ご主人様と呼ばないで

ご主人様と呼ばないで、1


 パチリと俺は目を覚ました。
「…………」
 自身の私室だ。
 それを確認すると眠気が襲ってきた。
「くあ……」
 と欠伸をして抵抗。
「うー……」
 と唸り、
「起きるか……」
 独りごちる。
 ダイニングに顔を出すとメイド服を着た白髪の美少女が。
 アルビノ。
 つまり法華アキラだ。
 アキは夏も暑い盛りだというのにホット緑茶を飲みながらテレビを見ていた。
「アキ……」
 と声をかける。
 ビクッと身体を一瞬だけ上下させるとアキは俺の方へと振り返る。
 緑茶の入った湯呑みを置き、立ち上がって、
「おはようございますご主人様」
 そう言い一礼した。
「昼食の用意は出来ておりますが……お食べになりますか?」
 ちなみに時間は十三時半。
 我ながら寝すぎたな……。
「ちなみにメニューは?」
「冷やしうどんですが」
「大根おろしは?」
「準備しております」
「温泉卵は?」
「準備しております」
「カボスは?」
「準備しております」
「ん。百点」
 そう言って俺はアキの頭を撫でた。
「もったいのう……」
 アキは謙虚にそう言うのだった。
「あー……その前に冷えた麦茶くれ。喉が渇いた」
「承ります」
 そう言ってパタパタとキッチンに消えていくアキ。
 俺はダイニングテーブルに寄り添うようにどっかと座る。
 そしてボーっとテレビ……ニュースを見る。
 お盆休みで帰省ラッシュとニュースは言っていた。
 死ぬほどどうでもいい情報だ。
 そんなこんなでテレビを流し見していると、
「ご主人様。麦茶です」
「ん。ありがと」
「滅相もありません。では私は昼食の準備をしてきます」
「ん。ありがと」
「滅相もありません」
 そしてまたパタパタとキッチンに消えようとして、アキは、
「何か他に要求はありませんでしょうか?」
 問うてくる。
「無いな」
「そうですか。では何かありましたらどうぞ私を呼びだしてください」
「ん。ありがと」
 コピペで答える俺。
 そしてまたボーっとニュースを見ていること数分。
「お待たせしましたご主人様」
 とアキがぶっかけうどんをガラスの皿に盛って持ってきた。
 駄洒落じゃないぞ。
 念のため。
「こちらが箸です」
 そう言ってダイニングテーブルの俺の前に箸を置くアキ。
「ん。ありがと」
 コピペで礼を言う俺。
「ところでつかぬ事を聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「ご主人様のお父様がご実家に帰省されました。今日の朝のことです。ご主人様は一緒に帰省しなくてよろしかったので?」
「あー……」
 俺は答えに悩んだ。
 悩み、そして言う。
「俺は俺でお盆にはやることがあるんだよ」
 事実を。
「だから親父の実家に帰省している暇はない」
「ですか」
「妙に納得してるな」
「ご主人様のお父様が……眠っているご主人様を起こさなくていいと仰ったもので。不可思議とは思いましたが……」
「そうかい」
 ズビビとうどんをすする俺。
「それよりこのうどん美味いな」
 話を切り替えると、
「…………!」
 パァッとアキの表情が輝いた。
「光栄ですご主人様!」
 ん。
 可愛い可愛い。
 俺はアキの頭をクシャクシャと撫でた。
「えへへぇ」
 と微笑みを噛みしめるアキだった。
 俺に奉仕するのがそんなに嬉しいらしい。
 俺にはわからない感覚だ。
 絶望と失望に打ち潜んでいたアキにとっては今の生活はその頃よりマシに思えているのだろうか……。
 答えを出すのは俺ではないので何とも言えないが。
 俺は温泉卵の黄身を割ってうどんに絡める。
 そしてズビビとうどんをすする。
 ちゃんと水でしめているのだろう。
 心地よい歯ごたえだ。
 そしてアキに食後のお茶を早めに頼んで、
「…………」
 ズビビとうどんをすする俺。
 アキはパタパタとキッチンに消えていった。
 茶の準備をするのだろう。
 ともあれ俺は、
「そっか。お盆か」
 そう呟くのだった。

