夜。 当日の夜である。 「夕餉は外食する」 そうアキラに伝えて、俺と音々は蕪木ビルに戻った。 「は〜……」 帰りのロールスロイスの中で音々は恍惚としていた。 そして大事にフィルムを保管し、出来立ての写真を頬ずりしていた。 俺と音々の新郎新婦のコスプレの写真だ。 「後で壁紙にしなきゃ」 うっとりと言われる。 「おいやめろ」 ……と言いたかったが我慢した。 止めるだけ無駄だからだ。 で、夕食はステーキと相成った。 料理人の出張料理。 今更驚くものでもない。 少なくとも俺にとっては。 有名高名な料理人を呼びつけて……目の前で調理され出来立てを食べられるのは既に知るところだ。 音々の所有する階層の一室で、何とかと云う有名ホテル専属の料理人が鉄板を設置し、俺と音々の前で肉を焼いてみせた。 松阪牛。 シンプルに焼いただけ。 ちなみにレア。 そして食す。 「どう? 日日日……」 「ん。美味い」 「だって!」 「恐縮です」 高名なのだろう料理人さんが恐れ入った。 「にゃはは」 と音々が笑う。 「…………」 俺は黙々と肉と白米を食べる。 ちなみに肉はレタスで巻いている。 ステーキに合うのはレタスと白米だと信じて疑わない俺だった。 それから育ち盛り故にステーキのお代わりを頼んで白米でかきこむ。 ほどよく脂ののった肉は柔らかく、御飯が進む進む。 「僕と一緒になればいつでも松坂牛が食べられるよ?」 「だろうな。ご馳走様」 けぷ、と吐息。 料理人が引き上げていった後、 「お前、まだ諦めてないの?」 俺は残酷な追及をした。 「お前と俺とで新郎新婦的な写真を……撮ったよな? アレは……あの行為は思い出作りじゃなかったのか?」 白々しい。 言ってて寒くなるが、かといって言わないよりマシだ。 「うん。まぁ。そんな側面が無いとは言わないけど……」 音々は躊躇いがちな言葉とは裏腹に声質は朗らかだった。 「でも一回ふられたくらいで諦めるのも漢らしくないかなって思って……」 「心は乙女じゃなかったのか?」 「乙女だよ?」 「さっきありえないセリフを聞いた気が」 「まぁ僕は乙女でもあって漢でもあるから」 「…………」 都合のいいことで。 「あ、今失礼なこと考えたでしょ?」 ギクリ。 「宣言しておくぞ」 「何を?」 「俺はアキラが好きだ。愛してる。それが変わることは無い」 「うん。知ってる」 ニコリと音々は笑った。 「ところで話は変わるけど日日日のお父さんの会社……二部上場だよね?」 「知らねえよ」 「例えば蕪木グループがTOBかけたら過半数なんてあっさりとれると思うんだ。蕪木グループに所属することにもメリットあるし。友好的TOBになると思うんだよね」 「それで?」 「経営権を乗っ取って日日日のお父さんをリストラすることも出来るんじゃないかなぁ……って。ついでに言えばヒゲのオキテにすることも」 「…………」 こいつ……。 「金の力に物言わせて俺の家を不幸にする気か!」 「もちろん日日日が僕のモノになるならそんなことしないよ?」 「ならなくてもするな」 「僕だってしたくはないんだけどな……」 「脅迫どころじゃねえよ。犯罪だろこれ」 「にゃはは」 いや……。 笑うところか? こっちとしてはシャレになっていないのだが。 「日日日はアキラが好きなんだよね」 「ああ」 「諦めるつもりは?」 「ないな」 「それで僕を蔑に?」 「するな」 「家庭が崩壊しても」 「別に生きててもしょうがないしなぁ」 「死んだらアキラに会えると?」 「そう思うこともたまにある」 「ふぅん?」 音々は不納得なようだった。 「じゃあ生きてる間は僕に惚れて、死んでからアキラに惚れればいいんじゃない?」 「別に俺、お前に惚れてないし……」 「日日日ぁ……」 「引っ付くな」 「日日日は可哀想だよ」 「知った口を叩くな」 「やっぱり僕が愛してあげなくちゃ」 諦めるって選択肢は無いんだな……。 構やしないが。 * 「それでは音々様は日日日様を諦めるつもりは毛頭ないと?」 