「むぅ」 俺はズビビと麺をすすっていた。 ラーメンだ。 ちなみにカップ麺。 場所は実家のリビング。 時は夏休み……その日曜日のうららかな午後。 クーラーをガンガンに効かせて、テレビのニュースを見ながら、昼食と云うにはしばし遅い昼食をとっていた。 ちなみにカップ麺を食べていることについては多少の理由がある。 そもそもにしてここにアキラか姫々がいれば、 「駄目だ」 と食べさせてはもらえなかったろう。 じゃあなんで俺がカップ麺に手をつけているかというと……至極当然の回答としてアキラと姫々がいないからである。 姫々は秋の学園祭の準備に奔走している。 俺の分まで。 アキラについては俺のコピー元の片割れが、 「アキラを借りるぞ」 と昼過ぎに起きた俺のスマホのラインにメッセージが届いていた。 愚父によるとアキラを連れて服を見繕いに行っているらしかった。 まぁ不世出の美少女だ。 着飾らせたくなるのもまっこと自然と言えば言える。 そんなわけで俺は久しぶりに一人の身となり、昼飯をカップ麺で済ませている……とそういうわけであるのだった。 たまにはこういうのもいい。 アキラに奉仕されるわけでもなく。 姫々に想いを寄せられるわけでもなく。 音々にちょっかいをかけられるわけでもなく。 花々に嫉妬されるわけでもなく。 日日ノ日日日自身が自身足りえる状況。 まぁそんな感慨に浸るにしては昼飯がお粗末ではあるが……。 と、 「ピンポーン」 と玄関ベルが鳴った。 家にいるのは俺一人。 当然対応できるのは俺一人。 アキラがいればまた別だったろうが、そんな無い物ねだりは時間と意識と矜持の無駄だと言わざるをえない。 さて、 「はいはいはーい」 と俺は玄関対応をする。 カップ麺はそのままに。 扉を開けるとメンインブラックみたいな恰好をした……つまり漆黒のスーツにサングラス……成人男性が複数人確認できた。 一瞬思ったのは、 「地上げ屋か?」 という発想だった。 とはいえ別にここらを開拓しようなどと言う話は無かったはずだ。 そもそもやのつくご職業に目をつけられるほど魅力的な土地とは言い難い。 ではスーツにグラサンの男たちが、 「いったいなんなのか?」 という問いは空中分解した。 「えーと……」 俺は対応してみる。 「何でしょう?」 ちょっと怖い。 そんな俺の警戒を無視して、 「はい。確認しました。目標アルファこと日日ノ日日日様を捕捉」 メンインブラックの一人が端末にそんな報告をしていた。 「…………」 沈黙する他ない俺。 拉致られる。 多分これから。 それ以外の回答を思いついたのなら人生を見直した方がいい。 「日日日様……」 「何でしょう?」 「一緒に来てもらいます」 「断ったら?」 「無理にでも」 「今食事中」 「では放棄なさってください」 「…………」 いや、まぁ……。 カップ麺くらい放棄して惜しいわけじゃないがな。 「やのつくご職業の方ですか?」 おずおずと問う俺に、 「いいえ」 実直に否定するメンインブラック。 「私どもは蕪木家の使用人です」 「…………」 さいでっか。 自然と言えば自然。 納得と言えば納得。 ちなみに音々の好意を袖にしてから音々と一度も顔をあわせていない。 日曜日の蕪木ビル訪問もサボっているくらいだ。 「音々に考える時間を与えたい」 というのが建前で、 「面倒くさいから放置」 というのが本音だ。 無論、言葉にしたりしないが。 「で?」 「とは?」 「あちらの……」 と言って肩をすくめる。 「音々が何か用か?」 「然りです」 メンインブラックの一人が首肯する。 「ん」 俺は頷いた。 「とりあえず準備するから待っててください」 そして俺は昼食を終えて、服装を外用に着替え、次に車上の人となっていた。 ちなみにロールスロイスファントム。 ブルジョアジー。 * ロールスロイスは蕪木ビルにて止まった。 当たり前だが。 「さて……」 俺はメンインブラックの一人に聞いた。 「俺はどうすればいいの?」 「二階の道場に向かってください」 「あいあい」 ここまで来て反発しようなんて考えるのも手間だ。 俺は地下駐車場で車から降りると、蕪木ビルの二階を目指した。 ここに来るのも久しぶりだ。 感慨はない。 当然ながら。 要するに、 「面倒だ」 に俺の感情は終始する。 それから事情に通じている使用人に案内されて俺は蕪木ビル二階へ身を移す。 ロッカールームで胴着に着替え、それから部屋を移して畳を踏む。 修練場。 そう呼ばれる空間だ。 いつもなら蕪木無真流柔術の門下の人間に溢れかえっている修練場には蕪木音々が一人いるだけだった。 正座。 そして沈思。 そして黙考。 「あー」 そんな音々を見ながら、俺は唸った。 「愛想を尽かしたとかそんな話じゃなかったり?」 愚問ではあったが口にせざるをえない話でもあった。 修練場にて正座で沈思黙考しながら俺を待っていた音々は、 「…………」 閉じていた双眸を静かに開いた。 ブラックパールのように輝く瞳が俺を捉える。 ちなみに音々も俺と同じく胴着姿である。 「パーセンテージ」 「五十パーセント」 「ん」 首肯すると、 「じゃ、いくよ」 そして音々は俺に襲い掛かった。 間合いは一瞬でゼロになる。 「……っ!」 五十パーセントでこれかよ。 そう思わざるをえない。 繰り出されるは正拳突き。 空手に関わる者なら誰もが修得する技だ。 それは蕪木無真流柔術においても成立する。 柔術と名乗ってはいるが、それはスポーツとしての柔道とは違う。 柔術とは要するに、 「何でもありの殺人術」 に他ならない。 「どうやって人を殺すか?」 「どうやって人を殺めるか?」 「どうやって人を弑するか?」 それを突き詰めるのが柔術である。 そして音々はその柔術の免許皆伝。 故に拳一つが殺人の意思に他ならない。 「……っ」 俺は音々の拳を受け止める。 ズシリ……とひどく鈍い衝撃が駆け巡る。 それを無視して、 「ふっ!」 俺は合気を用いる。 呼吸を乱さず。 身体は平常に。 そして何より相手の呼気に合わせて技をかける。 しかして、 「…………」 音々は流れに逆らわず、かつ体制を崩さず俺の技をいなす。 蹴りがとんでくる。 姿勢を低くして避ける。 同時に回転して足払い。 跳躍で避けられた。 音々は、 「……ちぃ!」 俺の頭上。 クルンと一回転。 空中踵落としは俺の回避行動故に空を切った。 畳を転がって間合いを取る。 「さすがだね……日日日……」 「そりゃこっちのセリフだ……」 抗議と云うより毒づくと言った方が正確だろう。 これで五十パーセントなのだ。 本気の音々がどれだけ強いのかという話である。 ともあれ、 「……ふっ」 俺は呼気一つ……音々に手刀を放つ。 受け止められる。 寸勁。 受け流す。 同時に回し蹴り。 避けられる。 そして間合いを取る。 「さすが日日日。僕にここまでついてこれるなんて」 「五十パーセントでの話だろ」 「本当にそう思ってる?」 「違うってのか?」 「八十パーセントくらい出してるんだけど」 さいか。 「それについてこられるんだから日日日は蕪木無真流柔術の才能があるよ」 「…………」 嬉しくないな。 口にはしないが。 「じゃ、行くよ」 「おう」 そして拳や蹴りの応酬をする俺と音々だった。 |