    *

 さて。
 俺はティーシャツを着て、ジャケットを羽織り、ジーパンを穿く。
 外用の格好である。
「どこかへお出かけですか?」
 着替えを手伝った……というか無理矢理手伝いに来た……アキがそんな風に俺に問いかけてくる。
「んー?」
 と唸って、
「ちょっと墓参りにな」
 そう言う俺。
「あ……」
 とアキは察したようだ。
「それ故に……」
 そういうこと。
「ご主人様はご実家に帰省なされないのですね」
「正確には俺の親父の実家だがな」
 肩をすくめる俺。
「私もついていってよろしいでしょうか?」
 おずおずとアキが言う。
「墓参りするだけだぞ」
 俺は忠告する。
「楽しいことは何もないが」
 と。
「ご主人様が敬意を払う死者ならば……私もまた敬意を払うべきだと存じ上げます。駄目でしょうか?」
「まぁついて来たいというのならば別に俺は構わんが」
 他に言い様もない。
「ただしメイド服は止めてくれ」
「駄目でしょうか」
「駄目じゃないが体面上な」
 そんな俺の言葉に、
「では着替えてまいります」
 そう言ってアキはパタパタと私室へと消えていった。
 おそらく親父が用意したのだろう。
 黒いワンピースに金色の首飾りをして、長い白髪をシュシュで纏めたアキが現れるのだった。
 アキは恥ずかしそうにモジモジとして、
「どう……でしょうか……?」
 と聞いてくる。
「ああ、可愛いぞ」
 他に言い様もない。
「じゃ、行くか」
「墓参り……ですね……」
「そゆこと」
 そして俺とアキは外に出た。
 お盆ということもあってサンサンと輝く太陽は鬱陶しいの一言だった。
「ご主人様、中へ」
 と日傘をさしてアキが言う。
「ん。ありがと」
 感謝する俺。
 さらにアキは団扇を取り出してパタパタと俺の首筋に冷風を送る。
 それはそれで涼しかったが、
「そこまでしなくていい」
 というのが本音だ。
「しかして今日はニュースで言った通り暑いですし……ご主人様に万が一のことがあれば私にとっては切腹ものです」
「…………」
「介錯の相手は決まっておりませんが……」
「あっそ」
 そう言ってアキから団扇を奪うと自分を扇ぐ俺。
 これあるを察したのだろうアキはもう一つの団扇を取り出し、日傘を持った手とは反対の手で団扇を持ち、自身を扇ぐのだった。
 そんなこんなで真夏の道を歩き、花屋に寄る俺。
 そこで白や黄や紫の色とりどりの花を買って花束にしてもらう。
 花の名前は知らない。
 まぁ土産のようなモノだ。
 気をかけたからとてどうなるものでもない。
 それから実家から歩いて十五分のひっそりと……そして閑散とした寺に来ていた。
 大きな松の木が植えられている寺だ。
 セミの声がうるさい。
 ともあれ俺は寺の住職に声をかけて、バケツとシャクを借り、バケツに水を溜める。
 そして城野家と石に掘られた墓の前に立った。
 俺のすぐ傍で日傘をさしているアキも同時に、だ。
「城野……」
 アキが呟く。
 そして
「城野アキラ……ここに眠っている俺の想い人だ」
 俺はそう説明をして、花を添えて、シャクでバケツの水をすくい墓にかける。
「想い人を失くされたのですか?」
 質問というより確認に近いアキの言葉。
「そういうことだ」
 墓に水をかけながら俺は言う。
「城野アキラ……様……」
「そ」
「どういった方だったのですか?」
「繊細な心を持った女の子だったよ」
「…………」
 沈黙するアキ。
「ま、袖擦り合うも他生の縁というし」
「袖擦り合った程度でご主人様は墓参りに来るのですか?」
「まさか」
 俺は否定する。
「アキラは俺にとって一番大切な人間だった」
「…………」
「だから実家にも帰らずこうやって墓参りに来ている」
 そう言って俺はアキラの墓に水をかける。
 パシャッと音がする。
「ま、姫々も音々も知っている事情だ。お前に話したところで大差はないか」
「……?」
 困惑するアキに、
「ちょっと俺の懺悔に付き合ってくれるか?」
 俺が言う。
「ご主人様がそう云うのならば」
 アキが答える。
「どこから話したものかな」
 俺は悩む。
「まぁ、まずは俺とアキラの出会いから……になるか」
 そして俺は懺悔という形で語りだす。
 城野アキラという人間と俺との罪過を。

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