ご主人様と呼ばないで

二学期開始、1


 二学期開始。
 とは言っても学校生活に素直に戻るわけでもない。
 二学期登校初日は始業式があった後、実力テストがあった。
 で、その後は二学期最初の大型イベント……文化祭に向けての準備に奔走することになる。
「ねかせてくれ〜」
「駄目だよ日日日ちゃん! 起きる!」
「どうせ歩いて一分の距離じゃん。門限一分前に起きりゃいいんだろ〜」
 ちなみにではあるが俺とアキラと姫々の住居は実家からフラワーハイツへと当然ながら戻っている。
 フラワーハイツは学校の目の前にあるため、どれだけボケようとおおむね遅刻の心配はない……はずなのだが……、
「朝御飯と身支度と制服着用があるから駄目!」
 姫々は容赦なく俺を叩き起こすのだった。
「アキラからも何か言ってやれ〜」
「日日日様。朝食の用意が出来ております。速やかにご起床願いますよう」
「音々〜、花々〜」
「いない人に助けを求めてどうするの!」
「ああ〜……」
 投了だった。
 しょうがなく起きてアキラと姫々の作った朝食を食べる俺。
「うむにゃうむにゃ」
 咀嚼。
 嚥下。
「日日日様……」
「何でがしょ?」
「お口に合いますでしょうか?」
「アキラの料理はいつだって美味しいぞ」
「私のは?」
「おう。美味い」
「えへへぇ」
 頬を赤らめる姫々であった。
 単純な奴。
 だから可愛くもあるんだが。
 ちなみに今日の朝食は白米にサラダにミートボールに味噌汁。
 それらを食べ終えて身支度を整えると、
「いってきます」
 と誰もいない空間に放ち、ガチャリと施錠する。
 学校はすぐ目の前だ。
 もはやどうしようもなく遅刻は有り得ない。
 そして見知った顔が二匹。
 校門前でギャーギャー騒いでいた。
「お姉様お姉様お姉様〜!」
「だぁーっ! 鬱陶しいよ花々!」
 音々と花々だった。
 相も変わらず絶好調だ。
「くあ……」
 欠伸をする。
「日日日様」
「なに?」
「眠たいのならば保健室へいかれてはどうでしょう? ノートはこちらで取っておきます故……」
「あんがとなアキラ」
 アキラの白い髪を撫でる俺。
「でも、まぁ……そこまで頼るわけにもいかんしな。ただでさえアキラと姫々と音々にベッタリだから」
 まぁ一人なら一人でそれなりにやれるとも思うが。
「あ、日日日! あーきーらー!」
 花々と漫才をやっていた音々がこっちに気付く。
「おはよう」
「おはよ! 日日日! えへへ、日日日だぁ……」
 音々は俺の腕に抱きついてきた。
「ご機嫌だな」
「そりゃ日日日がいるんだもん。ご機嫌にもなるにゃ〜」
 さいでっか。
 人にテンションの駄目だしするほどの労力は持ち合わせていないから、それについては口を閉ざす。
「お姉様から離れなさい下郎!」
 花々がダッシュから跳び膝蹴りの攻撃を加えてきた。
 が、欠伸が出る。
 音々が抱きついていない方の腕……その手で花々の膝を受け止める。
「――!」
 それから力を加えて回転力を起こす。
 クルリと空中で一周。
 スカートをはためかせて強制的な宙返りを強制される花々だった。
「ピンクか……」
 ポツリと呟く。
 無論、花々の下着の色だ。
 カァッと赤くなる花々。
「中々可愛らしい感性してるじゃないか」
「この変態!」
「否定する気はないがな」
「日日日! 日日日! 僕の下着も見る?」
「男の下着見て何が楽しいんだ」
「過激な奴つけてるよ?」
「ほほう……拝見しましょうお姉様」
「花々には見せたげない」
「何故です!?」
「理由を僕の口から言わせたいの?」
「むきーっ!」
 で、
「なんでそこで俺を睨む?」
 不条理にもほどがある。
「よしよし」
 俺が頭を撫でて宥めると、
「むぅ……」
 花々は赤面して押し黙ってしまった。
「ああ……」
 そういや音々が言ってたな。
「花々は日日日に興味を持ち始めてる」
 と。
 知ったこっちゃないんだが……。

