ご主人様と呼ばないで

ご主人様と呼ばないで 、2


「と……まぁそんなわけだ」
 俺と城野アキラの過去を話し終えて、俺は苦笑する。
 花を添えて、線香を立てる。
 そして手を合わせて拝む。
 アキもそれに倣う。
 死者に対する敬意。
 儒教にとっては大切なことだ。
 日本人もいくらか儒教の影響を受けているのでしょうがないことでもあった。
 と、
「やっぱり……!」
 と声が聞こえてきた。
 存分に聞き覚えのある声だ。
 見れば「おばさん」と呼んでいい年齢の女性が怒り心頭に俺へと詰め寄った。
「毎年毎年懲りないわね殺人者!」
 ドンと俺の肩を押す女性。
「どうも。城野さん」
 俺は皮肉を言った。
「あなたに名を呼ばれる筋合いはないわ!」
「そうですか」
 俺はニヤリと笑う。
「それはすみません城野さん」
「あなた! 私を馬鹿にしてるの!」
「そんなつもりは毛頭ありませんよ城野さん」
 俺はくつくつと笑った。
 顔を真っ赤にして怒る城野さん……アキラの母親である……を馬鹿にしているような笑みで。
 実質馬鹿にしているのだが。
 アキラの最後を目にしたのは俺だ。
 アキラと最後に意思疎通したのは俺だ。
 だから城野さんは俺に悪意を持っている。
 持たざるを得ないのだろう。
 娘が死んだのを、
「日日日のせいだ」
 と思わなければやっていけないのだ。
 そんなことは存分にわかっていながら、
「やけに遅い墓参りですね城野さん。もうアキラの遺族に会うことは無いなと思っていたんですが」
「あんたが娘の墓に花を挿すな!」
 城野さんは無茶を言う。
「あんたが娘の墓に線香をたてるな!」
 それはどうしようもない拒絶。
「あんたが娘の墓に拝むな!」
 俺を罪人と認めている証拠だ。
「と言ってもな」
 俺は、
「おかしくてたまらない」
 という表情を故意に作って笑う。
「アキラは俺にとって大切な人だった」
 挑発だ。
「殺した相手に拝むな! どうせ清々してるんでしょ!」
 やれやれ。
「どう思おうと構わないが……アキラの前でする話じゃねえな」
「あんたがそうさせてるんでしょ!」
「誤解だ」
 俺は肩をすくめる。
「そもそもアキラは自殺だろ?」
「あんたが追いつめたのよ!」
「ほう?」
 俺は問うた。
「アキラのオレンジ色の髪と瞳を責めた人の言葉とは到底思えないな」
「っ!」
 絶句する城野さん。
「いやぁさすがに肝が太いわ」
 くつくつと笑ってやる。
「アキラを追い詰めておきながら人のせいにするってのは」
「あんたが……! あんたが言うな……!」
「はいはい。俺が追いつめましたよ? それでいいんだろ?」
「刑罰を受けろ!」
「無茶言うなよ」
 肩をすくめる。
「自殺に殺害者なんて存在しねーよ」
「あんたが殺したんだ!」
「それは否定しないがな」
 飄々と言う俺に、
「あんたは今ここで私が殺してやる!」
 そう言って俺の首に手をやり絞め殺そうとする城野さんより先に、
「……っ!」
 俺の防衛反応が動いた。
 俺の握った拳が城野さんの鳩尾に埋め込まれ、
「げ……はぁ……!」
 と城野さんは呻く。
 ちょっと強力すぎたか……。
 城野さんは吐瀉した。
 飛沫がかからないように俺はバックステップする。
「大丈夫ですかご主人様?」
 アキがそう聞いてくる。
「俺よりアキラの母親を心配しろよ」
 俺は皮肉で答える。
「私の最優先事項はご主人様です。城野さんがアキラさんの母親だとしてもそんなことは勘定に入りません」
 率直にアキが言った。
「ありがとな」
 俺はアキの頭を撫でる。
「あう……」
 アキは真っ赤になって照れるのだった。
 可愛い可愛い。
 吐瀉物を全て吐き終えた城野さんが言葉を紡ぐ。
「あんたは……」
 それは憎悪。
「あんただけは……」
 それは怨嗟。
「絶対に許さない……!」
 それは苦言。
「構わないぞ」
 俺は言う。
「俺もお前を許さない」
 率直に言う。
「アキラを追い詰めたお前を俺は絶対に許さない。お前のせいで……お前のちっぽけなプライドと日和見のせいで追い詰められたアキラを可哀想だと俺は思う。だから俺は城野さん……あんたを許さない」
「寝言は休み休みに言え!」
「そっちこそな」
 俺は鼻を鳴らして反論するのだった。

