってるんだからなぁ。 仕方ないと言えば仕方ないのだが。 「アキラ」 「何でしょう日日日様?」 「食後のお茶を」 「っ。はい。日日日様」 俺に奉仕できるのが嬉しいのだろう。 理解できない領域だが、 「やれやれ」 理解の必要もないのだろう。 「……少なくとも」 アキラが俺を崇拝しているのは間違いない。 ご本尊として奉られるのは不本意だが、アキラのソレが本意だということもまた否定できない事実である。 そしてアキラは、 「どうぞ。粗茶ですが」 俺と愉快な仲間たちの分のお茶を淹れた。 緑茶である。 明太子のパスタをあらかた食べ終わった俺たちはアキラの茶をすする。 「如何でしょう?」 「美味しいぞ?」 本音だ。 多少の世辞も入ってはいない。 仮に入っていてもアキラは気づかないだろう。 肯定の言葉に慣れていないのだ。 故に他人に依存する。 心理的にも肉体的にも。 それは真理ではあったが不幸でもある。 少なくともアキラにとっては。 「…………」 俺は無言で茶をすする。 「アキちゃんはねぇ……それだけなら安心なんだけど……」 本質を突くな姫々。 「あはは。アキらしいにゃ」 音々はケラケラと笑う。 「アキ先輩……」 花々は何か思想にふけるようにアキラを呼んだ。 その後に俺を睨む花々に、 「…………」 俺は気づかないふりをして茶を飲む。 甘露甘露。 そんな俺の態度が気にくわなかったのだろう花々が、 「日日日先輩……!」 全てを言う前に、 「黙れ」 俺は決然として封じた。 それについては俺の問題だ。 |