「だなー」 うんざりと俺は言う。 まぁ当人の問題にアレコレ言いたくはないのだが。 ワシャワシャ。 「音々様……可愛いですもの……ね」 「アキラも可愛いぞ?」 「そんなことありません」 ワシャワシャ。 「懸想文をもらったりしただろ?」 「物好きがいるというだけでしょう」 ワシャワシャ。 「お前が言うと痛烈な皮肉に聞こえるから不思議だな」 「私は……日日日様に奉仕が出来ればそれ以上は望みません」 「アキラは好意的だな」 「そうであるべきです」 かくあるべき……か。 ワシャワシャ。 「アキラは好きな奴はいないのか?」 「恐れ多いことです」 「さいか」 「そうですとも」 ワシャワシャ。 「ではボディソープを洗い落としますね」 さっきからのワシャワシャはアキラが俺の背中を洗っている音なのだった。 ちなみに風呂場。 俺とアキラは水着を着ている。 そして俺の奴隷と自称しているアキラが俺の背中を流している。 それはそういう行為だった。 「日日日様はお優しいですね」 「はぁ?」 何を言ってんだ。 俺ほど残酷な人間なぞどこを探したっていないだろう。 ヒトラーだって目じゃない。 が、 「真摯に音々様に対して向かい合う。それだけで……それは価値のあることだと思えるのですがどうでしょう?」 「過大評価ご苦労さん」 俺はシャワーで体を洗い流されると風呂に入った。 そして、 「失礼します」 といってアキラは水着を脱いだ。 体を洗うためだ。 俺は目を閉じて視界をシャットアウトした。 ここから先は十八禁だ。 俺の犯していい領分じゃない。 アキラはアルビノだし美少女だし巨乳だしで色々と眼福なのだが、だからといって手を出せば俺は最低の人間に分類される。 「だからどうした」 といえばそれまでなのだが、 「我慢だよ日日日」 と俺の良心が真剣に訴えたこともあって俺は理性を保つことが出来るのであった。 南無。 「日日日様は男色のケがあるのですか?」 「何故そうなる?」 「音々様の好意に対して一定の評価を持っているようですし」 「単純に憐憫だ」 「では女体に興味は……」 「あるに決まってるだろ」 「私はいつでも日日日様を受け入れる覚悟が出来ているのですが」 「お前がそう言っている内は抱くことはないな」 「言わなければ抱いてくださるのですか?」 「そもそもにして何で抱いてほしいんだ?」 「私の体は日日日様の物です故」 「…………」 沈黙以外の何を選べと? 「私には抱く以外の価値がないのだと……そう前のご主人様は言いました」 「そのご主人様って父親だろ?」 「はい」 「父親に犯されたお前の気持ちを慮れと言われても無理だ」 俺はきっぱり言った。 「だが」 しかして、 「それが間違っているのは理解できる」 それだけは絶対だ。 「間違い……?」 「間違い」 戸惑うアキラに俺は頷く。 「アキラは可愛い女の子だ。正直俺でもどうにかなりそうなほどだ。そこを自覚してお前は振る舞うべきだ。世界に対してな」 「では日日日様は私を抱いてくださらないので?」 「さてな」 肩をすくめる 目を閉じているためアキラがどんな表情をしているのかはわからないが……しかして予想は安易に出来た。 「アキラを真剣に愛してやまなくなったら抱くこともあるかもな」 「それを待てと?」 「そういうこと」 頷いた。 「…………」 「…………」 沈黙が場を支配する。 ワシャワシャとシャンプーで髪を洗うアキラの音だけが響く。 きっと真っ白なロングヘアーを洗うアキラの姿は美しいのだろう。 目を閉じているためわからないが想像は出来る。 野獣になってもアキラは受け入れるだろう。 しかしてそれは真実の愛じゃない。 妥協と諦観のソレだ。 アキラについても、姫々についても、音々についても、それから花々についても。 だから表面上俺は飄々としていた。 抱けば抱ける状況を押し殺して。 アキラはそれだけ価値ある存在なのだと。 逆説的に証明できる状況ではあったのだが……。 |