ご主人様と呼ばないで

届かない声、2


 次の年度。
 中学二年生。
 中二だ。
 養護教諭の言った通り俺とアキラは同じクラスになった。
 二年一組。
 そして姫々は二年六組と相成った。
 多少離れすぎているが……会う手段が無いわけではない。
 構わない問題だろう。
 そして俺はアキラと常時一緒にいることになった。
 席替えで率先して誰もが忌避する中央真ん前の席を選び、その隣にアキラをつける。
 アキラの買った教科書やノートは一ヶ月で使い物にならなくなったから、常に俺が教科書を共有させたのだ。
 放課後は俺とアキラと姫々とで復習の時間だ。
 場所は図書室。
 何せアキラはノートが取れない。
 だから授業内容を脳に刻み付けるには復習が必要不可欠だった。
 アキラは元々の要領は悪くなく教えたことは最速で身につける。
 かといって頭がいいかと言われれば微妙なラインだが……勉強手段を奪われておきながら赤点をとらないだけの頭はあるらしかった。
 俺の一日のスケジュールはこうだ。
 朝、姫々に起こしてもらう。
 そして姫々と一緒にアキラを迎えに行く。
 一緒に登校。
 そして席が隣同士なので一緒に勉強。
 授業合間の休み時間にアキラが御花を摘みに行きたいときは同行。
 これは一度一人で花摘みに行かせたときにトイレの扉をモップとタオルで閉められて上から水を浴びせかけられたことに起因する。
 女子トイレに同行するのは男子としてどうかと思うがアキラの被害にはかえられない。
 昼休みはアキラと一緒に購買部に寄り、それから姫々と合流して食事。
 場所は一組である。
 虐めっ子たちが七組であることが主な理由だった。
 そして授業。
 放課後に図書室で復習。
 アキラを家まで送り届けた後、俺と姫々が帰路につく。
 以上。
 そんなこんなである程度イジメを軽減することが出来るのだった。
 全てを遮断するのは無理だとしても。
 一ヶ月の時が過ぎ、俺とアキラがベッタリベタベタと一緒にいるためクラスメイトたちには邪推をさせる結果になったが俺は全く構わなかった。
 ただ……構う奴が一人。
「………………日日日」
 アキラだ。
 一時限目と二時限目の間の休憩時間にアキラは俺に問いかけてきた。
「………………なんで……日日日は……アキラに……優しい……の?」
 わからないとアキラは言う。
「………………可哀想……だから?」
「惜しいな」
「………………惜しい?」
「ああ、ちょっと違う」
「………………何が?」
「『かわいそう』だからじゃなく『かわいい』からだ。三文字目までは合ってたんだがな」
「………………アキラは……可愛く……ないよ?」
「そういうところも魅力的だ」
 俺はアキラのオレンジの髪をクシャクシャと撫でる。
「………………あう」
 それだけで照れて真っ赤になるアキラ。
 可愛い可愛い。
「………………でも」
 アキラは心配する。
「………………アキラに構って……日日日は……平気なの?」
「構わんだろ」
「………………構わなく……ないよ?」
「アキラが気にすることじゃない」
「………………でも」
「アキラが可愛いんだからしょうがないじゃないか。可愛い女の子が虐められているのを見ると胸が苦しくなる。だから助けてんだ」
「………………日日日は……変だね」
「そうか?」
「………………アキラを……助けるなんて……普通は……しない……よ?」
「と言われてもな」
「………………アキラは……最低……だから」
「自己嫌悪もほどほどにな」
「………………うん」
「お前は自分がどんなに魅力的かわかってないんだよ」
「………………アキラは……そんな……大層な……存在じゃない……よ?」
「じゃあアキラのことが好きな俺は何なんだ?」
「………………アキラのことが……好き?」
「ああ」
 さっぱりと俺は言う。
「………………でも……日日日には……姫々が……いるよ」
「よく勘違いされるんだが俺と姫々はそんな関係じゃない」
「………………そうなの?」
「そうなの」
「………………日日日は……アキラのことが……好き?」
「そう言ってる」
「………………ライク?」
「ラブ」
「………………嘘」
「どうとでも思え」
「………………」
「それでも俺は……日日ノ日日日は城野アキラに惚れている」
「………………駄目」
「何が?」
「………………アキラなんかを……好きになっちゃ……駄目。……そんなことは……駄目。……日日日は……アキラなんかに……縛られちゃ……駄目」
「言うのが一ヶ月遅いぞ」
「………………でも」
「信じられないか?」
「………………アキラは……そんな存在じゃ……ないから」
「じゃあ証明してやろうか」
「………………どうやって?」
 首を傾げるアキラのセーラー服の襟を引っ掴み、グイと俺へと寄せる。
 そして俺はアキラに強引にキスをした。
 俺の席は教室の中央真ん前。
 アキラはその隣。
 俺とアキラのキスはクラス中の知るところとなった。
 だが構わない。
 俺は飄々と言った。
「これで信じたか?」
「………………え? ……ふえ?」
 現実を認識できてないらしい。
 アキラは狼狽えるばかりだ。
 ともあれこれで俺とアキラの仲はクラスの認識するところとなった。
 黄色い歓声が耳に煩わしい。