    *

「おかえり〜日日日ちゃん、アキちゃん」
 鳥の巣頭のロリっ子こと姫々が俺とアキを出迎えてくれた。
「ただいま」
 ぶっきらぼうに俺が答え、
「ただいま帰りました」
 慇懃にアキが答える。
「で、お前は何で俺の家にいるんだ?」
「日日日ちゃんとアキちゃんが墓参りに行ってる間にお夕食の準備」
「姫々様……そのようなことをなさらずとも……雑事は私にお任せください」
「いいじゃん。友達でしょ? 私たち」
「友達……」
 噛みしめるようにその言葉を繰り返すアキ。
「それに私だって私の手料理を日日日ちゃんに食べて欲しいし」
「今日のメニューは?」
「天津飯。他に食べたいモノがあるなら優先するよ?」
「いや、構わん」
 俺は両手をあげた。
 降参のポーズだ。
「お前の天津飯は美味しいからな」
「えへへ〜。腕によりをかけるからね」
 飼い主にご機嫌をとって喜ぶ子犬のような姫々。
 可愛いからいいんだがな。
「姫々」
「なぁに?」
「コーヒー淹れてくれ。俺とアキとお前の三人分」
「うん!」
 元気に頷いてパタパタと姫々はキッチンへと小走り。
「ご主人様、姫々様、雑事は私にお任せください」
 あわあわと狼狽しながらアキが言う。
「お前も疲れたろ。今日くらいは姫々に自由にさせてやれよ」
「疲れてなどおりません。仮にそうだとしてもご主人様への奉仕を行なわないなど奴隷失格です」
「まぁお前の場合過去が過去だからしょうがないとは思うが……人前で口にするなよ?」
 その件についてはクラスメイトには既に言ってあるから手遅れと言えば致命的に手遅れではあるのだが。
「ご主人様は……私が奴隷であることを恥となさるのでしょうか……」
 悲しみにクシャッと表情を歪ませるアキ。
「そういう意味じゃねーよ」
 俺はアキの頭を撫でる。
「ただお前にも権利や欲望があるだろうって話だ。したいこと……してほしいこと……しなければならないことがあるだろうってな」
「私はご主人様の奴隷であれば十分です」
「…………」
 なんだかな。
 わかっちゃいたがアキは頑固だ。
 捻じれていると言ってもいい。
 俺にもトラウマはあるがアキのソレは俺の比ではない。
 そんなアキを呪縛から解放するにはどうすればいいのか。
 考える。
 簡単な方法が一つあるが……どうだかな。
 ともあれ俺はアキを連れて居間に顔を出す。
 それからテレビを点けてニュースを見始める。
 アキもそれに倣う。
 しばしの時間が流れる。
「へぃお待ち!」
 姫々が陽気に俺とアキの分のコーヒーを持ってきた。
 カチャカチャとコーヒーカップと受け皿がぶつかり合って澄んだ音をたてる。
「姫々、お前の分は無いのか?」
 問う俺に、
「日日日ちゃんが帰ってきたことだし」
 姫々は答える。
「もう夕食作っちゃうよ」
「ふーん。頑張れ」
 俺はぞんざいに鼓舞してコーヒーに口をつける。
「姫々様……」
「なぁにアキちゃん?」
「私にできることは無いでしょうか?」
「無い!」
 きっぱりと姫々は言った。
 それから、
「天津飯……コーヒーでも飲みながら楽しみに待っててよ。それがある意味でアキちゃんに出来ること」
 そうフォローを入れる。
 フォローか?
 ともあれ、
「姫々が望んでんだ。黙って従え」
 俺もフォローとは言い難いフォローをする。
「しかし図々しくはないでしょうか?」
 困惑するアキ。
 そういうところがなぁ。
 ずれてんだよなぁ。
 いやまぁそれでこそアキではあるんだが。
 落ち着かない様子のアキを横に安置して俺はニュースを見る。
 コーヒーを飲む。
 インスタントだが文句を言っても始まらない。
 しばしそうやって時間を潰して、アキの作る天津飯を待った。
 中略。
 ダイニングに天津飯が三人分並べられる。
 親父は実家に泊まるから人数には含んでいない。
 そして合掌して俺とアキと姫々が夕食を開始する。
 そういえば、と姫々が言う。
「墓参りどうだった?」
「どうもこうもいつも通り」
 俺は天津飯を食べながら率直に言った。
「遺族とは?」
「鉢合わせたよ。鉢合わせたっつーか……アレは完全に狙ってきていたな」
「アキラちゃんが死んだのは日日日ちゃんのせいじゃないのに!」
「誰かに責任を押し付けないと心が保てないんだろう。気持ちはわからんじゃないがな」
「日日日ちゃんのせいじゃないのに……」
 ムスッとする姫々。
「ある意味で俺が追いつめたって点は否定できないがな」
「日日日ちゃんは悪くないよ!」
「悪くはないさ。ただそれとこれとは話が違うってだけだ」
「日日日ちゃん……まだ罪悪感に縛られているの?」
「当然だ」
「こんなこと言うのは悪いってわかってる」
「なら言うな」
「日日日ちゃんはアキラちゃんのことを忘れるべきだよ」
「俺の勝手だろう」
「日日日ちゃん……」
 悲しそうな声で俺を呼ぶ姫々。
「…………」
 見ればアキも悲しそうな表情をしていた。
 知ったこっちゃない。
 俺は黙々と天津飯を食べ続けた。
 欲しい言葉が出てこない。
 それがもどかしくはあったが。

ボタン
inserted by FC2 system