男同士、拳でわかりあった……なんてことはない。 ただ息切れるまで俺と音々はどつきあった。 大量の汗をかく。 そうやって漸く満足したのか、 「頃合いかな?」 と音々が言った。 「何が?」 とは問わない。 自明の理……というほど自惚れちゃいないが、ある程度察することはできる。 それから俺と音々は別々にシャワーを浴びて胴着から普段着に着替える。 音々は長い黒髪をポニーテールに纏めて括り、シャツの上にジャケットを羽織り、チェックのスカートをはいていた。 これがまた扇情的で……今更だが。 「で? 何の用だったんだ?」 まさか本気でどつきあいをしたかったわけじゃあるまい。 アキラが好きで音々をふった最低最悪の男の顔なぞ見たくもないというのが音々の本音ではなかろうか? が、音々の瞳は澄んでいて、とても憂いや悲哀は見いだせない。 なんだかなぁ……。 「ん」 音々が紙袋を俺に差し出す。 受け取る。 中身を見る。 衣服だった。 「着替えて」 端的に、それだけを音々は言う。 突っぱねる理由もない。 道場のロッカールームにて音々の渡してきた衣服に着替える。 シャツとジャケットとズボン……それからネックレス。 そして音々の視界に入る。 「うん。似合ってる」 そりゃどうも。 「じゃ、行くよ」 「どこに?」 「ゲーセン」 「さいか」 「さいです」 またロールスロイスのお世話になった。 雪柳学園にほど近い、いつも通いのゲーセンへ。 こんな俗な場所にロールスロイスが止まったのだ。 通行人はギョッとしていた。 無理もない。 俺としても呆れ気味だ。 そもそもにして音々の意図は、もし俺の考える通りなら既に遅きに失している。 言わないが。 「日日日」 「なんだ?」 「ダンス革命しよ?」 「構わんが……」 「日日日」 「なんだ?」 「ギャラクシーバトルしよ?」 「構わんが……」 「日日日」 「なんだ?」 「雀鬼しよ?」 「構わんが……」 「日日日」 「なんだ?」 「アイドル崇拝しよ?」 「構わんが……」 そんなこんなで俺と音々は色々なゲームを楽しんだ。 そしてその間音々は根本的なことについて何一つ喋らなかった。 感情を押し殺す。 多分それくらいの腹芸は出来るだろうが、それを差し引いても音々の俺に対するアクションには喜びの感情が透けて見えた。 振り切ったのか? そう問いたかったが、こちらからは無粋だろう。 音々が意味もなく俺を拉致るとは考えがたい。 「…………」 んなわけで、俺は純粋に友達との交流を味わうことにしたのだった。 格ゲーで負け、リズムゲーで負け、麻雀では勝ったがクイズゲーではまた負け……あらかたゲーセンを回りつくす。 あらかたやって満足したのか音々は俺を先導して外に出る。 「ん〜! 楽しんだね!」 「そうだな」 ここは頷いておこう。 素直は時に美徳だ。 時に罪悪だが。 「そういえば日日日、ギャラバト強くなってたね?」 「練習したからな」 「僕に勝つため?」 「それもある」 「他にもあるの?」 「ま、色々とな」 音々を楽しませるため、とはさすがの俺もここでは言い難い。 それから音々がスマホで使用人に連絡を入れて、俺たちはまた車上の人。 せめて行先くらい言え。 俺がそう目で訴えると、 「ちょっと都会の方に出ようよ」 音々はそう言った。 そら構わんが……。 何の意味がある? クネリと首を傾げる俺に、 「僕に付き合って」 音々は懇願するように言う。 断ったら泣きそうだ。 男の娘を泣かすのは趣味じゃない。 「構わんがな」 だから俺はそう言った。 音々のポニーテールが喜色に揺れる。 * ロールスロイスのついた先は手芸屋だった。 「…………」 何をか言わんや……。 「さ、入ろ」 「何で手芸屋?」 当然の質問だったろう。 少なくとも俺にとっては。 「何でって……」 何を今更と音々は首を傾げる。 「僕の可愛い姿を見てもらいたいから……かな?」 「…………」 そーですかー。 店内には色々な服が置いてあった。 ロリータ。 ゴスロリ。 学校制服。 ウェディングドレス。 音々が目に付けたのはウェディングドレスである。 「試着できますか?」 音々が問うと店員は機嫌を窺うように、 「大丈夫でございます」 と答えた。 「ん」 頷く。 「じゃあ試着するね」 そして本当に女性の店員ごと試着室に入る音々。 ウェディングドレスを着るのにも人手がいるということなのだろう。 その間俺は天井のシミを数えていた。 まぁ音々のウェディングドレス姿に興味が無いと言えば嘘になる。 音々は男の娘だ。 それも生半なものではない。 美少女でも十分通用する。 正直ふった後でさえもクラリとくるくらいだ。 不誠実は百も承知。 が、先にも言ったが音々は生半な男の娘ではない。 むしろ好意を持たない方が恐れ入るだろう。 音々可愛いよ音々。 そんなわけで時しばし。 シャッと試着室のカーテンが開けられる。 現れたのは非の打ち所のない新婦の姿だった。 長い黒髪はポニーテールをやめてストレートに戻してある。 ウェディングドレスを着た初々しい美少女がそこにいた。 「…………」 この沈黙は俺の物。 正直どうコメントしていいかわからなかった。 一つ言えるのは、俺の心がウェディングドレスを着た音々に奪われたことだ。 「どう……かな?」 おずおずと音々が問う。 「否定されるのが恐くてしょうがない」 とばかりに上目づかいでおどおどしながら。 「似合ってるぞ」 他の言葉は思いつかなかった。 パァッと音々の表情に晴れが差した。 一丁前に嬉しかったらしい。 「すみません」 と店員さんを呼ぶ音々。 「何でしょうか?」 と店員さん。 「日日日……こっちの男の子に燕尾服を着せてください」 ワイ? 「冗談だろ?」 「本気だよ?」 でっか。 そして俺は燕尾服に着替えることになった。 実を言うとネクタイはあまり好きじゃないのだが……まぁしょうがあるまい。 俺は着替え終わって音々に姿を見せると、 「…………」 音々はポーッと俺を見つめた。 何か感想言えよ。 気恥ずかしいだろ。 そう言うと、 「そうだね。ごめん」 苦笑して、 「似合ってる。格好いいよ日日日」 「そりゃどうも」 御愛想でも嬉しいね。 半分嘘だが。 ウェディングドレス姿の音々が言う。 「写真撮ってもらお」 「写真?」 「うん」 快活に頷かれる。 「ここ、お金払えば手芸の服を着て記念写真撮ってもらえるの」 「俺が新郎でお前が新婦か?」 「他の配役は無いでしょ?」 然りだが……。 諦めたわけじゃないんだな……。 その一言がどうしても言えない俺だった。 ダメ人間だ。 というわけで俺が燕尾服を……音々がウェディングドレスを……それぞれ着てカメラの前に立つのだった。 「えへへぇ」 音々は嬉しそうに微笑む。 クラッと眩暈がする。 それほど音々は可愛かった。 本当に今更だ。 罪深い。 しかして音々の意思は十分に伝わった。 ここで口にするほど意地悪でもなかったが。 音々は俺の腕に抱きついてくる。 ペッタンコな胸が残念だが、男の娘なのだからしょうがあるまい。 結局あれからの時間……音々が何を思い何をしていたのか俺は知らない。 だが、音々が今もって俺を好きだということは理解できない話ではなかった。 |