    *

 そんな経緯で俺とアキラはお付き合いをすることになった。
 姫々はショックを受けていたが知ったこっちゃなかった。
 電撃的にクラス中から学年に俺とアキラの話題が広まり認知される。
 これでいい。
「日日日とアキラが付き合っている」
 という情報が即ちアキラが俺のものだという証明になるからだ。
「………………日日日……無茶……しすぎ」
「これくらいでちょうどいい」
「………………アキラなんかで……いいの?」
「むしろお前以外あり得ない」
「………………だからって」
「もし他の男に取られたらたまらないしな」
「………………あう」
 プシューと頭から湯気を発して真っ赤になるアキラだった。
 可愛い可愛い。
 そして俺とアキラが付き合い始めてちょうど一週間後、ソレは起こった。
 登校して男子と女子とのロッカー室が分かたれているが故に上履きに着替えるために一度ロッカー室にてアキラおよび姫々と別れなければならないのだ。
 で、自身のロッカーを開けようとして鋭い痛みが俺の指を襲った。
「……っ!」
 見れば指を切っていた。
 ロッカーの取っ手に目をやれば剃刀が仕込まれていた。
 陰湿な嫌がらせである。
 俺のロッカーを狙い撃ちと言うことは俺に悪意を持った人間だろう。
 それくらいの知恵はまわる。
 ともあれ指を舐めて血を拭い剃刀を取り外してロッカーを開ける。
 ロッカーの中は散々なモノだった。
 水浸しである。
 おそらくバケツか何かに水を溜めて俺のロッカーにぶちまけたのだろう。
 教科書やノートの類は教室の棚に保存しているため水の被害にあっていないが、体操服や上履きの類は全滅だった。
「やれやれ」
 呟いて俺は職員用の下駄箱に顔を出し来客用のスリッパを借りる。
 それからアキラと合流し教室に顔を出す。
「………………嘘」
 アキラはショックを受けたようだった。
 俺としては、
「やっぱりか」
 というのが本音だったが。
 俺の教科書やノートが俺の机の上に積み上げられていた。
 全てズタズタにされた上で……だ。
 カッターじゃ……あるまい。
 おそらくナイフによるものだ。
 ズタズタに切り裂かれた俺の教科書やノートの切り傷を見て俺はそう理解した。
 これを行なった奴はよほどの暇人なのか?
 ともあれ俺も虐められっ子の属性を勝ち得たのだということなのだろう。
「………………ひどいよ」
 アキラはショックを受けているようだった。
「あー……」
 俺は言葉を選んで、
「お前が気にするこっちゃないぞ?」
 そう言った。
「………………でも……日日日に……こんなこと……するなんて」
「別に気にする必要も無いだろ」
 そう言って俺は席につく。
 ズタズタに切り裂かれた教科書やノートはそのままだ。
 勉強はできないが、元よりそこまでお粗末な脳ではない。
 授業さえ聞いていれば内容を理解できるだけの能力を俺は持っている。
 アキラについては……まぁ姫々のとったノートにて復習すればいいだろう。
「………………酷いよ……こんなの……日日日は……優しいのに」
「まぁ反発くらいあるさ」
 俺はクシャッとアキラの頭を撫でる。
「アキラは可愛いからな。独占している俺にやっかみの感情を持つ人間がいても別におかしくはない」
「………………日日日は……平気……なの?」
「気にするもんでもないだろ」
「………………そう……かな?」
「これで俺はアキラと同じ立場になったんだ。お前と一緒の環境を共有するのは俺にとって興味深いモノだ」
「………………でも……アキラは……許せない」
「ほう?」
 俺は試すように問う。
「お前なら何とかできるのか?」
「………………できない……けど」
「なら気にすんな」
「………………日日日は……それで……いいの?」
「構わんさ。虐めっ子が虐められっ子を虐めるのはノブレスオブリージュだろうよ。正直俺にとってのイジメってのはセミの鳴き声のようなモノだ。暑苦しいが文句を言っても始まらないというか……」
「………………でも……アキラのせいで……日日日は……」
「違う。お前のせいじゃない」
 俺は強く忠告した。
「責任をかぶろうと思うな。これは俺の問題だ」
「………………でも……日日日は……アキラの……境遇に……手を差し伸べて……くれたよ? ……なら……アキラも……日日日の……イジメに……手を差し伸べる……べきじゃ……ないかな?」
「その気持ちだけで十分だな」
 俺はアキラを抱きしめると、額にキスをした。
 それがまたクラスメイトの興味をそそり、虐めっ子の反感を買うのだった。
 正直犯人に心当たりはある。
 アキラを慕いアキラを虐める女子を振った男子だろう。
 証拠が無いのが口惜しいが。
 ともあれこの惨劇は職員の間でも議論の対象となった。
 おかげで俺とアキラは教科書やノートを開くことなく授業を受ける権利を得た。
 授業は退屈だったが理解できないわけではない。
 そういうわけで俺とアキラは無手で授業に臨むのだった。
 さらに教師によるイジメの内務調査も行われたが犯人を割り出すには至らなかった。
「別に構わんがな」
 それが俺の率直な感想だ。
 何のために俺を虐めているのかは気が知れないがそれに付き合う義理は無い。
 無いと言ったら無い。
 ただ変わったことが一つだけあった。
 姫々との距離が離れたことだ。
 俺とアキラに付き合っていたら自分も虐められると思ったのだろう。
 姫々は俺を避けるようになった。
 しょうがない事ではある。
 虐められっ子を庇って自分が虐められては敵わないだろう。
 処世術という奴だ。
 だから俺は何も言わずアキラと蜜月の時を過ごすことにした。
 アキラは俺に対して負い目を感じてはいるが、同時に精神的な拠り所として俺を求めてもいたのだ。
 故にイジメが激しくなるほど俺とアキラは互いに互いを慰める強固な関係を築くに至ったのだった。
 そんなこんなでダブル虐められっ子の俺とアキラは二人の世界を作って学校でイチャイチャした。
 終いには保健室登校を……と担任の教師に提案されたところで俺は気付かなかったがアキラは臨界点を突破するのだった。

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