    *

「日日日様、あーん」
「あーん」
「日日日ちゃん、あーん」
「あーん」
「日日日、あーん」
「あーん」
 ちなみに最後の「あーん」は花々のモノだ。
 パクリと音々の差し出してきた鯛の刺身を食べる。
「なんで花々が食べるのさ!」
「美味しかったですお姉様!」
 聞いちゃいねぇ。
 ちなみに今日の音々のケータリングは海鮮丼。
 時間は昼休み。
 場所は武術研究会の部室。
 俺とアキラと姫々と音々と花々だけの空間だ。
 どうやらアキラにしろ姫々にしろ音々にしろ俺に「あーん」をさせたがっているようだ。
 力の入れどころを間違っている気がするのは気のせいか?
 おかげで俺は毎度毎度自身の弁当を持たず、箸も持たず、ただツバメの雛のように与えられた料理を食べるのみだ。
 まぁ他人の目がない分だけ救われている……というかそのために武術研究会をつくり部室を確保したのだが。
 もしこの光景が教室や学食で行われたら俺は焼打ちにされるだろう。
 立場が逆なら俺もそうする。
 アキラは白くウェーブのかかった長い髪に白い瞳孔を持つ究極的な美少女だ。
 アルビノ……それも高得点の一つ。
 俗人が触れれば汚してしまいそうな純粋さを持っている。
 絶世の美少女と言えるだろう。
 姫々はもはや修復不可能な鳥の巣頭だが、それがロリータな外見によくマッチしている。
 泣きぼくろも魅力の一つだろう。
 この場……つまり武術研究会の面々においては突出しているということはないが……外に出れば十人が十人振り向く美少女だ。
 問題は外見が実年齢に追いついていないことだが、一部の人間には「合法ロリ」ともてはやされている。
 南無。
 音々は本来語るまでもない。
 日本人形のように完成度の高い美貌と髪を有する男の娘。
 その背徳性が一部の男子生徒と女子生徒とを虜にしている問題児である。
 なんで俺に惚れてんだろな……。
 謎である。
 最後に花々。
 金髪碧眼の洋風美少女。
 セミロングの金髪はおさげにしてあり、これまた人目を引く美人さんである。
 音々を「お姉様」と呼ぶのは健全なのか異常なのか判断がつかないが、ともあれ武術研究会においては唯一俺に心を許していない稀有な存在だ。
 最近はそうでもないんだが……。
 困ったことである。
「やれやれ」
 誰にも聞こえないように愚痴る。
「武術研究会は日日日のハーレム」
 既成事実である。
 無論なんと言われようと関知することではないのだが、
「何で俺?」
 という疑問は毎度のごとくだ。
 全員が口を揃えて、
「鏡を見ろ」
 と言うがそこまでのものかねぇ?
 好意を寄せられるのは純粋に嬉しいが、
「何だかなぁ」
 という気分でもある。
「ところで」
 花々が俺を睨んで言ってきた。
「何でっしゃろ?」
「いつお姉様と仲直りしたのですか先輩?」
「夏休みも終わりかけ……の頃かな」
「図々しいと思いませんか?」
「思うが全ては当人の想い次第だろう?」
「むぅ」
「あ、その時の写真見る?」
 ヒラリと音々が懐から一枚の写真を取り出した。
 俺がスーツ姿で音々がウェディングドレス姿で撮られた一枚だ。
「…………」
 沈黙が落ちた。
 というか沈んだ。
「わぁ……日日日様……わぁ……」
「日日日ちゃん! どういうこと!」
「お姉様と先輩が……! あぁ!」
「音々?」
「なぁに日日日?」
「状況をややこしくするな」
「見せつけるのも恋の駆け引きの一つじゃないかな?」
「俺はアキラが好きなの」
「だからその呪縛から解き放ってあげるよ」
「むぅ」
 言葉を失う俺だった。
「午後は……文化祭の準備だね」
 半日授業で午後からは文化祭の準備に奔走するのが我が校の伝統だ。
「ちなみにお姉様のクラスは何を?」
「喫茶店」
「お姉様がいれば千客万来ですね」
「アキラも姫々もな」
「ふえ……」
「あはは」
「にゃはは」
 かしまし娘はそれぞれ対応するのだった。
「花々のクラスは?」
「展示会です」
「無難だな」
 そんな俺の言葉を無視して、
「お姉様はウェイトレスの衣装を着るのですか?」
 花々はさらに問う。
「メイド服」
「絶対顔を出します!」
「うん。待ってるよ」
 そうして昼休みが終わる。

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